第二十六話 泣けど、笑えど
「大丈夫ですか?」
――誰?
「セルフィ、と申します」
あ、うん。久しぶり。ここどこ……?
「失礼ながら直に精神に声を送らせてもらっています」
……私死んでないの?
「はい。桂華の華司殿からの命令により、あなた様の手助けをしております」
治癒? 魔法をかけてくれているの……?
「はい。しばしレチュア様のお力が微弱ですので、こうして頭の中に声を送っています。長い時間眠ると思いますが、大丈夫にございます」
……そっか。ねぇ、リュークやイオ、……リアスは無事かな?
「リューク殿はドールを使い、軟禁されてありました扉を破りましたよ。レチュア様をお助けになるつもりだったようです」
リュークが? へぇ〜。それってけっこう楽しいね。
「リアス殿もイオ殿も。随分驚いていらっしゃっておりました」
……うん。ねぇ、どうして四神と契約しなくちゃいけないの……?
「マーナ・ベルナ様のお言葉でございます。またそれはいずれ……。では、レチュア様、契約を致しましょう」
え? 神殿行かなくてもいいの……?
「私の本体は神殿にはありません故」
そっか……じゃぁ契約を……
「ん…………」
目を開ける。光が眩しい。
『朝か……長かったなぁ今日一日』
レチュアの目に一番に飛び込んできたのはリアスだった。その次にイオ。そんな心配そうな顔をしなくたっていいのに。大丈夫だよ、言ってあげたい。
『声が……出ない……』
そっと喉を押さえながらレチュアは目をきょろきょろと動かす。リュークがいない。
『あの野郎、心配してるくせに』
「レチュア……ったくお前何心配させてんだよ、四日も寝やがってっ」
リアスがそっとレチュアの手を握った。温かい手のひらが包み込む。
『四日も寝てたのか……っ』
レチュアは困ったように笑おうとした。が、顔の筋肉もなかなか動いてくれない。
今度はイオが心配そうにレチュアの顔を覗き込んできた。いつも気丈な、生意気そうな顔は、涙で歪んでいる。
「大丈夫か……? 痛くないか……?」
目を閉じる。一回開けて、もう一度閉じる。その行動が頷いているように見えて、イオはホッと頬を緩めた。
「華司殿が助けてくれたぞ。セルフィ? だっけか、そいつと契約してて治癒魔法が使えたらしい」
リアスは握っていたレチュアの手を、もう一度きつく握って、自分の額に押しつけた。
「くそったれ……マジ、心配したっての」
流石に泣いたりはしないが、泣きそうになっている。
「……おはよ……」
レチュアはそっと声を出した。
『あ、出た』
「おはようじゃねぇっつの」
リアスもイオも、本当に安堵したようだった。
四日間、寝ていたという。寝ている間はずっと交代でレチュアを見ていてくれていたらしい。しかもリュークも。流石に嫌そうな顔はしていたけど、一睡もしなかったのはリュークだけだった。
桂華の華司もレチュアを心配して、治癒魔法をかけ、リアスやイオを認めて部屋の出入りを禁止するのをやめた。元々性格がさばさばしている人なので、人を疑うのはあまり好きではないからである。横腹に当たった攻撃は衝撃波のような物だったらしい。刃物で抉られるよりはマシだったというが、もうこんな状態になったらどっちも痛いので、どうでもいい。とにかく、四日間。セルフィは治癒魔法をかけることはできるが、やはり自治癒で治したわけではないのだから、それ位寝なくてはいけなかったらしい。魔法は一見完璧そうに見えるが、実際そうでもないのだ。便利さの裏にはちゃんとデメリットもある。
「なぁ、じゃあレチュアは王宮で嫌われてたのか……?」
林檎を危なっかしい手で頑張って剥きながら、イオはレチュアに問いかけた。レチュアが一国の姫だと聞いた後も、彼女は一切態度を改めたりはしなかった。それがレチュアにとっては一番嬉しいことだった。
「ん〜自分が王になりたかったっていう王子様にとっては嫌われてたかもね」
レチュアは困ったように笑った。
どろどろとした王宮の中身。一見華やかそうに見える王族の裏はこんな風に、例えば権力の問題だとか。長女が、次女が。正妻の息子はどうだとか。いっぱい問題があったのだ。
「でもさ、レチュアは自分が女王様になるんだろ?」
「それ結構考えてたんだけどさ……私実際玉座なんてどうでもいいんだよね。良い王様が良い政治をしてくれたら自分が女王にならなくたっていいの」
ただ、とレチュアは繋げる。そっと開いた赤い目には、イオには想像しがたい強い決意が見て取れた。
「私の父や母、妹を殺した奴らなんかに王権なんて渡せないわ。それに私にこんな傷残しってったクソ女は人様の国の部屋をぼろぼろにしてったのよ?」
くす、と笑って冗談めかすが、イオにはレチュアがどれだけの大きな感情を抱いているか良く分かった。強そうに見える。いつも笑っているお姫様。お姫様といえば、豪華な衣装に身を包んで、おいしい料理をたくさん食べて、いつも高笑いしているような人を思い浮かべていたイオにとってはレチュアは異例だった。どこか威厳がある表情が大好きだ。
「……あのさ」
イオは下を向いた。林檎に集中するつもりだったが、一度に二個の物事を考えていたら絶対怪我をするから、林檎を剥くのをやめる。
「あたし実はスラムの人間なんだ」
顔は上げられなかった。同情されたらどうしよう、軽蔑されたらどうしよう、と臆病になる。
半分ほど剥けていた林檎の皮は本当に下手クソだった。三回も手を切ったのに。
『スラム』――ならず者が集まる、目を背けたくなる位の絶望的な場所。
「でさ……本当は家族なんていないんだ。船に乗りたくって嘘ついた。売られたのは本当だぞ? スラムの人間やアリア(亜種)なんて好き放題したって良いって皆思ってるからな」
頑なに心を閉ざそうとしながらもそれが出来なかったイオは小さくため息をついて、レチュアをやっと見上げた。同情などしないで欲しい。それなら軽蔑されたほうがまだマシだった。そっちなら慣れている。
「……うん」
レチュアはそう言っただけだった。何の表情も向けず、ただ小さく頷いただけだった。
「そうだよね。私達は目を背け過ぎたんだよね」
イオに対して言った言葉ではなかった。自分に言い聞かせるような、決心させるような言い方をして、レチュアはイオの方を向く。そしてニッと笑った。
「林檎、早く剥いて下さい」
「はいはい。……しょうがないなぁっ」
どうしてこの人はこんな風に笑うんだろう?
イオは首を傾げる。強くなんてないのだ。絶対に。なのにどうしてこうやって、背負い込んでしまうように笑うんだろう?
「ぷっ! へったくそ〜どれ、貸してみたまえ」
レチュアはイオの手から林檎と小型ナイフをもぎ取った。そしてイオくらい不器用に林檎を剥く。
「なんだよ、レチュアだってへったくそだろうがってんだ!」
――あぁ、どうしてだろう?
桂華帝国は軍人の教育にかなり力を入れていた。今の華司がいる限り、絶対に戦は起こらないと信じたいが、実際はどうなっていくのかは分からない。今はとにかく平和だけれど、いつどこでどうやって戦争に発展していくかなんて、誰も知らない。
練習場を数えただけで、何と四ヶ所もあった。それぞれが凄い広い。 レチュアが王都に来て八日を数えようとした頃、この練習場は毎日のように楽しそうな声で溢れかえった。
「おっまえ、女の人に負けるなんて絶対だめだよ! 華司様に笑われるな!」
「だってさレチュア絶対強いんだけど!」
練習場では、木刀を持ってレチュアとリアスが向き合っていた。レチュアがどうしても、と華司にお願いしたので、レジオは仕方なく、練習をするのをオッケーした。実際彼はかなりの手腕であるし、体が訛るという事の恐ろしさを結構知っていたりする。
「はぁっ!」
レチュアの繰り出した突きを難なくかわして、リアスは飛び上がった。靴を脱いで練習をする、という不思議なしきたりのある桂華の練習場では、きゅっきゅっ、という足音が目立つ。
リアスはレチュアの髪を狙って思いっきり木刀を当ててきた。どうでもいいが、桂華の人曰く、使い方が間違っている。
「レチュア絶対遅いって〜」
リアスがレチュアの背後を取った。高頭部に木刀の先を突きつけられたレチュアはちぇっと両手を上げた。
「槍だったら絶対負けないし!」
「俺なんか短剣だから絶対この武器とは相性悪いんだけど?」
リアスは笑って言った。
さて、毎日訓練を欠かさないレチュアとリアスだったが、これがまたこの練習場の人気者となっていた。レチュアはまぁともかく、リアスは爆裂強い。ダブルバウト(二対二で戦う方式――訓練用)なんか申し込んでしまったら、絶対に勝てないのだ。
レチュアには勝てると思っていた騎士の何人もが簡単に負けていったし、かと言って勝ったから、と有頂天になった者がリアスと戦うと、絶対に負けるのだ。しかも使う武器が長剣や刀なら諦めもつくが、リアスもレチュアも種類の違う短剣(二本)と槍ときている。これでは桂華最強の精鋭の鼻っ柱を砕くことになってしまう。
「レチュアさん、一本試合してもらって良いですか?」
「あ、はいはいっ」
「リアス師匠、俺も!」
「師匠かよ〜」
人気者である。
「はぁ〜もうダメぇ疲れたぁ〜」
レチュアは座り込んで、自分の握ったヘッタクソなおにぎりを広げる。横からリアスが取っていって、勝手に食べ始めたのを見て、レチュアは内心どきどきしていた。
「…………おいしい?」
「なんで、んなこの世の終わりみたいな顔するんだよ?」
リアスは困ったように笑って一口食べる。おにぎりは誰が作っても大抵は同じ味。
「あぁおいしい、おいしい」
「本当!? やったぁっ」
本当に嬉しそうな顔をしながらレチュアは微笑んだ。
「なんで? おにぎり作ったん始めてか?」
「うん。王宮では台所行ったら凄い勢いで追い出されてさぁ〜」
自分で作ったおにぎりなら何倍もおいしい物である。レチュアはぱくぱく食べながら懐かしそうにリアスに話し掛け始めた。
「体なまってるなぁ〜もう少し訓練しなきゃ〜」
リアスはレチュアを眺めながら、目を細めた。レチュアは気付いていないその視線にはリアスの複雑な思いが混じっていた。
「……話……とか聞く気あるか?」
そっと開いた口からは、理解しがたい言葉出る。
「え?」
「……俺の。話」
困ったように笑いながら、でも真剣な目をしている。
「う、うん」
レチュアは首を傾げつつも頷いた。
「トップシークレット以外の話?」
僅かに微笑めば、くすくす頷いたリアスの表情に引っ掛かる。
確かにレチュアはリアスの事を知らない。――それはリアスが話さないからだった。
「……俺孤児院にいたんだ」
「えと……他界されたの?」
遠回りに両親の事を問い掛ける。リアスは首を振った。
「知らない」
「そっか。……。」
イオも少し前に、困ったように告白してきた。その表情は何かに怯えていて、それなのに何かに向かって戦っていくような、そんな感じで。リアスは飄々としていて、表情は読めないけど。言ってくれたのは本当に嬉しい。
「いきなり何だ? って話だなっ」
吹き出すように笑って、今度はもう一度真剣な表情をレチュアに向ける。
「俺は本当に泥棒なんだ」
「……ずっとそう言ってたじゃん」
「や、信じてなかったろ?」
「はぁ? あそこまで偉そうに言われたんなら大抵は信じるわよ」
ちょっと険悪ムードになっている。シリアスだったんじゃないのか。
「ん、まぁいいや。で……初めて盗んだのが十四の時」
「孤児院っていくつまでいられるの?」
「大抵の所が二十歳までか。……って知らない?」
レチュアは困ったように笑った。こういう時、申し訳ないな、と思う。税金で暮しているお姫様が無知というのは嫌だろう。
「どうして言う気になったの?」
「……や……。お前……が」
「?」
そっとリアスがレチュアの頬に触れた。透けるような金髪の髪を少し払って、まだ上気している頬にそっと触れる。レチュアは初めどう反応していいかわからなくて、硬直していたが、段々どうしよう、と焦ってきた。嫌ではないが、恥ずかしい。
「……いつも……笑ってるから」
レチュアは首を傾げた。それと同時にリアスの手がぐっとレチュアの頭を捕らえた。そのままもう結構ぼさぼさになってしまっている髪の毛を、もっとぼさぼさに掻き乱してしまう。
「きゃぁ〜!! やめてっ!! それ女の子の身だしなみとしては最悪なケースなの!!」
リアスの手を取って慌ててレチュアは笑いながら身をよじる。さっきまでの態度とは裏腹に、リアスはかなりおもしろがってレチュアの髪の毛で遊び始めた。
「もう〜!!」
反撃に出ようとしたレチュアの手を取って、リアスはレチュアを押し倒す。見ている風景が逆さになったことに気付いてレチュアは目を見開いた。と、リアスの表情を見上げる。なぜだか知らないが。泣きそうに見えた。
「リアス?」
「……無事で良かった……」
「え?」
レチュアは意味が分からなかった。リアスはぐっと眉を寄せて、レチュアを引き起こした。そして小さく、そっとこう言ったのだ。
「……俺な」
つぶやくリアスの声はかすれ、悲痛だ。
ひねりだした一言の後に、リアスは息をつき。
「リアス?」
「俺……人を殺した事があるんだ」
そして沈痛の面持ちで、眉根を寄せて。リアスはそう言った。




