その5 彼は腰痛になりました。
大原にも女性下着にも興味はあるが、いやありすぎるほどなのだが、彼女たちが下着を選んでいる間何をしていろと?
大原のあの感じだと店の中にまで連れ込まれそうだし、周囲の敵視を快感に昇華するほどオレの変態属性はレベルが高くない。
どこかで待っていればとも思ったんだが、それはそれで居心地の悪さはハンパないだろう。
もう二度と来ないかもしれない「両手に花」
こんな機会を棒に振るなんて、やっぱりオレってヘタレ過ぎ?
でもさすがにな……。
新開映子のムス顔はさらに険しくなってしまったが、どうにか機嫌を直してもらう手立てを後で考えよう。多少の散財もやむを得ないか。
そんなことを考えながら俺は図書室に向かう。
結局はからかわれただけだったんだろうしな。ちょっとというか、かなり嬉しかったりもしたんだが。
大原め。実にいい性格をしてる。かわいい顔してエグい攻撃だった。
しかし勝負下着って言ってたよな。アレか、カレシでもできたのかアイツ。
……。
いかんいかん。ちょっとムラムラしてきた。こら、起きるなソコ!
「ちゃー……」
オレは図書室に入りカウンターに向かって挨拶を……。
あれっ? 先輩がいない。
代わりにそこにいるのは顔だけは知っている二年生だ。誰だっけ。
その先輩はオレに軽い会釈だけをしてそのまま本を読み始めた。
なんだ? なぜ先輩がいない?
一瞬オレは自分が迷子にでもなった気分に襲われる。
どこだ、ここ? 先輩がいないだけでまるで別の空間だ。
カウンターの後ろ、司書室をのぞいてみると関先生がいた。
何か知っているかも。
オレはドアから顔だけを入れて聞いてみる。
ここに足を踏み入れると、関先生の気分次第でこき使われるから気をつけなさい、と先輩から言われていたためだ。
「先生、高橋先輩は?」
「今日は家の事情で来られないって言っていたわ。何か用事でもあった?」
ここに住んでいるわけじゃなかったのか、当たり前だが。
白衣の関先生はそう返しながらも手は休めない。司書の先生も大変そうだ。
「いえ、用事ってわけじゃないっす。いつもいる人がいなかったんで」
この先生とまともに会話するのは初めてだ。緊張する。
「そんなところに突っ立ってないで入ってきなさいな。なにもとって食いやしないから」
その言葉に一瞬戸惑ってしまう。
先輩曰く「関先生は仏の顔をしてるけど鬼だからね」
「えーと……」
「はーん、高橋さんに何か言われたんだ。鬼婆ぁとかそんなところかな?」
こえぇ! スッゲェこえぇ! なに、この先生?
口元はにこやかなのに目が……。雰囲気が……。
先輩も怖いけど、この先生、別格だ。
うぅ、逃げたい。だが、そうは思うものの足が動かない。
これ緊張じゃない。射すくめられるってこういうこと? それとも金縛り?
どっからどう見ても普通のおばさん先生だよな。だけど、なんだこの感じ?
先輩ってこんな人といつも仲良く話していたのか。先輩がラスボスだとしたら関先生は裏ボスって言ったところだ。
司書室って魔界なんじゃないか? オレなんかが入ったら即死は免れないぞ。
パン!
うぉ、びっくりした。
関先生がなぜか両手を打ち鳴らした。
するとどうだろう、おどろどろしく思えていた空間が単なる司書室でしかなくなった。
お、体が動く。なんだったんだ今の?
「寺山君だよね。この頃高橋さんにかわいがられている」
「いじめられていると言ってください」
お茶にせんべいまで出してもらった。
意外と言うか、関先生はかなり気さくな人だった。
さっきのはオレが警戒しすぎていたせいだったんだろう。偏った情報は誤解しか生まないといういい例だな。先輩め!
軽く学校話をする中で、俺はいくつかの質問をしてみた。最大の関心事、先輩のことだ。
「どういうコって言われてもねー、ああいうコよ、としか言えないわね」
「あの、図書室の魔女ってあだ名なんすけど、なんでそんなのが?」
「ああそれ。彼女が一年の時ね、クラスで仮装喫茶やったらしいのね。その時の衣装が魔女だったんだけど。で、その年は図書委員会でも別の教室借りて古本市みたいなこともやってて、彼女がその格好のままずーっとお店番してたのよ」
「えっ、ホントっすか? 写真とかないんすか?」
入手できたらそれをネタにからかい返してやる。恨みはらさでおくべきか。
「残念。ここには残ってないわ」
くそぉ、運のいい魔女め。
「見てみたかったっす。ふーん、そうっすか、それで魔女ってあだ名が」
「それだけじゃないの。赤ちゃん連れた夫婦がね、あ、二人ともここの卒業生だったんだけど、赤ちゃんがぐずりだして止まらなくなって、その教室に入ったらしいの。そうしたら彼女が赤ちゃんをおとなしくさせちゃったらしいのよ」
「へっ?」
「空いているスペースでオムツ替えとかしてもらってね、でも泣き止まなかったみたいなの。そこで彼女が赤ちゃんの前で杖を振りかざしてね、何か呪文を唱えたら赤ちゃんが急に泣き止んで笑い出したんだって」
「マジっすか?」
「直接聞いたんだから間違いないわよ」
「直接?」
「そう、その赤ちゃんのお父さんお母さんて、二人とも図書委員だったの。でその後私の所にも来てくれたのよ」
「へえ」
オレは少し外れた所に考えを寄せる。図書委員でカップルになって結婚か。うーん、うらやましい。
「図書委員ってカップルが成立する確率が高いのよね。しかもね、私がここに勤めてから15年くらい経つんだけど結婚までいったのが五組もあるわ」
オレの考えを読んだかのように情報提供をしてくれる関先生。
「だから寺山君も、なんだっけ、リア充っていうの? 目指すなら図書委員はいいわよ」
凄い強引な搦め手だ。でも悪くないなソレ。二年になったら新開映子を図書委員に誘ってみようか? それにしても……。
「やっぱ魔女っすね、先輩って」
「かも知れないわね」
笑いながらそう言った後で、少し伏し目がちになる関先生。そして肩を落としながら溜息混じりに言葉をもらした。
「本当、……それだけだったら良かったんだけど」
「?」
「あ、ごめんなさい。これは私からは言えないわね。よく知らないことも多いし」
なんだろう。別の理由で魔女って?
まあいいか、今度本人に聞いてみよう。
それからオレはいろいろな話を聞いた。
卒業した生徒の中には司書室をまるで自分の部屋のようにしていた人が何人もいたらしい。今冷蔵庫に入っているのは先生が飲むペットボトルのお茶くらいらしいのだが、かつては名前を書いたジュースやお菓子ばかりが入っていたという。ここで毎日のようにカップラーメンをすする生徒もいたらしい。
さっきの話もそうだけど色恋沙汰も絶えなかったとか。
つわものどもが夢のあと。高橋先輩はその系譜を受け継ぐラストウイッチといったところか。
今の一、ニ年にそういう生徒がいないことを少し寂しがっている。
「だからね、君ももっと来ていいのよ。遠慮はいらないから」
俺はなにやら嬉しくなって「ハイ!」と元気に答えてしまった。
いろんな人がいたんだな。関先生の話がうまいのか、その先輩達のエピソードはどれも色とりどりに輝いて見えた。
今日仕入れた話は今度彼女にも聞かせてあげよう。
なんだ、いい先生じゃないか。
厳しそうだけど、上から目線じゃなくて生徒に寄り添ってくれる感じがする。
どこが鬼だって言うんだ? 先輩には文句を言ってやらねば!
しかも……。
やりやがった、あのアマァァ!!!
「ああ、そう言えば寺山君」
「はい?」
よし、今度はオレもここになんか持ってこよう!
そう頭の中で自分の好きなお菓子をセレクトしていた時だ。
「高橋さんから聞いたんだけど、書庫室の掃除してくれるんだって?」
「へっ?」
「言ってたのよ。そういう約束だって。違った?」
「はぁ?」
あ、そうだ。この間新開映子と来た時そんな話したっけか。
ウソ! えー、その場の冗談じゃなかったんだ?
……。
やられたー!
いたらいたでいじめてくるし、いなけりゃいないで置き土産って。
魔女すぎるだろー!
「今日はちょっと晩いから無理かな?」
「えっと、掃除するだけですよね?」
「ダンボール箱を一回外に出してからハタキと雑巾がけかな」
「そんくらいだったらすぐ終わるんじゃないすか。大丈夫っす」
「そう? じゃお願いしちゃうけどいい?」
「任せてください!」
話をしているうちにテンションがあがっていたのだろう。
関先生が思いの外フレンドリーだったこともあって、オレは先輩の仕掛けた罠に自ら飛び込んだ。
ま、掃除くらいなら別にかまわないしな。
オレは司書室のさらに奥にある小部屋のドアを開け……。
そのまま閉めた。
「先生、段ボール箱がやたらとあるんすけど?」
「うん。十箱だったかな? 全部本が詰まっているから気をつけてね」
「一箱ってどんくらいの重さなんすかね?」
「量ったことないからわからないわね。ただ冊数はわかるわ。一箱に四十冊は入っているんじゃない?」
「一冊の重さってどんくらいっすか?」
「軽いわよ。確かハードカバー本で500グラムくらいだから。厚い本は700グラムくらいあるかな」
「いや、一冊一冊が軽いのはわかるんすけど……」
一冊500グラム。一箱四十冊。
500×40=20000で20キロ。で、それが十箱。
おい! 200キロって。しかもいったん出してからまた戻すの?
えっ、何? これ何の修行? それとも拷問?
「寺山君。一度口にした事はちゃんと最後までやってね」
振り向くと関先生がにこやかに笑っている。ホントにこやかに。
頭に生やした角が見えるようだ。
すみませんでした、先輩。オレが間違っていました。
ただ、やっぱり関先生は鬼じゃなかったです。
たぶん正真正銘の悪魔です。見えない尻尾を今喜んで振っています……。




