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祈りの空  作者: 桜野日向
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第二十八話 世界に宣戦布告を


 路銀。良い響きだと思う。懐がふくらむと気持ちも何となく膨らむものである。

「辛かったよね……毎日、毎日、毎日毎日……。リアスから盗んでもらおうかしらとか、自分が何か芸でもして稼いでみようかしら、とか考えてすごしていたあの日々……」

「そんな事考えていたのか?」

「俺にかかりゃぁ路銀の百Lレーデルや千Lちょろいってんだ!」

「リアスはでもすげぇとろそうだよなぁ」


 何となく凸凹なパーティーはとりあえず、たんまりと分けていただいた路銀を片手にイオのスラムを目指していた。イオが言うにはこうだった。

「レチュア達の最後を見届けたいけどさ、あたしにはスラムに残してった『家族』ってのがあってさ」

「最後って嫌だ……」

「だから、もし良かったらでいいんだけどさ。スラムまで送ってくれないか?」 帰りたくない、と言うかもしれないと思っていたレチュアにとってはその答えは意外な物だった。家族。

『そうだよね……イオにはちゃんと家族がいるんだ』

 レチュアは少しだけ寂しくなりながら、牛が引くのんびりとした車の中で考えていた。

「おい」

 高慢な言い方にも慣れたけどさ。

「何よ」

 物思いにふけっている所をリュークに遮られ、レチュアはちょっと片頬をひくりとさせた。どうでもいいがこの男ほど高慢ちきな男もいない。

「……腹は?」

「うん、大丈夫だよ」

 横腹のことを聞かれたと思ってレチュアはニッコリと笑う。リュークはそれだけ聞くと、そうか、とだけ言って窓の外から緩やかに流れる景色を見始めた。隣に座っていたリアスがレチュアに囁く。

「偉そうだな」

「ん。否定しない。……でも実力あるから何とも言えない」

 レチュアは楽しくなさそうに答える。



 そう、実力はあるのだ。偉そうだけど実力はあるし狡賢いし、それだからレチュアは思わずリュークを頼ってしまう。頼ってしまった結果、今はこんな風に一緒に牛車の中に向かい合って座っていたりするんだけど。

『どうして……ついてきてくれたのかな』

 レクトはリュークに気をつけろ、と言った。どうして気をつけなければいけないのかは知らないけど。

『騙してるわけじゃないよね……』 まさか、と心のドコかで思う反面、そうかもしれないとも思っている。

『…………』

 じいっと見られていたのに気付いてかリュークが不機嫌そうにレチュアを見る。

「なんだ?」

「別に」

 ふいと顔を背けるレチュア。何なんだ、とばかりにため息をついて、リュークはまた顔を背けた。

「リアスあたしと別れるの辛いだろ?」

「イオ……寂しいなぁ、いなくなってしまうのか?」

 こっちはこっちで冗談ばりばりの演劇をかましてるし。凸凹も良い所な珍道中だった。


 二日、牛車は夜通し桂華帝国を走り続け(といってもクソ遅い)二日目の夕方、レチュア達はスラムに辿り着いた。見た感じではそこが町と呼べるのかは分からない。ぼろぼろの建物が並び、荒廃していた。

 そこへ身なりの良いレチュアを見とめて、スラムにいたたくさんの孤児達が寄ってきた。一体どこにこれだけの人数が隠れていたのか、という位ぞろぞろと寄ってくる。

「ねぇ、お腹が空いたよ。何か恵んでください」

 少年の一人が言った。レチュアのおろしたての黒い服の裾を握って、もう光も何もないような目で訴えてくる。その少年に続いて皆が同じようなことを口々に言ってきた。

「……」

 レチュアは声も出せなかった。スラムに偏見はないし、そういう場所に足を踏み入れるのにも抵抗はなかったけれど。正直怖くなった。死にそうな位やせ細った子供達が自分に施しを求めてすり寄ってくるのだ。

「あれ? イオ姉ちゃん?」

 人だかりの中の一人の少女がイオを見とめてそっと口を開いた。

「イオ姉ちゃんだ!!」

 その後はすぐに大合唱が聞こえてきた。

「サーシャ、レス、アエリア!!」

 思わず名前を呼ばれてイオは目を細める。近寄ってきて抱擁を求めてきた少年達を屈んで抱きしめてやる。

「イオ姉ちゃん大丈夫だった?痛くなかった??」

 泣きながら、少年達はイオに抱きついた。

「大丈夫だったに決まってるだろ! あったしは天下のイオ様だってんだ!」

 イオも泣きそうになりながらぎゅっと抱きしめる。その風景を見ていたリアスがそっと少年の一人の頭を撫でた。

「え?」

 少年が上を見上げようとするよりも早く屈んでやり、ニッと笑う。

「イオ姉ちゃんの友達だ。リアスっていう。よろしくな」

 リアスはチラ、とレチュアを見た。そして、少年達の手にレジオから貰った路銀を渡していった。レチュアも同じ事をしようと思っていたところだった。少しだけ、くすぐったそうに微笑む少年達を見ながらレチュアは何だか心が締め付けられるような気分になった。

「いいか? これで物買っちゃダメだぞ。絶対にすった金だと思われるからな。おいイオ、ここに娼婦の姉さんはいるか?」

「あぁ、いるぜ友達だ!」

「うん。そいつに物を買ってきてもらえ」

 知っているかのようだった。スラムに出来ているいくつかの約束事を。

「うっわ、お前この継ぎ接ぎへったくそだな!」

 少女の着ていた服に目を止めてリアスはくすくすと笑い出す。

「だって難しいのよ、コレするの!」

「しゃぁねぇな、俺がしてやっから」

 リアスはニッと笑って少女の手を取った。

「レチュア、もう日ぃ暮れっから今日休憩な」

「あ、うん!」

 レチュアは慌てて頷く。呆然としすぎて、本当に硬直しているしかなかった。そっとリュークを見上げる。リュークは何の表情も示していなかった。いつものような不機嫌な顔もしていない。

「宿探す?」

「……もう文無しだろ?」

 突っ込んだ声は、少しとして不機嫌なものではなかった。路銀を全部やってしまって、すっからかんなのに、少しも文句はなかった。

「……初めて見た」

 レチュアは素直に口を開いた。

「あ?」

「スラム。聞いたことはあったけど……。初めて見た」

 失礼だと分かっていて、自分はどうしようかとずっと考えていた。自分がかけようとしている言葉全てが偽善に思えてしょうがない。だって本当に、初めてこういう風な場所に来たのだ。

「俺もだ。まぁ好んでスラムを見に行ったりする奴はいないからな」

 リュークはまだ町を知っているからこんな風に普通にいられるのかもしれない。だがレチュアは違う。いつも王宮の中で皆にちやほやされながらぬくぬくと育ってきていた。

 例えば残したご飯、だとか。勿体無いと思いつつも汚れたらすぐに捨てた服、だとか。

「ちょっとさ、私の頭がつんと一発叩く気ない?」

「また気合入れろ、かぁ?」

 リュークはうんざりとしたように笑った。

「気合入れろ。前見てちゃんと歩け」

 殴られたりはしなかった。ただ頭を二度ぽんぽんと小突かれただけだ。レチュアは顔を赤らめる。こんな風にこの男は普段とは全く違う表情を見せることが多々ある。

「うっし!」

 レチュアはこくんと頷いた。気合を入れる。 


 そっと心に溜まる物。蔓延る物。きっと無くしたりはしたくない。例えばこんな時。そんな現実を見せ付けられた時。目を瞑ってきた、そんな場所や、人々。

「ねぇ、リュークは? びっくりしなかった?」

 振りかえったレチュアにリュークは首を振った。

「別に。何とも」

「そか」

 リアスとイオが向かった先に、レチュア達も行こうとする。

 半壊した建物、湿っぽい臭い。窓から力無く新参者を見つめる娼婦達。すれ違う老婆は、二人を見つめながら、何やら不思議な言葉を吐き捨てるように言った。子供達は少し警戒した希望のない瞳。いつから飲んでいたのか、もう意識すらないような酔っ払いの男。

「お嬢ちゃん〜おっじさんのお酌する気ない〜??」

 レチュアはいきなり肩を掴まれた。

「その人達イオの友達だよ、イオ稼ぎを回してくれないかもよ」

 その場にいた、小さな子供達が、酔っ払いに声をかける。

「あんだぁ〜そうかよぉ……イオちゃんは良い子だったろぉ??」

 レチュアはそっとリュークの服の裾を掴んだ。ほぼ無意識だったので、咎められたら手を離すつもりだったが、リュークは別に何の不満もこぼさなかった。

「イオは……この町でどんな風に過ごしてたんですか?」

 とっさにリュークの裾を掴む程怖がっていたレチュアなのに、その表情に曇ったものはなかった。どこか気丈な、一国の女王様の顔。

「イオはなぁ、踊りがうまいんだ! 港町やらどこそこに行って毎日キッレ〜イに踊るんだぜ」

 はにかむように笑って、男は答える。レチュアはなんだかホッとした。

「私、見たことないの! 踊りってお金入る?」

「はっはっは、あいつは黙ってりゃいいだろ?? 客引きは他の器量良しがするんだ、そして客連れてきたら踊るんだよ」

 上機嫌に、そして本当に嬉しそうに笑いながら、男はイオの話をした。

 アリアの職業はかなり限られる。国家の職業に就けないこともないが、就いた者は見たことがない。

 踊り子、アリアの踊り子がちゃんとしたまとまった金を貰うのに、どれだけの努力が必要か。レチュアはあまり分かっていなかった。血が出るまで踊ったって、金を払わない客だっている。そんな中で、彼女はどれだけの苦労をしてきただろう。

「イオは口悪いからね」

「お、お姉ちゃん分かってんじゃないか! ってあんた誰だ?」

 はた、と酔いどれは真剣な表情でレチュアを見やった。その後リュークを見て少し不機嫌そうな顔をする。がんつけているつもりは本人にはないが、目つきが悪いのはしょうがない。

「えと……ん〜売られたの知っている?」


「そうだよ! そうなんだ! 二ヶ月も行方晦ましやがってよぉ!」

 そのまま一気に泣きに入ろうとしたおっさんをレチュアは慌てて慰めるように言う。

「で、逃げてきてるところをリアスっていう連れが……助けたの」

 レチュアはそっと笑った。その表情を見上げた酔っ払いはぐっと目を細めた。小さく笑って下を向く。その瞳には涙が見えていた。本当に、見えないくらいに小さな涙。

「そりゃぁ俺の娘っ子が恩を売っちまったなぁ……」

「きゃぁ泣かないで〜リアスに会ってってよ! 本当に優しいのよ」

 レチュアはニッコリ笑う。

「そうか」

 男も困ったように笑った。

「歳にゃ適わん! 涙もろくてよぉ、怒ってばっかりだから皆寄ってきやしねぇ」

「おじさん、飲みすぎよ! お酒だってただじゃないんだから、体にも悪いし」

「やめようとは思ってるんだけどなぁ……」

 さっきまできつく握っていたリュークの裾をあっさりと離していた。別に何とも思ってはなかったが、楽しそうにおっさんとの会話に夢中になり始めたレチュアから目を離し、リュークはスラムの入り口当たりを何気なく見つめた。

「?」

 レチュアはニッと笑う。

「……おい」

 と、リュークが、会話に口を挟んだ。レチュアは顔を上げて、リュークの見ている先を見た。

「?」

 大勢の人だかりができている。

「なんだろう?」



日頃からご愛読している方ありがとうございます。祈りの空いかがでしたでしょうか。

この度、『小説家になろう秘密基地』のサイト様の方でイラストを依頼しましたところ松原志央様よりご返事がありまして、イラストを描いていただきました。

今のところレチュアとリュークを描いていただいています。どちらも特徴を掴んでいてイメージ通り!

もしよろしかったらイラストの方もご覧になって下さいね。

この場を借りまして紹介させていただきました。失礼します。

感想、評価お待ちしております。これからも祈りの空よろしくお願いします。


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