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図書室と先輩~ネオ!~  作者: にま
彼の迷走、彼女の葛藤
44/102

その26 彼女は間に合いました。

「桜田先輩、さっきの、聞いてもいいですか?」


 先輩がキャラ全開で「トイレ、トイレ」と連呼しながら司書室を出て行った。

 騒乱の元がいなくなると、沈黙、静寂が部屋を支配する。寺山芳樹(カレ)は口数が多いほうではない。このような時に気の利いた会話を求めるのは無理だ。でも、今はそれがありがたい。先延ばしされた質問の答えを聞くのは今しかない。

 自分が生意気な一年生と思われているだろうことは承知している。態度が悪すぎたことは弁解のしようがない。ここは桜田先輩の温情にすがるしかないのだけれど大丈夫だろうか? もしワタシがその立場であったら、無視するかそのままとぼけるかの二択だろう。


 「ああ、最初にそう言ったっけね。先輩がいないけど……、うん、いないほうがいいか。いたら何するかわからないし」


 杞憂というほではないにしろ考え過ぎではあったようだ。思うほどに気を悪くしていない様子に安心する。とはいえ、ワタシの態度が礼を失していた事実は変わらない。少々気後れせざるを得ない。

 質問者であるワタシではなく、まず彼に目を向けたのは実は含む事があってのことかも知れない。


「しかし、君も随分と気に入られたものだね。まぁ運命と思って諦めてもらうしかないけど」


 複雑な感情が滲み出ている。嫉妬かもしれない。


「はぁ、そんな悟りの境地には辿り着けませんって」


 あいかわらずだ。彼は裏読みというスキルを持たないのか、持っていても使うことを是としないのか、おそらく前者なのだろう。もっとも、いちいち相手の裏を読もうとする人間になってほしくない。


「まぁ先輩が卒業するまでの我慢ですからね、なんとか頑張ります」


「卒業かぁ。できるのかな、あの人?」


 大丈夫だと思っていたことが、予想外にも早くワタシの体に信号を送ってきた。ちょっとマズイ。


「あの……」 


「ああ、ごめんごめん。先輩と僕のことだったね。……そうだね、多分君達ももうわかっているだろうけど、僕は先輩が好きだったんだ。でも振られちゃってね」


 すみません、桜田先輩。ちょっと言いにくい事情ができたんで「巻き」でお願いします。


「付き合っていたわけじゃないんですか?」


 隠さずにはっきりと言う姿勢には好感が持てる。でも、知りたいのは『つきあった仲』の真相なんですってば。

 あー、マズイマズイ。第一波が襲ってきた。これはなんとかしのげそうだけど。


「つきあった、のは事実だよ」


 ふぅ、なんとかやり過ごせた。

 ……えっ、やっぱり付き合っていたんですか?


「そのことで最初になんて言ったか覚えているかい?」


 『つつ』が足りないでしたっけ? 意味がわからないんですけど。

 ……うぅ、じわじわ来てる。 


「去年の今頃、かな、先輩に告白したんだよ。……そう、ここでね」


 あー、下手に動けない。えーい、この際、話に集中だ。


「え、じゃあ、一度付き合ってからすぐ別れたってことですか?」


 告白とかワタシの好奇心をくすぐってくるのはいいんですけど、体までゾワゾワしてきちゃったじゃないですか。バレないようにお尻をもぞもぞ。


「いや、だから、そこで君達は誤解しているんだよ」


「誤解、ですか?」


「君達が考えている『つきあった』と先輩の言った『つきあった』では、意味が違うんだよ」


 意味が違う? それこそ意味がわからないんですけど。


「恥ずかしながらね、告白した時僕もテンパッててさ、どもっちゃったんだよ。『つっ、付き合ってください』ってね。思い出すだけでも赤面するな」


 か、かわいい。男の子にしておくのはもったいない。先程とのギャップに思わず口元が緩んでしまう。

 

「でさ、先輩はどうしたと思う?」


 答えを期待する問いではない。記憶の確認作業のようだ。


「酷いんだよ、持っていたシャーペンでいきなり僕を突き刺してきたんだから」


 はっ? されはさすがに理解に苦しむんですけど。照れ隠し? でもそんなキャラではないしね。


「さすがにわけわからなくて『何するんですか?』って聞いたんだよ。そしたら先輩、何て言ったと思う?」


 先輩が何を言うか仕出かすか、それを予想し的中させる人がいるとしたら、余程の変人だろう。


「『えっ、だって突っつき合ってくださいって言ったから』だってさ。はぁ、あれは痛かったよ、いろんな意味で」


 ……?

 ……!

 あー、そういうこと! 

 確かに『つっ』が足りてない。

「つきあった仲」ではなくて「突っつき合った仲」だったのね。

 うわぁ、先輩ってば……。断るにしてもそれはさすがに酷いんじゃ……。


「ね、『つきあった仲』ってのはそういうこと。ホントは君達が思うほうの仲になりたかったんだけどね」


「先輩も……、なんていうか酷いっすね」


「だろう? 同じ振られるにしても、もうちょっとね……。だから寺山君も気を付けたほうがいいよ。ってもう遅いか」


 えっ、それさっきのことじゃないですよね。彼が告白して同じように振られたと思っているとか? いえいえ、それはまさかですよ。

 ……あ、でも可能性は否定できない。一度告って振られていたとしても、彼なら、先輩なら、関係を再構築してただの先輩後輩に戻れる、かもしれない。盲点だった。あり得るわね。

 その発言の意味に気付いたのかどうか、ワタシは彼の横顔を見る。オーハラも同じ考えのようで、戸惑いの視線を向けていた。

 寺山ぁ、あんた何言われたかわかってる? あんたも告白して撃沈されたって思われてるんだよ。じゃないにしろ、あんたが先輩を好きなのがバレバレだってことよ。

 けれど彼は何やら照れくさそうにしているだけ。桜田先輩の言葉もワタシ達の視線の意味も全然理解できてなさそう。

 あー、これは……。ナイナイ、絶対ない。

 

「今年図書委員にならなかったのは、塚本先輩のことだけじゃなくてそのことも、ですか?」


 おっと、オーハラも攻めに参加してくれた。うん、ワタシはちょっと休むわ。状況がマズイからヤバイに変わりつつあるからさ、任せるよ。


「まぁそうかな。塚本さんのことで顔合せ辛くなったのが一番だけど、それも理由と言えば言えるかもしれない」


「あの……桜田先輩は今でも……その……」


 行くわね。さすがオーハラ。


「そうだね。怖いもの見たさっていう人間の根源的な感情には逆らえないみたいだ」


 婉曲的な言い回しが板についている。人によっては嫌味が出ていけ好かないヤツってなるけど、桜田先輩にはそれがない。自然体といった感じ。彼にこれやれって言っても無理だろう。

 さて、桜田先輩が先輩のことをまだ好きなのはいいとして、問題は彼のほう。

 うーん……。

 少しばかり戸惑ったような表情なのは、桜田先輩という恋敵が現れたから? 

 でもね、こんなかわいい桜田先輩が振られたんだよ。しかもシャーペン刺しの刑にまで遭って。考え直したほうがいいんじゃない?

 オーハラも自分を見てアピールしてるし。できればワタシを見て欲しいんだけどな。


「ただいまー! あースッキリスッキリ」


 うっ、先輩、急に登場しないで。ヤバサがマズイ。


「桜田くーん。いない間に私の悪口言ってないでしょうね?」


「当たり前じゃないですか。だいたい何を言ったところで先輩の性悪ぶりには追いつきませんから、悪口にはなりようがありません」


 桜田先輩も言いたい放題だ。


「そ、ありがと」


 二人の間では、言葉だけではない会話がされているみたい。互いに分かり合っている部分は省略しているのだろう。さすが『つきあった仲』だ。こういう関係はうらやましくも思える。

 ふぅ、それにしてもトイレタイム、一緒に行けば良かった。今更言えないし、行けないし。はぁ……。

 なんですか先輩、そんなにスッキリな顔して、もう!


「じゃあ……」


 いきなりの「じゃあ」に彼が過敏な反応を示す。

 あーあー、なんか哀れにさえ思えてくるよ。


「今日はもうお開きにしましょうか。いつまでも先生にカウンターやらせておくわけにもいかないし」


 あ、そうだ。先生のこと忘れてた。お仕事あるのに、こっちの部屋使わせてもらっちゃったし、今度何かお手伝いしなくちゃ。




 図書室に戻ると、カウンター席で関先生が具合悪そうに俯いていた。こめかみを押さえている。顔色もあまり良くないようだ。

 

「どうしたんすか、先生。頭痛っすか? なんなら保健の先生に連絡とりますけど」


 即座に彼が駆け寄り気忙しそうに訪ねるが、関先生はその場で手を振った。

 

「大丈夫よ。心配してくれてありがとうね」


 その様子を見た先輩と桜田先輩がなにやら耳打ちをし合った。小さく頷いた桜田先輩が司書室に戻っていく。先輩はというと、「大丈夫。ちょっとそのままでいて」と、おそらく彼には聞こえないだろう小さな声でワタシ達に言ってきた。

 でも先輩? 先生、ちょっと苦しそうですよ。

 

「先輩、何してるっすか! 先生が具合悪そうなんすよ。動いてくださいって」


 かなり動揺している。でもここは彼の言う通り保健の先生に連絡を取るべきではないだろうか? 

 そう思いながらワタシは中学の時のことを思い出していた。クラスで誰かが怪我をしたり、気分が悪くなったりすると真っ先に駆けつけて世話をしていた彼。テキパキとはいかないまでも、周りに指示を出し最後まで面倒を見ていたっけ。変わらないな。そしてワタシはこんな状況なのに、嬉しくなってくるのを止められない。

 と、先輩が一歩進み出た。


「寺山くーん、ちょっと落ちついてくれるー」


「落ち着いている場合じゃないっすよ、先輩! 早く保健の先生呼ぶとか……」


「大丈夫!」


 言い切った。その根拠の元は窺い知れない。けれど、少なくともワタシに安心を与えるだけの不思議な説得力を持っていた。そして先生の横でなぜか仁王立ちになる先輩。もしかしてあのポーズが好きなのかしら?


「せーんせ! どうでした?」


 えーっと、そこはどうしましたと聞くところでは?

 関先生は関先生で、そのことは追求せず右の手を大きく広げた。ちょっと待って、という意味ではなさそうだ。


「……クインティプル」


 クイン……? 最後が聞き取れなかった。なんて言ったんだろう?


「なるほど。おめでとうございます。先生はやっぱりさすがです」


 さすが? 今のがわかったんですか、先輩?

 

「先生、どうぞ」


 桜田先輩がそこで先生に湯飲み茶碗を手渡した。関先生は「ありがとう」とそれを受け取り、つがれたお茶を一気に飲み干した。

 あれ、これってさっき見たような……。ふざけて気持ち悪くなった彼と一緒。

 えー、もしかして?

 そして大きく一息ついた先生は、その印象からかけ離れたセリフで自分の心境を吐露するのだった。


「あー、確かに酔うわぁ。ヤバイわ、これ」


 酔う。ヤバイ。この二つのキーワードによって、ワタシは確信めいた結論を出すに至った。


「五回転とはすごいです。寺山君も見習いなさい。四回転で満足しているようじゃ、君も一流の図書委員にはなれないわよ」


 先輩、それはちょっと違うような……。 

 

「ごめんね、寺山君。図書室初の五回転は私が先に頂いたわ」


 なるほど。じゃさっきはクインティプルって言ったんだ。……って何やってんですか、先生!

 彼に向かって親指を立てるドヤ顔が、もうバカバカしくなるほどにかわいかった。

 




 なんて愉快な先生だろう。もしかしたら、先輩の変人っぷりってこの先生の影響なのかしら。

 でも一番変わっているのは、もっとこの先生と話をしてみたいと思ったワタシなのかも知れない。

 

「先生、ありがとうございました。合コンも無事終わりましたんで」

 

 合コンとは言い得て妙。

 五回転についてはさほど追求しないところを見ると、先輩にとっても先生の行動パターンは読めていたということだろう。大丈夫の根拠はそれか。ホント、変な人達だ。 


「そう。うまくまとまった?」 


「いえいえ、今日は顔合せ程度ですから」


 顔合わせにしては、かなり内容が濃かったですけど。

 でも、そうね……。

 と、ここでワタシは一つの決意をする。オーハラとの同調(シンクロ)も解けていないようで、顔を見合わせたワタシ達は次への行動に出たのだった。


「先生!」


 あ、彼がビックリしている。ごめん。

 そろって先生の前に進み出たワタシ達は、決意をはっきりと言葉にした。


「ワタシ、二年生になったら図書委員になります。絶対なります」

「私も! その時はよろしくお願いします!」


 彼は呆然としているけれど、もう引っ込めないからね。

 先生は何も言わないけれど、口元の笑みがワタシ達の宣言を歓迎してくれている。

 ポン。

 この展開についてこれないのか、目を丸くしている彼に優しそうに声を掛けたのは桜田先輩だった。ウンウンと頷きながら肩に手を置く。

  

「来年は僕も図書委員になるからさ、その時はよろしく」


 あ、なんか心強い味方ができた気分。よろしくお願いします!



 いつの間にかワタシとオーハラの間に先輩が割り込んできていた。気配を感じさせないで近づくとか、ちょっとビックリ。先輩、今かなりキテいるんですから、勘弁してください。そしてそんな考えを見越したように、先輩は小声でワタシ達に聞いてきたのだった。

「で、オシッコは大丈夫? 我慢は体に良くないわよ」

 ちょっと先輩ってば! バレたら恥ずかしいじゃないですか。彼がキョトンとした表情でこちらを見ているし。

「大丈夫。うまく誤魔化してあげるから、あなた達はこのまま帰っていいわよ。でも、ちゃんとトイレには行くのよ」

 なんだか自分が幼稚園児になった気分。でも切り出す機会がなくて困ったいたのは事実だし、渡りに船と思えばいいのかしら。

 ワタシだけかと思っていたけど、どうやらオーハラも? ちょっとモジモジしているし。

 先生に顔を向けると……。

 あ、やっぱりバレてるみたい。目配せされてしまった。あー、これはちょっと恥ずかしい。でもそうね、後は先生と先輩に任せて、ワタシ達は健康を損ねない為にも次の目的地に向かうとしましょうか。


「寺山ぁ、今日はありがとう。ワタシ達、先に帰るね」

「寺山君。二年生になったら私も図書委員になるから色々教えてね。じゃ、お先に」


 へっ? と彼が言ったような気がしたが、ここからトイレまでの距離、そして自身に残された耐久時間に思考を巡らせ始めたワタシは、そのまま彼の横を早足ですり抜けた。オーハラの動きもよどみがない。

 図書室を一歩出たところでワタシ達は顔を見合わせる。するとおかしさが突然こみ上げてきてこらえきれなくなってしまったけれど、もらすのは笑い声だけにしよう。急がなきゃ間に合わない!




 間に合ったー! 

 ほぅ、と自然に溜息がもれる。あー、この爽快感、身を包む安堵感。幸せ……。考えようによっては、かなりの変態プレイに興じてしまったような気がするけれど。


「オーハラー、何よ、あんたも我慢してたの? バカよね」


「映子ちゃんほど切羽詰ってなかったよー」


「どうだか」


 手を洗いながら、ワタシ達は通常運転に戻って掛け合いを続ける。


「でもお互い間に合って良かったねー」


 差し迫った危険から回避できたことで、ワタシの考えはさっきまでいた図書室に戻る。

 そう、間に合った。漠然ではあるけれどワタシはそう感じていた。はっきりとは言えないけれど、とにかくワタシは間に合ったのだ。ただそれだけが強く心に浮かぶ。


「映子ちゃん?」


「ああ、ごめんごめん」


「寺山君のこと?」


 どうしてこう鋭いのかな。敵わないところが多すぎるよ、あんた。


「うん。なんかうまく言えないんだけど、ようやく間に合ったって気がしてさ」


 彼が先輩を好きだというのはもう確定でいいだろう。でも、だからこそ、と思う。


「あ、私もなんとなくそう思った」


「ふん、あんたも変わってるわよね」


「映子ちゃんに言われたくないなー」

 

 そしてまた私達は顔を見合わせ笑い合う。


「変わっていると言えばさ」


「関先生? あの人はもう論外だよー。太刀打ちできそうにないなー」


「やっぱり? クインティプルだもんね。もうおかしくて! さすがに「あんたバカァ!」とは言えなかったけど」


「今頃寺山君どうなっているかなー」


「賭ける? アイスでどう?」


「酷いんだー映子ちゃん。でものったー」


 ほとんど生贄状態で置いてきたというのに、ワタシ達は罪悪感の欠片も持たず、彼を賭け事のネタにようとしている。酷いと言えば酷いのだけれど、まぁ話のネタにもなるし彼には協力してもらいましょ。

 さて、どうなっているかしら。

 けれど賭けは成立しなかった。なにしろ、せーので同時に言ったのは。


「「来年も図書委員になりなさいって脅されている!」」


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