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図書室と先輩~ネオ!~  作者: にま
彼の欠点、彼女の短所
51/102

その7 彼は噛まれます。

 オレは今頭を抱えている。別にテストでわからない問題に出くわしたからでもない。なにしろまだホームルームさえ始まっていないのだから。

 ではなぜか? 答えは簡単。バカだから、という一言に尽きる。

 それゆえに器量に対してあまりに過酷で理不尽な無理難題に直面しているというわけだ。ホント、死ななければ治らない。死んでも治りそうな気はしないが。

 昨日、妙な精神状態に入り込んでしまい、二人の提案を受け入れたことがことの始まり。

 今日の朝、学校に近づくにつれテンションがだだ下がり、と言うより正気に戻ったと言うべきか、今更ながらに二人が休んでくれれば、などと生来のヘタレぶりを発揮している。自業自得としか言い様がない。わかってはいる。わかってはいるんだが、だけどな……。

 大原はいいんだよ、「いずみ」だし。そういう苗字もあるからなんとかなる、ような気がする。多少の気恥ずかしさを抑え込めれば呼べないこともない。問題は新開だ。映子なんだよな、映子。これを呼び捨て? 無理! 絶対無理!

 はぁ、昨日のオレに文句を言ってやりたい。アホかお前はと。後で苦労するのはオレなんだからな、少しは考えろよと。

 この期に及んでウダウダしているのは実に格好が悪い。ここまで来たら覚悟決めなきゃいけない、とは思うものの根性無しはここに極まれり。どうにか回避できないものかと考えを巡らすが休むに似たり。

 ただ、もしかしたら二人も今頃考え直しているのではないか、と思い始めてもいる。昨日オレが名前を呼んだ時、かなり恥ずかしそうにしていた。……んだよな、アレは? 女の子の行動心理は今二つほど理解できないがそうであってほしい。とすれば、オレを芳樹と呼ぶことにも躊躇いを持つのではないか。オレとしてはもうそこに一縷の望みをかけるしかない。

 賢い二人のことだ。おおっぴらにオレのことを名前呼びして、あらぬ誤解の招く愚行を犯すとも思えない。この手の話題で注目を浴びたいなどとは思っていないだろう。二人にとってはデメリットが大きすぎる。

 そうやって考えると、一縷が細いながらもタングステンか何かで出来ているような気がしてきた。これなら早々切れることもないだろう。

 ……だが世の中は広い。タングステンの引っ張り強度すらものともしない猛者が現れた。


「おっはよぉー、よっしき(芳樹)くーん」


 切れた。あっさり切れた。いとも簡単に切られた。蜘蛛糸を引っ張るように。

 プツッ! ともブチっ! とも聞こえる音がオレの心の中で響く。

 声の主はそれはそれはにこやかにオレに手を振っていた。

 大原ぁ、何朝っぱらからテンションマックスになってるの? そこまで常識外の引っ張り力を発揮しないで。

 と、大原は何を考えたのかオレの前までやってきて、さらに裁断作業に入る。


「おっはよぉー、あなたの泉美だよーん」

 

 教室内がざわめく。やめてくれー! わかったから! あなたがオレのような凡俗の思慮に収まる人じゃないことは十分わかったから、もうやめてくれー!


「おはよう、大原さん。名前で呼ぶとか、もしかして寺山君とくっついた?」


 オレの斜め後ろで中尾……名前なんだっけ――が興味津々といった感じで大原に話しかける。


「ううん、まだー。でもねー、おっぱい揉み見放題を条件に名前で呼ばせてもらうことになったー」


 って、おいっ! 何言ってんだぁー!

 キャー、なにそれー。うわっ、寺山君、意外とスケベー! 信じらんなーい。主に女子達の声で教室内が騒然となる。

 オレがほどほどに築き上げてきた、陽気ではないがかといって陰気でもなく、クラスの女子達にも疎まれない程度の地味キャラ、という微妙な立ち位置が無残にも崩壊した瞬間だった。


「おっはよー、泉美だよーん」


 なぜか大原はそのままオレの前に立ち続け挨拶を繰り返す。

 左手を挙げることでそれに応えるオレ。だが大原は動かない。


「おっはよー、い・ず・み、だよーん」


 再度自分の名前を区切るように言う。それに合わせて、オレも手を左右に振る。

「い・ず・み、だよーん」 左手バイバイ。

「い・ず・み、だよーん」 左手バイバイ。

「い・ず・み、だよーん」 ……。

 四度目でとうとうオレは観念した。仕方ない、約束のようなものだしな。もう後は野となれ山となれ。

 

「おはよう。……泉美……さん」


 やっぱり呼び捨ては無理だった。据わりが悪くて思わずさん付けしてしまった。だがそれでも大原は満足そうに頷いてくれた。かわいい笑顔に少し罪悪感めいたものを感じてしまうオレ。

 周りに聞こえないように小声にしたつもりだったが、聞き耳を立てている女子を欺くことは出来ない。またもや中尾がツッコミを入れてくる。


「えー、寺山君もー! どうしたの二人そろって。新開さんは?」


 お願い、そんな大きな声で言わないで。ざわめきは収まるどころかさらに拡大し、逆に視線は集中してくる。先生、早く来てー。


「朝っぱらから何やってんの?」


 振り向くとそこには担任ではなく隣の席の女子、そう、新開映子が大原を睨みつけていた。ああ、まさに救いの女神降臨。

 でも新開さん? そのポーズは何? 左手を腰に当てて鞄は肩持ちとか? ちょっとキャラ変わってません? ヤンキーっぽくなってますよ。

 これがまたよく似合っているとか、言ったら怒られるな。

 あれ? 名前で呼んでくる気配がない。もしかして考え直したか?

 これは窮地を脱するチャンス。頭を使え! 考えろ考えろ。なんとかこの場を乗り切るんだ!

 ……。


『ちょっとしたゲームで負けて、今日一日名前で呼び合うことになってさぁ。罰ゲームってやつ?』


 これならいけそうか? ちょっと苦しいかも知れないが、二人にいいようにいじられているポジションは皆知っていることだし、さぞ悔しそうに言えばなんとかなるかも知れない。

 よし、逃げ切るにはもうこれしかない! と、オレが口を開きかけた時、彼女がつかつかというよりそろそろーっといった感じで横にやってきた。座るのかと思いきや、そのままオレを見下ろして何やら怒ったような表情で……。

 ねぇ、なんでそこで睨むの? 眉間に皺はやめません? 

 そして一度深呼吸した後、彼女は挨拶に続けてオレを呼ぼうとし、……噛んだ。


「お、おはよう、ヨヨシキ君」


 ヨヨシキって誰だぁ! 


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