その10 彼女はずたぼろです。
先輩が寺山方樹を見つけると嬉しそうに手を振った。
えっ、彼に用なの?
彼が少し腰を浮かせると同時に、先輩は何の躊躇いもなく教室に入ってきた。
そこは呼び出すところじゃないですか?
普通、下級生の教室に平気で入って来たりしませんよ。ま、これも先輩か。
「ごめん。寺山君、コレ食べてくれる? うちのバカ父が弁当忘れて行っちゃってね。よかったらお願い」
彼の前に立つと、ドンと紙袋を机に置く。
えっ、お弁当? ちょっ、……あーやられたー! それ、ワタシがやるつもりだったんですけどぉ!
先輩はそんなワタシの表情に気付いていないのか
「こんにちは、新開さん。また図書室来てね」
とにっこりと微笑んでくる。
「は、はい。ありがとうございます」
オーハラから聞いた噂のこともあったから、ついぎこちなくなってしまう。
変じゃなかったかな?
「ごめん、急いでいるんだ。あ、お弁当箱は洗わないでそのまま図書室に持ってきてくれればいいから。じゃあね」
用件だけを早口で言うや踵を返した先輩。けれどすぐに立ち止まり、もう一度彼に向き直った。
「そうだ。書庫室の掃除やってくれたんだって? やっぱり君は頼りになるね!」
そう言いながら彼の左肩をバシバシと叩きだす。
うわっ、痛そう!
「痛い、痛いっす。急いでいるんなら早く行ってくださいってば」
そう言いながら……。でもなぜかしらね。とっても嬉しそうなんだけど。
「あん、照れなくたっていいじゃない。……あ、そっか」
ふっと微笑んで、今度は彼の頭に手をおく先輩。
あっ、それもワタシがやろうと思っていたのに!
「やっぱりこっち? この甘えん坊さん!」
そしてそのまま頭をなでなで。ダメー!
「よしよし、よくがんばったね。いい子いい子。今度好きなお菓子買ってあげるからね」
なんではねのけないの? 顔が嫌がってないんだけど。
男の子ってどうしてこう年上の女性に弱いのかしら?
それにしても先輩ってば、ワタシがやろうと思っていたこと横取りするなんてズルイ。しかも同時に二つも。
「せ、先輩! もうチャイム鳴っちゃいますよ?」
これ以上はワタシのプライドが許さない。さっさと帰れー!
すると先輩は含みのある笑顔をワタシに向けてくる。ふふん、という声が聞こえてきそう。
「あ、そうね。じゃ、またねー」
くっ、わかってやってたわね。
オーハラー、前言撤回よ! ワタシ、この人大嫌い!
彼女は彼女で、かの人とようやく会えたというのに、想定外の生物だったのか一声も発せず立ち尽くしている。
こうして突然発生の台風は去っていったが、吹き飛ばさたれワタシはもうボロボロだ。
三時限目が終わり、彼が紙袋の中身を確認している。
うわぁ、何その嬉しそうな顔?
なんであんたって先輩絡みになるとそんな表情が豊かになるのよ!
うん? なぜキョトン?
彼が紙袋から小さな箱を取り出す。あ、たしかCMでやっているやつだ。肩こりや腰痛に効くっていう塗り薬。
……。
なんでそこで不思議そうな顔?
「へぇ、お薬まで入ってたんだ。やっぱり優しいね」
ちょっと皮肉というか嫌味を込めて言ってみる。
先輩がこの時点で薬用意しているの、なぜだかわかんないの?
鈍いわね、もう! 悪辣な罠だったんだってば。
「寺山ぁ。一緒にご飯食べよ。はい、机こっち向けて」
昼休み。
噂のことはともかく、ワタシはあの先輩を魔女と呼ぶことには特に問題はないように思い始めていた。まったく!
もうこうなったらワタシだってなりふり構っていられない!
「へ?」
「いいでしょ。どんなお弁当なのか見せてよ。おかずもとりかえっこしよっ!」
彼に反抗する余地を与えず私は机の向きを変える。
オーハラと一緒に食べようと思っていたけど予定変更。
おっと、周りの皆が変な目で見てる。でも後には引けない。
逆にこれをきっかけにするのも一つの手。もうやっちゃうよ。
仕方ないといった風情で彼が机を寄せてくる。
よしよし。ここで逃げたら一生呪うからね。
学食オア購買グループの女子がワタシに手を振ってくる。
お、みんなやっぱりわかっているね。最高のクラスメイトに恵まれて幸せだよ。
「お、寺山。なんだお前、新開と夫婦になったのか?」
彼をからかいながら教室を出て行ったのは田島君。
グッジョブ! 夫婦かぁ……。おっと、妄想に入り込んじゃうところだった。
それにしても、意外と簡単に外堀って埋まるもんだね。もっと早く行動しとけば良かったかな?
と、そこへワタシの短兵急なやり口に異を唱えるが如くオーハラがやってきた。
「じゃあワタシは愛人かなー?」
そうだった、こいつがいたんだ。
ここは静かに見守ってほしかったんだけどな。
けれど、そ知らぬ顔でワタシ達二人の空間に割り込んでくる。
「いいよね、映子ちゃん?」
くっ、これは仕方ない。
昨日協定結んだばっかりだというのに、それを反故にはできない。
「しょうがないなー。じゃあ、あんたともおかずトレードね」
最大限の譲歩案を提示。
「はーい」
彼女はそそくさ、というようにお弁当を包みから開ける。
けれど見つめているのは彼の顔ばかり。
ちょっとぉ、その目はヤバイって。背中のナイフが見え隠れしている感じ。
あんたかわいいから余計怖いってば。
それにほら、あんたのファンがざわついているわよ。そっち行ってもいいんだからね。
こら、そっち、寺山! 何よその顔。
ワタシ達みたいな美少女二人に囲まれてんだから、もっと嬉しそうな顔なさいよ!
一人さびしいお昼を賑やかにしてあげるんだから感謝して!
……。
あ、やだ。なんかテンション上がってきちゃった。
ほらほら、寺山もいつまでもそんな顔してないの!
ご飯は楽しく食べるものよ。




