第四十話 果たして正解は?
凶悪強盗犯が神殿地区に足を踏み入れたという。
「リューク、私まだ死にたくないんだけどなぁっ」
「早いな、おい」
リュークはくっくと楽しそうに笑いながら、自分はあんまり焦っていないような顔をしながら、レチュアの頭を軽く一回叩いた。
彼女が本気で弱気になっていないことを確認して笑顔になる。
「とりあえずお前」
ふと、リュークの目が神殿内部の白い祭壇に向く。
「契約をしたい」
リュークがその神殿内の静まり返った、白い祭壇に向かって話しかけた。反響するくらい広い神殿内に、リュークの声が静かに落ちる。
レチュアははっと顔を上げた。
今度こそ、神殿に入れる可能生が少なくなってしまう事は分かっていた。だって、そうだろう。凶悪強盗犯でも何でも良いが、そういうのが、神殿内に入ってしまった、其れ即ち。護衛が疎かだったからである。恐らくこの事件が一回落ちついてしまえば、国はちゃんとした人数で、ちゃんとした護衛の陣を作るだろうから、レチュアは多分この神殿には近づけなくなる。色粉で髪の色を変えようが、名前を変えようが。多分ばれてしまうに違いない。
「レチュア・フォーガスです」
レチュアもリュークの顔を見上げてからゆっくりと声をかけた。
「レちゃ・ふぉがー? す??」
「は?」
神殿の中からたどたどしい幼い声が返って来た。水の神シロンの声だ。
そもそもシロンの声だと決定付けるのはいささか早い。が。
「ガキなのか?」
リュークが訝しそうにレチュアを見下ろす。
「え……めちゃくちゃグラマーな姉ちゃんだった気がする。……古文書によれば」
「あたしが、シロンでしゅ〜! れチャ・ふぉがーす、セルふぃから話は聞きまし」
レチュアとリュークの目の前に現れたのは、歳わずか十歳ほどの少女だった。いや、それよりかは小さいかもしれない。
自身で自己紹介をし、ちょっと頭を下げる。
「なんで!?」
シロン、世界三大美女に数えられるドールは、こんな小さなガキだったはずがない。レチュアもリュークも眉を上げた。
四神に共通する白い長衣を着て――裾が長いためずるずると引きずっている。
信用する要素はないが、同時に疑う決定的な要素を探す。
「衰たいしてますの……で……れちゃ・ふぉがーす、水をくれましか?」
「はい?」
レチュアはとりあえず、祭壇に置いてあった花瓶の中から花を抜き取り、その中の水をシロンに手渡す。ぞろびくほどの長い白い服をまとった少女は、その花瓶を受け取るとすぐに、自分の頭に思いっきり花瓶の水を落とした。
ばしゃっ!
水が少女についたと思った途端、レチュアは今度こそ目を見開いた。
「シロン!?」
水浸しになって、濡れた白い服から見える白くて長い手足は、先ほどまでのシロンのものではなかった。
「国が衰退すると、四神も力を取られる。私の大陸ではリージュがあまりにも酷いから私があそこまで衰えなくちゃならんのだ」
ぐっと眉根を寄せて、シロンはレチュアを睨みつける。どうでもいいが、姿形まで変わったのは構わないにしても、口調がここまで変わってしまうとは思わない。
「水があれば現状維持位はできる。普段はガキの姿でも構わんがな、さすがにリージュの王を目にすれば……。所で」
シロンはすっとその白い手をレチュアの襟首に向けて伸ばした。
何をされるのかと無意識に身構えてしまったレチュアに、シロンはこう言った。
「レクト様はいらっしゃらないのぉ……?」
「え?」
口調がまた変わった。
「レクト様ぁ、シロンにございます! 大変ご無沙汰して……ん?」
シロンは眉を上げる。
「……フォーガス王の御息女がレクトの契約者じゃないの?」
「あ、はい、……一応私のドールです。けど……?」
眉根を寄せたまま、シロンはレチュアを見まわし、そしてリュークのほうを見た。
「…………あれ? ちょっと、そこの男は後ろ向いてな」
「は?」
リュークが答えるより先に、そしてリュークが背を向けるより先に、シロンがレチュアの前を開いた。
「きゃあっ!!」
思いっきり前を開かれて、レチュアは慌てて胸を押さえる。
「レクト様の印が消えかかっているじゃないか?」
シロンはレチュアの胸元に白くて長い指を当てた。そっと愛しむようにレクトとの契約印をなぞっていく。
消えかかっているってどういう事? とレチュアがシロンにすがるように視線を送ったが、彼女は取り合わずリュークの方を向く。
「で……あんたの方がレクト様と近しい」
そのままシロンは、リュークの方を向いて、胸元を見る。
「え!? でもレクトは私の……」
「……!」
シロンが今度はリュークの胸元に手を当てた。
レチュアのように服を破こうとすることはなかったが。
「触るな」
リュークは拒絶の言葉を一言吐いてから、シロンの手をはがす。
一呼吸を置いてから、彼は自分の手で自らの服の前を開けた。するとそこにはレチュアの青い古代文字よりも、リュークの胸についている契約印の方が色濃く刻まれていた。
「……リューク……?」
「負担者移転の魔法か」
シロンが目を上げる。
美しい青い瞳がリュークを見て、それからレチュアに移る。
「……あぁ」
リュークは肩をすくめて、苦笑した。レチュアは顔を上げる。
「なんで……」
「きゃあ!!!」
その時、神殿の外から神殿巫女の声が響いた。
先ほど会釈を交わした女の声だとはっきり確信する。
「!」
レチュアが入り口の扉まで真っ先に走っていく。その後をリューク、そしてシロンが追いかける。
外では、恰好の人質が出来た、と凶悪強盗犯らしき、髭面の男が神殿巫女の細い腕を捻り上げ、ナイフを突きつけていた。神殿巫女は一度だけ悲鳴を上げた後、どうする事も出来ないと悟って、かたかたと震えている。レチュアは唇を噛んだ。
「人質なんて上等じゃない」
「ケルベロスを待機させてある、呼ぶか?」
リュークがレチュアに問いかける。レチュアの答えはとりあえず今はノーだった。
「どうしよう……まずは神殿巫女様を守るのが先決よね」
レチュアはリュークが引きとめようとしたのも省みず、神殿の扉を開けた。
そして、こう言ったのだ。
「お姉ちゃん!!」
神殿巫女はレチュアの方を見て、怪訝そうな顔をした。自分はレチュアから『お姉ちゃん』などと呼ばれる覚えはない。神殿巫女を掴まえていた強盗犯もレチュアの方を見る。野卑た視線と目があった途端、レチュアは怯えるような目をした。否、怯えているような目を作った。そして、ゆっくりと神殿の外に行く。
ちらりと見やった男は、想像していたとおりの小物だった。負ける理由も、こんな事に手をとる理由もない。
「お姉ちゃんを放してっ!!」
レチュアは叫んで、神殿から一歩外に出る。
声が震えているのは演技だ。胸元に心許なく持っていた手も、微かに震えている様だった。
「あぁ、すぐにでも放してやるさ、ただ俺が外に出るまではコイツは放せないなぁ」
凶悪な強盗犯だと言われている割に、レチュアの初印象は柔らかいな、という感じだった。顔は強面だったが、口調が柔らかい。
小物ではあるが、決して愚鈍ではない。
「あのっ……私を! 私を人質にしてください!!」
神殿巫女は怪訝そうにしていた目を思わず見開いた。
レチュアが自分を助けようとしているのだ。神殿巫女の目に映っていたレチュアといえば、これから世界一幸せになっていこうとする花嫁なのだ。それが彼女の危険を省みず、自分を助けようとしているのだ、これが驚かずにいられようか。
「良いわ、お姉ちゃんは大丈夫よ!」
慌てて何とか首を振る。
レチュアに近づくな、と目線を送る。
内心ではかなりの恐怖感が自分の中を駆け巡っているのが分かっている。神殿巫女には『半魂の術』というものがかかっている。それは神殿に住む神に半分の命を与える、というドール契約とは違った契約だった。そして自らは、自分の大陸にいる神の一部を体内に受け入れるのだ。だから神殿巫女は人より生命力が強く、長生きをする。
「大丈夫」
神殿巫女は笑おうと思ったが、それが出来ない。やはり、怖い。
「……」
その時、何か小芝居を始めやがった、とレチュアを半眼で眺めていたリュークは目を上げた。
レチュアがにっと笑ったのだ。
――ほんの一瞬。たった少し唇の端を上げただけの。笑み。
「!」
神殿巫女はその笑顔を見た。違う、今じゃない。昔に。見たことがあった。
「お願いです、……お、お姉ちゃんの代わりに……っ」
男は困ったように首をすくめた。
「気が知れないな、俺はお前を殺すかもしれないってのにな。いいさ、姉妹の愛情に願いは叶えてやる」
レチュアはぐっと頷いて、男の傍へ歩く。その際、リュークの方を見た。
合図だ。リュークはレチュアが考えている事が分かって、すぐさま小声で自分のドール、ケルベロスを呼ぶ。
神殿巫女はレチュアがゆっくりと近づいてくるのをドキドキしながら見つめてしまっていた。雰囲気が似ているな、と最初見たときに思った。でも今は違う。
『レチュア……レチュア・フォーガス様だ……っ』
レチュアはおどおどした表情で、ゆっくりと男に近づく。男は全く油断をしている。まさかレチュアが自分をどうこうできるはずがない、と十分すぎる程油断していた。男が神殿巫女の手を離し、背中を押して、すぐにレチュアの手を掴もうとした。その時だった。
「!!」
ドン、と鈍い音がして、男の視界は反転した。自分の体が、立っていた地面に倒される瞬間がスローで映し出される。
「リューク、ナイス〜」
ケルベロスが男の体を押し倒したのだった。
「大丈夫?」
レチュアは神殿巫女の顔を覗き込んで心配そうに聞いた。その時、神殿巫女は思わず声を漏らした。悲鳴にも感嘆にも聞こえる、吐息に近い声だった。
「レチュア様……っ」
「!」
レチュアはハッと目を上げそうになった。でもゆっくりと首を傾げる。
「レチュア様? レチュア様がどうかした?」
そして、さも分けが分からないといった風に眉を上げて見せる。
「だって、レチュア様でしょう!?」
神殿巫女についていた、見習い巫女や、形式上のナイト達までもが怪訝そうにレチュアの方を向いた。だが、怪訝そうな顔など最初だけだ。
「レチュア様?」
「うそ、レチュア様よっ」
そしてそのざわめきはすぐに歓喜の声になった。予想していなかったレチュアはまたもや眉を上げそうになった。この展開は考えていない。
「え?」
「……っ生きておられたのですかっ!」
リュークが伸びてしまっている強盗犯を担ぎ上げながら、もう何も言わずに、回りの会話が進むまま耳を傾けている。
「何で、髪の毛茶色いじゃない、私! レチュア様はそれはお美しい金色の髪を……」
「赤い、瞳。わたくしと同じ赤い瞳をなさっておられます」
神殿巫女は涙が滲んだ瞳で、そっとレチュアの頬に触れた。
「レチュア様っ」
その時だった。
「これより検問をする! 神殿地区にいるものはただちに入国の準備をせよ、強盗犯についてはナイトを筆頭に厳重な注意を払い給え!」
外から声がした。レチュアはぐっと眉根を寄せる。検問をする、その際に自分はどうやって潜り抜けたら良いだろうか?
「レチュア様は、今はリージュでは危険な身、私がレチュア様の振りをいたします、あの、恩着せがましい様ではありますが……似ていませんか?」
苦笑しながら言った神殿巫女の顔を見て、レチュアは『そういえば』と思った。
秘密基地より前回の短編集の挿絵を描いていただいてます(^^)
いーじーさんです、美麗な挿絵をぜひご覧下さい(^^)




