第二十九話 世界に宣戦布告を 二
レチュアは目を細める。何の人だかりだろう。自分達のようにスラムに他の人が入ってきたのだろうか。
「ひ、人買いだ……!」
男は目を上げた。髭に覆われたいかつい顔が、余計影を落とす。
「人買い? スラムの人を奴隷かなんかにするヤツ?」
「あぁ、そうだ! 俺達はドールを持っていないやつが多い、だからしたい放題さ」
レチュアはリュークに目を向けた。真剣ではあるが、困ったような顔をしている。「どうしよう?」
「……さぁて、どうしようか?」
レチュアは唇を噛む。
例えば自分達が何とかして追い払ったとして、その後スラムを出ていく自分達の後に、誰がここを守るのだろう? まさかやられたままで黙っているような相手ではないと思う。すぐに、今日より多い人数をひっつれて、ここにリベンジに来るに決まっている。仕方がないから、誰かが売られていくのを見ていることしか出来ないのだろうか。
「あ!」
レチュアはぴん、と人差し指を立てた。
「ねぇリューク、私達がスラムの人間になっちゃえばいいのよ!」
「はぁ?」
「だから! 変装する! そしてこてんぱんにする!」
……。
「それ使える手か?」
リュークは半眼した。どっちにせよ、絶対黙っていないと思う。
「……んー……」
どうにも出来ない状況というのは本当に腹が立つ。
「……じゃあちょっと待ってて」
レチュアはふと、半壊した建物の影へ走っていった。
「? 何を待つんだ?」
レチュアがいなくなって、その場にはリュークと、この酔いどれのおっさんしか残っていない。おっさんはリュークを見上げて言った。話す事事態不満そうではあったが。諦めたように目を伏せて。
「もう慣れたさ。世の中にはどうしようもない事なんていくらも転がっているだろう?」
「……そうかもな」
リュークは投げやりに答えた。そう。世の中はそんな物だって。皆気付いている。平和そうに見えるけど、平和だって思いこんでいる人もいるけれど。そんな事はない。
裏路地に入り込んだレチュアは、胸の前で小さく二本の指を立てた。
「光よ、絶えよ……闇よ、退け。我は汝の御名を呼ぶ、太古の契約の元、ここに招来せん――キング、レクト!」
俺様なドールの名を呼ぶ。風がこれでもか、という位激しく吹き、光がまるで真昼間のように煌いた。
「登場が派手!」
「おぉ、おぉ、こりゃ呼び出しといて良い根性してやがるなぁ?」
レクト。ニッと笑った青年はレチュアの傍に寄ってきた。
「で? なんだ? この俺様に何か用か?」
「ねぇ、このスラムに何とか人を来させないようにする事、出来ないかな?」
レチュアは困り口調でレクトを見る。レクトはあっけらかんと言ってのけた。
「あぁ、無理」
即答である。
「……どうして?」
「俺そういう専門じゃないしな。いいか? レチュア、そこに結界張ったとする。そしたら桂華の華司が気になる。いや、桂華の華司ならまだいいが……そそこらへんのお偉いさんが来たらどうするよ?」
「レクト王様なんじゃないの?」
レチュアが半眼すると、気に障ったのか、もっと強い目で睨まれた。冗談半分だけど。
「俺は王様だ。どんな立派な結界だって張ることが出来る」
偉そうにふんぞり返りながらではあったが、それが実際出来る人だからそうしていても様になる。
「で、だ。だからといってスラムの奴らが外に出ないようには出来ないだろ? 外に出た奴が役人かなんかに捕まったらそれこそレチュアの嫌な状況になるんじゃないのか?」
当たっているから何も言い返せず、レチュアは黙る。涼しい顔をしているこの王様はレチュアに少しとしていいアドバイスを与えない。ドール契約をした魔獣は、種類や性格にもよるが、だいたい自分の利益にならないようなことはしない。特に高等獣になればなるほど、主人に好かれようとする態度は少なくなる。これがキングときたら畜生そうなのだろう。でも、実際はレクトはそうではなかった。
「じゃあ俺が追い出してやるから、レクト様だって分かったら少しは引くだろう。お前ここの奴らになりすませ」
レチュアはパッと表情を明るくした。
「うん! わかった!!」
思わず抱きつこうとしたレチュアの体はレクトに避けられて、変な方向へ傾いだが、まぁ良しとする。
『この恥ずかしがり屋さんめ!!』
顔は怒っているが、スキップなんてしながらレチュアはリュークの所へ戻る。そこには、奥まで行ってきて、戻ってきたイオとリアスがいた。二人とも表情が暗い。
「あぁ、レチュア」
「ねぇイオ、クソおんぼろい、出来れば顔を隠せるくらいの服ない?」
「…………ここであたしがそんな服持ってても嫌じゃないか?」
スラムの入り口付近で、さも自分達の天下だ、と言わんばかりに練り歩いていた他の町の男たちがいる。十三人。若いので、本当に学生の憂さ晴らしというのが当てはまる。
「あれぇ? お嬢ちゃんは逃げ遅れちゃったのぉ?」
ただでさえ壊れかかっている建物を叩き壊しまくって、ひとしきりあばれた後、男達はそこにいたレチュアに気がついた。茶色がかったぼっろい服を纏っていたレチュアは、ニッと笑う。目の下までしっかりと隠せるフードのお陰で笑っているのは見えない。
「ダメだよぉ? そんな所でぐずぐずしてたらお兄さん達、いけない事しちゃおうかな?」
「……あたしの町をもう憂さ晴らしに壊したりすんな」
「はぁ?」
レチュアはもう一度ニッコリと笑って言った。
「これは警告。いいか? もうここに来るな」
「んだ? このアマ」
ぐっとフードを掴もうとした手を振り払って後方へ飛び退き、レチュアはそっと胸の前で三本指を立てた。
「レクト様、どうぞこのくそったれどもを退治してくださいな!」
「レクトだと!?」
レチュアが言うと、予め控えていたレクトが、自分の召喚時よりも派手な演出を付けて現れた。風が吹き荒れて、光が溢れる。目を焼くほどの閃光は相手と、そしてレチュア達の目も晦ませる。辺りが霞んでしまいそうなくらいに強い閃光は一瞬だったが、風は全てを巻き上げて、殴りつけて尚やまない。レチュアは倒れそうになって、リアスに支えられた。風の中目を開けると、リアスは複雑そうな顔をして前を見ていた。
「誰だ? 俺を呼んだ愚かな奴は?」
レクトは内心吹き出しそうな心を叱咤して、さもえっらそうに(元から)男たちを見下ろした。背の高いレクトから見下ろされたら、例えそれが見たことはない『キング・レクト』だとしても信じてしまいそうだった。
「な、なんだお前!?」
動揺しながらも、お決まりのセリフを吐く男に、レクトとレチュアは一緒にニッコリと笑った。
「もうここには来たらいけない。レクト様はここの守り神。今帰るなら命だけは助けてやる」
「何がレクト様、だ! 王族としか契約しない幻のドールの名前を言ったってそれが本当だか分からないんだ、信じられるわけ……」
なおも引き下がらない男達に愛想をつかした世界で一番強い神は、静かに指をあげた。
レクトがちょっと二本の指を上げて、無駄口を叩いていた男に向けた。
風が尋常ではない速さで走り、男の頬を裂いた。一筋の線が走り、破けた皮膚の間から血が溢れる。
「いいか? これは警告だ。次はない。スラムを出ていけ」
男たちは元より。レチュアはごくり、と唾を飲んだ。こちらまで気圧される。リアスも、リュークの顔も、たった一言で凍りついたように固まった。
普段は冗談めかしていた彼も、こういう風な時には、ちゃんと『王様』と呼ぶに相応しい。
「うわぁ!!」
男たちはもう一切何も言わずに、駆けていった。
レチュアはレクトの後姿を眺める。伸びた背筋はいつも憧れていた背中。強くて、優しいレクト。それが、そっとレチュアの方に振りかえる。
「おら、終了だ、お姫様」
いつものように偉そうで、でも優しそうな顔を向けられる。
「うん」
レチュアは思わずニッコリと笑った。
宿屋と言うには少し狭い部屋に、レチュアはイオと一緒の部屋を借りて泊まった。これがまた、レチュアが衝撃を受けるに相応しいほどのぼろぼろさであった。お姫様にとってこういう部屋はびっくりするのも良い所である。
「イオはここに暮らしてるんだね」 声の響きには何も含まれてはいなかった。レチュアはただそう一言言って、固いせんべい布団に横になった。ちなみにレチュアの『呪封じ』の契約は解除されていた。ただ、何度もレクトを召喚すると、レチュアもレクトも体力が無くなるから、一ヶ月位に一回がちょうど良いと言う話をして。
ここはこんなに湿っぽくて、暗い町なのに、布団からは優しいお日様の香りがする、とレチュアは思う。
「びっくりしたろ?」
イオの問いに、レチュアは首を傾げる。そして言葉を選んで答え始めた。
「ん。何かね、びっくりって言うよりは……しっかりしなくちゃなって」
「?」
イオが首を傾げているのも、見ずにレチュアはそっと目を閉じる。
「踊り子さんなんだって?」
「!!?? だ、誰が言ってたんだ!? あたしはそいつを絞め殺しにいかなきゃぁならない!!」
「そんな照れんでって〜」
レチュアは目を閉じる。何回か瞬きをして、イオのほうを向いた。耳まで真っ赤にしている彼女は、複雑そうにレチュアを見る。
「ねぇ」
レチュアは甘えるように、そして甘く声をかけた。そしてニッコリ笑ってイオを見つめたまま、ゆっくりと言葉を重ねていく。
「手に何かを持ってるのって素敵だと思わない?」
「あ?」
「だって私は踊れない。人様からお金を取れるような踊りなんて出来ないわ」
そっと紡がれていく言葉を真剣に聞き取っていきながら、イオは胸が逸るのを押さえることが出来なかった。素敵、なんてきっと初めて言われた。
「レチュアだって、色々できるだろ? 槍は振り回すわ、魔法はぶちかますわ……一国のお姫様のくせに」
「でもそれって実際は自分じゃなくてもいいじゃない?」
「ん?」
複雑そうに、困ったように笑いながら、レチュアはもう一度素敵、とつぶやいた。
例えば政治をする者。レチュアは王家に生まれ、正室の長女になった限りは、王になる権利がある。だけどそれはただの『権利』、ただの『可能性』なだけで、自分で、自分の手の平で勝ち取った物ではない。誰でも代わりができる。
『正室の子供』という条件の一部があれば。レチュアよりも手腕の者は世界でたくさんいる。ただ『権利』と『可能性』がないだけで。
そう考えるとレチュアはやっぱり複雑な気分になった。自分の手にある物。例えば誇れる物。拙くても良い、人に誇ってみせたい、そんな物はないから。
「でもさ」
レチュアはぐっと立ちあがった。
「私、絶対国を変えるって決心はちゃんと持ってるのよ!」
いきなりだったため、イオは目を丸くした。
「絶対に何が起こっても変えてやるわ!!」
「えと……うん」
「だって、さ」
レチュアははにかむように笑った。
「あなた達を差別するような制度はいらないでしょう?」
「!」
「考えてることたくさんあるの。玉座を取り戻したら何かチャレンジしてみるつもりよ。確かに私は槍振り回すか、魔法ぶっ放すお姫様ってしか見れないかもしれないけど……でも、ちゃんと決心はあるの」
庇ってくれた。レチュアは自分の身を呈して庇ってくれた。アリアを、スラムを差別しなかった。いっぱい『綺麗事』なんて言えるのに、言った言葉は全部本心だった。
「良い国になるよ。だって……レチュアはこのあたしの友達だからな!」
顔を真っ赤にして照れたイオを見てレチュアは思わず吹き出してしまった。
「あははっ! そうそう、イオの友達だもん!」
世界を敵に回したって構わない。決心を曲げたりはしない。強く生きる。強く、強く。だって人生、笑い飛ばして生きていったほうが素敵。何はなくたって笑っていられれば、素敵。
「よっしゃ! 今日は徹夜よ! くっちゃべりまくるわよ!」
「はぁ!? 寝ようぜ!!?? 疲れてないのか!!??」「ぜんっぜん!!」
負けない。絶対。勝ってやる。
『お姉ちゃん、かっこいい?』
風、夏が近づいて生ぬるくなった風がレチュアの背をそっと押した。それはシェアが、そして風の神様が、他の皆がレチュアを応援しているからかもしれない。




