その6 彼女は筋肉痛になりました。
下着買いに行くなんて言ってホイホイついてくるわけないじゃない。
もし寺山芳樹がそうだったらワタシもちょっと考え直さなきゃいけないところだった。だって気持ち悪いよ、そんな男。
だから彼が断ってきたのには安心した。
ただ、望んだ形ではなくても一緒に買い物できるってついはしゃいじゃっていたから、それはそれでテンションがた落ち。
彼が悪いわけじゃないとはわかっている。でもね、ワタシを放っておくところが気に入らない!
放課後、ワタシたちに顔を合わせないようにして頭を下げた彼は、しどろもどろになりながら謝り続け、結局図書室に向かってしまった。このやろぉ!
「オーハラー。あんたのせいだかんね」
クラスメイトがそれぞれ部活や帰宅でいなくなった後、ワタシはコトの元凶に八つ当たりとも言える非難を浴びせ、反論を待つことなく続ける。
「もう何考えてんのよー。あれじゃついてくるもの来ないって」
ついてくるかも知れない、とは思ったけどさ。
「ごめんごめん。確認しておきたいことがあったんだけど、つい浮かれちゃった」
「確認?」
机に突っ伏したままワタシは顔だけをあげる。
「っそ。二人がどのくらい進んでいるかってね」
ちょっ! 進むも何も……。
「スタート地点にすら立っていないわよ」
ワタシは正直に答える。見栄を張りたいところだけど彼女は通用しないだろう。
「うん、安心した」
安心? 昼休みの冗談めいた会話を思い出し心がざわつく。まさか……ね。
「なによそれ?」
前の席に横向きに座った彼女が顔を近づけてくる。
「私もエントリーしようと思って。まだ間に合うよね」
一瞬の沈黙。その言葉の意味を理解するのに数秒を要してしまった。
「あんたまさか!」
ワタシは驚きのあまりその場で立ち上がった。椅子が後ろの机にぶつかり派手な音を立てる。
けれど彼女は落ち着いた様子で言葉を続けた。
「冗談だと思ってた?」
普段のほんわかした表情とは一変している。目が真剣そのものだ。
「つかみはOKだったと思うけど、どうだったかな?」
どうだったかと問われれば、十分すぎるほどと答えるしかない。
かなりのインパクトだった。
彼がどう思ったかはともかく、彼女は自分を売り込むことに成功したと言っていいだろう。
ワタシはうつむきながら、広げた左手を彼女に向ける。
「ちょっと待って。単刀直入に聞くね。だから正直に答えて」
こんな展開は予想もしていなかった。クラスでも女子受けが悪くないことは知っていた。だけど恋愛対象として見ている女子がいたなんて。しかもそれが……。
「寺山のことが……好きなの?」
いつの間にか立ち上がっていた彼女が手を合わせてきた。そして指を絡めてくる。
「ええ、大好き」
言葉を必要以上に飾らないことが本気度を示している。
少しはにかむとか言いよどむとかしてくれれば、こちらとしてはまだ余裕が持てるというものなのに、それすら許してくれない。
彼女がその気になって靡かない男子がいるだろうか?
十把ひとからげのアイドルなんかよりよっぽどかわいくて知性も兼ね備えている。
加えて、出ている部分はしっかり出ているというメリハリの利いた体型。
男子からみたらさぞ魅力的に見えることだろう。
かと言って同性から煙たがられるようなこともなく、突拍子もない性格を除けば非の打ち所はない。
まったくもって厄介な恋敵が現れたものだ。
暗雲垂れ込める恋模様。
このままでは大吉のおみくじは彼女にかっさわれてしまいそう。
でも今のワタシにとってそれはたいした問題ではない。
……。
ダメだ。ワタシってば深刻に何かを考えることができないんだった。
彼女の告白によって三角関係が確定したそのことよりも、今この場での状況がどうしようもなく面白くなってしまって笑いがこみ上げてくる。我慢できそうにない。
だってそうでしょ。
放課後、誰もいなくなった教室で指を絡めあう女生徒二人。
そこでポツリと交わされる「大好き」
何も知らない人がこの場面だけ見たらどう思う? 百合? イケナイ世界?
おかしいって! 絶対変だって!
ほら、目の前の彼女も同じみたい。絡めた指をもぞもぞと動かして震えだしている。
「ぷっ!」
もらした声は起爆剤。こうなってしまっては誰も止められない。
「っふふっふ」
「くっくっくっ」
指を絡めたまま椅子に座り、ワタシは机を、彼女は自分の太ももをそれぞれ空いた手で叩き出した。
「ふぃっふぃ、ひぃっひっひっ!」
「ぐぅっく、くぅっくくっくっ!」
外聞などお構いなしの笑い声をあげながら目を合わせると、それがまた合図となってしまう。
やめてー! 苦しい。おなか痛い!
「ちょっ、ちょっ、やめてよー、笑い殺す気ぃ?」
「映子ちゃんだって、勘弁してってばー」
言葉の間にもむせるような笑い声が入るため、それがさらに拍車をかけて今度は床も踏み鳴らす。
パーカッションデュオの誕生だ。
あー疲れた。笑うのってこんなに筋肉使うんだ。普段使わないトコまでフル動員した感じ。明日痛くなりそうだよ。喉の奥というか鼻の奥というか、まだ何かが残ってるし。
「ねえ本気ぃ? アレのどこがいいのよ」
ぐったりしながらようやくワタシは口を開く。彼女は彼女で肩で息をしている。
「映子ちゃんに言われたくないなー。ベタボレなのはそっちじゃない」
たしかに。他の男子なんてアウトオブ眼中。でもさ……。
「オーハラが「くる」なんて思いもしなかったよ」
「よりが戻ったみたいになってなければ行かなかったよ」
そうだ。ワタシも今が狙い時って思ってたんだっけ。
「あー、焦っちゃったってわけ?」
「そうそう。だから思い切って誘ってみたんだけど」
なるほど。彼女は彼女なりに機を窺っていたというわけだ。
「でも、それで勝負下着はないんじゃない?」
「そうかなあ。彼に選んでもらってさ、それで勝負をかける。いいと思ったんだけどな」
「エロくない? その考え」
焦りすぎでしょ。一足跳びどころじゃないよね。
「エロで結構だもん。付き合い始めたらそういうシチュエーションだって来るでしょ。というか作るけど」
こういうところはかなわないな。ワタシじゃ無理だよ。
ふぅ、なんとか落ち着いてきた。
よくよく考えれば、仲の良い、しかもかわいくて男子に人気のある彼女がワタシと同じコを好きになっているとか、とても落ち着ける状況じゃないんだけど。
でも男の子を巡って仲違いするなんてまっぴらごめん。
これは一致した意見。そこで彼女が一つの提案を持ちかけてきた。
すなわち、仲良く彼を奪い合う。それを軸にして、何かあればその都度話し合う。
恋と友情の板ばさみなんて古臭いことはワタシ達には似合わない。欲深く、けれどあっさりさっぱり楽しもう。お互い競争しながら、けれど応援し合って。
ワタシに反対する理由など見つけられるはずもない。
こうして寺山芳樹争奪戦に関する協定はここに締結されたのだった。
まったく彼女はどこかが変。普通だったらあり得ないよ、こんなこと。
他の子だったら絶対この場で殴り合いになっていたよね。その自信はあるよ。
「どの口がそんなこと言うのかな? 私からしたら映子ちゃんのほうがずっと変なんだけどな」
「ワタシは下着に買いに行くのに男の子なんて誘わないもの」
「寺山くん、かわいかったね」
こら、人の話を聞きなさいて。まーそれには同意するけどね。
「で、オーハラー。今日はそれだけじゃないでしょ」
教室を出て昇降口に向かいながら、ワタシは今日一番の疑問を彼女にぶつけた。
部活が終わったのだろうか、運動部とおぼしき生徒と幾人もすれ違う。顔見知りに手を振りながら、ワタシ達は上履きを下駄箱におさめる。
ここのところ何か言いたげにしていた。おそらく今日のことはそれにも関係しているのだろう。
「だから映子ちゃんて好き」
いやいや、ワタシにはその気はありませんてば。でもちょっと照れたり。
けれど彼女が次に続けた言葉は悪い予感しかもたらさなかった。
「映子ちゃん、図書委員で高橋って三年生の女子知ってる?」




