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図書室と先輩~ネオ!~  作者: にま
彼の迷走、彼女の葛藤
41/102

その23 彼はもうカラカラです。

 女の子って怖い。 

 いやいや、それはこの二人がただ素直なだけであってだな、ひねくれたどこぞの魔女とは違うということだ、うん。


「女なんてものに幻想を抱いちゃダメよ。ねぇ桜田君?」


 いや、だからそこでオレの心を読まないでください。それにオレが抱いているのは幻想なんかじゃなくて妄想ですから。

 桜田先輩はすでに諦めたのか、げんなりした表情で肩を落としている。この人も災難だな。

 頬杖をつきながら桜田先輩の肩を叩く先輩。


「ホント、君もバカよね」


 頭を撫でるとか……。それになんですか、その優しい声は? なんかズルイ。

 顔を真っ赤にした桜田先輩は、ちょっとかわいそうで、ちょっとかわいいぞ。女の子だったら、そう、キュンキュンしちゃうって感じか? 


「私には塚本さんを慮る必要はないし、そのつもりもない。でも、君はそういうことができない、優しいからね。だから、あの子だけが悪者になるのが堪えられなかった。そうよね」


 顔を赤くしたまま桜田先輩がそこで頷く。なるほど、得心がいった。なんでわざわざ嫌われるような言い方するんだろうと思っていたら……。なかなか男だな。


「でもね……、今更君が悪役買って出たところで誰も救われないわ。そうじゃない?」


 先輩、なんかこう……、どうにかなりません? その言い方。


「みんな塚本さんのことを悪く言います。でも、僕がもう少し上手く立ち回っていたら、塚本さんだってあんなふうにはならなかったかも知れないじゃないですか。結局は僕が……」


 すっとそこで先輩が桜田先輩の口に二本の指を当てる。そしてチョキのようにして押さえた唇をはさんだ。

 あ、チョキってそれか! それだったら、やられてもよかったな。


「ホント、バカなんだから」


 あ、まただ。俺が知る限りで最も優しい時の表情。すごくきれいだ。


「たらればの話はもう意味がないのよ。それを言い出したらキリがないわ。もしも私がいなかったら、もしも私がいなければ、こんなことにはならなかった。そうでしょ。だったら私は生まれて来なければ良かったの?」


 自分限定にしちゃうところが先輩らしいんだけど、さっき「病んだ」ことを聞かされた後だとな……、なんか危ないものを感じてしまう。


「君が悪かったわけじゃない。あなたが塚本さんに責任を感じるのはわかるけど、もう終わったのよ。折り合いをつけるのは難しいかも知れないけど、この子達を騙してまで悪役になることはない。何より失礼よ、塚本さんにも、この子達にも」


 この件はオレ達が入学する前にも話し合ったのだろう。その時にも多分、桜田先輩は自責の念にかられていたに違いない。そして同じように諭されたのだろう。それで、一応のカタは付いたはずだった。しかし、今日オレ達が来てしまった、地雷を持って。

 なんか桜田先輩に悪いことしたな。間の悪い時に新開と大原を連れてきてしまった。


「納得してくれたかな、大原さん、新開さん」


 え、先輩、その目! それ、どういう意味なんです。口元にっこりなのに、目がなんか冷たいっていうか、怖いっていうか。そんな目で彼女達を見ないでくださいよ。

 だがそれはほんの一瞬。また元通りの表情に戻ってしまった。こえぇ……。あの目付きで睨まれたら、絶対動けなくなるぞ。

 と、両脇の二人が突然立ち上がった。


「桜田先輩、誤解していました。失礼な態度をとってしまって済みませんでした。高橋先輩、本当にごめんなさい」


 新開映子(カノジョ)がいきなり頭を下げて謝る。続けて大原も。


「無神経でした。ご気分を害されたとは思いますが、どうかお許しください。高橋先輩、桜田先輩、済みませんでした」


 おいおい、どうしたの、あなた達? 大原なんてちょっと泣いているし。

 でもさぁ、ここはやっぱり連れてきた責任とか、一番のおバカはだったのは誰かってこと考えれば、オレが謝るところじゃね? 


「あ、二人連れてきたのはオレなんで……」


 まだ頭を上げないでいる二人を横目で見ながら、オレは前にいる二人に向かって口を開いた。

 しかし、そこで突然オレの視界を何かが遮った。ビュッというような風切音。オレは反射的に椅子ごと飛び退く。


「ぅおっ!」


 目の前に停止したのは先輩の右の掌だった。少し指が曲がっている。


「ちっ、届かなかったわ」


 あっぶねぇ! もう少しで当たるところだった。

 しかもなんで舌打ち? 本気かよっ? 


「先輩、何するんすか、危ないじゃないすか!」


「あれ、次はパーにしろって言ってたわよね」


「いやいや、今のはパーじゃなくて、どう見ても掌底っすよね。掌打ってやつっすよね」


「えー、私的にはパーなんだけどなぁ」


「しかも急所狙いませんでした?」


「あら、人中を狙うとかそんな危ないマネはしないわよ、私」


 人中。急所の一つ。鼻と唇の間。殴打されるとかなり痛いらしい。あの角度だったら、鼻も一緒に突き上げられて大出血必至だろう。


()()が出てくる時点でアウトっす。いやいや、問題はそんなことじゃなくてですね、えーとこの際パーにしときますけど、なんでパーされちゃうんです、オレ?」


 うーむ、日本語がおかしい。何言ってんだオレ? でもまぁ伝わっているだろう。


「うーん、ちょっと待っててね」


 俯くというよりテーブルに鼻がつきそうなほど頭を下げる。そして両手で髪の毛をかきあげながら身を起こした先輩は……。

 えっと、誰? オールバックのヤンキーが登場した。少し顎をひきオレをねめつけている。

 次の瞬間、別人となった先輩に胸ぐらを掴まれ、オレはテーブルの真ん中ほどまで引きずり出された。

 うおっ! オレの体を浮かせるとかどんだけの力だよ。

 しかも、顔、顔。ちょっとヤンキー入ったどころじゃない。極道? そっち。

 

「おいガキ! ええカッコシイしてんじゃねえぞ、ごらぁ! なんだぁ、そのとりあえず謝っちゃえ的な態度はぁ? ああん? こっちが大人しくしてりゃつけ上がりやがって。ほどほどにしとけや! こんボケがぁ!」


 豹変だ! ドスの利いた声。 

 おいおい、この人二重人格かなんかかよ? 「病んだ」のって治ってないのか?


「ったく!」


 乱暴に突き飛ばされたオレは、そのまま椅子に腰を落とした。

 両隣の二人も、先輩のいきなりの変身ぶりに怯えている。こえぇ。桜田先輩、何落ち着いてんですか? 涼しい顔してないで、なんとかしてください!

 オレが懇願するように顔を向けると、溜息をついてようやく助け舟を出してくれた。

 ……違った。


「寺山君、今のは君が悪い」


 えーっ!


「でも先輩? あまりからかっちゃかわいそうですよ?」


 へっ?

 目の前で、()()がもう一度俯き直し、よいしょと反動をつけて体を起こす。

 

「ねっ、どうだったどうだった、桜田君? いい線いってた?」


 そこには、両手を合わせはしゃいでいる先輩がいた。その姿はまるでキャピキャピの中学生だ。極道はどこ行った? 


「いき過ぎです。彼女達まで怯えてたじゃないですか。あんまりいい趣味とは思えませんよ」


 へっ?


「テヘペロ」


 ペコちゃん顔で自分の頭を一回小突く先輩。

 なんだ? なんだこれは? からかわれた……のか?


「あ、大原さん、新開さん、ごめんね。驚かせちゃった?」


「あ、大丈夫です」

「私も」


 本当か、おい。思いっきり怖がっていただろ! 一番怖がっていたのはオレなんだけど。

 すると、またもや変身したのかと思うほどに表情を変えた、いやこの場合は元に戻したというべきか、いつもの先輩が、オレに向かってこう言ってきた。


「出過ぎたマネは彼女達を軽んじているのも同然よ。余計なことをしてはダメ。わかるわね。じゃないと、お姉さん、さっきみたくなっちゃうからね。……まぁ桜田君がかっこよく見えたんでしょうけど」


 出過ぎたマネ? 今のが? オレなりに彼女達を気遣ったつもりだったんですが? それに桜田先輩がなんですって?

 そしてオレは自分の行動を省みて、普段であれば取らない行動に出ていたことに気付く。

 ああ、そうか。オレ桜田先輩のマネしようとしてたのか。そんなつもりなかったんだけど、いつのまにか()()()()()いたんだな。先輩の言う通りだ。彼女達にカッコつけたかっただけ、だった。

 

「すみませんでした。オレが間違ってました」


「ふむふむ。素直でよろしい」


 そうだな。彼女達が自分自身の意思で謝っていたのに、オレがしゃしゃり出ることではなかった。かばうつもり、それこそ大きなお世話ってやつだ。確かに彼女達を侮辱するに等しい。桜田先輩見て、ついオレもってなっちゃったんだ。あー、なんかこれダメダメなやつじゃね、色々と? 

 ふぅ、それにしてもさっきの極道はすごく怖かった。しかもあの力って何? 65キロのオレを軽々引っ張り上げたよな。マジか? 自分で体験しながらまだ信じられない。

 華奢に見えて、実は隠れマッチョだったり? 胸が薄いのって、その分筋肉に回っているとか? 

 ……っておい! さっきくらったの、やたら効いたけどそのせいか? もし今のがまともに当たってたら……。

 ゾクッ! 背筋に冷たいものが走る。


「良かったね。寸止めにしてもらって」


 縁側でひなたぼっこしているおじいちゃんのように、のほほんとした様子で桜田先輩か紙コップのお茶を両手でズズズッっとすする。

 えっ、寸止め? さっきのか?

 オレ的には奇跡的な反射速度で避けたつもりだったんだが、もしかして先輩がギリギリで止めた? そうなのか? 


「失礼なこと考えていると、次からは()()()からね」


 ニコッと微笑む先輩が……怖い。ゾワゾワっと寒気が背中を中心に広がる。

 ちょっとぉ、おかしいでしょ、魔女が武道家スキル取得してるのって! 絶対変! 勘弁して! 


「さてと、じゃあ……」


 うわっ、またか! 先輩の「じゃあ」を聞くと、条件反射のように体がビクッとしてしまう。パブロフの犬だったっけか? 

 何言い出すつもりだ? オレがおそるおそる顔を向けると……。


「トイレターイム!」


 ざっぱーん! 突然の高波に思考力を根こそぎ持っていかれた。

 ……。

 もう好きにしてください。オレは結構ですから。トイレ行くどころか、変な汗ばかりかいちゃって水分残っていません。もう干からびそうです、はい。


「いやぁ、寄る年波のせいなのか、この頃近くて困っているんだ。ホント君達がうらやましい。分けてほしいわ、その若さ」


 さっさと行けぇっ! 

 70のババァでもあるまいし! ……いや、もしかしたら今の姿は幻術とかで、実際の姿は皺くちゃの老婆なのかも? 

 あーダメだ。すでに精神がやられちゃってる。今、本気で思っちゃったよ。


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