第四話 静寂・終焉・決めた事
確か晴れた日。いつものように自分は城下へふらっと出かけていった。たまたまドレスで、お付の者が2人。それならいいぞ、と。その帰り道。城に異変を見つけた。異変というよりは異常だった。
雲が厚い。これは別にただの天気だったが。その厚い雲の下に集まる様に蝙蝠や、鳥が群れている。何だろうな、と思う。
ふと、レクトが言った。直接頭に響く声で。少しだけ張り詰めた声がゆっくりと言った。レクトがこういう風に頭に声を送る事は少ない。
「おい、気をつけろ?」
「え?」
レチュアはハッと目を上げた。空を埋め尽くす程の凶鳥が自分達の方へ向かってくる。従者も、御者もレチュアの前に立ちはだかった。そして、急いで印をふみ、詠唱を始める。
「契約の元、御許へ現れよ! セルフィ!!」
「レチュア様を守りなさい!」
レチュアは息を飲んだ。セルフィは風の四神。契約獣の中では勿論ずば抜けて高等だ。だが、数が多すぎる。多分まともに戦ったら例え四神でもただではすまないのではないだろうか?
「レチュア様、馬を!」
「ちょ、ちょっと待って! 私も戦う! ……光よ絶えよ、闇よ」
詠唱を唱えようとしたレチュアの口を、少し歳をとった仲のいい従者が止めた。
「なりません。今は御身の安全を優先させなさい。今レクト様を呼べばあなたは一月お声を失ってしまう」
「でも!」
「……レチュア様」
城はどうなっているのだろうかとぼんやりと考えた。レチュアはグッと顔を歪める。どうしたらいいだろう? どうすればいいだろう……。
『マーナ・ベルナ、聞こえる? 今あなたを召喚する事ができないの。……城の中はどうなっているかわかる? 教えて――』
レチュアは目をつぶる。頭の中に、恐らくは自分が見たくない物が見えた。イメージが肥大して、大きな画面となり目の内に浮かぶ。
父、母。もうきっと何も言わない。血だらけで倒れている……
「リージュ国王は死にました! よって私を守る必要はない! 行きなさい!」
レチュアは眉根を寄せた。そして侵された精神世界を取り戻すかのように大きな声で言った。威厳がある。もう彼女はただのやんちゃな姫の顔をしているわけではない。
「聞こえなかったのですか? 逃げなさい!!」
従者は天空を舞う四神・セルフィに指示を仰ぎ、レチュアのほうを振りかえった。
「嫌です。あなたは今リージュ王の親族ではなくなった。でも……私はレチュアを守るのです。セルフィ、どうかその力を私にお貸し下さい、守りたい人がいるんです」
立っていられない位の強風がレチュアを殴りつける。凶鳥が舞い降りた。彼らの目にはゴミのように映る人間を啄ばむ。
「クソッタレっ!!!」
レチュアの槍がうなる。武器との契約により、自分の体内に武器を納める事ができるのだ。契約者が必要になったときに武器はその手に現れる。
「セルフィ、彼女を運びなさい。」
「え?」
ブワァ!! また大きな風、今度は優しい風が吹き、レチュアはセルフィの腕に抱かれた。半裸の美しい風の神はレチュアの耳元でこう言う。
「四神をお集め下さい。あなた様をお守り致しましょう」
「ちょ、いいから! おろしなさい!」
レチュアの足元を見慣れた風景が過ぎていく。城、もう雲が厚すぎて見えない。城下、もうこの国の王がいない事をわかっているのだろうか?
「おろしてぇ!!」
最後は懇願に近い、弱々しい声になった。
レチュアは必死で願い続ける。
「なりません。命令です。レチュア、四神を集めなさい。神殿に行くのです。聞こえていますか? 神殿に……ぐっ」
「セルフィ!?」
ぐん、と高度が下がり、レチュアは城下をいくらか過ぎた野っぱらに落とされた。ドール・契約獣は契約者が死ぬと、一度精神体が消える。セルフィのような高等獣が死ぬ事はないが、契約は消えてしまい、その契約の傍にあったセルフィというドールは契約者を離れる。その時の苦痛は大きいと聞く。そう思い出したのは、気を失うちょっと前だった。
「リージュ王は死んだのか」
一部始終、かいつまんで話したレチュアの話を聞いて、リュークはしばらく考えこんだ。ここは村の、宛がわれた宿屋だ。無料である。レチュアの部屋にやってきて、興味なさそうにとりあえずレチュアが何者かだけを確かめに来たリュークの傍で、ランプのほのかな光がチラチラと揺れる。静かな夜だった。宴会はもうお開きになっていたが、まだ飲んでいる人も少なくない。
レチュアの話にはレクトや、マーナ・ベルナの名前はでてこなかった。故意に出してない。それでも一応伝わったらしい。
「で? あんたはその四神とやらを捕まえに行くのか?」
「捕まえるわけじゃないけど……。契約をしには行くつもりよ。だって何もできないもの。何も考えつかない」
レチュアは話しながらずっと目を伏せていた。眼球に涙が溜まっているので、動いたらこぼれてしまう。それにこんな根性腐れに涙を見せるなど、死んでもいやだった。「……そうか」
リュークの顔は別に話を聞いた後も聞く前も変わらない。無愛想なのは認めるが、少しは感想くらいないのだろうか。それでもレチュアは文句は言わなかった。言う気にもなれない。
「ねぇ、リュークさんは」
「さんをつけるな。様にしろ」
「リュークはどこに行く途中?」
しばらく黙って、リュークは答える。それは冷たい声だった。鋭く尖った声。
「あんたの望む答えは出せない」
「そか……」
もしかしたら自分を助けてくれるかもしれない、と少しでも甘えた考えを見透かされたのが悔しくて、レチュアは小さく笑った。ショックがあまりにも大きすぎたから、上手く笑えない。
寂しがりなのは認める。それなのに弱音を吐けない事も認める。
レチュアは無力だ。
「こぉこぉに〜めっちゃ愛想の悪い男の事〜クソッタレな姫さんがいるって来たんですけどぉ〜」
と、その時非常識な声がした。
『追っ手!?』
声は中性的な声で、なんとも気だるい。
キャラキャラと、笑っているような声は一息おいてもう一度言ってきた。
「あと三十秒で〜、む・らぁ……破壊しちゃうよ〜」
声音が変わる。レチュアは眉を上げた。こんな知り合いはいない。クソッタレと呼ばれる筋合いはない。ついでに言うならリュークが愛想の悪い男ってのは当たっている。
「おい……?」
ぶすっとした声でリュークはレチュアを見やる。
「すみませんねぇ〜何度も何度も……助っ人お願いしていいですか〜?」
レチュアも半眼してリュークを見上げる。今日はぐっすり寝る予定だったのに。
「俺も呼ばれたからなぁ」
リュークも困った様に笑った。
何と忙しい日なんだろう、と思う。きっとこんな風に自分の人生は忙しくなってしまうんだろうな、とレチュアは考えた。でも、決めたのだ。例え死んでも。敵は取る。それがフォーガスの名を連ねる者。




