その12 彼女は休戦しちゃいました。
お昼タイムは美味しく過ぎた。日本語がおかしいけれど、気分はそんな感じ。先輩の持ってきたお弁当は質、量ともにワタシ達を驚かせ、彼も最初のうちは微妙な顔つきをしていたものの、食べ終わる頃には笑顔を見せていた。
昼食を終え、寺山芳樹が少しでもと弁当箱を持って流し台に向かう。こういう気遣いはできるのよね。ホント大雑把なのか几帳面なのか時々わからなくなる。
彼は今日も図書室に行くだろう。言い訳もできたことだし喜び勇んで。
まったく出禁でもくらわないかしら? そうすればこっちもアレコレ悩まなくて……。
……。
出禁? あれ? なんだろう、何かが引っ掛かった。
あ、そうか。文芸部のことだ。でも文芸部は出禁じゃなくて自粛。
「顔向けできないって部長が……」
オーハラがそう言っていたよね。
……。
ってあれ? 顔向け? なんかおかしいな。
また何かが引っ掛かる。
……。
……おかしい。そうだ、おかしいよこれ!
まだ横にいる彼女に少し顔を寄せ、今気付いたことを小声で聞いてみる。
「思ったんだけどさ、文芸部って図書室使ってないんだよね」
「うん、昨日話した通りだよ」
「迷惑かけたからってことでいいのかな?」
まだまとまり切っていない考えを整理するためにも、声に出して確認する。
「たぶん……」
「ねぇ、あの噂ってホントに文芸部だけで収まってるの?」
彼女は少し視線を上に向けて考える仕草をする。
「あ、ちょっと待って。……あれ、本当だ。考えたらちょっとおかしいね」
さすがに頭の回転が速い。言いたいことをすぐに理解してくれたようだ。
「文芸部だけの話だったら、なにもそこまで責任感じる必要ないよね。もしかしたらさ、何かあったんじゃない?」
「そうだね。そうじゃないと顔向けできないなんて言わないかも」
昨日、なんでそのことに気付かなかったんだろう。彼のことを鈍感と決めつけたけど、ワタシのほうがよっぽど愚鈍だ。
噂のことを先輩は知らないだろうと思った。でも、こうやって考えるとそれでは筋が通らなくなる。
「オーハラー? あの噂、あんたらが吹き込まれる前に、他でも触れ回っていたんじゃない?」
「で、高橋先輩に何か嫌な思いをさせた……とか?」
「そうなったら、たしかに顔向けはできないでしょう。どうかな?」
自分で言いながら、暗澹たる気持ちになってくる。
逆恨みであんな誹謗中傷を流布される。これだけでも下手すれば自殺案件。そして噂には尾ひれがつくもの。先輩の耳に届く頃にはどんな内容になっていたのだろうか?
「ねえオーハラ。例えばさ、知らない男子から「いくらでやらせてくれる?」とか「お前の出ているAVのタイトル教えろよ」とか言われたらどうする?」
「考えたくもないわ」
そう、考えたくもないことだ。
もっとも、これは最悪のパターンを抽出してしまっているだけ。実際はそんな大げさなことにはなっていないのかも。
どういうことがあったのかなかったのか、ワタシは何も知らない。こうして仮定の域を出ない話ばかりをするのは時間の浪費だ。
となれば……。
「ねぇ、高橋先輩、どうだった?」
「第一印象は悪くなかったよ。面白い人だなって思った。ただやっぱり話してみなきゃわからないこともあると思う」
何事においても積極的な彼女らしい至極真っ当な意見だ。ワタシも同調する。
「そうよね」
そしてまた、ワタシの考えを彼女は正確に先読みしてくる。
「言いたいことはわかるけど、ねえ、それでいいの? 私は寺山君のこともあるから、そこのところをはっきりさせたいって思っているけど、映子ちゃんは違うでしょ」
一緒にそのことについて聞きに行く。ワタシが考えたのはそれだ。
こんなところでウダウダと話し合っていたところで、実際何が起きたのかなんて知ることは出来ない。
ならば、本人に直接聞くのが一番手っ取り早い。
だがこれは、彼女の言う通りワタシにとって、果たして意味のあることなのだろうか?
このことに関してはワタシは完全に部外者だ。知らなかったことにすればいいだけのことではないだろうか? 面白半分に首を突っ込むような話ではない。
何より、この話を持ち出せば先輩もいい気分はしないだろう。
でもワタシは知りたい、あの先輩のことを。彼が好いている相手だからというのはもちろんある。けれどそれだけではなく、ワタシ自身があの先輩のことをもっと知りたいのだ。
「ねぇ、オーハラー」
覚悟を持たない人間の中途半端な行動は、嫌悪と侮蔑の対象だ。
ならば、ワタシはその覚悟を持たなくてはいけない。どのような結果になろうとも、ワタシ自身に起因することとしてその責任を全うしなければならない。
吉と出るか凶と出るか。
どちらに転ぶか自分では予想できない選択をワタシは彼女に告げた。
「じゃあオレ図書室行くから。また明日」
放課後、彼がそう言いながら腰を上げる。
「ちょっと待ったー、寺山君!」
タイミングよく彼女がそこで声をかけた。わたしもそれに合わせて立ち上がる。
まだ教室に残っているクラスメイトが少しざわつく。特に男子連中の顔は見ものだったが、このさいスルー。
「「一緒に行く!」」
図らずもハモってしまった。
彼女はワタシの決断を聞くと、
「でも話を切り出すのは私だからね。これは映子ちゃんでも譲れない」
と、あくまでこの件に関して主導権は自分にあると主張した。順番的に考えてもそれは妥当なことと思える。彼女は一学期からそのことについて思い悩んでいたのだから。
噂を流した二年生のことも知らないし、オブザーバーとなることに異論はない。
ワタシ達に呼び止められた彼は、滑稽なほどに警戒心をあらわにしていた。上半身が少し後ろに引き気味だ。
「別にいいけど、……なんで?」
それこそ、なんでそんなに怯えるのかな?
「あの先輩に興味あるー」
彼女は直截的だ。
「ワタシは司書の先生にも会いたいかな」
図書委員じゃないけど、話くらいはしてくれるよね。
ねえ寺山ぁ、そこで肩を落とすとかちょっと失礼じゃない?
今日はあんたをいじめようとか思ってないから安心してよ。あ、でも明日からはクラスの男子にいじめられるかもね。それは……、うん、がんばって。
ワタシ達は彼をはさんで歩き出す。けれど、少しずつ少しずつ彼が遅れ、いつの間にか並んで歩いているのはワタシと彼女。こういう時もっとお調子者になって、話題たっぷりにワタシ達をエスコートしてくれたらいいのにとも思うのだけれど、それは無理な注文。わかってる。むしろそうなられたらこっちが困ってしまうかもしれない。そんなことができるようになったら、ただでさえ悪くない女子ウケが飛躍的にアップするかも。逆に心配の種になりかねない。難しいところよね。
ふと後ろを見ると、一人ぽつねんと寂しく歩いているのかと思いきや、彼はなんだか楽しそう。その視線が何を捉えているのかは、そうね、気付かなかったことにしてあげよう。
もうちょっと腰を振ってサービスしてあげようかしら?
「先輩、ありがとうございました」
先輩はあいかわらずカウンターの一部と化していた。彼はにこやかにお弁当のお礼を言う。
「すっごく美味しかったです」
悔しいけど、ミートボールと交換した玉子焼きと竜田揚げは本当に美味しかった。なにより見た目がすごく綺麗だった。
おかず入れのタッパーは六つに仕切られ、そこにアスパラの肉巻、鶏の竜田揚げ、玉子焼き、たらこのスパゲティ、トマトとセロリのサラダ、リンゴのうさぎさん。彩り豊か。
ご飯はおかかと海苔で二層になっていたみたい。
冷凍おかずは一つもなかったみたいだし、先輩のお母さんて料理上手なんだな。
昼休み、彼がお弁当箱を取り出した時、まずその大きさにビックリした。え、それ食べるの?
ご飯とおかずがそれぞれの入れ物に分かれていて、ご飯だけでもワタシのお弁当箱の1.5倍はある。先輩のお父さんが大食漢なのかとも思ったのだけれど、彼は難なく平らげたし、もしかしたらあれで普通なのかな。ウチのお父さんもよく食べる方だと思っていたけど、上には上がいる。うーん、恐るべし、男の胃袋。
だからもし彼にお弁当作るんだったら、お弁当箱の大きさから検討しなくちゃいけない。ワタシのよりちょっと大きめでいいかなと思っていたのは大間違い。
彼にひもじい思いをさせるところだった。あぶないあぶない。
もっとも、まずはまともに料理ができるようになってからの話。なにしろ、台所に立つのが週一あるかないかだし。
「ごめんね、急に持ってっちゃって。でも、口に合って何より」
しおらしいことを言いますね。何を企んでいるんです?
……あれ、ワタシってすごく性格悪くなってない?
「ホント美味しかったっす。毎日でも食べたいくらいっす」
ちょっと! 何言ってんのよ。図々しいにも程があるでしょ。
先輩はそんな彼の言葉にくすくすと笑い出す。
悔しいけどちょっとかわいい。やっぱりズルイな、この先輩。
「ねえ寺山君、それってプロポーズ?」
ちょっとちょっと、いきなり何言っちゃってんです先輩?
「へ?」 ほら、彼だって目を丸くしてるじゃないですか。
すると「ソレ」と紙袋を指さし、にやにやしながら先輩が衝撃発言。
「私が作ったのよ」
えーっ、うそ!
あれを先輩が? えっ、マジ? ちょっと信じられないんだけど!
……うわぁ、負けた感ハンパない! なによこれ?
「あ、いえ、そういうつもりじゃなくてっすね、ホントに美味しくて感動しちゃったもんすから、つい……」
あーあー、デレデレだけじゃなくメロメロも追加している彼。
ホント先輩には弱いんだから。ちょっとムカツク!
後でたっぷり……と、その前に、先輩には一矢報いておかないと。攻撃のネタはないけど、よし、勝負だ!
「え、あれ先輩が作ったんですか? すごいです」
これは本心だけど、本心じゃない。
今度はどうにかしてワタシが先輩を吹き飛ばしてやる。やられっぱなしじゃ悔しすぎる!
「ありがと。今度は新開さんが作ってあげてね」
ぐはっ、いきなり弱点を突かれてしまうとか……。
「いえ、ワタシ料理得意じゃないし……」
すみません、一時休戦にしてください。今のワタシじゃスーパーのお惣菜か冷凍モノに頼るしかないんです。
……実質完敗。ぐすん、ダメでしたー。
「で、寺山君。そちらは新しいカノジョ?」
その言葉にオーハラが彼の隣に歩み出る。ちょっと、なんでワタシのところに来ないわけ?
それに先輩、誰彼かまわずカノジョ認定しないでください。ワタシはどうなっちゃうんですか? まだ付き合ってもいなければ振られてもいないんですよ!
「カノジョ候補でーす」
オーハラ! だからー、あんたはどうしてそうなのよ?
先のこともあるんだから、あまりはっちゃけないで!
「あらあら、もてるわね寺山君。しかも……」
先輩はそう言うと彼女をゆっくりと観察する。うん、その視線の行き着くところは、まあ仕方ないですかね。ワタシもちょっとむかつくことありますから。
「おっぱい星人ね、やっぱり」
ホント、彼女の胸は寺山芳樹の好みのどストライクだろう。まったく!
ワタシだってDあるんだよ。今度機会があったら見せてあげようか?
……。
ごめんウソ。サイズも見せるのも。
……なによ、おっぱいなんて大きさじゃないわよ。形よ、か・た・ち!
しかしなー、先輩ってワタシの時にもそこに食いついたよね。コンプレックス根強いなー。
あれ、彼女がのってこない。うわぁ、顔、顔! いきなり硬くなってるよ。
「寺山君と同じクラスの大原泉美です。初めまして」
あー、さっそく行くんだ? 速攻勝負とかチャレンジャーだね。よし、ワタシも気合入れるよ。
あれ、ちょっと震えている? がんばれオーハラ!
やだ、ワタシも膝がちょっと……。ふんばれワタシ!
そして彼女が意を決したように自分の所属する部活名を口にする。
「あの、……文芸部です!」
先輩の表情が一瞬凍りつく。
あ、地雷だ、コレ。
もう自己嫌悪が襲ってきた。ごめんなさい、先輩。




