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祈りの空  作者: 桜野日向
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第四十一話 贖罪のためにここにいる


「おい」

 衛兵と思われる大柄な男に声をかけられて、神殿巫女はゆっくりと顔を上げる。

「珍しい瞳だな」

 訝しげに覗きこんできた目をゆっくりと見返して、神殿巫女は仄かに笑う。どこか神秘的なイメージがあった。頭から被ったヴェールと、神殿巫女の巫女服だけではなくて、表情の一つ一つ、それから何よりも神秘的に映ったのは、少しつった、ここらでは珍しい赤い瞳。

「名前は?」

「……オリヴィアと申します」

「……」

 執拗に眺めてくる瞳に、オリヴィアと名乗った神殿巫女は、それでも毅然とした態度でそれを迎えた。堂々とした態度に、衛兵も眺めるのをやめた。

「レチュア様!!」

「レチュア様ですって!?」

 広場の方がにわかに騒がしくなったのを聞いて、衛兵はさっさとその神殿巫女の前から走り去っていった。

 ホッと顔を綻ばせたのは神殿巫女――オリヴィアになりすましたレチュアだった。神殿巫女のお付きをしていたナイトや、見習い巫女達が、衛兵が回りにいない隙に、レチュア達に指示を出す。

「さぁ、お速くお逃げ下さい!」

 ナイトの格好をしていたリュークもさっとその上着を剥ぐ。

「あのっオリヴィアさんは大丈夫かな!?」

 レチュアは慌てて見習い巫女に問い掛ける。

「ご本人ではないので、まさか捕まったりはしませんよ」

 苦笑しながらも、巫女見習いは少し不安そうな顔をしている。レチュアはそっと頭を下げた。

「ありがとう」

「勿体無いお言葉。……もし……貴方様が本当にリージュで王を殺していないのなら」

 言いかけて見習い巫女は言葉を止める。レチュアの表情を眺めた。深刻にも顔を歪めている彼女は、先ほどと違い、あまりにも不安そうにしていた。

 今のリージュ国は、平和に喝えていた。戦争の気配に敏感で、頼れるものを必死に探す、貧しい国。

 長年フォーガスを名乗る者の政治、王政を続けてきたリージュ国に、大きな暴動がなかったのは、国王に賢君が多かったからだ。

 その事実を思い出せない程の重税と罰と戦争。

「凶悪強盗犯などと、あの男は呼ばれていましたが……違うのがお分かりですか?」

「おい、時間がない。レチュア」

 リュークが声をかけるのに、目で答え、レチュアはすぐに巫女見習いに目線を戻す。

「王は……先日即位なされたレダ様は税率をお上げなさった。民は貧困に陥ろうとしている。その上兵役の期間を延ばし、そして募集人数を増やしました。……飽き足りず。温和なリージュなのに戦の影が出てきています」

 凶悪強盗犯。顔を見たのだ。少しだけ怖い顔をしていたが。レチュアの生きてきた中で少しだけ身についた、人を見る目で見たら、絶対に彼はそんなに悪い人ではない、と思う。

 ではなぜ彼が強盗など起こしたのか。答えに行き着くから、レチュアは彼の末路を嘆く。

「だからどうか。一日も速く。玉座へお戻り下さい」

 迎えてもらえる王だろうか。自分の力量はわからない。果たしてレダの政治とどう違うだろうか。

 ――例え善政を続ける王がいて、戦争をしない国でも、強盗はある。犯罪者はつねにいるし、諍いは絶えない。

 では戦争をする王としない王はどう違うのか。

 それは、少なくても。今し方捕まったような男に、罪を負わせる事はない。貧困は人を変えるからだ。

 どれだけ悩んだか分からないが、レチュアは決意したのだ。シェアが死んでしまった日から。

「……感謝する。――ありがとう」

 レチュアはぐっと頭を下げる。人に頭を下げる機会など本当に数えるだけしかなかった。王族たるものは頭を下げてはならないからだ。

 民草の声を聞き。民を虐げない王になる。それは、ふとした瞬間の人間性によって、わかるのだ。

「行くぞ」

 リュークがそっとレチュアの手を取った。そして、ゆっくり歩き出す。その時にはレチュアの心は、とても温かくなっていた。



 ひとしきりケルベロスに乗って、町に面した街道を走っていった。辺りは夕暮れ。闇の気配が濃くなっていく。

「大丈夫かな、オリヴィアさん」

「何度目だ? さっきから同じ質問ばかりだな」

「……」

 リュークはいつもと変わらないどこか冷めた目でため息をついた。そもそもレチュアが何度もそう言ってしまうのは、リュークの返事が曖昧で、ちっともオリヴィアを心配している節がないからである。

「……大丈夫だ。本人じゃないからな、それに由緒正しい神殿巫女様だぞ? まさか教会が黙っているわけがない」

 さっきから同じ答えを出しながら、リュークは怪訝そうな顔をした。

「何度でも言ってやる。お前が安心するまでな? ……大丈夫だ」

 レチュアはそっと顔を上げる。

 リュークが断言しなかったのは、断言出来ず曖昧で、オリヴィアが大丈夫であると裏付ける根拠がなかったからだ。

 それでもレチュアが不安なら言葉を選んでリュークは答える。

 リュークの後姿を眺めてから、その背中の広さに心底安心している自分の胸を確かめる。本当になぜだか知らないが、彼の傍にいれば、本当に何でも出来るような気分になってしまっていた。いつだって偉そうな態度で、偉そうに何でもこなしていった、自分の大切な人。

「……負担者移転の魔法、かけてくれたんでしょ?」

 リュークは目を瞑る。物凄く居心地の悪そうな顔をしながら、あぁと一言言った。

 負担者移転。

 例えばレチュアのように二人以上のドールと契約をしている者の体力は、限界がある。一人だけでも、上級のドールと契約しているだけで、契約者は体力・精神力を削られる。ましてやレチュアなど、何人と契約をしているのだろうか。四神四人ともと、そしてドールの王レクト。世界の創始者、マーナ・ベルナ。半端じゃない圧力が、彼女の体の中で重くのしかかっているのだ。

 それを、契約者はそのまま契約を続行し、負担者を移転する、という魔法がある。例えば年老いた賢者などが使う魔法だが、それをリュークが使ったと言う。だからつまり、レクトの負担をリュークが背負っている事になる。

「また倒れられたら困るからな」

 物凄く嫌そうな顔をしながら、リュークは答える。別に嫌ではない、どちらかというと心地よい照れのような物が心を支配している事を感じながら。

「レクトが良くオッケーしたね?」

「……お前が大事なんだろうな」

 親バカだ、と付け足してリュークはそれ以来無言になる。

「ありがとう」

 レチュアは広い背中に一言声をかける。返事がないから、もう一度。

「ありがとう」

 そして。そっとリュークの背中に頭を寄せた。 契約を交わしてくれた最後の神に。そして今までも自分を守ってくれた、四神に。今日自分が見聞したリージュ国の様子を伝える。レチュアは目を瞑る。のしかかるのは、たくさんの声。例えばオリヴィアだとか。強盗犯だとか。

『力をかして……』

 自分の小さな体では重すぎる、大きな不安達。

「……ありがとう」

 だから自分は頭を下げる。だから自分は、感謝の気持ちを忘れない。



 ★



 目を開けてくれる事を願った。笑いかけてくれる事を祈った。だから自分は。だから自分は……どうなってもいい、と思った。


「うわ……衰弱中?」


 少し高めの声が頭上から降りかかってきた。

色がある声は、とんでもない位楽しそうだった。牢屋の中で転がっていたリアスはゆっくりと目を開ける。入ってきた誰かの方へ目を上げる事が出来なくて、首だけを懸命に動かす。すると、顎が優しく持ち上げられた。細い白い指が、リアスの顎に触れて、そのまま頬を伝って、目元を触る。リアスはうんざりとしながらも、振り払う事が出来なかったので、彼女の勝手にさせていた。

「ナイト様もここまでかしら?」

 クスクスと笑いながら、リアスの唇に指を当てる。そして、前触れもなく、リアスの体を力ずくで起こした。それから、リアスに嫣然と笑って見せた。

「今から彼女を本格的に潰しにかかるわ」

「……ふざ、け……んな」

 リアスはぎっと彼女――クレーダを睨みつける。クレーダはさも楽しくて楽しくて仕方がない、とでもいうかのように笑い続けていた。

「そういう顔が好きよ。絶望に打ちひしがれた顔。愛しい、って言えるかもしれないわ」

 そっと、もう一度リアスの唇に指を当てる。撫でるように愛撫を繰り返して、指を離す。

「……っ」

 リアスは、重い体を思いきり動かして、クレーダの指を払った。それから鎖に縛られた自由のない手をいっぱいに動かしながら、クレーダを床に叩きつけた。覆い被さるような体勢にもっていって、ぐっと顔を近づける。押し倒されているような格好になりながらも彼女は、少しも抵抗などしなかった。どうせ、リアスにはどんな力も残っていない。

「……やってみろ、絶対に俺はお前を……っ」

 どさっと、リアスの体がクレーダの胸元に落ちてきた。何日も何日も。少しの食料と水しか与えられずに衰弱しきったリアスには動く事が苦痛の何物でもなかった。

「そう、その顔」

 クレーダは顔を動かす。そして、リアスの顎を捕らえた。くっと体を反転させて、リアスの唇に自分のソレを当てた。

「……っ!!」

 貪るようにゆっくりと舌を入れ、まるで愛しい人にするようなキスをリアスに与えた。

「死にたいくらい? 絶望に塗れた顔が大好き。そんな顔を。……あの子にもさせたい」

「っ!!」

 無力を嘆いて、すがったのは。とんでもない位の深い闇だった。 愛しいんだ。愛しくて愛しくて。だから思いつかなかった。

「ぶっ殺すっ」

「出来るならやってみたらいいわ」

 すがったのはどうしようもない自分。夢見て祈ったのは、小さすぎる自分。

 神はいない、分かってる。だから願わない、だからもう。祈らない。

 けれど。

『……レチュア……っ』

 笑っていて。自分に向ける笑みじゃなくても良い。ただ、幸せそうに笑っていて。

『……レチュアっ』

 俺があんたを守れないなら、ここで朽ちたって構わない。

 だからどうか。笑っていて下さい。


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