その10 彼女は気を張ります。
切れた。完全に切れた。
周りにはわからないように太ももに力を入れて落下だけは防いだが、これはやばい。
顔が熱くなったかと思った次の瞬間には、さーっと血が引いてしまい眩暈まで覚えたほどだ。ヨヨシキについては後でフォローするしかない。今は座ってこの危機から脱しよう。
その時、ふとしゃれにならないことを思い浮かべてしまう。座ろうとしたところに椅子がなく、どすんとしりもち。その拍子にスカートがまくれ上がり、同時にひもパンがはらりと……。
しかし、そんなエロ展開になることもなく、ワタシのお尻は無事椅子に乗っかった。ただ、勢いをつけたせいか、絆創膏付きのひもが内股をくすぐり始める。
「映子ちゃーん、ヨヨシキ君ってだーれ?」
「うっさいわよ、泉美!」
早々にツッコミを入れてくる意地悪泉美。ニヤニヤするなぁ!
「ねぇねぇ、新開さん? どうなってるの、これ?」
中尾さんも勘弁してぇ!
「どうにもなってないってば。ただ名前で呼ぶことになっただけ」
これで納得しろというのは無理な話だけど押し通すしかない。
「えー、どうにかなってると思うけど?」
中尾さんてば、泉美と同じ表情でニヤつくのやめて。
「そう思うのは勝手だけど、どうにもなってないのはホントよ」
今はそっちに関わりずらっている場合じゃないの。
「おはよう。えーと……」
おっと、今は相手してらんないんだってば。
「あのね、ワタシは映子。えーと、なんて名前じゃありません!」
自分のことは棚にどっこいしょ。だって、ひもがね……、絆創膏がね……。
「まぁいいわ。それはまた後で。いーい、よ・し・き・君!」
とはいえ、ヨヨシキなどと呼んでしまったのは……、うん、ごめん。だけど、今はスルーしてくれるかな? これ以上何か追求された日にゃ「パンツのひもが切れてんの!」って叫んでしまうじゃない。
彼はしぶしぶ。泉美はさらにニヤニヤ。中尾さんはウズウズ。ワタシはヒヤヒヤ。ここは悪循環を断ち切るためにも前を向いて授業モード。中尾さん、ごめんねつれなくして。
『昨日ゲームしてね、罰ゲームで名前呼んでもらうことになったの。あ、おっぱいは当然冗談ね』
あれ? 素直に矛を収めるとは泉美にしては珍しい。もっと過激なことを言い出すんじゃないかと勘ぐっていたからちょっと拍子抜け。でも、今のワタシにとってはありがたい。
あーあー、窓際で松本君がこっちを睨んでいるよ。たしか夏休み前に泉美に告って玉砕したんだよね。まだ諦めてなさそう。他にも何人か嫉妬や不満をあらわにしている男子がいるし、そこんとこに気を使ったのかな? でもそうなら最初からあんなこと言わなければいいのに。らしいっちゃらしいんだけどね。
さて、先生も来たし後はなんとか善後策をっと。うぅ、左腰がスースーする。
現社だから黒板の問題を解きなさいなんてことはないけど、どこそこを読みなさいとかはありそう。立つのもパスしたい。マーフィの法則だったっけ? こんな時に限って、とかいうやつ。お願い、指されませんように。あー緊張する。内容なんてほとんど頭に入らないよ。
よし、チャイム! 裁縫セットを左ポケットに突っ込みそのまま左手でひもを押さえつける。とりあえず落ちなければいい。あまりみっともいい格好じゃないけど、背に腹は変えられない。10分の間にトイレに駆け込み、修繕作業をこなして戻ってこなきゃならないんだから。内職で針に糸は通しておいた。キレイに直す必要はない。お気に入りだったけど、今日でサヨナラね。
ワタシは脇目も振らず教室を出た。かなり奇妙な格好の早足で。
間に合ったー! ギリギリセーフ。
あて布使ってこれ以上はできないってくらい縫い付けたからもう大丈夫。二、三度スクワットしても問題ナッシング。さすがにごわごわするけどスースーするよりはなんぼかマシ。あー安心安心。そういえば絆創膏が一枚なかったけど、来る途中で落ちちゃったのかな? 誰かに拾われたりしたら恥ずかしいけど、あんなもの拾う人なんていないよね。
……。
不思議。いつものワタシだったら、トイレに駆け込んだ瞬間に「何やってんだろ」って自己嫌悪に陥って泣いていたかもしれない。でも今日は落ち込むどころかさらにハイになっている。自分のバカさ加減に耐性がついちゃったのかな?
入口から自分の席まではランウェイ。右手を腰に当ててモデル歩き。特に左腰をクイッとしたりして。うーん、大丈夫大丈夫。ごわごわ感はあるものの、安堵感がそれを打ち消してくれる。ふんふんふふふーん。
ちょっと何、その顔は?
彼が……、なんだろ、微妙な表情。
あ、そうか。何も言わないで出てったし、ちょっと気にしてくれたのかな? そういうところ、嫌いじゃないよ。というか……ムフッ!
さっきのお詫びと言っちゃなんだけど、見るぅ? 左側はダメだけど、右ならいいよぉ。かわいい蝶々結び、いつかあんたに解いてもらうつもりだったんだよ。あーダメ、テンショーンマーックス! こういう相手には多少強引な手を使わないと進展ないよね。気張るよぉ、ワタシ!
「よっしきくーん。今日も一緒にご飯食べましょうねー!」
よし、言えたー! お昼休み、楽しみだね!
あれっ?
ねぇ、何で体かがめてるの? って、それっ! やだー、見ないでー! さっさと捨ててー!




