その2 彼女は改正します。
「寺山ぁ……君」
思っていたより呼びづらい。なんでだろう。他の男子なら君付けは自然にできるのに。
寺山芳樹が二つ目のパンを袋から出そうとしている。今日はコンビニパンのようだ。あいかわらず野菜不足な昼食。今度からサラダを多めにして彼にあげようかしら。
で、なんで落としそうになってんのよ。その驚いたような顔もね、考えればちょっと失礼じゃない? オーハラー、あんたも何止まってんの?
「何よ、あんたのこと、君付けで呼んじゃダメなの?」
ワタシもなぁ、どうしてこんな物言いになっちゃうんだろ。
「ワタシも色々考えることがあってさ、これからはちゃんと君付けで呼ぼうと思って」
別に色々と言うほど多岐に渡ることを考えたわけではない。一つのこと、一人のことを考えただけだ。そう、目の前でワタシの呼び掛けに困惑している彼のこと。
なんでそこまで不審そうな顔するかな、君付けしただけなのに。
「だからぁ、色々あるの! それとも何、今までみたいに呼び捨てのほうがいいの?」
「いや、もう呼び捨てが定着してるから、逆に落ち着かないというか、誰? って感じで」
確かにワタシ的にも定着していた。でも、それがダメだったんだよ、多分。
唇をとんがらせていたのだろう、彼があわてて続ける。
「オレ的にはどっちでもいいんだけど、新開さんが決めたのならそれでいいのではないでしょうか?」
何、その言い方。あんたってっさ、時たま言葉遣いがおかしくなるよね。
……。
呼び捨てを否定してこないのは思いやり、なんだろうな。これに甘えていたんだね、ワタシ。ごめんね、ありがとう。
だからね、色々考えたんだよ。改めるべきは改める。基本的なことだけど、ようやく気付いたんだ。たいした女でもないのに何勘違いしてたんだろうってさ。
「ちょっとひっかかるけど、まぁいいわ。じゃ、これからはあんたのことは君付けで呼ぶから」
あんた呼びも直さなきゃと思うけど、今は君付けで精一杯。もうちょっと待ってて。
「じゃ、私はー?」
内心の苦労を読み取ったかのようにオーハラが会話に割り込んでくる。一息入れろということなのだろう。ありがたいことこの上ない。
「オーハラはオーハラでしょ」
「えー! 私も私もー」
「何よ、大原さんとでも呼べばいいの?」
「ううん、そんな他人行儀じゃなくてー、下の名前で呼んでくれたら嬉しいなー。できればイズミンでー」
イズミン? 面白いけどね、でも恥ずかしいよ、さすがに。
「それは勘弁して。……そうね、じゃあ泉美ちゃんでいい?」
「ちゃんはいらないよー。泉美だけでいいからー。あ、寺山君も私のことは泉美って呼んでー」
なっ! あのね、こんな時に仕掛けてこなくたっていいでしょ。ほら、彼だってむせちゃったじゃない。
「ちょっと、オー……、泉美ってば、寺山ぁ……君に無理言わないの!」
「いや、新開さん? それだと微妙に「テラヤ、マー君」に聞こえるんですが? もうちょっとどうにかして欲しいです」
「しょうがないでしょ! ワタシだってまだ慣れてないのよ!」
あ、またやっちゃった。どうしてこうなっちゃうかな。これも直していかないとね。
「あ、マー君ってかわいいかもー」
ナイスフォロー、泉美!
「確かに。いいかもしれないわね」
君付けよりは呼びやすい。でも誰? って話だけどね。
「マー君じゃダメ?」
あ、また! 隙を見てはアピールするのやめなさいってば。何よ、その潤んだ目は? ちょっとあざと過ぎるわよ。完璧に誘惑バージョンでしょ。
「ダメ。勝手にオレの名前変えないで」
「じゃ「よっくん」って呼ぶー」
んぐっ! 泉美ぃ、それやめて。ツボったじゃない。彼も鼻押さえているし。
「ちょっ! オー、……泉美ぃ。いきなり何言ってんのよ。寺山ぁ……君も困ってるでしょ」
自分で言っててなんだけど、大泉って誰? マー君って? あ、ダメ。またツボりそう。
ぶっ! ちょっとちょっと寺山ぁ君。何よぉ、鼻から牛乳たらさないでよ、もうヤダァ!




