第三十四話 触れられない神の名を
「うぎゃぁ〜! 疲れたぁ〜!!」
レチュアは宿屋の部屋につくなり、布団にダイブした。身体がしんどく、眠りを訴える。
ここはリュークの部屋である。別にどこが誰の部屋でもいいのだが、男風呂に近い方がリュークの部屋になるのは妥当だ。
「お前……少しはおしとやかにできないのか?」
半眼しながら不機嫌そうに言ってくるリュークにレチュアは布団の中から笑って手を振った。無理、と。
「とにかく色粉塗るぞ、それから寝ろ」
は〜い、とやる気ない返事をしながら、レチュアは布団から這い出す。蒸し暑く、不機嫌になる位うざったい風がレチュアの体にまとわりつく。それはやる気のなさ、怠惰な気分を誘った。
「お前自分で出来ないのか?」
リュークがさも面倒くさそうに問いかける。口ではそう言いながらも、化粧台の上に色粉や道具を並べ用意を始める。
「でもさ、自分の髪の後ろの方って届かなくない? 手」
色粉を塗るくらい黙ってしてほしいな、など思いながら、レチュアはリュークの前に座った。
小さな化粧台には、鏡が置いてある。レチュアはその鏡に映る自分を眺めた後、ちらとリュークを見上げた。普段顔を見るときは『機嫌が悪そう』と真っ先に思うのだが、この頃は『眠そう』と思う。
そう考えれば、リュークの態度もどこか気だるそうな感じはした。いつからだろうか。
最初から熱血で毎日を精一杯生きているような男ではなかったが。
「リューク大丈夫?」
レチュアは少し怪訝そうにリュークを見る。レチュアが鏡越しに自分を見ていた事には気付いていたリュークは、少し驚いた顔をした後、いつものように不機嫌な顔で、そっけなく大丈夫だ、と答えた。
色粉は俗にマジック・カラーと呼ばれている。これは人の頭髪に付着して色を発する魔法だ。安価で入手できる、例えば変装などの道具として、人々に親しまれている。勿論普通にイメージチェンジで使う人のほうが多い。
小瓶の蓋を開けながら、リュークはレチュアの顔を見もせずに問いかける。
「お前は大丈夫なのか?」
リュークが自分の心配をしていることが嬉しくて、レチュアはこそっと笑う。
「うん。この前までは滅茶苦茶きつかったんだけど、倒れた後治った」
「……当たり前だ」
レチュアに聞こえないほどの小さな声でリュークはぼそっと呟く。
「え?」
「何でもない、前を見ろ」
不機嫌そうな態度のまま、色粉をレチュアに髪につけていく。人の髪に触れれば発色するが、勿論人の『手』に色はつかない。だからリュークは素手でレチュアの髪に触れる。便利な魔法だと思う。
『……うわ、手つきエロい……っ』
耳元や、首筋にくすぐったく触れてくるリュークの手の平を感じながら、レチュアは複雑そうにうつむいた。顔が赤くなるのを止められない。
――髪を触られているだけなのに。確かにレチュアは同じ年頃の異性と話したり、何か作業をしたりする事は皆無だった。
が。
「……おい」
「え? あ、はい!!」
自分の考えに感づかれたかと思ってレチュアは慌てて顔を上げる。
「何が言いたかったんだ?」
さっき言っていたことを思い出して、リュークは聞いてきたのだろう。あぁ、とレチュアは思い出した。――そろそろ自分も人を疑っている場合じゃないことくらい分かっている。
「あのさ、私ドールがレクトって言ってたじゃん?」 レチュアは困ったように下を向く。親にも、妹にも誰にも明かしていない事実を、見ず知らずの、たったこの前会った人に話すのだ。複雑な気持ちを抱きながら、でも小さく笑ってレチュアは言う。
「もう一人いるの」
「ん?」
「……マーナ・ベルナ」
神の名前。レクトのような、四神のような『神』ではなく、世界の創始者。世界を創った女神の名前を、そう呼ぶ。
「……はぁ?」
リュークは怪訝そうな顔をした。
「うん。私も多分それ人に言われたらめっちゃ疑う。でもさ……本当なんですよ」
困ったように笑いながら、話を続ける。リュークの手が止まったのを見かねて、レチュアは手を後ろへ持って行く。それに気付いて、リュークは作業を開始した。
「私が小さい頃さ、マーナ・ベルナ様が現れてさ〜『いつも傍にいます』って言ってきてね……」
「なんでマーナ・ベルナだと分かるんだ?」
「えぇ? だって言ってたし」
それだけで、信用するのはどうかと思ったけど。レチュアは彼女に関しては微塵も疑いはしなかった。レクトにも聞いた。まさか、と思って。そしたらレクトは答えたのだ。
そうだ、と。
彼女が世界を創った、と。
冗談で口にして良い言葉とそうではない言葉がある。マーナ・ベルナはそれ即ち世界の名前。創造主である絶対神。
創始者が自分のドールになる。それはかなり驚くべきことだった。
マーナ・ベルナはドールでもなければ、魔獣でもない。本当に手の届かない『神』。
「……じゃあもしかしてお前今五人の奴らと契約してるってわけか?」
リュークは半眼して眉を上げる。うん、と簡単に頷くとリュークは深いため息をついた。
四神と契約しているだけでも国宝級。レクトと契約して世界規模。マーナ・ベルナ、論外。
「だからぶっ倒れるんだろう?」
「私のせいなのかな、それ!?」
レチュアは困ったように笑った。
「なんかさ〜コレ言わないと気がすまなかったんだよね。凄い秘密隠し持ってるみたいじゃん」
すっかり色粉はつけ終わって、もう髪に触れる必要はないのに、レチュアの髪を撫でながら、リュークはどうしようもなくなった。
「……そうか」
「うん! なんかリュークも隠し事があるなら言っていいよ〜? 今がチャンス!」
レチュアはニッと笑ってリュークを振りかえる。
「なんでお前に言わなきゃいけないんだ……」
ため息をつくようにして言ったあと、リュークはしばらく口を閉じた。静かな沈黙が訪れる。レチュアはまだリュークが色粉をつけている、と信じて動かない。暑い夏の夜の風がじっとりと肌に触れてくる。
「……確証は……ない」
先にリュークが口を開いた。
「え?」
主語のない文章に目を上げながらリュークを振りかえると、彼は本当に真剣な目で考え込んでいた。
「何が?」
「……。アーシアは……」
「え?」
「……アーシアはお前の妹かもしれない」
…………。
「はぁ!?」
彼女を見た時。あぁ、リュークに似てるな、と思った。愛らしい目とか、礼儀正しい言葉遣いではなくて、見た目が。
「……アーシアさんが?」
レチュアは意味が分からなくて、本当に分からなくて、首を傾げる。
そして、ふと考えた。アーシアが自分の妹。つまり……。
「リューク私のお、お兄ちゃん!?」
「話を聞け。お前が妹になったら大変だ」
リュークは半眼しながら、言葉を捜す。確証がない、と自分でも認めていたのだから、複雑なのかもしれない。
レチュアはとりあえずホッとしながら、ん? と首を傾げた。どうして自分がホッとしなくてはならないのだろう。
「この前リージュ国の本を読んでただろう?」
「あ、うん」
「……王宮の系図にも載っていないレダの母親。それがアーシアの母親かもしれないんだ」
とりあえず首を傾げる。そしてしばらく今言われた事実を噛み締めた。何度も反芻して、しばらく眉根を寄せた後、レチュアはハッと顔を上げた。
「ごめん、意味がさっぱり」
「あぁ、分からないだろうと思った」
しれっとバカにしながらリュークは化粧台の傍においてあった紙とペンを手にした。
「いいか?」
リュークはレチュアを挟むような体勢で、紙にリージュ国の文字を書き始めた。リュークがリージュの文字を知っていることよりも、耳元で響く低い声にレチュアはドキマギしている。生まれと環境から、レチュアは年頃の男に接する機会は滅多になかったと言って等しい。
「お前の父親。リージュの国王ゲディル様」
その横にファルナ、と書き、下にレチュアとシェアの名前をそれぞれ書いていく。
「これが……俺の母親。……マリア」
リュークはレチュアを覗き込む。今までの話に難しいところはなかったはずだ、と念を押していたのだが、レチュアはすっかり顔を真っ赤にさせて動揺していた。
「おい、聞いてるか?」
ムスッと機嫌を悪くさせて、リュークはレチュアを見下ろす。どうでもいいが、そういう真剣な話をそんなに至近距離で話さないで欲しい。しかも気付いてないし。気付かれても困ったろうが。
「き、きいとります!」
目が回る気分で、わたわたしながらレチュアは慌てて、首を縦に振る。
「で……マリアとこれが俺の父親。その子供は俺。……って当たり前だな。分かっているか?」
「当たり前です! そこまでバカじゃないです!」
『リュークの父親』の子供がリュークじゃない事があってたまるか。
「で、マリアと……」
そこで、リュークの手が向かって行ってはいけない場所へ線を引っ張った。その先に書いてある名前。
「お父様?」
ゲディル・フォーガス。
「どういう事?」「俺の母親とお前の父親の子供がレダとアーシア」
目を上げる。リュークの瞳とまともに目が合って尚、レチュアは目をそらすことが出来なかった。
「ごめんなさいっバカで結構! いっちょん分かりません!」
「…………」
リュークはレチュアの頭を小突く。しょうがないな、と笑った顔はいつもの嘲笑めいた表情ではなかった。
「そうだな。俺も信じてない所あるしな。じゃあアーシアとお前が異母兄弟って事はわかるな?」
「この系図からいけばね?」
「あぁ。っていう事は俺達は決っっっっして兄弟じゃない」
「そこまで小さい『つ』いれないでくれる? じゃあレダとアーシアさんは……兄弟?」
「歳からすると……恐らく双子」
レチュアは眉を上げる。
つまり、父親が侍女に孕ませて産ませた子供がレダとアーシアだったとういうのだろうか? そして、ソレ即ち、レチュアとアーシアは異母兄弟という事になる。
「アーシアさんとリュークは異父兄弟になるのね?」
「正解」
異父兄弟という言葉に馴染みがあまりない。異母兄弟ならたくさんレチュアのまわりにもいるから分かるが、異父兄弟となると話は違う。そして、それが自分の父親に関係すること。
ゲディルはレチュアの母であるファルナを一番に愛した。だからといって側室の女を粗末な扱いにしたはずもない。のに。
『系図にも載らない侍女……それがリュークのお母さん?』 レチュアは複雑な思いで、もう一度リュークを見る。その目がすがっているような目に見えたのか、リュークは心底嫌そうな顔をした。こういう時だって相変わらず。でも。
レチュアにとってはこういう時だからこそ普段と同じようにしてほしかった。
「でも確証がないって言ってたわよね? じゃあ逆にどうしてコレを思いついたの?」
「……アーシアがシラに追われている理由が……分からないか?」
あぁ、とレチュアは頷いた。そう考えれば、すぐに納得がいく。でもそれではやはり事実にこじつけるのに無理がある。
「アーシアが生まれる少し前から俺の家は金持ちになった。……たった一晩だったと思う。俺を売ろうかという話も出たと言っていた。冗談だろうが」
案外本気かもしれないんじゃないか、とレチュアは考えたが、そんな親がいたら嫌だと思う。それは置いといて。
でも、それでも弱い。決定的な証拠は。それはなんだろう? レチュアは見逃している。そう、見逃しているのだ。
ガシャン!!
いきなり窓ガラスが割れる音が響いた。コレはいつものアレである。
「……はぁ〜……」
レチュアとリュークは同時に深いため息をついた。次は何だろう? タコじゃない事は確かだ。
こんにちは。
ここまで読んでくださっている方、ありがとうございます。
『小説家になろう秘密基地』様にて、いーじーさんより絵を描いていただきました。
マーナ・ベルナ様、レクト、ケルベロス、レチュア、リュークと豪華ラインナップです。また増えていく予定です(^^)一報しますね。
イメージ通りの素敵な絵です、ぜひご覧になって下さい。




