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祈りの空  作者: 桜野日向
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第六話 君の意味

世界は四つの大陸に別れた。北東にベル大陸。南東にブルーレスティア。北の果てにぽつんと浮かぶ小さな島が、ユエラ。そして、南の巨大陸、アルファーレ。それぞれが広い海により離れ、それでもなかなか仲良く国交を続けている。今は大きな戦争というものはない。

 そして、その四つの大陸には四人の神。四神と呼ばれる神様がいた。

 ベルには風の神、セルフィ。ブルーレスティアには水の神シロン。土の神アークスがユエラに、そしてアルファーレに火の神オージェ。それぞれ、レクトの下に位置し、それぞれが高い能力を持つ、珠玉の神だった。

 大陸には神殿がひとつ置かれる。それはどこの国にも位置しない、四神のためだけに作られた場所。そこで、多くの魔法使い、術師が強力な神の力を求め、各国から集まってくるのだ。契約を結ぶには大きな力が必要であったし、力だけでは四神を与する事などできない。人としての心や、思いの強さ。そういうものも必要であった。

 レチュアに与えられた一つの課題は、神殿に行く事―四人の神様に会いに行く事。


「はぁ……」

 今のため息は何回目か。もう数えられない程になったのでレチュアは大人しく出るがままにしていた。空は快晴。美しい、青い空。ふらりと気の向くままに歩いてたどりついたのはけっこう大きな街だった。

 足が疲れたので、噴水の前のベンチに座って休憩する。

 はしゃぐ子供の声、おしゃべりをする自分と同じ位の女の子達、仲のいいカップル。街の音が耳を撫でていくけど少しとしてレチュアの気分は晴れない。


 ――悪いがお前の用事に付き合ってる暇はない――


『けっこう戦力になると思ってたんだけどね……』

 はぁ、ともう一度特大のため息をつく。

 夜が明ける前に村を出た。服を借りたままな事が少し引っかかるが、またあの非常識な男が村にくるよりはいいだろう。おあいこということにしておいてほしい。

 さて、レチュアは昨夜とりあえずここがドコなのかを聞いた。

 北の果ての島。大陸と呼ぶには小さなこの島の名はユエラ。内にある、三つの国の、ここはアレスタという商業国だ。幸いにも村人が言うには、この国の守り神、地神アークスの神殿はここから近いらしい。これはとてもラッキーである。ただ一つ問題がある。

 困った事にレチュアは今……

『お金がない……』

 もうため息をつく気力がなくなってレチュアは一人途方に暮れた。少し巻いた金髪も昨日あれだけといたのにもうボサボサになっている。

 人間まず腹が減るとやる気がなくなる。次に、明日への不安を少しでも感じると、これまたやる気がなくなる。

『げぇ……私らしくないなぁ』

 レチュアはとりあえずベンチから立ちあがる。少しカツを入れようと思う。大陸一だとどっかの誰かさんが言ってくれた元気の良さはこんな事には負けないつもりだった。

 でも。

 ふと誰かにすがってみたくなった。たった三日しかたってないのに、多くの物を失った気がする。レチュアは呆れたように笑った。

「マーナ・ベルナ……笑っちゃうよね。私さぁけっこう頑張ったつもりだったんだけど……」

 口が勝手に彼女の名を呼んでいた。

 マーナ・ベルナ。彼女はレチュアの二人目のドールだった。もし、彼女を従えている事をリュークが知ったら一体どんな顔をしただろう。あのスカした顔をひん曲げてやるのも楽しそうだったのに。

「わかってますよ」

 頭の奥で甘く、優しく声が響く。

「……うん。――今だけ……今だけだから……」

 誰、だろうか。平穏をあんなに簡単に奪ったのは。誰だろう? ここまで自分を苦しめるのは――……。何が起こってしまったのだろう。

「おわ!? お前何一人でくっちゃべってるんだ!?」

「……」

 レチュアはそっと目を上げる。やっぱり自分を不思議そうに見てくる青年がいた。傍から見れば、そりゃ自分はさぞや危なかっただろう。

 リュークとは違うタイプの男だった。歳はレチュアより一個か二個上で、灰色の髪と、自分と同じ赤い瞳をしている。自分のように燃えるような赤ではないけれど。この辺りではどうだか知らないが、ブルーレスティアでは赤い瞳はとても珍しがられたので、レチュアは少し嬉しくなる。

「一人でくっちゃべりたかったの」

 レチュアは肩をすくめて見せた。

 北国にも関わらず青年はとても軽装をしている。剣神と契約をしていないのか、二本の短剣を腰にさしていた。

「ふーん。つか何してんだ? 人待ちか?」

「ううん。ぼんやり」

 レチュアの答えに青年はプッと噴出した。笑い顔は見られたくないらしく、口元に手を当て、そっぽを向く。

「え!? ぼんやりダメだった??」

「いえいえ。くくっ……あ、俺リアスっての。リアス・フェルド」

「え? あぁ……と……私はレチュア、レチュア……」

 名乗ろうとしてレチュアは少し止まった。果たしてこんな所で自分の名前を言っていいのだろうか? そう軽がると。

「レ、レチュア・レスティーナ!」

 とっさにリュークのファミリーネームを使い、ごまかす。

「レチュアね。で? どうせ金ねぇんだろ?」

「!!??」

 思いっきりクリーンヒットで図星を付かれ、レチュアは眉を上げた。そんなにひもじそうな顔をしていただろうか。

「な……なして……?」

「や、勘だけど。おごってやろうか?」

 ピク。

「い、いいの……?」

「うん。いいよ。ただし、いつ何時捕まっても文句は言わない事」

「は?」

「俺実はシーフなの。世界を股にかける大泥棒☆」

 レチュアはあぁ、と笑った。

「そうなんだ。えと……じゃあ、あのご馳走してもらっていいですか?」

「かしこまりました」

 リアスもニッと笑う。

「所でレチュアはどこに行く人? それともここの人?」

「あ、私は神殿で四神と契約しようとしてる所なんだ。えと……旅人?」

 リアスは嘘、と振り向いた。

「マジで? 俺も神殿だ。アークスだろ? この大陸」

「リアスも? そう! アークス!」

 レチュアはパッと顔を輝かせた。今まで凹んでいた心がだんだん立ち直ってきた。

「そういや旅人さんが何で金持ってないの?」

「え? あ、えと……」

 レチュアは少し考える。名前に引き続きなんと答えようか。

「えと……ぼ、ぼられて……」

「あいた、そりゃご愁傷様、って盗賊男に言われてもな」

「本当だ」

 レチュアはまた思わず笑ってしまった。この男、どうでもいいが楽しい。

「じゃ……神殿までご一緒しませんか?」

「ん? 良いけど。俺さぁけっこう面割れてて、一人で食事とかしようものならすぐ捕まっちまうのね? だからちっと相手がいたら嬉しかった所」

「あ、そっか」

『私と一緒にいた方がやばいかも』

 シラ。ふとあのきゃわいくて恐ろしい男の名が浮かぶ。リージュ国王の娘である自分――と何でだかリュークも――捕らえに、いや殺しに来た。多分理由はそれだと思う。

『逆賊の反乱か。もっと大きな事かもしれない』

 リージュをのっとる事が目的だろうか? 事実、国王も王女も殺された。そして――。

 レチュアは自分の実の妹の事を考える。十六のレチュアより三つしたの十三歳。お姫様と呼ぶには少し口の悪い(態度も悪い)自分をいつも優しく支えてくれたシェア。自分よりおしとやかで、可憐で。もしも殺されていたら――。

「眉間に皺寄せんの趣味?」

 ずずいと、リアスの指がレチュアの額辺りを指した。覗きこむ様にしてリアスがレチュアを見る。

「え?」

「しけた面〜」

 クスクスと肩で微笑しながらリアスはそっぽを向く。

「しわ、寄ってた……?」

「あぁ。あんた目つってるんだから皺寄ってると鬼みたい」

「な! しっつれいな!!」

 レチュアはふん、と顔を背ける。

『でも……そうだね。お姉ちゃんも少し頑張るよ。』

 頑張ろう、頑張ろう。でも一体何の為に頑張ろう?

 レチュアは静かに目を伏せる。



 たいていの人と同じように、レチュアにはある忘れられない思い出がある。それは彼女が五歳か六歳の時の話で。

 レクトと一緒に夕食を食べていた頃の事だった。

 実を言うとレクトと夕食を食べる事は多々あった。召喚しては一緒に夕食を食べようと命令する。キングに。だって毎日一人でご飯を食べていたから。朝食だけは何とか時間が合うので妹のシェアと食べる事が出来る。でも昼食も夕食もだいたいが誰の都合も悪くて、一人だった。

 レクトは呼べばいつでもきてくれる。不服そうではあったがいつも別に食べなくてもいい食事を一緒に食べてくれていた。自分が嫌でたまらなかったテーブルマナーも、彼が教えてくれたと言っても過言ではない。

「カチャカチャいわすな」

「じゃあカチャカチャ音が出ない食器で食べる」

 はっきり言うのもなんだが、レチュアが子供の頃は爆裂性格が悪かった。今が決していいとは言わないけれども。あぁ言えばこう言うし、口は悪いし(今も)態度も悪い(今も)

 すぐ泣くし、すぐ怒る。気位だけがいっちょ前に高くて、でもたいした根性はない。そして極めつけはわがままだった。

 レクトはそうか、といって自分が思いきり音をたてて食事しだした。ナイフとフォークが皿を叩き、スプーンが皿底をひっかく。ズズと音をたててスープを飲み、くちゃくちゃいわせて肉を噛む。

「レクトだって行儀悪いじゃん!」

 レチュアは眉を上げて反抗する。

「はぁ? 俺は行儀良くも悪くもできんの。どうせレチュアは行儀悪くしかできないんだろ??」

「! そんな事ないもん!」

 負けず嫌いで、ほめられればすぐに鼻が高くなる。そんな、子。

 人一倍寂しがりやで、人一倍繊細で、人一倍手のかかる子だったのではないだろうか?


 そんな時レチュアは高熱を出した。その時流行っていた病気の一つで、高い熱が何日も続くという極めて単純な病気なのだが、これの治療法がなかったのだ。

 余談ではあるが、この世界にも病気はある。例えば擦り傷などの外傷なら治癒魔法で治るのだが、体内で発生する病気には処置ができない。ドールも同様に、契約獣というものは決して願いを叶えてくれるものではない。レクトでも病気の治癒は難しいのではないのだろうか?熱を無理に下げる事はできるが、病気の元がある限り再発するし、そちらの方が体の消耗が激しい。

 というわけで、レチュアが熱を出したとき、レクトは何もしてあげる事が出来なかった。召喚されたわけでもないのに、精神だけ外に出て、レチュアのその小さな手を握ってあげる事しか出来なかった。そして髪を撫でる。

 レチュアの熱は高かった。苦しそうに何度も寝返りをうち、あえぐ。

 その時、だったと思う。

「一人じゃないよ……」

 頭の奥で甘く響く声がした。

『……?』

「私の名はマーナ・ベルナ。傍にいます、レチュア……」

『マーナ・ベルナってあの……?』

 問いに答えはなかった。ただぼんやりとした意識の中で考えていた。名前の響きと、その名が持つ意味を――。


「レクト! 私決めたよ! ねぇ契約しよう? 私レクトに頼りすぎてた」

 熱が下がってレチュアは笑顔でこう言った。

「はぁ?」「一ヶ月! 召喚した後一ヶ月は口が利けないってどう?」

「え? だから意味が……」

「決めたの! ……私はリージュ国王の娘よ。強く、ならなきゃ」

 何があったんだ? とレクトは首を傾げたが、その顔には微笑があった。

 思えばレチュアが変わったのはこの頃だったと思う。リージュ国のお姫様が強くなったのは、確かこの時。



 静かな、水の中のような広い世界。狭くて、どこかうるさい。淡い闇と濃い闇が入り混じって光る。産まれた闇が光りを抱いて、死にゆく闇が光りを犯す。消えて、生きて。

 どんな音も聞こえない。どんな色も見えない。柔らかで、でも尖った世界。世界―。


『愛しい子――』


『愛しい、愛しい子――……』


『強くありなさい。負けないで。決して負けないで』


 青。海のような空のような青。赤。花のような血のような赤。広がる色、達。フワフワとなびく風。叩きつけるような大雨。


『無くさないで。光りを――輝いていて』


 こびり付く瘴気。病んだ思い。どこまでも果てのない世界と、うずくまる何か。

 助けて、と誰かが言っている。誰かが言っているけどきっと大丈夫。きっと立ちあがってくれる。そう信じる。信じて朝を待っているから。



「マーナ・ベルナ? 誰それ??」

 少年は聞いた。豪華な寝台に横たわって寝そべりながら顔だけ上げる。翡翠のように美しい緑の瞳が不思議そうに彼を覗きこむ。

「知らないかい? アルフォーリア神話にでてくる神様さ」

「は? アルフォーリア?? それって古代の言葉だよね? なんか聞いた事がある」

 少年は上体を起こし、彼に問いかける。暗い部屋には一つだけ蝋燭がおいてあった。その炎が寂しく揺れる。

「あぁそうだ」

「アルフォーリア……意味はなんだったっけ?」

 彼は笑った。意味、言葉の意味は――。

「さて、なんだったかな?」

 

 暗い夜。暗い朝。どこまでも暗い心。沈む世界、望む滅び。暗い声。果て。果てなき。思い。


                 ― 終幕の恩寵 ―

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