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祈りの空  作者: 桜野日向
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第三十七話 末期


 国が荒れていくのがはっきりと分かった。先日出された改法に、増税に関する法があったのはまだ良いとする。

 所が、それに加えて、リージュ国では稀になってしまった『兵役』の法律までもが顔を出した。二十歳から二十四までの健康男児に、二年の国直属の騎士団に入ることが義務付けられ、またその際は全ての出費が家庭持ちとなった。

 他にも民の不安を買ったのが、リージュ国の新たなる王となったレダ・フォーガスの演説。薄々と感じずにはいられない。戦争の気配を。

 リージュ国。とても素敵な自分の国は、今ではくたびれているようにも見えた。たった少しの間だった。



 まだ薄暗い雑踏を歩きながら、レチュアはふとリュークの後姿を眺めた。勿論ちゃんと窓の修理代を払った後、宿屋を出たのだ。また何かしら危ない状況に陥るかもしれないので、さっさとおいとました、というわけである。

 リュークはそれだけ偉いのか知らないが、堂々と歩く。その点、自分は幼い頃から叩きこまれた作法が『堂々と歩く』事だったので、簡単には謙虚にできない。やっぱりリュークは王族に近しいからだろうか?

「あのさ、この前もその前もずっと前から聞こうと思ってたんだけど……」

 レチュアはふと決心をした。そもそも自分が彼と出会ったときから、聞きたかった事。一番最初の疑問。初めて会ったとき、リュークは言ったのだ。

 ――レクトは困るな、と。

「なんで私の契約印がレクトのものだってわかったの? それから……レクトとの契約の条件」

 レクトの召喚。

 つまりそれは王家のみに与えられた特権。召喚術は王家に伝わる本にしか載っていないし、外に持ち出すことは絶対にないのだ。だからレクトとの契約により、召喚者は一ヶ月のスペルロックをされる、という条件を、リュークが知っているはずがなかった。

 レチュアの場合、何の気まぐれか、レクトはその条件を強要してこなかったから、レチュアも大きくなるまでは本当にそういう条件があるのだとは知らなかった。

 そして、レチュアの胸元の契約印。これもそう。レクトとの印はそう目立つものではない。ドールと契約する際はだいたい体のどこかに契約印を施される場合が多い。レチュアのはたまたま胸にあったから(もしかしたらたまたまではないのかもしれないが)人目につかなかった。でもちょっとした出来事のせいで見られたけど。

「……やっぱりそれ確証なんじゃない? アーシアさんが私の妹って事の」

「家に本があったんだ」

「本?」

「…………結構遠回りな本なんだけどな。レクトとかの」

 レクトとの契約が書かれた本?

 レチュアははっとした。

「それやっぱり確証にしちゃっていいよ。確実な証拠。アーシアさんは私の妹。だってそしたらレダがアーシアさん追う理由も分からない? ……例えば」

 例えば王権が手に入る立場にあるかもしれないアーシアを殺す事。例えばレクトと契約できるかもしれないアーシアへの焦り。そしてもう一つ。

「……会いたいのかな?」

 レチュアはポツリとこぼすように言った。「自己完結か? 俺がお前の心の中を全て読み通せるとか思っていないか?」

「だってそうでしょ? 双子の妹。あ、お姉ちゃんかも? ……会いたいのかな?」 例えば興味本位?同じ母親の体内で、

 同じ父親の遺伝子を貰って、丸まっていた胎児への切実な思い?

「アーシアさんは……王宮から離された。そうでしょ? それって多分かなり早い時期だったんじゃない? ばれたら面倒だし。でも……そうなると疑問なのは」

 どうしてレダだけが王宮にいるのか。アーシアと共にリューク家に連れて帰ることをしなかったのはなぜか。

 うっすらと東の空が赤く染まっていく。闇を殺して、産まれてくる朝日。ゆっくりと差してくる光はレチュアとリュークを照らす。

「そういえばさ。私これも凄い思ってたんだけど……レクトって言えば何でレクトは私にちゃんとした情報くれないのかしら?」

 リュークはいきなり閉口した。レチュアの疑問こそに疑問を持ったようだ。

「はぁ? 本気で聞いているのか?」

「え? 何が?」

「……呆れたな。お前税金搾り取って王宮で何してたんだ?」

 カチンときてレチュアは口をとがらせた。

「すみませんねぇ! 勉強は大嫌いだったんです! 無知でごめんなさい」

「……ドールは。レクトは知らないがな。ドールは『言われた事』にしか反応しない。それから『自分に有益な事』そして……『言霊の契約』」

「ん?」

 リュークはうんざりしたようにため息をついた。どうしようもないな、このお姫さんは、と不機嫌そうに、でも困ったように笑って説明を始めようとした。

「あぁ」

 と、しようとした言葉を引っ込めて、リュークはレチュアを振り返った。

「お前アーシアを連れて王都へ行くつもりか?」

「まずはシロンと契約する。神殿行ってから決めるよ。えと……チョコリみたいなんと話してからでも遅くないでしょ? 決めるの」「チョコリ?」

「うん。あ、知らない? なんか神殿の護衛さん。クソ可愛いのぉ〜」

 レチュアの可愛い、はあまり可愛くないだろうと踏んで、リュークはどうでもよさそうに頷く。

 はいはい。

 たっぷりの睡眠をとっていないからか、リュークの表情は眠そうだった。コレは尊敬するべきところだろうか、リュークは歩く時も眠る時も、かなりの集中力で、周りの状況を判断する。レチュアも宮殿内のそういうごたごたした生活上、人の殺気やそういう気配を感じる事には長けていたが、リュークのそれは半端じゃない。

「……リューク?」

 反応が全くないリュークに気付いて、レチュアは困惑した。いつもは前を歩いているリュークの歩幅が少しずつ狭くなって、しまいにはレチュアが抜いた。慌ててリュークの傍まで寄ってきて、レチュアはリュークを覗き込む。

「……なんだ、チョコリの話は終わりか?」 少し嘲るとは違う感じの表情をしながら、リュークはレチュアに問う。その表情も少しいつもとは違う。普段なら絶対しない顔は、どこか助けて、とでも言いたそうだった。

「チョコリはいいや。別に可愛いけど私には関係ないから」

「酷いな、おい」

 レチュアにはリリム戦の時リュークに頭を思いっきり打たせた、という引け目がある。力一杯押し飛ばしてしまったのは本当に参った。あそこまでうろたえるとはまさか思っていない。

「……りゅー」

 リューク、と呼ぼうとした。その時、がつんと思いっきり頭を叩かれた。

 レチュアの画面が揺れる。

 最後にかすったのは、リュークの表情。今、頬を思いっきり殴ったのは、目の前にいる、人。

 どさっと、思いっきり地面に叩きつけられて、レチュアは思考回路が停止したのが分かった。

 今、確かに殴られた。

 グーで。

 リュークに。

「……った」

 よろめきながら、地面に手をつき、レチュアはゆっくりと起きあがろうとする。と、そのさっきと同じ側の頬を、今度は靴裏で蹴飛ばされた。

「いたっ!?」

「……さっきはお前良くも俺のこの一張羅に足型つけてくれたな……」

 え。

「リリ……ム!?」

 リュークの顔が、地面に倒れ伏したレチュアの顔に近づいてきた。片膝を折って座り、レチュアの今は茶色になった髪の毛を一房掴み上げる。「あっ……く……っ」

「この服、気に入ってたんだよね?」

 黒のぴたりとしたボディコンを。

『そんな服気に入るなっ』

 レチュアの頬がズキズキと響く。頭が痛い。髪の毛が思いっきり地肌を引っ張り、ツンと張る。

「なぁ、俺さ思ったんだけど……あんたコイツ好きだろ? コイツ相手じゃ真剣には戦えないよな……?」

 口調まで変わってしまわれたリリムの美しく、そして女顔負けに可愛い顔を眺めながら、レチュアは歯噛みする。まさかまたリリムが追って来て自分に(リュークではなく自分に!!)いきなり攻撃を仕掛けてくるとは考えにくかった。そう、リリムにとどめをさしたのはレチュアじゃない。

「なぁ、俺の仲間にならねぇか? あんたならまぁ結構な美人だから可愛がってやっていい」

 先程レチュアが着ていた服はリリム(リューク)によって肩口が破られていたので、今は上着を羽織っているだけだが、その上着を思いっきり引っ掴まれる。そして、ガッと前を開かれた。

 生肌を見て、リリムはニッと、嫣然と笑う。

「…………レクトさんの印に歯型でもつけてやろうか?」

 リリムのすべらかな手がレチュアの胸辺りに下りてきた。

「やめっ」

 レチュアはふらふらする頭で、リリムの手を払いのける。

「やめてはこっちです〜」

 もう一度がつんとレチュアの頬が殴り飛ばされる。なぜ外見が女その物なのに、力だけはいっちょ前に強いのだろうか。さっきから狙われて狙われて狙われつづけているのは右頬。右頬だけが赤く腫れ上がる。

「……クトっ」

「詠唱は無理だろう? あんの気難しいおぼっちゃまはちゃんとした詠唱がないとよっぽどの事がない限り現れない。あ、姫さんは結構好かれてたっけ?」

 ニッと笑ったリュークの顔が近づいた。レチュアは悔しいのか、歯を食いしばって目を閉じる。観念、した。

 そう考えたリリムはレチュアの右頬に優しく手を添えた。

「ねぇ、仲間にならない? どうせソレア様は簡単にこんな所位征服しちゃうよ? だってどうせレダちゃんから追っかけまわされて、死ぬ運命だったらさ、一緒にいた方がいいに決まって……」

 剥き出しになった肩口に近づいてこようとした唇に、レチュアは満面の笑みで、力一杯頭突きを食らわせた。

「でりゃぁ!!!! てめ、さっきから右頬ばっかり狙うんじゃねぇよ、くそったれ!!」

 まさか一国の姫だった人が吐き出した言葉とは思えないようなセリフを吐いて、レチュアは立ちあがり、胸元に三本の指を当てた。

「我が名はレチュア・フォーガス。遥か永くに続く命の糧を練成する。風よ、我が前にいる彼の者に天罰を! ……セルフィ!!」

 殴りつけるような風が力一杯レチュアとリリムの間を吹き抜けた。風圧で立っていられなくなったリュークの体は横に傾ぎ、地に伏せる。レチュアはさっと手をリリムの方に向けた。

「ソコから離れなさい」

 リュークの体を指して言い放つ。レチュアは赤く腫れた頬を押さえた。

 そして、立っている場所から、冷ややかにリリムを見下ろす。

「嫌ぁよ、だってこの人だもの。どうせ痛い思いするのも、死んじゃうのも」

 状況はどう対抗してもレチュアの不利な状況だった。リリムがリュークの体にいる以上、レチュアには実質的な反撃が出来ない。

「……セーレス!」

 レチュアは愛槍の名を呼ぶ。セルフィは風となり、リリムの体を殴って消えた。

「あれぇ? あなた疲れてるみたいね」

 リリムはふと顔を上げた。レチュアの顔を見るなり、嬉しそうに微笑んだ。

「そっかぁ、今順調に四神集めだものね」

 実際レチュアはかなりの疲労を感じていた。胸に溜まっていくようなやる気のなさと、疲れ。酷く頭が痛いのも、きっとそのせいだった。体の中にはレチュアの『自我』を吸う事で契約を成し遂げる魔獣がいる。そして精神力、体力も。

「あたし負けないから。ソレア様に誉めてもらえるのよ!!」

 リリムが立ちあがった。どこにそんな力を秘めているのか、リリムはすばやかった。風のようにレチュアの目の前に走り、あっというまにレチュアのむなぐらを掴んだ。

 白い牙がレチュアの肩に被さる。

 避ける隙がなかった。

 レチュアの白い肩にだくだくと、赤い血の花が咲く。血が、流れる。


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