その18 彼女は消えない火を手に入れました。
あらあら、掃除を命令されちゃった。
書庫室? ふーん、そんなのがあるんだ。
不満気な顔は隠さないものの、反抗しないでおとなしく言うこと聞いちゃうあたり、らしいっちゃらしいんだけど実は喜んでいるのかも、とも思ってしまう。いじられて楽しげだし。
「さて、寺山君がおっぱい星人なのは仕方ないとして」
だから先輩、おっぱい言うのはやめませんか?
「私のおっぱい想像するくらいなら、新開さんに見せてもらうことね」
その言葉に目を輝かせる彼。こらこら。
「先輩! やめてくださいってばもう」
でもいやらしさを感じないのがいいな。こういう会話はワタシじゃできない。
「さて本題に入りましょうか。まったく寺山君のおかげで進む話も進みやしない」
まったく。あーでも、元はと言えば……。
彼もそう思ったのだろう、不満を露わにしたが先輩の一瞥によって萎んでしまう。
ホント弱いなあ。
「ページ数を決めたら、どんなに続きが気になってもそれ以上読まない」
先輩がルールを簡単に再確認する。
「これ、結構きつくなかった?」
きついどころじゃないです。身悶えしちゃいました。
「正直に言うけど怒らないでね」
うーん、どうでしょう。確約はいたしかねます。
そう思った時だ。
パン!
深呼吸した先輩がその場で両手を合わせワタシたちに頭を下げた。
「ごめん。君たちがとっても仲良さげだったから、つい意地悪したくなったの」
……ワタシ、目が点。
……彼、目が点。
一瞬、はいっ? となってしまった。
「ほら、図書室にデート気分で来る人達っているのよ、実際。でね、君達もかなぁって思ってつい……、テヘペロ」
実際にテヘペロやる人初めて見た。うーん、あざとい。
それにデート? 仲良さげ? ちょっと嬉しかったりして。
でも……。
「で、本当のところはどうなんですか?」
デレっている彼を無視してワタシは再度質問する。
この先輩がそんな浅はかな理由でやるはず……ないよね。やりそうではあるけれど……、やっても不思議じゃないけれど……。
やらないですよね、先輩? あー自信なくなってきた。
でも当たり。先輩が目を細めてワタシに笑いかけてきた。よしっ!
「うん、やっぱり新開さんていいわあ。それにひきかえ……」
あーはい。彼はですね、彼なんですよ。
うーん、これがいわゆるジト目ってやつね。きつそー。
「そうね、ここからは真面目な話」
言葉通り真面目な表情に戻った先輩がカウンターに両手をつく。
様になっているというか、板についているというか。
オネエサマ登場。素敵! こう思っちゃうワタシもなんだか……。
「これはね、メンタルトレーニングの一種なの。欲求に対しての自制心や意志の強靭性を養ったり、あと、オンオフの切り替えが上手くできるようになるためのね」
なるほど。やっぱり精神系の攻撃、じゃないや鍛錬だったのね。
「すぐに効果が出るというものでもないし、続けたからといってそれは自覚できるようなものじゃない。だから気が乗らないのならやめてもいい」
あれっ? メリットを強調しないし強制もしてこない。
これがメインじゃないということかしら。
そして先輩は彼に顔を向ける。
「でも本当のところ、そんなことはどうでもいいの」
ああ、そういうこと。この件はやっぱり彼がターゲットなのね。
彼の目を覗き込むように顔を近づけている先輩。
天敵に出くわしたかのように彼は身動きすらできないでいる。
「ただ私は……」
凛々しい横顔。でもそれが徐々に穏やかになり包み込むような笑顔となる。
「思い出してほしかったの。読書は楽しいものだっていうことを」
彼に対して言ったのであろうこの言葉は、傍観者になりつつあったワタシの心にも波紋を起こした。
思い出す?
……。
シリーズ物を夢中になって読んだのは小学生の時。魔女っ子ものだった。
大人に憧れて少し背伸びしながら恋愛小説を読み始めたのは中1の時。
たまたま読んだSF物に感動して敬遠していたことを後悔したのは中2。
社会問題や人生の悲哀を織り込んだ推理物に涙したのは中3の時。
記憶が洗濯機に放り込まれて渦を巻いている気分。
そうだった。ワタシって結構本を読んでいたのよね。
それなのに時間がないとかネットが面白いとか言って読まなくなっていた。
面白い本に出会えなかったから?
読みたいと思えるような本がなかったから?
いいえ、多分ワタシ自身が読書の楽しみを忘れかけていたから。
本を読むことにときめきを感じなくなっていたから。
先輩に薦められた本は想像以上に面白く、ワタシの中で消えかかっていた読書欲という熾火に風を送り込んできた。
熾は今赤いゆらゆらとした光を放っている。そう、これを消してはいけない。
いろいろなことを考えてしまったけれど、ほんの数秒のことだろう。
そしてワタシ達の自問自答が落ち着いてきたのを見計らい先輩が続ける。
「ねえ二人とも?」
先輩はまるでふいごのよう。その言葉は吹き出す風。
「本は好き?」
その問いは熾火を一気に燃え上がらせる。もう消えない、消さない!
「「はい、好きです!」」
寺山芳樹と同じセリフをしかも同時に発してしまったのは、この上なく照れくさいたことだったけれど気にしない。だって彼も同じようにはにかんでいたのだから。そして互いに顔を見合わせたワタシ達はまたもや同時に心の底から笑い出したのだった。
彼女、新開映子さんの鬱憤はとりあえず晴れたようです。
さて、これで第一部「彼の憂鬱、彼女の鬱憤」はおしまいです。
いつも勢いだけで書いていたので、これからはいろいろと考えながら書いてみよう、
などと思っていたのですが、まあ無理でした、はい。
まさに「下手の考え休むに似たり」といったところで……。
第二部は「彼の迷走、彼女の葛藤」(仮題)になります。
更新時期は未定です。
お読みいただいた方には感謝申し上げます。
ありがとうございました。




