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図書室と先輩~ネオ!~  作者: にま
彼の迷走、彼女の葛藤
42/102

その24 彼女は実はギリギリです。

 んー? 寺山ぁ、もしかしてワタシ達のこと誤解してない? 


「女なんてものに幻想を抱いちゃダメよ。ねぇ桜田君?」


 そうそう、先輩の言う通り。女ってのはね、男用の外面(そとづら)を作り続ける生き物なんだから、変な期待とかしちゃダメ。

 あ、でもワタシはあんたに外面作ったことないからね。いつだって素顔だったよ。……ごめん、嘘。

 桜田先輩はすでに諦めたみたい。肩を落としていて、ヤケな感じ。

 しっかし、先輩は楽しそうだなぁ。桜田先輩の肩を叩いてニコニコしているし。


「ホント、君もバカよね」


 頭を撫でたりとか、その優しい声とか、きっと二人にもいろいろあったんだろうな。

 顔が真っ赤っかですよ、桜田先輩。うーん、やっぱりかわいいわ、この人。確かにちょっといじめたくなる。


「私には塚本さんを慮る必要はないし、そのつもりもない。でも、君はそういうことができない、優しいからね。だから、あの子だけが悪者になるのが堪えられなかった。そうよね」


 消え入りそうな感じで桜田先輩が頷く。なるほどね。自分が嫌われることで帳尻を合わせようとしたんだ。でもなぁ、優しいのはわかるけど……。


「でもね……、今更君が悪役買って出たところで誰も救われないわ。そうじゃない?」


 あ、やっぱり先輩もそう思います? そうですよね。


「みんな塚本さんのことを悪く言います。でも、僕がもう少し上手く立ち回っていたら、塚本さんだってあんなふうにはならなかったかも知れないじゃないですか。結局は僕が……」


 すっとそこで先輩が桜田先輩の口に二本の指を当てる。そしてチョキのようにして押さえた唇をはさんだ。

 あ、チョキってそれ? それだったら、いくらでも彼にやって……、いえ、やらないでください。彼が喜んじゃいそうですから。


「ホント、バカなんだから」


 あ、これ。オネエサマって思っっちゃった時の顔。きれい。


「たらればの話はもう意味がないのよ。それを言い出したらキリがないわ。もしも私がいなかったら、もしも私がいなければ、こんなことにはならなかった。そうでしょ。だったら私は生まれて来なければ良かったの?」


 先輩、そんな言い方しないで。そっちのほうに不安を感じちゃいます。


「君が悪かったわけじゃない。あなたが塚本さんに責任を感じるのはわかるけど、もう終わったのよ。折り合いをつけるのは難しいかも知れないけど、この子達を騙してまで悪役になることはない。何より失礼よ、塚本さんにも、この子達にも」


 失礼だったのはワタシ達。浅はかな好奇心が、先輩を、そして桜田先輩を傷付けた。二人とも何も言わないけれど、心にはおそらくワタシに刺さった以上のとげがまた食い込んでしまっただろう。

 多分この件は二人の間でも一応ケリがついていたんだと思う。それを蒸し返してしまった。中途半端な気持ちではないつもりだったけれど、正直今の話は重すぎた。スッキリするどころか、後ろめたさがのしかかってくる。


「納得してくれたかな、大原さん、新開さん」


 えっ? 先輩の直線的な視線がワタシを捉えてくる。言葉ではない何かが伝わってきた。少し強い光を放ったように感じたのは一瞬のこと。

 ワタシは多分それを理解できたと思う。そして多分オーハラも。

「おしまい」 

 受け取ったメッセージはそれだった。

 オーハラと同時に立ち上がったワタシは、即座に謝罪の言葉とともに頭を下げる。


「桜田先輩、誤解していました。失礼な態度をとってしまって済みませんでした。高橋先輩、本当にごめんなさい」


 自身の愚かさ、浅はかさを認めることは正直快いものではない。しかし、それ以上に他人を傷付けることに無頓着でいたくはない。そう、最初に決めたじゃない。自分自身の責任を全うしようと。


「無神経でした。ご気分を害されたとは思いますが、どうかお許しください。高橋先輩、桜田先輩、済みませんでした」


 奇妙な感じだけれど、今ワタシとオーハラは同調(シンクロ)していた。考えていることがはっきりとわかる。

 ねぇ、オーハラ? ワタシ達って本当にバカだったね。 


「あ、二人連れてきたのはオレなんで……」


 頭を上げようとしたその時、彼が口を開いた。

 ちょっと、何言うつもり! ワタシ達の()()()はまだ終わってないよ。

 と、わずかな物音と誰かが動いた気配を感じて顔を上げると同時に、彼が隣で椅子ごと後ろに飛び退いた。


「ぅおっ!」


 彼の顔があった位置に先輩の右手が伸びていた。正確には掌。指は折り曲げられていて、お相撲さんの突っ張りとも違う。 


「ちっ、届かなかったわ」


 えっ、当てるつもりだったんですか? 

 顔を見ると眉間に皺が寄っているし、舌打ちも本気みたい。先輩、もう乱暴なことはしないでくださいってば!

 

「先輩、何するんすか、危ないじゃないすか!」


「あれ、次はパーにしろって言ってたわよね」


「いやいや、今のはパーじゃなくて、どう見ても掌底っすよね。掌打ってやつっすよね」


 しょうてい? しょうだ? なにそれ?


「えー、私的にはパーなんだけどなぁ」


「しかも急所狙いませんでした?」


「あら、人中を狙うとかそんな危ないマネはしないわよ、私」


 じんちゅう? 出てくる単語が理解できず、二人の会話についていけない。思い付いたのが陣中見舞いの「陣中」と忠義を尽くす「尽忠」 でも違うよね、やっぱり。


()()が出てくる時点でアウトっす。いやいや、問題はそんなことじゃなくてですね、えーとこの際パーにしときますけど、なんでパーされちゃうんです、オレ?」


 ワタシもパーしたい。あんたの出番じゃないでしょ!


「うーん、ちょっと待っててね」


 先輩が突っ伏すようにテーブルに顔を近づけた。そして髪をまとめ上げながら身を起こし……。

 ……。

 えっ、先輩ですよね? 眉間に皺を寄せ、目尻が吊り上ったその顔は、すでに別人と言っていいほどのものだった。顎をひき彼を睨みつけている。

 と、いきなり彼の胸ぐらを掴み、強引にテーブルの中ほどまで引きずり上げた。

 うそっ!

 彼の正確な体重は知らないけど、たぶん60キロ以上はあるだろう。それを片手でとか、先輩って一体何者?

 しかも顔が、目が……怖い。彼をねめつける目に狂気がにじんでいる。常人のそれじゃない。

 ()()()()()()()()()()()()

  

「おいガキ! ええカッコシイしてんじゃねえぞ、ごらぁ! なんだぁ、そのとりあえず謝っちゃえ的な態度はぁ? ああん? こっちが大人しくしてりゃつけ上がりやがって。ほどほどにしとけや! こんボケがぁ!」


 すごいな、声まで完全に別人だ。 

 さっき、病んだ話があったから効果も抜群。二重人格と言われたら納得してしまうだろう。


「ったく!」


 驚いたのは乱暴さが堂に入っていること。もしかしてこちらが「地」なのかしら? 

 突き飛ばされた彼は、そのまま椅子に座り込む。ここまでくると彼がかわいそうになるけれど、ここはワタシが口を出す場面ではないだろう。

 助けを求めるように彼が顔を向けた先にいるのは、さほど動じていない桜田先輩だった。この展開は読み筋だったということだろう。さすがに先輩をよく知っている。

 そして大きく溜息をついた桜田先輩は、彼がさらに困惑するであろう有罪判決を下した。 


「寺山君、今のは君が悪い」


 案の定、彼は納得のできない表情となり呆然としている。


「でも先輩? あまりからかっちゃかわいそうですよ?」


 その言葉に先輩は再び俯き直し、それから勢いよく体を起こす。

 あ、なんか子供っぽい顔してる。小学生みたい。この変身ぶりは本当に感心する。 

 

「ねっ、どうだったどうだった、桜田君? いい線いってた?」


 両手を合わせはしゃいでいるけど、いい線って何? 彼を恐怖に陥れるということだったら、十分でしたけど。


「いき過ぎです。彼女達まで怯えてたじゃないですか。あんまりいい趣味とは思えませんよ」


 桜田先輩、それは違いますよ。ワタシもオーハラも怯えてたわけじゃなく、先輩の豹変っぷりに感動してただけです。ま、最初は何事って思っちゃいましたけど。

 何も知らなければワタシも震え上がっていたことだろう。けれど、ワタシとオーハラは気付いていたのだ。髪をまとめながら顔を上げる時の先輩の目配せに。それがいたずら心に満ちて輝いていたのを。


「テヘペロ」


 ペコちゃんが自分の頭を一回小突く。

 彼はそれしかできないと言うように呆然としたままだ。


「あ、大原さん、新開さん、ごめんね。驚かせちゃった?」


「あ、大丈夫です」

「私も」


 驚いたのは確かですけど、怖くは……、ちょっとだけ怖かったですね。何やるのかもわからなかったし、あそこまで豹変するとは思っていませんでしたから。

 オーハラはどうかなと思っていたけど、即座に先輩の思惑を感じ取ったようだった。やはりこういうところはワタシより適応力が高い。何処か似ているところもあるし、もしかしたらすでに先輩と通じ合っているのかもしれない。


「出過ぎたマネは彼女達を軽んじているのも同然よ。余計なことをしてはダメ。わかるわね。じゃないと、お姉さん、さっきみたくなっちゃうからね。……まぁ桜田君がかっこよく見えたんだろうけど」


 そう、それ! あんた、ワタシ達をかばおうとしたでしょ。それが腹立つのよ。何様よ? ワタシ達は覚悟決めてきたんだから、最後にケチつけないで。

 ま、あんたなりに場を収めようとしたんだろうけど、今のはちょっとバツだったよ。そんなタイプじゃないんだからさ、へんにカッコつけようとしないで。 

 

「すみませんでした。オレが間違ってました」


「ふむふむ。素直でよろしい」


 ホント、この素直さだけは褒めてあげたい。というか彼の美点。自分の落ち度を認めることを拒否しない。何かコトがあると自身に原因を求める傾向が高いのは、卑屈と見ることもできるけど嫌いじゃない。あれ、そういえば、オーハラもこのタイプに近いな。二人って意外と似てるのかも。

 ……やだ、変なこと考えちゃった。うぅ、ますます不利になったような気がする。

 あれ、大人しくなっちゃった。何考えてんの? と思ったら、なんでまた先輩の胸見てるわけ?

 すると、彼が突然ビクッと体を震わせる。

 ちょっとぉ、いきなりやめてよねぇ! 今日のあんたは割れ物注意なんだからさ。


「良かったね。寸止めにしてもらって」


 そう言ったのはすっかりリラックスしている桜田先輩だ。

 寸止め。それならわかる。当たるか当たらないかギリギリのところで攻撃を止めることだよね。

 さっきのはやっぱり当てるつもりじゃなかったんだ。先輩ってば演出過剰です。 


「失礼なこと考えていると、次からは()()()からね」


 あ、これは本気だ。先輩がニッコリと彼に微笑みかける。

 はぁ、またくだらないこと考えていたんでしょ。すぐ見抜かれるんだから、少しは懲りなさいよ。


「さてと、じゃあ……」


 先輩の一言に彼が反射的に身構えた。無理もない、のかな? この「じゃあ」でさんざんな目に遭って来たしね。でも何を言い出すのかワタシも興味あるな。 


「トイレターイム!」


 カクン! 予想の斜め上を行った発言で、椅子に座りながら腰がくだけた。

 あー、でも確かに一息入れるにはいいタイミングかしら? 


「いやぁ、寄る年波のせいか、この頃近くて困っているんだ。ホント君達がうらやましい。分けてほしいわ、その若さ」


 ここで突っ込みを入れると、さらにボケで返されるんだろうな。それで墓穴掘りになっちゃうよ、と。この場はスルーが正解ね。 

 さて、どうしよう? ホントはワタシも行きたいんだけど……。

 桜田先輩は行かないみたいだし、この際だから気になっていたアレ聞きたいんだよね。

 んー、よし、我慢しよっ!


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