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祈りの空  作者: 桜野日向
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第二話 全ての、始まり


「レクト……か」


 少し高めの、男の声がする。楽しそうな声だが、奥底でおもしろがってない、といったような声。

 暗い部屋。太陽を侵し尽くした闇の中で、少年はおかしそうに笑った。


「ふーん。悪魔って嫉妬するんだ」


 無邪気な表情に、あどけない声。少し大きめのつり目が闇の中を別に探るでもなくぼんやりとまっすぐ見つめている。何を、ではない。ただ無常に広がる深い闇を、だ。

 その少年に声をかけられた者は、少年に返事をするでもなく黙っていた。ただ少し目を上げて、伏せて。それだけだ。興味が全くないらしい。


「あのさぁ〜僕はね、欲しいものが手に入って嬉しいよ。でもさ〜まだ足りないんだよね〜。何か他にも要求、してもいい?」


 ざらつくような猫撫で声で、少年はもう一度深い闇を見やる。それでも返事はない。


「……欲しいものってさ、いくら手に入っても絶対になくならないんだよね〜。次、次って。いくらでもほしくなっちゃうんだ」


 少年は初めて心底おかしそうに笑った。おかしそうに、本当におかしそうに笑って今度は鋭く目を細めた。何も写さない目を愛しげに細めて、ゆっくりと腰を上げた。


「ねぇ、僕玉座に座ってきていい? これが一番したかったんだぁ〜」

「あぁ。座ってくるといい。折角お前に与えたんだ。」

「……うん。」


 少年はもう一度、ニッコリと笑った。



 ★



 空が青い。雲はない。日差しは柔らかい。季節は、春。

 南の国の春はとても暖かい。北で夏にしか見れない鳥がいたり、花が咲いたりする。それだけ気候の違いがある。さてここはリージュ。南の楽園リージュ。


 建国から300年余り。この国は戦火を受けたことがない。まさか断言するまではいかないが、本当に数える程しか戦争をした事がなかった。美しい国である。四季があり、その季節折々の美しい自然環境の変化が見られる。特に春は最高だった。美しく、優しい。 


 懐かしいな、と考えていたレチュアのボロドレスと身体を殴るように風が吹きつけた。ここはもう異国。ブルーレスティア大陸ではない。そして多分北国だ。果てなく寒い。レチュアは半眼して前を見やる。前を行く青年はあの後ずっと無口で、後ろを振り返ったりはしないが、どうも歩調だけは幾分緩めてくれているようで、わざわざレチュアが小走りをする必要はなかった。しばらく歩いてきて、やっとちらほらと民家が見え始めていた。


『さて……問題はどうやってとんずらこくかよ』


 レチュアはゆっくりと考えをめぐらせた。青年に身分がばれてしまった。自分はこの男の名前すら知らないのだが。レチュアは話せないため、青年にそうだ、とは言っていない。だが恐らくばれているに決まっている。


『今捕まるわけにはいかないのよね』


 長身の青年は本当にここいらの村に似合わないな、と考える。いや、むしろこんなボロいドレスを着た自分も半端なくどうかと思うが。

 実際、二人が並ぶと異様だった。

 男のほうは長身で、冷たそうな表情を除けば文句の付け所がない位に顔立ちが整っている。女の方はまだ十六かそのくらいで、あどけなさの残る口元や、ハッとする程の金髪と、赤い目がこれまた目を引くに充分だった。少女のややつった目も生意気そうだが、男のほうはこれまた随分と生意気そうで。二人並ぶと生意気さが際立つ。

 で、その問題の格好がこれだった。青年は長いロングコート、黒。少女はピンクのドレス。裂けて、汚れている。これはどう見ても難しい組み合わせである。というか関係が想像しにくい。まず恋人には見えない。


『……』


 レチュアは下を向いた。正直、倒れそうだった。

 村へ着いたらまず何をしよう。どうしよう。一ヶ月もの長い間口がきけないとなると、まず詠唱ができない。レクトは愚か、自分のドールだって召喚できないのだ。レクトに頼んでここまできた。勿論目的のためだ。が、吹きつける寒い風も、ボロボロの服も、前を行く恩人にだって恵まれていない。


『少し待ってなさい。私ちゃんと頑張るから』


 誰にでもない自分の中の虚無に話しかけながらレチュアは自分を奮い立たせる。そうでもしないといい加減泣きそうだった。いつもはこんなんじゃない、でも今日はとくに厳しかった。


「あぁ、そういえばお前レクトの召喚でも口を治すこと位できるぞ」


 ふと、青年が振りかえった。今まで何を考えていたのかと思っていたが、もしかして自分の事を考えていてくれたのだろうか。

 口を治す? とレチュアが考える。と、そこで青年はふと顔を上げた。右を見て、左を見る。


『何?』


 レチュアも青年の目の先をキョロキョロと眺め回すが、何も見えない。別に何の変化もない小さな村だが……


「きゃ〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」


 その時、悲鳴が木霊した。何人もの声が混ざって、大きな音となる。


「魔獣よ! 魔獣がいるわ!!」


 ドールとして契約をしていない魔物は時として人を襲う。そういう魔物の事を人間は魔獣と呼ぶのだが……。


「こんな辺鄙な村を襲ってどうするんだろうなぁ」


 青年はさも下らない、と言わんばかりに肩で笑って、今度はレチュアの方を向いた。そして、口元で指を二本立てる。呟くように小さく詠唱し、その手をレチュアの方へ向けた。少し筋張った大きな手にドキッとしてレチュアは目を上げる。青年とは目は合わなかったが。


「契約の解除、しばしの時間を与えたまえ」

『!』


 その二本の指がレチュアの唇に触れて、途端


「あ」


 レチュアは驚いたように顔を上げた。声が出たのだ。


「ありが」


 ――ドン!!!!


「!!??」


 お礼の言葉は掻き消された。それだけならまだ良かったのだが。

 レチュアの後方に、何かが下り立った。振り向こうと思ったが、後ろに何がいるのか予想もつかなくて振りかえれない。しかもでかい。気配もでかけりゃ殺気もでかい。しかも動いたら確実に殺される。


『ちょっと待って!』


 絶体絶命、多分こういう時に使うのではなかろうか?レチュアはぶっ倒れそうな意識の中で冷静に考えていた。


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