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図書室と先輩~ネオ!~  作者: にま
彼の迷走、彼女の葛藤
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その19 彼はじゃんけんが弱いです。

 自分の置かれた状況に今一つどころか「百くらい不満があるぞ!」

 そう心の中で叫んだ時、大原が袖をちょんちょんと引っ張ってきた。


「寺山君、さっきのってどういうこと? 桜田先輩、本気じゃなかったの?」


 くぅ、少し潤んだ感じの瞳で上目遣いとか反則すぎるでしょ。単に身長差からくる角度的な問題ではあるんだが、それ他の男子にやるなよな、絶対勘違いされるから。それに何、このいい匂い。どうして女の子ってこんな香りがするの? ちょっとくらくらする。はぁ、なんか幸せ。

 これで不満が九十は相殺されたな。いろんな意味で破壊力抜群だ、大原は。


「大原さん、それについては僕が悪かった。ごめん。だからそれ以上は勘弁してもらえないかな。新開さんも不愉快にさせてしまって申し訳ない」


 桜田先輩がテーブルに両手をついて、額がつきそうな程に頭を下げた。

 やっぱりこれが「素」か。思うところがあったんだろうな、さっきのは。

 笑えたのはそれを見た彼女達の慌てようだったのだが、なんとか表には出さずその場をやり過ごした。バレてないよな? 後で何か言われてもとぼけよう。


「じゃあ寺山君、君からね」


 いつも思うんだけど、この人の「じゃあ」って絶対おかしいよな。大原を指名するのが当然の流れなのに、なんでオレになるの?


「先生に聞いたでしょ、私のあだ名のこと。それ話してあげてくれる?」


 うぉ、知っていたのか! でもそれを話す必要ってあるのか? とは言えここで反抗すると後が怖いので、「図書室の魔女」の由来について、オレが知り得たことを彼女達に伝える。そして関先生が「それだけではない」と言っていたことも。


「そこが大原さんが知りたいこととつながって来るのよ」


 なんだろう、一見楽しそうなんだけど……。

 片や桜田先輩の表情は、これからの話題が決して面白いものにならないだろうと言っている。

 聞かないほうがいいのか? でもここまで来た以上それもできない。なんだかなぁ、典型的な巻き込まれタイプの受難だろ、コレ。運が悪いのがデフォルトとは言え、ここまで来ると不運ではなく不条理に近いよな。


「で、大原さん。私に聞きたいのって、塚本さんが流していた噂のことでしょ」


 噂? なんだそれ。さっきの話とどうつながるんだろう。


「はい。……でも……あの」


 大原がチラリとオレを見てくる。オレがいたら話し辛いとか?


「私ってね、あなたたちが入学するちょっと前にも噂になったのよ」


 おそらく話し易くするためだろう、先輩がまずきっかけを作ってくる。


「また『魔女』って呼ばれるようになっちゃったの。ま、今は収まっているけどね」


「何やらかしたんです?」


「いろいろとね」


 そう言った時の先輩の口元に色っぽさを感じてしまったのはオレだけだろうか? 

 そこで意を決したように大原が顔を上げ、一度オレに視線を送ってくる。正直その意味はわからなかったが、オレは考えなしに頷いてそれに応えた。これがいかに愚かであったのかを後で悔やむ羽目になるのだが。


「すみません。文芸部に入って塚本先輩からその噂を色々と聞かされましたが、内容が内容なので、できれば高橋先輩本人から本当のところをお聞かせいただければと思い、会いに来ました」


 色々? 内容が内容? コスプレのことじゃないのか。


「気にしないでいいから言ってみて」


 最初言いよどんでいたが一度深呼吸をした後、静かに大原がそのいくつかの噂を話し始めた。

 二つ目くらいでかなりむかむかしてきた。女の醜さって言うのか怖さって言うのか……。

 四つほど話すと大原が口をつぐんだ。俯いて下唇を噛みしめている。

 確かにこれは本人を目の前にしたら口にし辛いな。


「それで全部じゃないでしょ。かまわないから言ってみて」


 え、まだあるのか? よくもまぁ……。

 だが大原が俯きながら口にした()()は……。


 おい大原、ちょっと待て! それ流したの、名前が出た塚本ってヤツか! 

 さっきの話から察するに、要は逆恨みして悪口流しまくっていたってことだろう? 

 しかも「援交」とか「AV」とか、何だよそれ! 酷すぎるだろう。

 知らぬ間に少し手が震えていたようだ。彼女がオレの左腕を掴んできた。


「新開も知っていたのか、今の?」


「オーハラから聞いてた。黙っててごめん。でも……」


 オレだけ知らなかったってことか……。くそっ!

 その内容に腹が立っていたことが拍車をかけ、のけ者扱いだったことの悔しさが爆発した。八つ当たりまがいに彼女に怒鳴り散らしてしまう。


「どうして! なんで教えてくれないんだよ! 先輩がそんな人じゃないってオマエだって知っているだろっ。黙ってたってことは、お前たちもそういう目で見てたってことか!」 


 もう支離滅裂だ。頭のてっぺんあたりが痛くなってくる。


「ごめん。そんなに怒らないで。言わなかったのは謝るから。でもあんたには聞かせたくなかったのよ、こんな話」


「ああ、知りたくもなかったよ! お前達がこんな噂話を真に」


 ゴフ! 


 最後まで言い続けることを、突然襲ってきた()()が阻んだ。


「あっ、やっちゃった」


 頓狂な声がそれに続く。

 あっ……。なんだ? いてぇ。

 首が上手く回らない。目だけその声の主に向けると、テーブルに身を乗り出して左手を伸ばしている先輩がそこにいた。今まで見たことがない表情だ。

 あ、鉄の味がする。口の中が切れたのか?

 背もたれに体を預け、今起こったことを考えようとするも真っ白だ。何も浮かばない。

 目の前では桜田先輩が慌てたように先輩の肩を押さえている。両脇の二人は、どうリアクションをとればいいのかわからないようだ。驚きのあまり両手で口を押さえるのが精一杯というところか。

 もしかして殴られたのか? 

 誰に? 

 先輩にか。

 少しのけぞりながらその先輩を見やると、桜田先輩が押し留めて元の姿勢に戻っている。

 なんです、そんな泣きそうな顔をして。似合わないからやめてください。誰です、あなたにそんな顔をさせているのは……。

 ……ってオレか! 

 右頬がジンジンと痛みを訴えてきたところで、オレはようやく我に返った。

 あー、やっちったー! 

 口の中に広がる鉄の味。美味しいとは言えないが不快ではない。唾を飲み込んで、もう一度先程のことを思い出す。

 うーん、これはどう考えてもオレが悪い。ガキ過ぎるだろオレ。言い訳のしようもない。殴られるのも当然だ。

 でも……、殴った本人に今の気持ちだけは伝えておこう。

 

「先輩!」

「寺山君!」

 

 ほぼ同時に先輩がオレを呼ぶ。

 なんですか? どうぞ言ってください。こっちも一つ言いたいことがあるんです。

 そしてオレは今までにない素直さを持ってその一言を告げた。


「痛いっす」

「痛いわ」


 かぶった。しかも二人して泣きそうな声で。

 目を合わせる、右頬を擦るオレと左拳を擦る先輩。……ダメだ、おかしすぎる!

 ぶっ! オレが吹き出すと先輩がまたもや机に突っ伏し、痛めたはずの左手でテーブルを叩き始めた。オレはというと、左手を額に当て床を踏み鳴らしながら、こらえきれない笑いを天井に向けて発射することにした。

 うぅっくっくっく! ははっは、っはは! ひぃ、ひっひっひ!

 今、周りの三人はどんな顔をしているんだろう。さぞかし呆れているんだろうな。ごめん。もう少し待ってくれ。もう少ししたら収まるから、たぶん。

 チラッと先輩がオレを見る。指の隙間からオレがそれを捉える。……コンボ発生! 

 ダ、ダメだー! ツボ、ツボ! 勘弁して! もう許してくださいぃ!


 あー、疲れた。だりぃ。苦しい。体力使い果たしたぁ。先輩もなんとか一息ついたようだが、心なしかやつれているようにも見える。笑い通しだったからな、無理もない。

 オレは両手をだらりと下げ天井を見ながら、気になったことを聞いてみる。


「せんぱーい。左手大丈夫ですかー?」 


 平手打ちならともかく、鉄拳制裁とか女の人がやるこっちゃないですよ。オレの面の皮は厚いから、先輩の拳のほうが心配ですよ。華奢なんだから慣れないことしちゃだめですって。

 そしてオレは姿勢を戻し、まず両脇の二人に、そして真向かいの桜田先輩に頭を下げた。


「新開、ごめん。大原もすまなかった。桜田先輩、みっともないところを見せてすみません」


 みんなは手を振ったり首を振ったりで寛容さを示してくれた。そして、オレは残る一人に謝罪と感謝を告げる。


「先輩、すみませんでした。ありがとうございます」


「ありがとうって……。なーに、もう一回叩いてほしいの?」


 先輩らしいフォローだ。だが間違いは指摘しておこう。


「今のは叩くじゃなくて殴るでしたよね。まぁ、そのことについては文句は言いませんけど、でもできるなら次からはグーじゃなくてパーにしてもらえませんか」


 グーはきついぞ。実際まだ痛いし。先輩だって痛かったでしょ。

 あ、先輩がピースサインを振っている。謝罪を受け入れてくれたようだ。はぁ、良かった、助かった。

 だがそれはオレの大いなる勘違い。先輩の次の言葉は……。


「チョキが残っているけど?」


 そっちか! 目潰しか!


「いや、さすがにそれはヤバすぎるんで勘弁してください」


 やっぱりどう足掻いても勝てそうにない。まったく、とんでもない先輩だ。


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