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図書室と先輩~ネオ!~  作者: にま
彼の欠点、彼女の短所
56/102

その12 彼女はビックリします。

「あの、お二方?」


 教室棟と特別棟をつなぐ渡り廊下で彼が立ち止まって振り返る。うん、その困った感じの表情かわいい。


「「なぁに、芳樹君?」」


 別に示し合わせているわけじゃないけれど泉美と声がそろう。そしてそれはまた彼の眉にわずかな動きを与える。


「何ゆえ、僕の後をつけているのですか?」


 これはちょっと心外かな。

 ワタシたちが名前を呼んだことで、彼は一躍クラスの人気者? 中尾さんを始め、興味津々な女子の視線を独り占め。これはワタシも泉美も同じようなものだったけれど。

 でも結局、今日一日彼はワタシのことを映子とは呼んでくれなかった。休み時間はすぐにどこかに姿をくらますし、お昼休みもワタシ達の会話に相槌を打つだけでのらりくらり。まぁ、朝のあの流れでは致し方なしと大目に見ているのだけれど、やっぱり約束は約束よね。こっちは宣言通りにしたのだし、ちゃんと名前で呼んでもらわなきゃ。泉美もさん付けだったのが気に入らないみたいで、放課後に勝負をかけようと意見は一致した、のだけれど……。

 チャイムが鳴った途端、挨拶もそこそこに教室を出て行くとかどんだけ? でもね、行き先は一つでしょ。逃がさないわよぉ! 


「えー、別に芳樹君をつけているわけじゃないよー。行く場所が一緒なだけー」

「そういうこと。芳樹君は気にしないで図書委員の仕事をしてね」


 関先生にお礼を言いたいし、もちろん先輩にもね。この時の彼の顔ったら……。



「ヤッホー! ヨッシー!」


 図書室に入るなり先輩の声が響く。ヨッシー? 一瞬他にも入って来た人がいるのか思ったけれど、周りには誰もいない。


「あれ、違ったかぁ? じゃあ、ヨッキ?」


 ヨッシー、ヨッキ? あ、もしかして。


「先輩? まさかとは思うんですが、それオレのことっすか?」

 

「他に誰がいるの? あ、新開さんに大原さんもいらっさーい」


 これは予想外。あ、でもお礼が先ね。


「「先輩、一昨日はありがとうございました」」


 でも先輩? 彼にいきなりあだ名を付けようとかしないでください。

 あれ、手招きされた? 彼……じゃないわね。ワタシと泉美? 

 なんだろう? と二人でカウンターの前に行く。すると先輩はニコニコというよりニヤニヤしながら声をひそめることもなく一昨日の件を聞いてきた。

 

「で、どうだった二人とも。間に合った?」 


「先輩! いきなりそれはやめてください」


 ちょっとちょっと先輩ってば! それはできれば彼のいないところでしてください。彼は気付いてないかもですけど、ちょっと恥ずかしいです。 


「違うわよぉ。そっちの話じゃなくて、追いついたのかって話」


「「えっ?」」


「むふふぅ。二人ともかわいいわ。いいからいいから」


 えっ、どうして? 

 これ、自分でも説明しづらい感覚で間に合ったと表現していたけれど、言われてみれば確かに追いついたって感じに近いかも。

 実のところワタシは、彼との距離感がよく分からなくなっていた。彼がどこかに向けて走り出してしまう、そんな恐怖にも似た感覚が常にあった。彼が何を思い、どこへ行こうとしているのか。何も知らないまま、遠ざかるその背中を見るなんて耐えられない。この頃はその思いを強くしていた。

 だけど一昨日彼の本心を垣間見ることが出来た。そう、ようやく彼の立っている場所を見つけられたのだ。そしてワタシは手の届くところまで近づいた。後はこの手を伸ばすだけ……。

 言葉にはしにくいこの思い。泉美も違う形で持っていたのだろう。

 でも、どうしてそれを先輩が? 彼を好きだということはもう気付かれているだろう。だけど、だからといってこんな内面のことまで的確に言い当てられるなんて思いもしなかった。ホント、先輩って何者?

 ただこれは深く考えると止め処ない。ここは「先輩だしね」の一言で自分を納得させる。根拠がないわりに、実はそれが一番胸落ちするのだから不思議。

 そして気分を変えるべく、先程のあだ名らしい名前のことについて聞いてみた。


「あの、先輩? ヨッシーとかヨッキって、もしかして寺山君のことですか?」

 

 あ、つかえなかった。でも本人相手だとダメなんだよね。


「そんな感じで呼んでいるだろうなぁって思ってたんだけど違った?」


 あ、なんか全て見通されている? でも残念でした。あだ名付けるよりそのまま呼ぶことにしたんですよ。朝はちょっと失敗しちゃいましたけど。


「そんなんあり得ませんて。お願いですから……」


 彼がまたゲンナリした表情をするも、すぐに何かを思い出したような顔になる。あ、こら! それは言わないでよ。バラしたらただじゃおかないからね!


「えー、じゃあもしかしてヨーシキ?」


 ぷっ! 思わず吹いちゃった。けれど、それはさすがにかわいそう。


「先輩! それはちょっと……。えーと、芳樹君って呼ぶことになりました」


 あまり照れることなく言えたのが自分でもちょっと意外でちょっと嬉しい。そして、そう言ったことで改めて気持ちが固まったような気がした。 


「へぇ、芳樹君かぁ。なるほどなるほどぉ? そうなんだぁ、間に合って良かったわね」


 うわぁ、さらにニヤニヤ。でも、ありがとうございます。


「じゃあ」


 また出た。あれ? 彼の反応が薄いな。先読みスキル習得したのかな?


「はいはい、わかりました。今日はどうせ当番ですし、カウンターは自分が務めさせていただくっす。先輩達は女子会をどーぞ」


 彼が一歩下がって頭を下げる。執事よろしく司書室に向かわせようと左手を向ける。ふーん、適応力がいきなりアップしたわね。でもそれって、相手したくないって言っているようなものじゃない?


「うーん、残念! その前に聞きたいことがあるんだけど?」


 しかも外してんじゃない。ま、先輩相手じゃ仕方ないかな。


「で、()()()は二人のこと、なんて呼ぶことになったの?」


 先輩、ナイス! そうそれ! 


「あ、そうなんですよ、先輩。ワタシ達のこと呼び捨てでいいって言ったのに、呼んでくれないんです。先輩からも何か言ってくれません?」


 実にいいタイミング。今日のメインは()()なんですよね。この包囲網なら彼も観念してくれるかな。あ、でも先輩? 今さりげなく芳樹君って呼んだでしょ。参戦してくるつもりじゃないでしょうね。


「芳樹くーん、私のことは泉美ねー。さん付けはいらないからー」

「ワタシもさん付けしないでね。映子だからね、映子!」


 頭を下げたまま彼が固まっている。でもダメだよ、呼んでもらうからね。

 

「お二方のご尊名は存じ上げておりますです、はい。しかし、さん付けでさえ恐れ多いと言うのに、呼び捨てにするなどもってのほかではないかと愚考する次第でありまして、苗字で呼ばせていただけるだけで恐縮至極、何卒お咎めなきよう平にご容赦いただきたくお願いいたしまする」


 もう、どうしていつもそうなの! ワタシ達が構わないって言っているんだから、遠慮することないでしょ! 


「芳樹くーん、男らしくないわよぉ。二人が呼び捨てで構わないって言っているんだから、ここはもう思い切って「二人とも俺の嫁!」って言うくらいの気概を見せてほしいわぁ」


 先輩わかってるぅ。そう、そこが足りないのよ。もっと俺様でいいと思うよ。時には強引さも必要だよ。


「先輩、男女平等が叫ばれて久しい昨今、男らしいとか女らしいとかいう言葉自体根絶されるべきではないでしょうか?」


 これ、何かのテレビで変なオバサンが同じようなこと言っていたな。さも女性代表みたいな顔して、そのくせ言うことが滅茶苦茶でヒステリック。実はあーいう人こそが女性の敵なんだよね。これは先輩も同じ意見だったみたい。


「ナンセンスこの上なし! 男は男らしく、女は女らしく。これは別に男女平等の理念から外れるものじゃないわよ。……で、名前で呼ぶの? 呼ばないの? 付き合ってなきゃ名前で呼んじゃいけない、なんてことはないと思うけど」


 え、何ですか?

 彼の主張を一蹴し援護をしてくれた先輩が手を口元に寄せて何かを言っている。気付いていない彼を指差しながら口パク? 

 えっ、せまっちゃえ、ですか? 泉美も解読したみたい。

 えーそれはちょっと……いいかも! 彼が来ないのならこっちが強引に行くしかない。ま、いつも強引なんだけど。

 ワタシは泉美と頷き合ってポーズを決める。胸のところで指を組んで、ちょっと目を潤ませて、と。

 よし、やってみよう! 


「ねぇ、芳樹君はワタシ達のこと、嫌い?」

「芳樹くーん。私達は芳樹君ともっと親しくなりたいのー。だから名前で呼んで。お願いー」


 引いてる引いてる。でも素直に呼び捨てにしてくれてたらこんなことにはならなかったんだよ。それに昨日は一度だけだけど呼んでくれたじゃん。あんな感じでよろしく!


「いやいや、二人とも、ちょっと落ち着いてくれませんかね。別に名前で呼ばなくても仲良くはなれると思うのですが?」


「名前で呼び合えばもっと仲良くなれるでしょ」


 先輩、ナイスフォロー! 

 そうそう、もっと仲良くなろうよ。ずずずいっと泉美と一緒に近づく。結構攻撃力高いと思うんだよね。迫るワタシ達、後ずさる彼。

 あ、本棚。ふっふぅ、もう逃げ場はないわよぉ。早く陥落しちゃいなさいってば!

 

「ちょっと待ってってば、二人とも!」


 焦ってる焦ってる。

 いじめがい、もとい、いじりがいあるなぁ。あ、でもこれは手段であって目的じゃないからね。こういう手段もどうかと思うけどさ、なんか楽しくなってきちゃった。

 のけぞってるのけぞってる。

 へぇ、結構体柔らかいんだね。腰痛くない? 

 と、ここで先輩がポンと手を打ち鳴らせた。あ。おしまいの合図? うーん、もうちょっと迫ってみたかったけど、これ以上近づいたら抱きつくしかなくなっちゃう。ここらへんかな?

 けれど、やっぱり先輩はワタシの思惑をはるかに超えていて。  


「ねぇ、というかホントに二人と付き合っちゃえばいいんじゃない?」


 えっ? ちょ、ちょっと先輩ってば! いくらなんでもそれは……、ってあれ? 

 ふと隣を見ると泉美も同じことを考えたみたい。ねぇ泉美ぃ。これ意外と盲点だったと思わない?

 そしてワタシ達は正直に第一感を口にする。


「「あ、そっかぁー!!」」

 

 普段だったら絶対バツなんだけど、今はすんなり納得できちゃった。どうしてだろ? 自分でもビックリ。 ふふっ、おっかしいの。


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