第七話 例えば夢見るような暖かい日に
「お姉ちゃん〜!! 血赤珊瑚のネックレスはいかが!?」
「そこのカップルさん! アイス食ってけ! アイス!!」
「お兄さぁん〜よってかなぁい?? 安くしとくわよぉ」
さて、レチュアはリアスに夕食を奢ってもらった後、宿代まで奢ってもらって、朝食とかまで食べさせてもらって、昼食をかねておやつにワッフルを食べながら王都にいたりする。リアスの財布の中身よりも気になるのは前科だ。(シーフだし)
アレスタは首都が中央ではなく、東の方にある。東には神殿があるからだ。首都を抜けるとすぐに神殿がある地域となっている。これはもちろん『神殿におこしの祭はアレスタ王都へ!』という目的の上での事だと思う。
見てわかるが王都は実際繁盛していた。さすが商業国は物価も安い。何度レチュアが足を止めた事か。
「ここのワッフルおいしい〜」
中にカスタードがたっぷり入ったあつあつのワッフルは一回食べたら病みつきになる位おいしい。
「お金は絶対返すからね」
レチュアは困ったようにリアスを見やる。
「ん? ん〜。や、いいや。俺の金じゃないし」
あぁ、そういえばそうだし。
「でも、ずっと借金してるってのも嫌だなぁ……どっかに日雇いの店とかないかな?」
「日雇いですか! てかレチュアは神殿行った後どうすんだ?」
『次の大陸に行って……四神と契約を――……』
リアスにそれを正直に言うのは気が引けた。さて、そう言ったと仮定して、リアスはどう思うだろう。ドールとの契約はよほどの事がない限りは一体。魔獣の方も他にドールを持つ人間と契約はしない。
そもそもドールはなぜ人と契約をするのか。人は魔獣をドールにする事によって命をかけて守ってもらえ、獣は契約者の手となり、足となる。そしてそれは一方的のように思われるが、実はドールも契約者にその代償をもらっている。
ドールの生きていく糧は人間の心。それがドールの好物。だから魔獣は契約の際、力と、そして心の強さを見極める。普通の者に普通のドールという考え方は実はないのだ。
だからドールがニ体いれば、それだけ糧が減る。故にドールの二重契約は少ない。
「あぁとねぇ、故郷がアルファーレだから。そこへ帰るわ」
レチュアの嘘はやっぱり下手だ。目は泳いでるし。
それには別に目も向けずリアスはへぇ、と一言つぶやく。ここで彼にアルファーレってどんな国? と聞かれなかった事にレチュアは心底安心した。故郷じゃないし。
アレスタの王都は広い。勿論王が住む城の下に広がる街だから当たり前だ。行き交う人々の中には異国の服を纏った者をよく目にする。大道芸人や、吟遊詩人。踊り子や、俗に亜人と呼ばれる生物と人とが混ざった異形の者達。とにかくたくさんの珍しいものが所狭しと練り歩いている、といっても過言じゃない。
「アルファーレか……あっこは大きい大陸だからなぁ〜お宝がばんばん埋まってそう」
「あれ? 泥棒じゃなかったの?」
「は、トレージャーハンターは副職じゃ」
リアスはニッと笑う。レチュアも思わずつられて笑う。いや、半眼してだが。
「……リアスは……故国はどこ?」
「ん? おいこらそれってばトップシークレットなんだけど?」
ちょっと肩をすくめて見せながら答える。どうやらトップシークレットらしい。
「ふ〜ん」
「突っ込みなしか!?」
レチュアはまぁいいやと考える。どこに住んでいようがかまわないのだけれども。それにしてもお金はどうしよう。多分このままではリアスに借金しっぱなしになってしまう。はっきり言ってそれは嫌だった。レチュアは嫌な事は嫌だと言う子だ。そこだけは全く変わっていない。
「リージュ国がか?」
ふと耳がなにかを聞き分けた。
「王様が死んでその息子が玉座に座ったらしいぞ」
リージュ? レチュアは雑踏の中で立ち止まる。
リアスの背中が離れるが気にしている暇がない。たくさんの人々が通りすぎる中での小さな会話。
「王妃も死んだんだろ? それにあそこには溺愛の本妻に姫さんが二人もいたじゃないか」
「あぁ。だから逆賊じゃないのか? 謀反か……」
「違うだろ? 息子が起こしたんじゃないか?」
レチュアが目を止めたのは小さな小物屋の裏の狭い通りにいる男2人組だった。思わずなにも考えずにそこに向かう。この人ごみの中ではもうリアスは見つけられないかもしれない。だが、情報が欲しかった。
『息子?』
「ねぇ、そこのお兄さん、私リージュの国の人なんだけど」
ナリは悪くないが、少し体の強そうなイメージの男が2人。いきなりレチュアに声をかけられたので始めはびっくりしていたが、やがて目を光らせる。
「なんだ? お嬢ちゃん?」
「王が死んでしまったの?」
「……あ、あぁ。おかげでリージュ国は滅茶苦茶らしいぞ」
目つきが変わった事には気付いていなかった。レチュアは乗り出すようにしてまた問いかける。
「滅茶苦茶? 王都はどうなってるか知らない? 私のお母さんがそこにいて……」
「さぁな?」
「確か魔獣が徘徊しているって聞いたぞ?」
男二人はにやにやとやひた視線をレチュアに向ける。
「所でお嬢ちゃん、情報料は高いぞ〜?」
『……魔獣が徘徊? どういう事? 魔獣は群れたりしない。一箇所にいる事だって珍しいのに……』
レチュアは全く聞いていなかったし、気にしている場合じゃなかった。そしてもう一つ。
『息子?』
レチュアには何人かの異母兄弟がいるが、顔を見た事すらない人もいる。誰がそうなのかはわからないが、異大陸の国の話しがここまで回ってきているとしたらけっこうな事が起こっているのかもしれない。
「お嬢ちゃん〜? 聞いてますかなぁ??」
レチュアはここで始めて顔を上げた。
「ありがとう、いい事を聞けたわ」
「そうだなぁ〜? お礼は金でどうにか……!」
男の目つきが変わった。レチュアの背後を見つめて驚愕する。
「今お金もってないの。ごめんなさい。」
上の空のままだったから、前にいる男達の表情が変わっている事にはレチュアは気付かない。男二人は慌てて逃げ出した。
「え!? ちょ、ちょっと待って! まだ話が!!」
レチュアは慌てて後を追おうとする。と、そこで首根っこを掴まれた。
「え?」
「おい、てめぇ何してんだコラ」
リアスの爆裂不機嫌な目と目が合って、レチュアは思わず笑顔を作る。
「あら、すみません」
「ったく……はぐれたらお前だって困ったろうが」
心底不機嫌に眉を寄せて、リアスはため息をつき、今度はレチュアの手を握った。
「え? あ」
「肩組んで歩くか? 嫌なら文句を言わずついてこい! ったく王都っていやぁスリはいるわ、危ない商売はしてるわで大変なんだぞ? 一回捕まったら……」
リアスがブチブチと愚痴っているが、レチュアはてんで聞いていなかった。
『一体誰が……』
今聞いた悲惨な王都の状況。もしかしたら嘘かもしれない。でも本当かもしれない。今、自分には確かめる術がないから、レチュアは余計焦っていた。
『誰が』
「聞いてるか〜? レチュア様〜?」
またまた不満そうなリアスの声が響く。
「え? あ、オケ!わかった! もうはぐれちゃダメだよ?」
「俺じゃねっての……」
逸る。気持ちが倍以上に膨れ上がっていく。こんな所にいる場合じゃない。なのに。
『四神と契約して一体何になるんだろう』
風の神が言った。契約をしろ、と。それは何を意味するのだろう?
逸る。逸ってしょうがない。
『一体……』
アレスタ王都の終わりは一つの大きな門だった。そう華美ではないが、壮大な門が今まで続いていた、ぐるりと囲う塀の終わりと出口を表している。そこを抜ければもう神殿地区。つまりは無法地帯である。国ではない場所。誰も誰かを縛れない、そんな場所だ。
門の前には2人の兵士がいる。近くに人はたくさんはいないが、出店はちらほら出ていた。
「神殿へ行く」
リアスが言うと、兵士は頷いた。そして神殿への向かい方と、神殿の事を少し説明して、リアスとレチュアそれぞれに呪文封じの魔法をかけた。声は出るが一切の魔法及びドールの召喚を禁じる魔法だ。これはアレスタに戻る、または他国に入国する際に解除してもらえる。神殿地区で魔法をブチかまされたら、たまったもんじゃない。
さて、兵士が何やら呪文を唱えると、重そうな扉が開いた。―と、レチュアは目を見開いた。別世界と言っても過言ではない。何も、ない。一面赤茶けた大地が広がっているだけだった。たった一歩門から出ただけで、本当に何もない。木もなければ草もない。花なんてあるはずがない。一面の空と一面の大地。それはある意味美しかった。
「アレかな? 神殿」
遠くの方に辛うじて見える白い建物は恐らく地神アークスが住む神殿なのではなかろうか。
「だろ? しにてもすげぇな……」
リアスは感嘆した。こんな場所がこの世にあるという事が信じられない。
「でも契約なんて始めてなんだよね私」
「ん〜。まぁリラックス?」
「……。あれ? リアスは? ドールはいないの?」
ふと考えてレチュアはリアスを見上げる。彼の背が高いのでどうしてもそうなるのだが。少し寒い風がリアスの短髪を撫でた。
「トップシー……」
「リアスって一体どんだけの罪を犯してきたの?」
出身地、不明。ドール、不明。武器、短剣(二本)灰髪、赤目。青い布で短い髪を上げ、軽装した大泥棒☆(第七話参照)
知っている事といえば本当にそれくらいだった。実際リュークを例にしてもそうだ。
『私の周りって秘密主義者多すぎ?』
レチュアの見つめる視線に気付いてリアスは、ん?と首を傾ぐ。
「トップシークレット以外の話してよ?」
「…………。ス、スリーサイズとかか?」
「ごめん、遠慮」
極めつけはアホだ。でも楽しい人だと思う。一緒にいればなんとなく笑顔になってしまうからだ。
リアスは手首に入れた古代文字の刺青を触りながら少し考える。冷たい空気が2人に吹きつけてくるが、別に嫌な沈黙ではない。
「じゃあさ、レチュアは? そうだな……武器とかは持ってねぇの?」
『あれ?』
ふと何かに気付く。小さな何か。レチュアはちょっと目を上げてしばらくして答える。
「え? えと……私はセーレスって槍を……」
遠回りな質問だな、と思った。レチュアは? と聞かれた時は何を聞かれるか、とドキドキしていたが、思わずホッと安心する。
「槍か〜重たいだろ? 短剣良いぞ〜? 軽いし!」
「や、軽いかもしれないけど……どうして剣神と契約しないの?」
「は?」
リアスは真顔で問い返す。そんな風にされるとは思わなかったので、レチュアも思わずは? と言ってしまった。
「……プッ! あはっ〜あはははは〜」
その後レチュアは弾かれるように笑い出した。
「は!? おいコラ何笑ってんだ!!??」
「だって〜『は?』だってよ〜!? くはぁ〜っ」
リアスは眉を上げる。不機嫌そうにそっぽを向いた後、自分も腕で口元を押さえ、笑い出した。
「剣神と契約すると便利だよ。名前呼ぶだけで手元に剣が来てくれるんだって変な言い方だね」
はにかむように笑いながらレチュアは言う。それを見てリアスは目を細めた。元が整った顔立ちだから笑うと拍車がかかる。太陽のような優しい笑顔で笑いながら、レチュアはふとリアスを見上げる。ぼんやりとしたリアスにどうしたの? と問いかける。
「……。剣神と契約ってどうするんだよ?」
「え? えとね……確か自分の剣の名前を呼んで、呪文を唱える? あら? なんだっけ?」
まだリアスの表情はぼんやりとしている。
「私が契約したのって七歳の時なんだよね」
それに気付かずレチュアは勝手に一人で話す。
「あ」
と、今までぼんやりとしか見えていなかった白い建物がもう目前にある事に気付いた。
真っ白な神殿だった。風雨にさらされてるはずなのに本当に真っ白なのだ。六本の柱に天使像の彫刻が刻まれ、その柱の向こうにこれまた純白の扉がある。材料は石でもなければ、何かに色を塗ったわけでもない。
「うわ……真っ白!」
レチュアは目をしばたく。感嘆してもしたりないほど白い。
やっぱり神殿の近くにも広がる大地以外何もなかった。ポツン、と建つ大きくて壮麗な神殿。
神殿の扉に近付くと、白に吸い込まれそうになる。
「あれ? リアス、あれなんだろう?」
と、扉の前に何かを見つける。神殿地区に入って以来の色を持つもの。青白い光りの球体が目の前に現れた。人の顔位の大きさの球体は扉を守るようにふさぐ。
「なんだ? 門番とかか?」
「当たりです〜」
「!!!???」
レチュアもリアスも飛びのいて驚いた。何か喋った!!!
「な、なに!?」
この世に産まれて16年とちょっとこんな生物は初めて見る。
「アークス様の神殿を守っております、チョコリでございます。どうぞミッドカルサンダーと呼んでください」
「え!? 一文字も入ってないのに!?」
レチュアは驚き余って逆に感動していた。喋る青い球体、素敵にもほどがある。しかも分け分からん事言ってるし。
「えと……契約をしたいんだけど……どうすればいいの?」
チョコリはふわふわと浮かびながらゆっくりと神殿の扉の前で止まった。
「ではちょっとテストさせていただきますね〜」
レチュアは目を見開いた。
『テスト!?』
城に来た十数人の家庭教師はことごとく自信を喪失させて辞めていった。妹のシェアは頭が良いのに、レチュアはどうしても勉強というものが生理的に嫌で嫌で嫌で(以下略)たまらなかったのだ。
「か……勘弁してください…………」
「え!? おい、まだ問題すら聞いてないだろ!?」
青白い球体はクスクスと笑いながら答える。勿論笑っているかどうかはよくわからないのだが。
「簡単ですよ。では男の方から。ここの扉、開けてもらっていいですか?」
あ、俺か。とリアスは前に進み出る。白亜の扉は悠然としていた。
「開ける事がテストってんならクソ重いとかそういうわけなんだろ?」
リアスは手首を回すようにして軽く振る。そして取っ手を握る。白い取っ手には薄い桃色の宝玉がついていた。リアスは一息つく。
「!」
そしてぐいと扉を引っ張るようにして開けた。所がどうだろう。力一杯開けてしまったので、扉は百八十度開いて、跳ね返って戻ってきて閉りそうになった。
「別にテストってわけではないんですが……私扉を開ける事ができないんで、それっぽく言ってみました」
「何だっての」
リアスは半眼しながら開いた扉の向こうを見る。
「レチュア、先行くぞ?」
「うん。行ってらっしゃい」
リアスの影から見えた神殿の中はやっぱり想像していた通り真っ白だった。ちっとも汚れていない純白。一体どんな魔法の力がかかっているのだろうか。
四神。万象を司る四人の神。彼の者の力は大きい。
『……待ってて。私が玉座を取り戻すわ』
父親と母親に言う。聞いていてくれるのならばきっと微笑んでくれている事だろう。
「レチュア、レチュア・フォーガス様ですね?」
青白い球体がレチュアの方を向いた。(いや、実際どっちを向いているのかはわからないのだが)
「!」
「セルフィ様よりお話をお聞きしました。マーナ・ベルナの加護在りし者が神殿に訪れるでしょう」
風の神は神殿に行き、四神と契約しろ、と自分に伝えた。それを守って今レチュアはここにいる。
「えぇ。紹介が遅れたね。レチュア・フォーガス。リージュ国王の娘です」
ニッコリと笑って答える。この物体には言ってもかまわないだろう。チョコリはふわと、レチュアの目の前にやってきた。何の聖霊なのかはわからないし、目も鼻もないけれど愛嬌がある。
「アークス様も待っておられました」
「本当に?」
「はい。ぜひ、あなたにもご加護がありますように」
レチュアは微笑む。
ドールはニ体。あのキング、レクトとマーナ・ベルナ。それだけでも異例なのに果たして四神は自分と契約をするのだろうか?たかが国のために。
「太陽みたいですね」
「ん?」
チョコリはふわふわと風に浮いたままゆっくりとレチュアの髪を撫でた。触れた球体は温かい。
「どうか光を失わずに」
レチュアはもう一度微笑んだ。
例え契約を拒んでも自分はなんだってする。もう決めた。自分はリージュ国の姫。そしてあそこは自分の愛する国。誰にも汚させるものか、と。




