その3 彼は涙目です。
で、だな、着地点がおかしくないか? おかし過ぎないか?
放課後、またもや美少女二人に図書室行きを阻止された。
腰を上げようとしたら、彼女にいきなり肩を抑え込まれるし、大原は瞬間移動のように飛んでくるし、クラスメイトの男子達の視線は殺気交じりになっているし、女子達は好奇心を隠さずにクスクスと笑っているし、もうどうしたらいいんですかね、オレは。
目立つの嫌いなんだけどなぁ。どんどん浮いていっているような気がしてならない今日この頃。
だが彼女はため息すらつかせてくれない。それどころかキャパシティをはるかに超える命令を下してきた。
「これからオーハラのことは泉美、ワタシのこと映子って呼び捨てでいいから、そう呼んで。わかった?」
えーと、わかりません。
「何よ、その嫌そうな顔」
はっきり言おう、嫌だと。
「それは勘弁してつかぁさい。お代官様ぁ」
「誰が悪代官だ、こら! どこに不満があるって言うのよ。ワタシ達みたいなカワイコちゃんを名前で呼ぶ権利、みすみす手放すとか、あんた何様?」
悪は付けなかったぞ。それ自覚してるってことだろ! 自分でカワイコちゃんとか言いやがるしどんだけよ。いや、それはまぁ認めるにやぶさかではないが。それにだな、何様と聞かれたらオレ様と答えるしかないだろう!
「あ、僕はお子様なので……」
おい、大原! なんでそこで吹き出す?
「いや、そもそもなんで呼び方を変えなきゃなんないわけ? 言ってたよね、色々考えたって。それをもうちょと詳しく教えてくれるとありがたいです、はい」
そこで彼女は居ずまいを正し、わざとらしい咳を一つ。
「どうだっていいでしょ!」と喧嘩腰になるかと予想していたのである意味拍子抜けしたが、逆にそのことが悪い予感を駆り立てる。背筋に何かが走っているんだが気のせいだよね。
「それは個人情報保護法によって秘匿される案件なのでお答えできません」
ず、ずるい。これはさすがに抗議してもいいだろう。とは言っても口に出すわけではない。そんなことしたらオレの明日がなくなってしまう。
だが甘く見てもらっては困る。だてに先輩に虐げられていたわけではないんだぜ。こんなところでこの技を披露することになろうとは思っていなかったが……。
ふっふっふ。先輩とのやり取りで会得した「生温い視線」今こそくらえ!
……。
って、こっち見てないし。
大原と何やら目で会話? あなた達、いつも思うけどそれって反則じゃない? 意思疎通は言葉で行おうよ。
「わかったわかった」
いやだからね、それで何がわかるの? テレパシーとか使わないで。
「だいたいさ、あんたのせいなんだからね。寺山ぁ……君」
えーっ!
「あんたが普段からシャキッとしてれば、ワタシだって君付けしてたんだよ。それなのにいつもいつもダラダラしてるし、チンタラしてるし、モタモタしてるし」
うわぁ、呼び捨てされてたのってそういう理由?
「というのは、まぁホントだとして」
いや、そこは冗談にするべきだと思いますが?
「ワタシもちょっとがさつな所があるからね、今のうちに直そうと思ってさ。で、何から直そうかと考えたら、あん……じゃない寺山 君のことをいつも呼び捨てにしていたなって。ほら、隗より始めよって言うじゃない。だからまずはそこから直そうと思って」
別にあんたでもいいんだけどな。しかも苗字と君の間に微妙な間があったり。だけどまぁ、それはスルーしておこう。マー君よりはマシだ。
……。
ふーむ。聞けば一応納得のできる答えではある。気になるのは「なぜそのような考えを持つに至ったか」なのだが、根掘り葉掘り聞くのも野暮というか危険だな。
「がさつとは思っていなかったけど?」
あ、顔赤らめた。少し縮こまって、なんかしおらしい雰囲気。くぅ、なんとも言えないかわいらしさ! いつもこうだったら……、いやいや、このギャップがあってこその萌えだ。うーん、いい!
「ううん。多分今まで嫌な思いさせてきたんだろうなって反省したんだ。だから……こめんね」
うぉっとぉー、俯き加減からの上目遣いキター! これは初めて見るバージョンだぁ! かわい過ぎるだろー!
さっき感じた悪い予感なぞ吹っ飛んだ。今日が、今日こそが人生最良の日だぁ!
と思ったこともあったっけ。
「で、お願いがあるんだけど」
何々? 何でも言ってちょうだい。無条件で聞いちゃうよ。
だが、この時オレは思い出すべきだったのだ。悪い予感の的中率、そして自分の不運パラメータの高さというものを。
「寺山君って呼ぶのも今さらな気もするし、ここまできたら芳樹って呼ばせてもらおうと思って。もちろん君付けするから。さっきも言ったけど、ワタシ達のことは呼び捨てで。どう? ダメ?」
はっ? 何を仰る映子さん?
思考が一瞬停止。そして緩慢に動き出すまで数秒。
苗字の寺山はやめて、名前の芳樹で呼ぶようにしたと、そういうことですな。で、あなた達のことも映子、泉美と名前で呼んでいいよと。ふーむふむ、男女平等の理念にかなっていますな。仲良きことは美しきかな。なるほどなるど、理解理解。
……できるかぁっ!
「芳樹君、よろしくー」
悪い予感というものは、的中すると悪寒と略され威力も凝縮される。だが今オレに襲い掛かっているのはさらにパワーアップして、もはや悪夢としか言いようがない。
「いやいやいやいやいやややん! ちょっと待って、ずっと待って!」
もう何を言っているのやら何を言っていいやら。泥沼で足掻く自分が見える。
「どこをどうしたらそうなるの? オレの了解無しに進めないで!」
さっきの休み時間、いないなと思ったら二人でこんなこと企んでいたとは!
「マー君じゃ嫌だって言ってなかった? よっくんもダメ。となると芳樹しかないじゃん」
三者択一か。前者の二つに比べればはるかにマシだし、それなら仕方な……くない! あぶねえ、勢いで納得しそうになったじゃないか!
「再考の余地があると思われます。議論を尽くしてから結論を出すべきだと愚考する次第です」
ヤバイヤバイ! このままだとずるずる底無し沼に引きずりこまれる。なんとかしないと。
「私達に名前で呼ばれるのはそんなに嫌? 私、芳樹君って呼びたいなー」
大原さん? ここぞとばかりにかわいさを爆発させないで。あなたのそのうるうるお目目は凶器なんだから。この時点でオレは身動き取れずアップアップ気味。
「苗字で呼んでたら多分また呼び捨てになっちゃう。ここはワタシを助けると思って協力してくれない? それともワタシは言葉遣いのなっていないがさつな女のままでいい?」
ちょっとぉ、あなたまでうるうるさせないで。そんな目でそんなこと言われたら……。
このまま行くとクラスで一、二を争う美少女二人がオレを名前呼び。あれ、いいかも知れないな。
いや、待て! ここで流されてはいけない。もし明日からお互いが名前呼びなどしてみろ。クラスの男子大半を敵に回すことになる。ただでさえ危ない雰囲気のやつらがわんさかなのに。
ちょっと夢見た名前呼び。憧れるものがないといえば嘘になる。
しかーし! 付き合ってもいないのに、それは不自然過ぎないか。二人の考えていることは良くわからないが、別にオレのことを恋愛対象として見ているわけじゃないだろう。ちょっと仲が良くていじりやすいのがオレだったってだけで……。
あ、なんか泣きたくなってきた。あー情けなしオレ。
「無理強いするつもりはないの。できればそうしたいなって……思っただけだから」
勢いがどんどんなくなって、最後のほうは消え入りそうな声になっている。
おいおい、何シュンとしちゃってるの。
動機はどうあれ、こんな顔をされてしまっては仕方ないかと思う反面、クラスの男子を敵に回す危険性もちらついてしまう。どういう展開になるか知れたものではない。
あー、弱々しオレ。
ホント、どうしたものかなぁ。




