その11 彼は求婚しちゃいました。
よし、今日はお弁当箱を返すという大義名分があるから、何の気兼ねもなく図書室行けるぞ。これなら新開映子も文句は言うまい。
……これでいいのかオレ?
いやいや、ここでアレコレ考えても仕方がない。
水洗いだけだけど、とりあえずお弁当箱はきれいにしたし、お礼も言いたいし、なにより会いたいし。
別にこう考えること自体はいいよな? ただ単純に人として好きなだけ。付き合いたいとかそういうんじゃないし。
「じゃあオレ図書室行くから。また明日」
放課後彼女にそう告げてオレは教室を出ようと鞄を持った。
お弁当箱返すからとか言い訳がましくすると、逆にそのことで文句を言われる羽目になる。余計な一言で痛い目見てきたからな。ふっふっふっ、オレも学んだのだよ、新開映子君。
「ちょっと待ったー、寺山君!」
一難去ってまた一難。
あー、あなたについては学んでいないです、大原さん。
対策をまだ練っていない相手から声がかかっちゃうとか、これ何の試練?
もっとも対策の立てようがなさそうな相手だけどな。
前門の狼後門の虎。あれ、逆だったっけ。いやいや、この場合は前門のトゲ後門の毒と言うべきか?
美少女二人になんとも失礼極まりないんだが、言いえて妙と自画自賛。
と、そこで彼女が勢いよく立ち上がる。わっ、ごめんなさい。
「「一緒に行く!」」
なぜそこでハモるのあなたたち?
オレの胸中にはヒューっと冷たい風が吹き始める。
図書室に行くだけなのに、なんでこんな消耗を強いられるんだ?
大原が超越者の魅力を振りまきながらオレの元まで小走りで寄ってくる。うん、ベスト越しでも揺れているのがわかるな。グッドジョブ! 回復してきたよ、ありがとう。今この瞬間だけは、オレの順位表のトップはあなたで間違いなし!
……でもどうしてだ? なんでオレにつきまとう?
ここで「もしかして」などと自惚れるほどオレは自信家ではない。
ただ、いじられキャラでもないつもりだったから、大原の真意がつかめない。
だから、もう一つの「もしかして」と候補に挙げたのは先輩のことだ。休み時間に颯爽と現れた先輩のことが気になったのかも知れない。毒を持つ者として同類に興味が沸いた。うん、あり得るな。
「別にいいけど、……なんで?」
少し引き気味になりながら、おそるおそる聞いてみる。
「あの先輩に興味あるー」
「ワタシは司書の先生にも会いたいかな」
まあ予想通りの答えなんだが、それはつまりオレに断ることを許さないということでもあってだな……。
何か企んでいるとしか思えないんだが?
こうしてオレはクラスで一、ニを争う美少女二人と共に特別棟に向かうこととなった。
両手に花って実は怖いものだったんだな。生きた心地がしない。
今日のことで、すでにオレはクラス中の男子から睨まれる存在となってしまった。あからさまに聞いて来るやつはいなかったが、突き刺さる視線の痛いこと痛いこと。
オレ、無事に二年生になれるかな?
それにしても女の子ってすごいな。
両脇にいたはずの女子二人。オレが自然と後ずさったというのもあるが、いつのまにかオレの三歩ほど前を並んで歩いている。
そして驚くのは、まあよく喋るよく喋る。途切れることが一切ない。内容もあっち行ったりこっちに来たり。よく続くものだ。でもホント楽しそう。
男同士だったら、十歩も歩かないうちに沈黙するぞ。オレだけか?
かわいい女の子二人が笑い合いながら歩いている。仲良きことは美しきかな。
後ろを歩きながらオレの頭に浮かんだ言葉は「眼福の至り」
「先輩、ありがとうございました」
図書室に入ったオレは当然のようにカウンターにいる先輩に紙袋を掲げて礼を言った。
「すっごく美味しかったです」
お世辞ではない。少し濃い目の味付けが実にオレ好みだったし、ボリュームも申し分なし。
彩りも華やかで、栄養のバランスも考えられていたように思える。
ま、オレにはそこらへんのところは全然わからないんだけど。
昼休み、美少女二人の視線に堪えながら弁当の蓋を開けたオレは正直驚いた。
なんだっけ、松花堂弁当って言うのか? あれみたいだった。彼女も大原も手を止めて見入ったくらいだ。
おかずをいくつか交換したが、彼女も大原も美味しいと満足していた。彼女らの弁当のおかずも、それぞれの家庭の味という感じがして美味しかった。
こうして初めてのお弁当タイムは、居心地の悪さと楽しさが微妙にブレンドされ過ぎていった。
「ごめんね、急に持ってっちゃって。でも、口に合って何より」
いえいえ。お弁当自体久しぶりで最高でした。
「ホント美味しかったっす。毎日でも食べたいくらいっす」
オレの言葉にくすくすと笑い出す先輩。あれ、何か変なこと言ったか?
「ねえ寺山君、それってプロポーズ?」
「へ?」
「それ」とカウンターに置いた紙袋を指差した先輩は衝撃の一言を放ってきた。
「私が作ったのよ」
えーっ、うそ!
えっ、あっ! 毎日食べたいとか、たしかにそういう意味になっちゃうじゃん。
うわぁ、マジかー!
「あ、いえ、そういうつもりじゃなくてっすね、ホントに美味しくて感動しちゃったもんすから、つい……」
あわてて手を振り、なんとか発言の真意を……。もうしどろもどろ。ダメだー!
「え、あれ先輩が作ったんですか? すごいです」
そこで彼女がまたもオレのフォローに出張ってくれた。いつもありがとうっ!
「ありがと。今度は新開さんが作ってあげてね」
おお、なんて素敵な提案。
「いえ、ワタシ料理得意じゃないし……」
両手を振りそれを却下する彼女。がっくし。
「で、寺山君。そちらは新しいカノジョ?」
先輩は少し離れたところにいた大原に目をやると、またも意地悪なことを言ってくる。
いや新しいも何も、カノジョいたことないですが。先輩、そうやってオレをいじるのやめません?
付き合ってもいなかったのに新開映子が元カノになるって、どんな世界の恋愛事情ですか? 勘弁してください。
すると大原がオレの横に来て、これまた爆弾投下。
「カノジョ候補でーす」
おい! なんであなたはそういうことを。これ以上オレの立場を危うくするのやめて。
「あらあら、もてるわね寺山君。しかも……」
先輩はそう言うと大原のことをじーっと見つめる。うん、見ているの顔じゃないですね。
「おっぱい星人ね、やっぱり」
いや、やっぱりはそっちだろー! このヒンヌーコンプレックスがー!
あれ、大原が何か真面目な顔をしている。こんな表情初めてだ。
「寺山君と一緒のクラスの大原泉美です。初めまして」
緊張しているのか? さきほどとは打って変わったぎこちない挨拶をする。そしてそのまま言いよどむように沈黙。
ふと見ると彼女も少しばかり眉を寄せている。どうしたんだ?
やがて大原はうつむき加減だった顔をあげ、何か思い切るように口を開いた。
「あの、……文芸部です!」
一瞬表情が固まる先輩。
へえ、大原って文芸部だったのか? でもそれが何だって言うんだろう?




