その22 彼女はまたハラハラです。
「塚本さんてすごいわ」
オーハラが自分の聞いた噂」について一通り話し終えた。彼が怒り出した時はどうなることかと思ったけれど、今は強引すぎる手段で場を収めた先輩のターン。それぞれについて教えてくれるという。
第一声がこれなのは、塚本という女子に対する印象を和らげようとしているかも知れない。
「カレシを横取りするとか面倒過ぎるから、それはバツね。補導も停学にもなったことはないんだけど、夜中にふらついておまわりさんに声掛けられたのはしょっちゅうだったし、なんか色々嫌んなっちゃって登校拒否ったのも二度や三度じゃないし、そのまま二週間休んだり、あ、これ一年の時ね」
えー? 反省文提出くらいじゃ済みませんよね、それ。
「残念ながら麻薬には手を出したことがないんだけど、オーバードーズって知ってる?」
そんなものに手を出さないでください。
あ、オーハラが息を呑むのが聞こえた。薬の過剰服用だったよね。彼は知らないみたいでオーハラに訊ねている。
「早く言えば薬の飲み過ぎなんだけど」
連想できる単語は陰陰滅滅なものばかり。まさか先輩って……。
「裏返って毒になっちゃうの。幻覚や幻聴とか意識混濁とか症状はさまざま。下手すると死んじゃう」
そう、最悪な結果しかもたらさない。
「せいかーい」
先輩ってやっぱりそっち側だったの? ちょっと想像できない。
「市販薬でも十分オッケー。咳止めとかでもトリップできるわよ。でもいーい。あなた達はやっちゃダメよ、絶対」
でもこれって……。
「先輩! 笑い事じゃないです!」
珍しくオーハラが怒り気味だ。ワタシにはその気力はわかない。
「なら、わかるでしょ。そういうことをする人間の特徴は」
オーハラが体を硬直させるのが見ずともわかる。そしてその問いに対して、ワタシが「そっち側」とするものを口ごもりながら答えた。
「精神疾患とか中毒患者、自殺願望とか……」
「そう。ワタシね、中学ん時、病んじゃってやらかしたのよ。だからジャンキーって言うのも精神病院に入院してたって言うのも、あながち間違いじゃないの」
あ、これダメ。聞いちゃいけないことだ。
先輩はなんでもないような顔をしているけど、それはきっとうわべだけ。ワタシ達は今、先輩に対して酷く残酷なことを強いている。
聞いているワタシ達以上に傷付いているはず。もうやめた方がいい。
「援助交際とか風俗店はさすがにないけど。それにAVとかだって、ほら、このおっぱいじゃねぇ……」
だから先輩、おっぱい言うのやめましょうよ。……あれ、いつもの感じ? ホントわかりづらいな、この人。どっちなんだろう? 表情だけでは全然わからない。もっともそういうの得意じゃないしね、ワタシ。
さて、先輩のこの振りにはどう対処すべきだろう。ワタシやオーハラが何か言うと嫌味になりそうだし、墓穴掘りは彼に任せよう。
「ちぇっ! なんで突っ込んでくれないのよー、寺山君の意地悪!」
やっぱり、狙っていたのね。それにしても彼も随分と慎重になったこと。まぁ、このシチュエーションだし、さすがに引っ掛かるわけないか。そこまでテンション上がらないよね。
「ほらほら」と上半身揺らしながらの寄せて上げて攻撃。でも先輩、今は通じないんじゃ?
「あら!」
手が滑ったのか、両手がそのまま交差して腕を組むような格好になった。
ンクッ! 油断した。思わず吹きそうになってしまった。でもなんとか耐えることできた。危ない危ない。
ブッ! 耐えられなかったお隣さん。はぁ、懲りないな。
ここはオーハラと一緒にジト目攻撃ね。後悔なさい。
「まぁだから半分くらいは当たらずとも遠からず、と言ったところなのよ。ワタシのことなんて全然知らないのに、かなりいい線行くとかすごいわよね」
もしかしたら、先輩のことある程度調べたのかも。それで噂にしやすいのをピックアップしたとか。そう考えたほうが納得がいくかな。
それだけのエネルギーを持てるのって確かにすごい。負の情熱、できれば持ちたくはない。
多分先輩も薄々わかっているんだろうな。知らない振りしているんだね。
「そうそう。魔女の館っていう風俗店って実際にあるのよ、ってかあったのよ。今はどうか知らないけど。人妻エステ? って言うんだっけ、マッサージのお店」
なるほど、真実が混じると信憑性がでてくるし、結構考えているわね。
「と、まぁ私が話せるのはこれくらい。後は何かある?」
「あの……、その噂のせいで嫌な目に遭ったとかはなかったんですか?」
なおもオーハラが行く。ワタシはちょっとリタイアしたい気分。
「生徒指導から呼び出しくらったくらいかな。後、バカが三人程、やらせろよって言い寄ってきたくらい」
それ、それがワタシだったら無理。そんなことあったらもう学校なんか来なくなる。だいたい、そんな噂流された時点で無理。先輩はどうやって乗り切ったんだろう。実はそこのところが一番知りたい。強がってはいるけど先輩だってホントはか弱い女の子だと思う。そうじゃなければ中学の時にやらかしたりはしない。
「あ、そうそう。この件については桜田君にはお世話になっているんだ。前にも言ったけど、改めてありがとうね」
「先輩、やめてください。蒸し返されるとこっちが恥ずかしいです」
「どういうことです?」
「むふふぅ。桜田君てば、知り合いの女の子達にあれがデマだって触れ回ってくれてね」
「女子だけじゃないですよ!」
「でも断然多かったでしょ。知ってるんだから、私。ボッチだけど情報に疎いわけじゃないのよ」
「確かに同じクラスとか部活の女の子にそうお願いしたことはありますけど、ヤローにだって話しました!」
そう、だったんだ。あまり噂が広がっていなかったのって桜田先輩のおかげなんだ。なんだ、やっぱりいい人じゃない。……どうしよう、さっきから失礼なことばっかり考えていた。
「さてと、じゃあ桜田君、君の番ね」
彼と違って桜田先輩にはこの「じゃあ」は既定路線なんだろうな。
「さっき寺山君が言ってたよね。嫌なヤツ演じてるって。まぁ、実際嫌なヤツなんだけど、あそこまで嫌なヤツじゃないのよ。だから新開さん、大原さん、ちょっと桜田君の人物評価は確定しないでくれる?」
はい? いい人だったって再評価したんですがダメですか? それに今のだと、嫌なヤツは確定しているみたいですけど? あ、そうか! 先輩にとって嫌なヤツって……。
「先輩! お願いですから勘弁してください!」
ワタシもゲンキンだ。コロッと考え変えちゃうし、そうなるとさっきまで憎々しげだった桜田先輩がかわいく見えてくる。実際かわいいし。
「新開さん、あなた思ったでしょ。なんだこのクズ野郎、女の子の純情をゴミ扱いしやがって、とか」
さすがに見抜かれている。もっと酷いこと考えていたかな。言葉にしたら、女の子失格みたいなことまで。彼にだけはこの腹黒さを見抜かれないようにしないと。
あれ、彼がなんか唖然というか茫然というか……。
「大原さんも、ひっぱたいてやりたいって思ってたようだし」
オーハラも唇とがってたしねー、同志よ!
あれあれ、彼がなんかどんどんと……これは悄然という状態かしら?
寺山ぁ、どうしたの? 浮き沈み激しいわね。さっきものこともあるから、あんたのちょっとした態度でもこっちはハラハラしちゃうのよ。ほらほら、シャンとしてってば。




