第三十九話 最後の神へ
さて、レチュア達は水神シロンの宮殿地区にまで来ていた。王都からは結構離れている、どちらかと言えば辺境の地にある神殿地区の近くは、のどかな丘陵地帯が広がっていた。
「ね、リュークばれないかな?」
レチュアはさっと、自分の――今は茶色に染まっている――髪を見せる。眼鏡をかけて、髪を三つ編みにしているレチュアは、パッと見田舎のお嬢さんだった。ただし、その赤い瞳だけは強い光を放っていて、隠せない。
「さぁ? 俺からはド田舎の村娘にしか見えないけどな」
そうは言うものの、恐らくレチュアは田舎娘には見えないと思う。白い肌や、きつい目元もさながら、身長があるのが引っかかる。美人だと断定しないが、顔立ちがやや派手だ。
あくまで、自分達は山の中にある村から這い出してきた娘っ子と、その旦那になる人、がテーマだからである。毎回テーマをつけるのはレチュア。
「スペルロック回避はできないかな」「あぁ、ケルベロスを召喚しておく。前はまさか街中に置いておくわけにはいかなかったから遠慮したけどな……ここなら良いだろう」
レチュアはチラ、とリュークを見上げた。
この前のリリム事件からしばらくして。自分の心の中はリュークの事でいっぱいになっていた。勿論、好き、とは違う感情だとは思うけれども。実際はどうだか分からない。レチュアは恋をした事がなかったから。にしても。『……リュークが初恋の人、なんて嫌かも』
確かにレチュアはリュークを認めている。絶対的な安心感は、彼が傍にいるから生まれるものだと言う事も知っている。彼が――リュークが好きだと思う。
だがこちら恋愛の基本を知らない世間知らずが、リュークにかなうだろうか。鼻で笑われるに違いない。
神殿地区の前に行くと、レチュアはちょうど神殿巫女に会った。薄紫のヴェールを頭からすっぽりと被り、神秘的な服装に身を包んでいる神殿巫女は、薄幸の美女だった。少し光の強い茶色の髪は、今のレチュアの髪質に似ているし、そして何より。
『あ、あの子赤い目だ』
レチュアはパッと目を上げた。
世界中どこを探しても赤い目の人は少ないから、レチュアは赤い瞳を見ると無意識に嬉しくなる。
「おい、よそ見をするな」
リュークに厳しく言われて、慌ててレチュアはリュークの服の裾を掴む。この人の手を離したら、リュークは絶対に帰ってこない。そんな事はないかもしれないけれども。そんな気がする。
だからレチュアは必死にリュークを離さないように、掴む。側にいない事がこんなにも不安だ。
レチュア達も、その神殿巫女と同じようにスペルロックをかけられ、神殿地区に入る。
三回目の神殿も、他の二つと同じように何もないどこまでも広がる大地だけがあった。何もない世界にぽつんと白い宮殿が建てられている。
「あぁ……ドキドキしてきたっ」
レチュアは胸を押さえながら、目をつぶった。
シロン。リージュ国の守護神は果たして自分と契約してくれるだろうか。してくれないと本当に困るのだ。右も左も分からない姫は、四神と契約をしろ、という道標を与えてもらった。それにすがらないと、レチュアは生きていけない。
リージュにいたレチュアという姫が死んで、しまう。
「ね、リューク大丈夫だよね?」
不安げにリュークを見上げると、リュークは半眼してレチュアを見下ろしてきた。勿論、知るか。である。
「……お前大丈夫か?」
レチュアはムッと顔を上げかけて、今のセリフの中に込められた感情を感じ取った。嫌味でも、嘲笑でもない言い方。これは自分を少なくともちょっとは気遣ってくれている時のリュークだ。
「うん。この前ぶっ倒れたから言ってるんでしょ? 全然大丈夫〜」「……」
複雑そうにレチュアを見た後、リュークは顔を逸らす際、微笑した。貴重な笑顔にレチュアは顔を赤くさせる。いつもそういう風にしていてくれたら結構良い感じだと思うけど。逆に。そんな滅多に見せないような笑顔を見れるレチュアのポストはおいしいのかもしれない。
絶対的な安心感を与えてくれて。この世に一人取り残されてしまった自分の手を引いてくれる温かい手の有難さ。本当にレチュアは今幸せだった。
『ただ……』
リアス。もう一人の大切な人を根性腐れた男から取り返さなくてはいけない。その条件は、大切なリュークの。大切な人と交換する、という事。
その時になったら。
もしもレチュアがそうする決心を下したときは。彼は一体どうするだろうか。当たり前の様にレチュアの手を離すだろう。だって。
「おい?」
「え?」
立ち止まっていたレチュアに文句を言うようにリュークが急かしてくる。「あ、ごめんっ!」
複雑な気持ちを抱きながら、レチュアはリュークの背中を追う。
神殿地区の中の、丁度真中にある神殿の前に先ほど見かけた神殿巫女がいた。レチュア達に気付くと、彼女はニッコリと笑いかけてきた。
「あなた方もシロン様にお祈りに来たのですか?」
連想させるのは花のような笑顔で笑いかけてこられて、一瞬レチュアは声を上ずらせてしまった。
「ぅあ、はいっ!」 バカみたいな醜態をさらせたレチュアにリュークはため息をつきながらも、フォローをいれる。
「結婚、するんだ。だから良い事あるようにって、お祈りに来た」
レチュアが言い出しっぺなのに、いざリュークの口から結婚の二文字が出ると、途端に顔が真っ赤になってしまい、レチュアは下を向いた。
「まぁ、そうですか。では、一応神殿巫女ですので」
ちょっと恥らう様に、少女はヴェールを上げて、顔を出す。そして、レチュアの手に触り、リュークの手に触って、一度胸の前で両手を組み合わせた。
「どうぞ、二人の仲が末永く、続きますように」
滑らかで透明な声は、レチュアとリュークの仲を末永く続け、と言ってきた。
レチュアは慌ててリュークを見る。その時リュークもレチュアを見かけていたので、まともに目が合った。レチュアの心臓は跳ね上がり、動機が激しくなった。
「ありがとう」
礼を言えなかったレチュアの代わりに、リュークが礼を言い、硬直しているレチュアを小突く。
いきなりそういう事を言われたら、いくらレチュアだって、意識する度合いが変わってくる。リュークと、例えば結婚するとしたら。
『……ダメだ……想像が出来ない……』
子供は……リューク似ではない事を祈りたい。彼自身子供を可愛がるだろうか、いや。それはない。
「アーシア?」
レチュア、ではなく、自分は今アーシアと呼ばれている事に気付いて、またまたハッとする。
「はい、行きましょう、リューク」
満面の笑みでニッコリしながら、レチュアは神殿巫女に礼をする。
「……リージュ国の方ですよね?」
神殿巫女はヴェールをゆっくりと下ろしながら、レチュアに聞く。レチュアはパッと顔を上げた。これは良い情報を貰えるチャンスかもしれない。
神殿巫女はにこりと笑った。どこか儚げな顔をしている。疲れているような、少しやつれた頬は、夏の日差しに当てられて、赤く染まっていた。温暖な国であるリージュは、夏はとても暑い。湿気はないため、蒸すような暑さではなく、カラっとしている。
「リージュ国はどうですか?」
質問の意味と意図を考えながら、レチュアは答える。下手な事は言えないし、さらっと言ってしまったらリュークに思い切りどつかれるかもしれない。
「王が変わりました。確か……レダ様?」
話を反らすように、答えると、神殿巫女はこくん、と頷いた。
「良い政治をしていらっしゃいますか?」
リュークが目を上げる。彼女が言おうとしている事は果たしてなんだろうか。
「税率が上がったのはシャレにならないな」
リュークが困った様に言うと、神殿巫女は目を伏せた。
「戦争の気配が濃くなっているでしょう? ……リージュはあんな国ではなった。少なくても。ゲディル王の善政は……」 そこまで言いかけた時、レチュアが神殿巫女の口元に人差し指を当てた。首を傾げる神殿巫女にそっと笑いかけながら首を振る。
「誰が聞いてるか分からないよ、そういう事外で言わない方が良い」
今までの態度とは打って変わったレチュアの言動に、リュークは一瞬小突いてやる事を忘れた。神殿巫女は、はいと微笑んだ。
「では……お先にどうぞ」
「あ、はいどうも」
言って、レチュアはリュークと一緒に神殿に入る。入る際、リュークが耳打ちしてきた。
「お前、今のは減点だぞ」
「え? 何が?」
「……。王族なんだよなぁ、とろいけど」
リュークの言った言葉にレチュアはぐっと眉を寄せた。
「何よ、喧嘩売ってるなら買うわよ?」
「……いや」
くっく、とさもおかしそうに笑って、リュークは神殿の、その白い扉を開ける。
「一緒入ったが良いよな」
「うん。結婚のお祝い、なんだか……ら」
レチュアはハッとしてまた俯く。先程の恥ずかしいような、どこか照れてしまうような気分になってしまったからだ。
リュークと目が合わないように必死に下を向く。と、知ってか知らずか。リュークは不機嫌そうにレチュアを見下ろしてきた。
「最後まで言ってから下向け、意味が分からん」
嘲笑を含んだような声にも応えられないほどレチュアは気が動転していた。
『やばい!! これじゃ誤解されちゃう!! 誤解……?』
誤解、って何を?
ゆっくりとレチュアは顔を上げた。目が合う、など予期していなかったリュークはレチュアの瞳を、どうした? と言わんばかりの優しい表情で覗きこむ。レチュアはしばらくリュークの目から目を反らせなかった。
整った顔、今は怪訝そうに、そしておかしそうに笑っている表情。自分を見ている、日に当たって銀色に輝く瞳。
「神殿地区の者につぐ!!」
その時思いきり声が響いた。魔法で、発する言葉を最大の音量に上げている。
「何!?」
リュークが声がするほうを怪訝そうに見上げる。
「たった今神殿地区に凶悪強盗犯が侵入した! すぐに応援を要請する、気をつけてくれたまえ!」
レチュアは眉を上げた。
「今しばらく、門は閉鎖する。外に出てはいけない!」
「……強盗犯に殺されるじゃない!?」
「いや、それよりレチュア」
外に出るときに絶対怪しまれる。むしろ、掴まってしまう。レチュアは蒼白した。
「やばい!!」
こんにちは、お久し振りです。この度小説家になろう秘密基地にて松原志央様よりリアスを描いていただいています。
かなりかっこいいです、ぜひご覧になって下さいね。




