その6 彼女はその先を目指します。
「私は泉美って呼んで欲しいなぁ」
ワタシが少し弱気になったところで、泉美が初志貫徹すべく言葉を挟んできた。これはフォローじゃない。リタイアするならどうぞ、私は降りないからね。そう言っている。ブレないな。しかも何よそのポーズ。卑怯というか反則レベルでしょ。あんたやっぱり自分の見せ方分かっているよね。そこは素直に尊敬しちゃう。それに……ありがと。
ワタシは自分の萎えた気持ちに喝を入れる。
「あ、そうだー! 芳樹君っておっぱい星人だったよね。これ聞いてくれたら、不肖この私のおっぱいを触り放題ってのはー……、やっぱりダメね」
へぇー、そういう手も使う? でもね、それはさすがにNGよ。
出来る限りの険しい目付きでそれにクレームをつける。
「泉美ぃ。あんまり調子乗ってると怒るかんね!」
すると泉美は無言のテヘペロで返してくる。これはワタシへのエール。そう受け取っておこう。でも泉美ぃ、さっきからさりげなく芳樹君って呼んでいるけど、まだ本決まりじゃないんだから少し控えてよ。既成事実を作ってからの搦め手も悪くはないんだけどさー、ここは彼の気持ちも大事でしょ。
「じゃあさー、このままじゃ埒が明かないしー、もう一発勝負で決めちゃわない?」
気持ちを読んだかのように一発勝負を提案してくる泉美。ここまでくると少し怖いレベルだ。彼女には隠し事は出来そうにない。
「何やろうって言うのよ、泉美?」
「こういう時はやっぱりジャンケンでしょー。恨みっこなしの一回勝負ぅ。どう?」
「三人でやるの?」
「ここは名前呼びしたい映子ちゃんとされたくない芳樹君の一対一のタイマン勝負でしょー」
あのね、殴り合いするわけじゃないんだから。
「泉美だって名前で呼ばれたいって言ってたじゃない。ワタシだけにしないでよね」
「だって私は今じゃなくてもいいしー。いつかでいいんだもん」
なんだ、あんた長期戦想定してたの? それ早く言ってよー。焦ってたワタシがバカみたいじゃん。
「はいはい」
いつか、か。その時ワタシ達はどうなっているんだろうね。想像もつかないけれど、その時も仲良くしていられたら最高だと思うよ。というか仲良くしようね。
こうしてワタシは彼とのジャンケン勝負に挑むことになった。勝てばみんなで名前呼び。負けたら今まで通り。これ、彼には随分と利のない勝負よね。こんな勝負受けるなんてホント、バカなんだから。でも安心して。今あんたの前にいる女はもっとバカだから。
「じゃあいーい? 最初は、でいくからねー」
泉美の言葉にワタシ達はそろって立ち上がる。たかだかジャンケンをするだけなのに、何よこの緊張? 平然としているのは泉美だけ。ワタシも彼も表情が引きつっている。客観的に考えると、なんだかバカみたいなんだけど、このバカをやれるのも今だけよね。だからこそ大事にしなきゃ!
彼の真似をして右拳を腰にあて左手で隠す。あ、これアニメで見たことある。「カーメーハーメー」って言うやつ。
ねぇ芳樹君……。うわっ、頭の中で呼んだだけなのにドキドキしちゃったよ。本番で言えるの、これ?
ちょっと睨み合うようになったけど、なんでだろうね、あんたの呼吸がよくわかる。泉美とは違う形で分かり合えるって思っちゃう。
あ、今ね!
「「さーいしょはっ!!」」
それにしても、泉美ってば策士過ぎ。それに乗っちゃうワタシも酷いけど。
「グー!」
「パー!」
やっぱりなぁ。疑うってことしないんだから。でも勝ちは勝ちよね。
「やったー! 勝ちぃ!」
「ちょっと待ったー! 普通最初はグー出すよね。お約束だよね」
彼が抗議しているけど、ここは聞こえないフリ。腰も振り振りー。
「審判! 言ったよな、最初はグーって」
抗議の相手を泉美に移したけど無駄だと思うよ。だってねぇ……。
「えー、「最初は」って言ったけどグーとまで言ってないよぉー。勝手に勘違いしたのは芳樹君だよー。はーい、そういうことでー、この勝負は映子ちゃんの勝ちぃ!」
ありがとう、泉美ぃ。あんたのあくどさ、もとい機転のおかげだよ。このずるさは見習うべきなのかは迷うところだけどね。ねえ、今ニコッというよりニヤッってなってたよ。
自然とハイタッチ! ワタシも同じような顔しているんだろうね、きっと。
さーて、待ちに待った勝者の権利、行使させていただきますか!
「「よろしくね、芳樹君!!」」
ぷっ! 示し合わせたわけでもないのに声がそろうとかどんだけ?
ワタシ達はそのまま勝利のダンス。手を取り合って互いにウインクしながら跳ね回る。
最後はちょっと危くなったけど、泉美のおかげもあってなんとかタッチダウン。
ランディングは成功したといっていいだろう。これで更に先に進めるというもの。
あらあら、肝心の芳樹君は呆然フリーズ状態。ねえ気付いてる? 右手、まだジャンケンの格好のままだよ。
ほらほら、いつまでもそんな顔してないで。そうだ、触り放題じゃないけど、いつかワタシの、ね。
だから、今は映子って呼ぶところから始めてくれるかな? おっぱい星人にはまどろっこしいことかも知れないけれど、そのためのステップと思ってさ。
あれ、どうしたの?
呆然としていた彼の雰囲気が一変した。何か文句を言うのかと思っていたけど、どうも違うみたい。張り詰めていたものが解けたというか、余計な力が抜けたというか、表情もなんだか楽しそう。そして彼はワタシ達に予想もしていなかった一言を向けてきた。
「こちらこそよろしく。映子、泉美」
えっ?
泉美もピタッと動きが止まる。まさに硬直。
まさか今、映子って呼んだ?
……。
ええーっ!
体中の血液が一斉に頭頂部に向かって昇りだす。
ボンッ! あ、ダメ、これヤバイ!
「「やだぁ、いきなり!」」
バシッ!! 考えるより先に手が出てしまった。粗暴なワタシを引き出すなんてやるじゃない。って違ーう! あれ、泉美、あんたも? いい音させたわね。でも威力じゃワタシの方が上よ。って、これも違ーう! うわぁ、かなりパニクッてるよワタシ。ワケワカメ状態だぁ。それにしても、耐性ありそうなのに顔真っ赤っか。泉美ぃ、あんたのそんな顔初めて見たよ。結構初心だったんだね。なんか安心したよ、笑えるけど。
あー、肝心な彼の顔まともに見られない。名前呼ばれてこんなに恥ずかしくなるなんて。ちょっとぉ、あんたずるくない? ずるいよね。うん、ずるい。
先輩の影響かしら、ワタシはいつのまにか仁王立ち。さあ、どんと来い! あー、これも違ーう!
ダメだぁ、顔が負けを認めちゃってるよぉ。前に向けられない。
泉美ぃ、あんたも何踊っちゃってんの? それじゃどこかの変な人だよ。
ふぅ、実際に呼ばれてみたらテンパるとか、ワタシも何やってんだか。でもなんか嬉しいな。
……。
ねえ、責任取ってね。だってワタシ初めてだったんだから。
これ、今言ったら彼どんな顔をするかな。ふふ、考えるだけでもおかしいや。
あ、ホントだよ。お父さん以外にワタシを呼び捨てしたのはあんたが初めてだったんだから。
くすぐったいもんだね、初めてって。じわじわ来てるよ。顔が緩んじゃう。
……やだ、変なスイッチ入っちゃった。
ねぇねぇ、名前呼んでくれてありがとうね。でもね、出来ればその先もお願いしたいんだ。とっておきの「初めて」もまだあるし、これからもよろしくね、芳樹君!




