その17 彼は最後のピースを手に入れました。
よかった。奉仕活動命令で済んだ。って書庫室の掃除かよ!
あのー、日本じゃ採用されていない制度というのは納得が……。
せめて執行猶予にしませんか?
オレの不満顔は無視されるのはまあ当然の流れで。
「さて、寺山君がおっぱい星人なのは仕方ないとして」
うう、事実だから言い返せない。
「私のおっぱい想像するくらいなら、新開さんに見せてもらうことね」
おお、なんと魅力的な提案。
「先輩! やめてくださいってばもう」
彼女ももうグダグダ状態だな。
「さて本題に入りましょうか。まったく寺山君のおかげで進む話も進みやしない」
えー、オレェ? どう考えても先輩の脱線が原因だと……。
チラッ! えーっと、はい、すみませんです。
「ページ数を決めたら、どんなに続きが気になってもそれ以上読まない」
先輩がルールを簡単に再確認する。
「これ、結構きつくなかった?」
きつかったですよ。だから来たんですってば。
「正直に言うけど怒らないでね」
ん? こっちが怒るようなことってなんだ?
パン!
深呼吸した先輩は、なんとその場で両手を合わせオレ達に頭を下げた。
「ごめん。君たちがとっても仲良さげだったから、つい意地悪したくなったの」
……オレ、目が点。
……彼女、目が点。
なにぃ! なんだそれぇ!
「ほら、図書室にデート気分で来る人達っているのよ、実際。でね、君達もかなぁって思ってつい……、テヘペロ」
くっ、かわいいけど許せん。
ああ、でもプチデート気分ではあったな、確かに。オレだけだろうけど。
しかし、束の間の浮かれ気分もそこまで。
「で、本当のところはどうなんですか?」
テヘペロには反応することなく、真面目な顔に戻っていた彼女がいたって落ち着いた様子で質問を再開した。
えっ、なに? 今のも冗談だって言うのか?
先輩は目を細めて彼女に微笑む。
もしかして試されたのオレ達? で、オレだけ不合格的な?
「うん、やっぱり新開さんていいわあ。それにひきかえ……」
あれ? オレ? 誰?
うう、先輩のジト目がきつい。
「そうね、ここからは真面目な話」
カウンターに手をついてオレと彼女を交互に見てくる。
うーん、講師みたいだ。
かっこいいんだけど、なおさらそれが魔女の変身に見えてしまう。
「これはね、メンタルトレーニングの一種なの。欲求に対しての自制心や意志の強靭性を養ったり、あと、オンオフの切り替えが上手くできるようになるためのね」
そうなんだ、へえ、なるほど。
「すぐに効果が出るというものでもないし、続けたからといってそれは自覚できるようなものじゃない。だから気が乗らないのならやめてもいい」
先輩はそう言うと、今度はオレに顔を向けた。
「でも本当のところ、そんなことはどうでもいいの」
え、それ言っちゃいます? それが目的なんじゃないですか?
そして急にオレの目を覗き込むように視線をぶつけてくる。
瞬きもしない。オレは目を逸らすことすらできずカエル状態に陥った。
「ただ私は……」
眼鏡越しの先輩の瞳は少し灰色がかっているように見える。
「思い出してほしかったの。読書は楽しいものだっていうことを」
えっ?
一瞬空白が生まれる。思い出す? 何を? 読書は楽しい?
それらの単語がジグソーパズルのピースのように胸の中に落ちて行く。
……。
そうか。そうだったのか!
読書は楽しい。
そう、オレは借りた本を読むことでそれを思い出した。
文字を追い、ページをめくる面白さ。物語の中に入り込む高揚感。
そうだ、確かに思い出したのだ。
オレは本を読むのが好きだった。
そして今も好きなのだ。
やられたな。まるで頭を拳で、いやハンマーで横殴りされた気分。
さっきのメントレのことだけでも十分納得できたというのに、それが二の次で主目的がコレとかどんだけよ。
なんかオレ、この先輩には一生勝てそうにないや。
先輩の言葉は、オレの鬱屈としていた部分、燻っていた部分を見事なまでに吹っ飛ばした。
清々しいまでの敗北感。いや違うな。解放感と言ったほうがいいのか。
隣の彼女も似たような感慨にふけっているらしく声も出せずにいる。
どれほどの時間だったのだろう。10秒? 20秒?
「ねえ二人とも?」
その間も見守るように優しく微笑んでいた先輩が、最後のピースをオレに渡してきた。
「本は好き?」
そしてオレは、受け取ったピースを迷うことなく空いた場所にはめ込んだ。
「「はい、好きです!」」
はからずも声がそろったことにオレと新開映子は、互いに照れながら二人の間にあったわだかまりがまるで嘘であったかのように笑いあったのだった。
どうやら彼の憂鬱は一段落ついたようです。




