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祈りの空  作者: 桜野日向
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第五十七話 いいえ、貴方はきっと泣かない


 道中が無口ではなかったのはオリヴィアのおかげだったのだろう、リアスは彼女の質問に簡単に答えてあげ、彼女の話もぽつぽつと聞く事が出来た。

 だが、王都からはやや離れているにせよ、戦争の気配が色濃い。歩けば歩くだけ気持ちは逸り、歩くだけリージュの退廃が目に写った。


「でね、レチュアにはねリュークっていう根性悪でクールぶったくそったれな恋人がいてね?」

「あの方……ですよね、そうは見えませんでしたが……」

「それ演技だよ、あいつら窮地に立たされたらすぐ演技入るからネ! ところでオリヴィア、懐が寂しい! 短剣がほしい!」


 リアスは冗談まじりに言うが、町には店というものがほとんどない。とくに武器商が全くといっていいほどおらず、言ってみれば彼らは丸腰だった。


「わしゃあ、素手で十分じゃ!」


 昔はどれだけ名を馳せたドールかは計り知れないが、のみがぴょんぴょんと地面で跳ねている。


下弦(かげん)様は大きくなられた時は人の形をとっていらっしゃるのですか?」


 じいさんの長話に、律義にオリヴィア。


「わしか? わしは絶世の美男だ! キング・レクトはいささかまだ青い幼さが残るが、わしが人間のふりをしたら道行く皆が振り返ったものじゃ……」

「あ、オリヴィア、あれもしかして武器商じゃね?」

「聞け、子童が!」


 絶世の美男には残念ながら興味がない。

 リアスは細い裏路地で地べたに座り込んだ男、その前に広げた品物に目をつけた。

 つけられていないかを確認までに確かめ、リアスは路地に入る。


「よお、おじちゃん。短剣を下さいな」

「……」


 フードを被った三十代くらいの男は、何も言わず、広げた商品の右端を指した。

 せめてとばかりに敷かれたボロ布に合わない新品の短剣に、リアスはおお、と感嘆の言葉を言いかけ、目を見開く。その隣に置いてある、新品の短剣に霞んで見えた短剣に、目は釘付けになった。


「え、何これ」

「どうかされました?」


 何か嫌な感じのするものではないらしい、オリヴィアは何の反応もしない。


「……おじちゃん、これどうした短剣?」

「……」


 男は答えず、ぼんやりとリアスを見て、髭が伸び放題の口元をわずかに動かした。


「……死臭がするな、兄さん」

「んふ、それ良く言われる。それよりこの短剣は」

「……お前が来るほんの少し前に拾った、お前のか?」


 リアスは溜め息を吐きたくなるほど参ってしまった。

 肩をすくめて笑って答える。


「驚いた事にね」

「え、でもリアスさんの剣は……」


 オリヴィアは驚きを隠せない。

 リアスの短剣は確かに没収された。クライストに返してもらう事もなかった。


「お前のなら持っていけ、こちらは拾っただけだ、金はいらない」


 用はそれだけだ、とばかりに男はそっけなく言い、またぼんやりと客待ちを始まめた。あくまでリアスとオリヴィアに用はないらしい。


「なんでこんなとこに落ちてんのか知らないけど……ありがたい、お気に入りだったんで。……死臭、やっぱり気付きます?」

「…………」


 リアスが短剣を拾うと、それは手にしっくり馴染み、もう二度と離れない、と吸い付くようだった。

 別に何の変わったところもない、装飾が派手な柄飾りだけが綺麗な、普通の短剣で、ただリアスと一緒にいた時間だけが長い。切れ味はずいぶん悪くなってきたし、ただ持っているだけで、使う機会は実はあまりなくなってきている。

 失えばまた新しいものを買うつもりでいたが、舞い戻れば絶対にもう無くしたくない。


「ありがとね、おじちゃん」

「……死相も出ているな」

「ん、それも良く言われる」


 リアスはくくっと笑った。死臭も死相も今更だ。今まで何度人を殺し、殺されそうになったか。


「…………お前が選ぶ死は、間違いではないんだろうな」


 男は遠い目をして、言った。声は淡々としていたが、響きは悲しげに聞こえた。



 ★



「リアスさんが危なっかしい所があるのは、私、十分存じております」


 オリヴィアは言いたい事を我慢していたのか、むう、と口をとがらせる。


「ですが死臭に死相が出てるってのは言い過ぎですわ」

「ん、と……それはさっきの武器商に言ってんのかな?」


 何もオリヴィアが怒る必要はない。

 リアス本人が気にもしていない事だったので、答えるのに一拍呼吸をおいてしまった。


「必死に化けの皮被ってるけど実は俺はかなりの狼さんだよ。オリヴィアも気をつけなきゃ危ないよー?」

「良いんです。狼でも子猫でも、ついていくと言ったのは私で、お荷物なのは私ですから。ただ……貴方がとても心配です」


 オリヴィアは何に対してそう不安に思っているんだろうか。

 難しい顔をして黙れば、リアスも何気なく黙る。沈黙が怖いと思っていたのは、ずいぶん昔のことだ。今では、黙るべきときを知っている。いつまでも、静かにしておくということがたまには良いこともあるのだ。

 リアスは喋りすぎる、誰かが彼をそう言った事がある。

 呆れたように、でも笑って、そう言った。

 喋りすぎてる? とリアスは笑ったが、そうではない。彼が話すのは……。


「なあオリヴィア、お前俺に殺されたらどうするの?」

「ころっ! リアスさん、そんな物騒な事……! え、私を殺したいと思っていますか!?


 相変わらずオリヴィアは見当違いに一人で慌てて、リアスを笑わせてくれた。


「いやいや。例え話だよ、今から殺しちゃおうなんて思ってないから」

「別に構いません。私はリアスさんを信用しているので」

「狼さんでも子猫さんでも、殺人鬼でも、隣にいたいの〜?」

「茶化してますか? 素ですか?」


 オリヴィアは別に腹を立てることもなく静かに、目を伏せた。


「良いんです。誇りと命は貴方が助けてくださいました。私は貴方についていくと決めたので、殺人鬼でも狼でも子猫でも……リアスさんんであれば」


 多少なり照れというものはあったのかもしれない。少し頬を染めたオリヴィアに、つられて赤くなったリアスは、不思議と殺伐としていたものが抜けていくのを感じている。

 それはレチュアのそばにいた時とはまた違った感情だ。


「……戦場が近いから、オリヴィアは俺から離れたらだめだよ? 流れ矢に当たってオリヴィアが死んだら、子猫がきっと泣くから」


 リアスは笑った。

 だが、その笑顔にオリヴィアは素直に笑い返すことをしなかった。


「いいえ。子猫は……あれ、リアスさん、あれは何でしょう?」


 随分と離れたところではあるが、東の空が光っているのが見えた。

 オリヴィアは話を切って、その空を目を細めて見つめる。


「すごい、空気が……っ」


 風の圧迫感を感じた。

 普段であれば空を飛んでいる鳥が一羽もいない。

 オリヴィアは自身の体を両手で抱いて、震える。寒くもなく、暑くもない決して恐怖を感じているわけでもないのに、身体だけが震えているのがわかる。

 とてつもない光だ。


「なんだ、あれ」

 

 リアスもオリヴィアの視線の先を見て、目を細める。

 眩いばかりの光が、あたりを照らしている。お日様の光とは違う、もっと神聖な光。


「行ってみるか、ちょうどあっちが前線だ」


 何か嫌な予感がして、リアスはオリヴィアの手を引いて歩いた。

 



随分と更新が遅れてしまって申し訳ありません。

新学期開始とともに、執筆もがんばっていきますので、よろしくお願いいたします。


私信で申し訳ないのですが、この場を借りて、ともさん。

ちょっとしたスランプの時だったので、評価と、暖かい応援をいただいてとても嬉しかったです。ぜひ、最後までお付き合いくださいね。


その内祈りの空番外編を載せたいと思っております。こちらまた随分と長いので、お楽しみに笑

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