その16 彼女は男心がわかりません。
「先輩、そろそろ」
先輩が少し落ち着いてきたところを、狙い澄ましたかのように桜田先輩が声を掛けた。このタイミングは絶妙と言わざるを得ない。先輩の呼吸を良く知っていなければできない芸当だね。
「いやー、笑かしてもらったわ。今年の一年は攻撃力がハンパなくて困る、困る」
それ、ワタシのことじゃないですよね。寺山芳樹のことですよね。
だから先輩、そんな目でワタシを見るのやめてくださいってば。
「うーん、そうね。まずは自己紹介からしたほうがいいかな?」
くっ、誤魔化されてしまった。
「あ、その前に席移動ね。一年生三人はこっち。桜田君と私がそっち行くから」
そうね、ここは一年生組と上級生組に分かれた方が話もしやすいし。あ、でもワタシは端っこのほうがいいかな、オブザーバーだし。大原泉美を真ん中にして……。
って、ちょっとオーハラー、動きなさいよ。どう考えてもあんたが真ん中でしょ。
あ、先輩が真向いに座ったんだ。それじゃしょうがないか。いいや、ワタシも端っこに座っちゃえ。真ん中はトロトロしている人の席ってことで。
彼が露骨に嫌そうな顔をしているけど、ここは知らんふり。
女子会じゃなくなっちゃったけど、ちょっとドキドキ。こんな機会そうそうないもの。さてと、自己紹介だったっけ?
「私はいいわよね。大原さんとは初対面だけど、どうせ後で話すんだし」
いきなりパスってあり? まぁ確かにそうなんですけど。
「桜田君、私から紹介しようか?」
肩に手を置くとか、かなり親しそう。さっきも明らかにテンション上がっていたし。ダメだ、気になって仕方がない。
「遠慮します。先輩に任せると何言われるかわかりませんから」
桜田先輩って性格きついのかな、優しそうに見えるんだけど。
「えー、そんなー。『つきあった仲』じゃないのー」
えっ! 交際していたの? ちょっとビックリ。
けれど桜田先輩は平然としたまま。
「最初の『つ』が二つ抜けてますよ、先輩」
「つつ」? なにそれ。
たぶん先輩にしか通じないことなんだろうけど、逆に意味深なことに思える。
「ああ、ごめんごめん。僕は二年六組の桜田寿人。去年図書委員だったんだ。で、さんざん先輩にいじめられたクチ。もうこりごりってんて今年は別の委員会。できれば近づきたくなかったんだけど、今日はちょっと用事があってね」
なるほど。よっぽど痛い目に遭ってきたのね。近づきたくないとか言わせるなんて、先輩、この人に何したんです?
「あら言うようになったわね。お姉さん嬉しい!」
「あー、この人のことは放っておいていいからね」
なんだか息が合っているというか、通じ合っているというか……。
付き合っていたって本当かも知れない。あー気になってきた。
「あ、すみません。さっきの『つきあった仲』って、もしかして先輩方付き合っていたんですか?」
いきなりこんなネタに食いついちゃうとか、もしかしてワタシも空気読めてない? まずったかしら?
って、なんでそこでもじもじするんですか先輩? えー、まさか本当に付き合っていたとか?
「ああ、それは後で教えてあげるよ。そのことはメインじゃないんだろ? まずは本題から済ませようか」
あぅ! やってしまった。呆れられたかな? 恥ずかしすぎるぅ。
でも、桜田先輩、隣の人にも何か言ってやって下さい。
「ちょっとぉ、少しはノってくれたっていいんじゃない?」
「だから言っているでしょ。放っておくって」
「このイケズ!」
ワタシ達をからかおうとしていたわけね。で、桜田先輩もガン無視と。
この先輩もよくやるなー。
「しょうがないから僕が進めるよ。じゃ、君、お願い」
しょうがないという前置きもどうかと思うけど、先輩に合わせていたら確かに進むものも進まない。
でもなんで彼が一番? 意外とお気に入りですか?
「一年四組の寺山芳樹っす。図書委員で先輩にいじめられています」
お、珍しく強気に出た。桜田先輩の存在が大きいのかな。
「あ、なるほど。今年は君が……。うーん、苦労していそうだね。上級生に変な人がいると大変だろう?」
同病相哀れむ? 妙な連帯感が生まれているっぽい。
「こらこら? 誰が変な人だって?」
「「先輩です!」」
そこでハモるとかどんだけ?
「やだー、そんなほめないでよ、もう」
先輩も先輩でどんだけですか、はぁ……。
なんかすでにグダグダ感が漂ってきた。後は頼むよ、オーハラ。
「寺山君と一緒のクラスの大原泉美です。さっきも言いましたが文芸部です。今日は高橋先輩に聞きたいことがあって来ました」
毅然とした態度がもう一度この場を引き締める。さすが! ワタシも続くよ!
「同じく新開映子です。大原さんの付添です。あと、寺山君のお守り役です」
あっ……。またやっちゃった。はぁ、今日はダメだー。
「さて、じゃあいいかな?」
なんか先輩がやる気出してる。スロースターター?
けれど、そのやる気をそぐように、そこで桜田先輩を口を開いた。
「先輩、まず僕の用件を先に済ませていいですか。たぶん、関係することだと思うんで」
なんかケンカ腰? ちょっとピリピリしてるような……。
「そうね。……じゃあ、そのまま仕切ってくれる?」
ちょっと歯切れが悪かったけど、どうしたのかしら?
あれ、桜田先輩も顔がちょっと緊張してる?
「塚本さん、やっぱりやめることになったそうです」
誰のこと?
「そう……」
先輩は抑揚のない返事を返すけど、逆にそっちのほうが気にかかる。
「え、やっぱりやめちゃうんですか?」
それを聞いた彼女が驚いている。知り合い? あ、もしかして!
「ああ、やめちゃうというより転校かな? 詳しくは知らないけど、手続きは済んだそうだ。担任の先生が言っていた」
「そうですか」
あー、落ち込んでるよ。なんだかんだで優しいからなー。
「大原さんだったっけ。塚本さんからいろいろ聞かされたんだろ」
「ええ、それについて聞きに来たんですけど、もしかして塚本先輩が好きだったのって」
「ああ、それは僕のことだね。でも誤解のないように言っておくけど、僕は彼女とはつきあってなどいなかった。ただのクラスメイトでしかなかったんだ。僕のほうから彼女に対し、何か思わせぶりな態度をとったこともない。もっとも、これは僕の主観だけどね」
何その言い方。ちょっとカチンと来た。
「それは他の先輩も言ってました。桜田先輩も被害者みたいなものだって」
「そう、だから僕は彼女が学校をやめることには責任を感じてはいない」
嫌だ、こういうの。
「でも、あの噂は桜田先輩が高橋先輩を巻き込んだ結果じゃないですか?」
「言うね、君。僕が図書委員だったのは言ったよね。で、高橋先輩とは仲良くさせてもらっていたわけさ。それを勘違いした彼女が先輩を勝手に敵視してね」
「それであんな噂を?」
「ざっくり言うとそういうことになるね。だから僕が責任を感じているのは高橋先輩に対してだけ、ということ。ここまではいいかな?」
言っていることは、多分正論だと思う。桜田先輩が責任を感じることではないと確かに思う。彼女から聞いた限りでは、その塚本という二年生に同情する点はないと思っていた。
でも! 自分を好いてくれた女の子が学校をやめるというのに、その態度は冷たすぎる。
どんなことがあったのかは知らない。
でも! そんな言い方ってない!
彼女も少し頭に血が上っているようだ。今にも飛びかからんばかり。
そして彼女が口を開きかけたその時、
「あのー、話が見えないんですけど」
と、おずおずと手を挙げる彼。あんたもあいかわらず空気が読めないね。
「寺山ぁ。あとで説明したげるから、今は黙ってて」
ふつふつと沸いてきた怒りで、ワタシはつい彼に怒鳴ってしまう。
ごめん。でも寺山ぁ、どう思うこの人。ワタシは嫌い!
それに 先輩も! どうしてこんな人と仲がいいんですか!
バチッ!!!
そしてその時ワタシは見た。
頬杖をついてにこやかにしていた先輩の右手が、後ろに大きく回され桜田先輩の背中に吸い込まれるのを。




