その21 彼はもうバラバラです。
「塚本さんてすごいわ」
話題となっている噂について、先輩がその真偽を説明し始めたのだが、その第一声がこれである。自分を貶めた人間を褒めるとかどんだけ寛大なの? それとも後で逆説的に非難するつもり?
「カレシを横取りするとか面倒過ぎるから、それはバツね。補導も停学にもなったことはないんだけど、夜中にふらついておまわりさんに声掛けられたのはしょっちゅうだったし、なんか色々嫌んなっちゃって登校拒否ったのも二度や三度じゃないし、そのまま二週間休んだり、あ、これ一年の時ね」
すごいことを平気で言うな、この人。
「残念ながら麻薬には手を出したことがないんだけど、オーバードーズって知ってる?」
残念じゃないです。で、なんですかそれ?
隣で大原が少し驚いて左手を口に当てている。さすが物知りだ、教えてくれ。
「早く言えば薬の飲み過ぎなんだけど」
先輩、用法用量は守りましょうよ。で、二日酔いみたいになるのか?
「裏返って毒になっちゃうの。幻覚や幻聴とか意識混濁とか症状はさまざま。下手すると死んじゃう」
おい、待て待て、ちょっと待て。それって……。
「せいかーい」
なんでそんなに嬉しそうなんです、先輩。ヤバイじゃないですか。
「市販薬でも十分オッケー。咳止めとかでもトリップできるわよ。でもいーい。あなた達はやっちゃダメよ、絶対」
いや、やりませんから。
「先輩、笑い事じゃないです!」
お、大原が怒っている。そりゃそうだな。オレもちょっと怒っていますよ。
「なら、わかるでしょ。そういうことをする人間の特徴は」
ビクッと体を硬直させる大原。うん、それならオレもなんとなくわかる。ただ、わかりたくなかったとも思う。
大原が口ごもるようにそれに答えた。
「精神疾患とか中毒患者、自殺願望とか……」
「そう。ワタシね、中学ん時、病んじゃってやらかしたのよ。だからジャンキーって言うのも精神病院に入院してたって言うのも、あながち間違いじゃないの」
リタイアしたい。噂そのものよりも、正直こっちのほうがつらい。
なんでもないような口ぶりだけど、先輩にして見れば話したくないことだよな。オレ達が面白半分で聞いていいような話じゃないよな。
心が痛いってこういうことか……。
しかし相変わらず先輩は冗談口調だ。オレ達を気遣ってのことなのか、本当にもう気にしていないのか、その表情だけでは判断できない。
「援助交際とか風俗店はさすがにないけど。それにAVとかだって、ほら、このおっぱいじゃねぇ……」
胸を下から持ち上げるような素振りをして、アダルトな噂については否定する。
これはリアクションのしようがない。「そうですね」「そんなことはないですよ」どちらを言っても角が立つ。ここは黙っているのが一番だ。罠っぽいしな。
「ちぇっ! なんで突っ込んでくれないのよー、寺山君の意地悪!」
やっぱりか! こっちも多少の危険感知くらいしますって。それに今はシリアスモード突入しちゃっているんで、引っ掛かりませんよ、あしからず。
それでもしつこく「ほらほら」と両手で胸を寄せ上げながら左右に体を動かす先輩。はぁ、そんなことしても先輩のじゃ揺れないでしょ。何がしたいんですか、もう。
「あら!」
先輩の両手がスルッと滑りそのまま腕を組むような格好になる。
……。
ぶっ! 油断した。思わず吹いてしまった。
あー、新開さん、大原さん? お願い、そんな目でオレを見ないで。
先輩は先輩でガッツポーズとってるし、なんだかなぁ。
「まぁだから半分くらいは当たらずとも遠からず、と言ったところなのよ。ワタシのことなんて全然知らないのに、かなりいい線行くとかすごいわよね」
うーん、それをすごいと言えるのがすごい。
「そうそう。魔女の館っていう風俗店って実際にあるのよ、ってかあったのよ。今はどうか知らないけど。人妻エステ? って言うんだっけ、マッサージのお店」
いや、そんな情報いらないです。
「と、まぁ私が話せるのはこれくらい。後は何かある?」
「あの……、その噂のせいで嫌な目に遭ったとかはなかったんですか?」
大原はとことん行く気か。たいしたものだ。
「生徒指導から呼び出しくらったくらいかな。後、バカが三人程、やらせろよって言い寄ってきたくらい」
明るく言うなぁ。でも内容がハード過ぎる。気の弱い女の子だったら平気じゃいられないだろう。改めてその気丈さには感心する。鉄の心臓を持つ魔女か。オレじゃ敵わないわけだ。
「あ、そうそう。この件については桜田君にはお世話になっているんだ。前にも言ったけど、改めてありがとうね」
「先輩、やめてください。蒸し返されるとこっちが恥ずかしいです」
「どういうことです?」
「むふふぅ。桜田君てば、知り合いの女の子達にあれがデマだって触れ回ってくれてね」
「女子だけじゃないですよ!」
「でも断然多かったでしょ。知ってるんだから、私。ボッチだけど情報に疎いわけじゃないのよ」
「確かに同じクラスとか部活の女の子にそうお願いしたことはありますけど、ヤローにだって話しました!」
そこまでムキにならなくても。でもやっぱり、なんだな。
「さてと、じゃあ桜田君、君の番ね」
うわっ、出た! 先輩お得意の「じゃあ」
「さっき寺山君が言ってたよね。嫌なヤツ演じてるって。まぁ、実際嫌なヤツなんだけど、ホントはあそこまで嫌なヤツじゃないのよ。だから新開さん、大原さん、ちょっと桜田君の人物評価は確定しないでくれる?」
あのー、嫌なヤツ確定してるんですけど?
「先輩! お願いですから勘弁してください!」
おー照れてる照れてる。
そして先輩は、態度から読み取ったであろう、彼女達の思惑を聞いてきた。
だがそれはオレからしてみれば、かなり的外れなものだった。
「新開さん、あなた思ったでしょ。なんだこのクズ野郎、女の子の純情をゴミ扱いしやがって、とか」
やっぱり先輩は誤解している。彼女は気性がちょっと激しいところがあるけれど、初対面の人をむやみに悪く思うような子ではない。本当に優しくていい子なんですよ。
……って、頷いているし。思ってたんかい!
「大原さんも、ひっぱたいてやりたいって思ってたようだし」
いやいや、それも誤解ですって。大原のことはまだよく知らないけど、とんでもないように見えて、クラスの女子から煙たがられることがないのは、人当たりの良さ、つまり性格も悪くないからだってオレは勝手に思っているんですよ。それにほら、こんなおっとりした子がそんなことを思うわけないでしょ。
……って、頷いているし。思ってたんかい!
あーなんだろ、この気持ち。大切な何かが色を失って粉々に砕けていくような……。
今オレの隣にいる二人って、かわいいってだけじゃなく頭も良くって、性格もすごく二重丸なまさに理想的な女の子。もしどちらかと付き合えたらバラ色の高校生活になること間違いなし、って思っていたんだけど……。
ねぇ二人とも? バラ色ってどんな色だったっけ?




