その13 彼はセーブできません。
「イーヒッヒッヒッヒー!」
なんだぁ? また魔女笑いしてやがる。こっちまで聞こえるとかどんだけよ。
まったくなぁ、二人と付き合っちゃえとか、恋愛観というより常識を疑うぞ。ま、あの人にそれを求めるのがそもそもの間違いなんだが。
問題は二人だよ。乗っちゃうとかあり得ないだろ。あれか? 先輩の魔女パワーってやつなのか? 呪文とか言霊とか言うやつ? なんだか二人がどんどん先輩化しているみたいで心配だよ、オレは
はぁ……。あー頭痛い。ってか腰痛い。
この間の書庫室の掃除、あの疲れがまだ取れていなかったのかな。かなり本格的にヤバイと思ったが、今はなんとなく落ち着いている。前屈みになったり反らせたりすると少し痛むのはしょうがない。この頃運動不足だったからな。筋肉が凝り固まっていたんだろう。ギックリ腰を疑ったがどうやらそうではなさそうだ。それが救いといえば救いか? いやそれしか救いがなかったような気もするんだが。
……そうでもないか。
腰の痛みが限界になっていたせいか抗う気力もなくなり、名前を呼び捨てにした時の二人の顔を思い出す。
「わかった、わかったから! 二人とも落ち着いてくれ!」
少しばかり語気が荒くなってしまったのは腰痛のせいにしておこう。だが、これが意外にも効果てきめんだったのはまさに怪我の功名。妙なテンションに入り込んでいた二人がピタッと動きを止める。そしてポーズはそのままにまたオレを見つめてくる。
あ、まずったかも。これはこれであらぬテンションに引きずり込んだか?
さっきまでの浮ついた感じがなくなって、神妙な面持ちになっているし。
くぅ、それにしてもどうしてそんなにかわいいのよ、二人とも。その告白の返事待ちみたいな表情は何? かわいすぎるんですが? 迂闊にモノを言えないじゃないか。
しかし、ここまで来たら腹をくくるしかない。オレは深呼吸を一つ。後は野となれ山となれ、だ。
……。
えーい、言ったれ!
二人を交互に見やりながらオレは自分の中の勇気やら決意やらを総動員。
「映子」
あれ、なんだ? 結構自然に言えたな。
一呼吸置いて、彼女が閉じた目を開きオレを見上げてくる。だからね、そういう角度で見られると、すっごく参るのよ。しかも何、そのしおらしさ?
「はい」
静かにそう返事をして首をかしげながら微笑んだ時の天使っぷりったらもう……。
惚れてまうやろぉ! いや、もう惚れているけどさ。
「泉美」
うん、こっちもスムーズに言えた。呼び易いってのもあるけど、それだけじゃないかもな。
「はーい」
大原はまるで幼子の純真さを思わせる瞳をオレに向け、彼女とはまた違ったリアクションをする。周りを明るくするような満面の笑み。
くそぅ、こっちも惚れそうだぁ。惚れかかっているぞぉ!
二人のこの反応は正直予想外ではあった。もっとはしゃぐかと思っていたのに、逆にそれがオレのツボを突いてくる。ヤバイな、この二人。本当にかわいすぎ。
そしてオレは肩にのしかかっていた荷をすっとおろせたような気分になっていた。もっと背中がむず痒くなるかと思っていたのに、平常テンションのままでいられたことに自分でも驚いていた。あれこれ考えすぎていたんだな、きっと。
付き合う付き合わないは冗談だとしても、二人のこんな顔を見られるだけでも十分オレ得。二人も満足そうだ。まさしくウィンウィン。うん、頑張ったなオレ。えらいぞオレ。
だが、その達成感、充実感は長続きしなかった。二人を相手に全精力を使い果たしたオレは、もっとやっかいな存在が控えていたことをすっかり忘れていたのだ。最強最悪、いや最凶災厄な敵の存在を。
ツンツン。
悦に浸っていたオレの袖を引っ張る感触に目を向けると、そこには不満を隠すことなく唇をとんがらせた先輩が……。
えーと、先輩? なんでそんな顔をしているんですかね?
「ねぇ、私は?」
へっ?
「ずるーい。二人を名前で呼ぶなら私もー」
……。
「私も先輩じゃなくアデルって呼んでぇ」
魔女アデルが現れた。仲間になりたそうにこちらを見ている。
って先輩? 何をのたまっちゃってんです?
「そうね、ワタシ達だけというのも不公平よね」
「うん、ここは先輩も一緒がいいねー」
先程のかわいらしさを脱ぎ捨てて、二人がオレを生贄に供し始める。
おい、待てー! あなた達まで魔女になるんじゃなーい!
「高橋さん、いいかしら? ちょっと手伝ってくれる?」
その時、関先生が司書室から顔を出してくれなかったら、オレはサバトの供物となっていただろう。
「ちっ!」
ちょっと先輩? 聞こえましたよ、今の。
「はーい、今行きます!」
ちょっとぉ、何でオレを睨むんです? 文句があるなら関先生に言ってくださいってば。フン! とか何ですか、それ?
「大原さん、新開さん、あなた達もこっちにいらっしゃい。お茶入れるから女子会しましょ」
「「あ、はい!」」
声をかけられた二人は先輩とは対照的に嬉しそうな表情で司書室に向かう。
ん?
三人の女生徒を招き入れた関先生は、ドアを閉める間際オレに向かってウインクをしてきた。口元に笑みが浮かんでいる。
もしかして助けてくれたのか? ありがとうございます、先生!
と、閉めたドアを再び開けて顔だけをのぞかせてきた。
「あ、それから椅子回転選手権はもう中止ね。記録出しても認定しないから」
「やらないっすよ!」
くそ、見抜かれてしまった。五回転半くらいならいけると思っていたのに。
「そうそう、私は裕子ね。この年で呼び捨てされるのもなんだから、ヒロちゃんでいいわ」
なっ!
オレが返す言葉に詰まったのを見て、ニヤニヤしながら関先生は司書室に引っ込んだ。
ヒロちゃんて……。呼べるわけないだろぉっ!
……。
はぁ、何なの、この状況?
意匠惨憺、彫心鏤骨の自由律。
一難去ってまた一難。女難、災難、四苦八苦。辛酸なめて五臓六腑に染み渡り、難行苦行で七転八倒、桁も上がって千辛万苦。オレの明日はどこにある?
映子と泉美をクリアするだけだって難易度高過ぎだったのに、あと二人追加とかどんな無理ゲーよ。このままだとバッドエンドにも程遠いぞ。
司書室からもれる先輩の笑い声を聞きながら、オレはこの世の誰もが願うであろうことを一人ごちた。
「人生にもセーブポイントがあればなぁ。あー、リセットボタン押したい」




