第二十四話 王様・女王様
オークション会場の人々が揃って連れていかれるのを見ながら、レチュアはリュークに絶望的な視線を送った。
「どうしよう?!」
「どうするもこうするも……」
レチュアはリージュ国で死刑宣告をされているお姫様、リアスは本当かどうかは知らないけど泥棒で、加えてこんな闇ぜりで売られている。これでは弁解のしようがない。
そっと目を閉じる。考えろ、考えろ。
「おい、そこの二人、さっさと来い」
見るからに大男が近寄ってきてレチュアの肩を掴もうとした。リュークがレチュアの肩を抱き寄せて、その手を払う。
「あぁ、分かった」
肩でくっくと笑って、レチュアに耳打ちする。とっさの事にレチュアは顔を赤らめながら、真剣にリュークの言葉を聞こうとする。
「お前華司の前を通るとき顔を見せろ、一言何か言え」
「え? 何て? 自己紹介するの!?」
「チャンスは一度しかないと思え、死刑囚」
『そんなぁっ』
でも、ここが分かれ道だとすれば良い。自分の力量を測ってやる。天が自分に味方をしないのなら、自分が頑張るしかない。
レチュアは背筋を伸ばした。リュークの手を軽く握り、顎を引く。少し坂道になっている通路を歩いていく。あと一歩。華司の視線と、視線が交わる。
「お久しぶりです、華司殿」
――到底普段のレチュアの声だとは思えなかった。いつもの愛らしい声はどこに言ったのか、今彼女が出した声は、深く澄んだ威厳に溢れた声だった。リュークも、そして桂華の華司までもが、レチュアを見やった。
「…………レチュアか……?」
レチュアは少しはにかんで笑った。嫣然とした、けれど安堵している笑み。
「いかにも」
桂華王都は王都と言うよりは、政府と言った風情だった。何しろ城はない。あるのは宮殿と言うよりは主要機関と化した、平べったい建物だけだった。そこにはたくさんの政治の主要人物、騎士団の者などが何百人と言わないほどいた。
朱色と緑を主調とした建物は、遠目にも鮮やかだった。レチュアとリューク。そしてリアス、イオの四人は何とかしてここまでやってきた。レチュアは始終王様と呼んでも良い華司と話をしていた。ここで信じてもらえないと、自分達は本当に死刑囚として、リージュ国に送り込まれてしまう。
華司の名は、レジオ・亜香。
四十二歳の名君は、レチュアの話を実に興味深そうに聞いていた。
リュークとリアスとイオは、レチュアとは違う牛車に乗っている。牛が引く車は、流石にレチュアも始めて見た。普通のオークション帰りの人々の間を縫うように走っていく牛車に、人々も程よくびっくりしていた。
「さて、手を貸そう。どうぞ?」
レジオがニッとレチュアに微笑みかける。自分の父親と幾らも違わない、この華司はとても雄々しく、若い。整った顔立ちは少し童顔気味だ。これは女が放っておかないだろう。それもそのはず、彼にはまだ妻という女がいない。そっち趣味である、とか騒がれているが、ここでは伏せておこう。決してそういうわけではない。
「……信じてくれますか?」
先ほどから、表情を崩さないレチュアに、レジオはそれでも安心させるように笑いかける。その心中には複雑な思いが混じっているに違いない。何にせよ、自分の親友とも呼べるゲディルが亡くなり、それを殺したのが実の娘、自分も会った事のある、この強い瞳の少女かもしれない、となると複雑にもなる。
「とりあえず牛車を降りよう。牛が好きか?」
「い、いえ!」
ちょっとしたジョークを言われて、やっとレチュアも微笑むことが出来た。
しばらく建物の中を歩いていくと、奥のほうにまた違った建物が二つ、見えてきた。右側に大きな建物と、左側には、右側には負けるものの普通の家の何百倍もに相当する建物がある。左のほうへ進んでいく。恐らくは左が大物人物(?)用、右が兵舎だ。
「君がレクトと契約しているとはまさか思わなかったな」
「え……えと……はい。私もなぜ契約出来たのかは良く分からないんですが」
レジオは懐かしむように目を細めた。
「俺も以前レクトを呼び出したことがあったんだがな……開口一番が『変な服』だったのを覚えてるよ」
『……ねぇレクト…………?』
だからどう、というわけではなく、ただ話しをしたがってレジオは色んな話をした。
国の事や、レチュアも知らないような、異国の文化の話。ついていける分の話にはレチュアも相槌を打ったり、意見を言ったりしていく。何だか良く分からないが、自分の教養が広がるのは嬉しい。それにこの華司は話すのがうまく、レチュアに当てられた年配の家庭教師の話なんかもう二度と聞けないほどだった。
「さて、ここに寝泊りしてもらう。が――……一応鍵はかけておくぞ? 隣の部屋に女官を一人つけるから用があるのなら彼女に言ってくれ」
「あ……とイオとかはどうしてますか?」
「オークションに売られる人よりは良い待遇をさせてるよ」
にっこりと子供っぽい笑みを浮かべ、レジオは言った。
「会えますか?」
「う〜ん、それは無理かな。俺で良かったら話をするよ?」
「あ、……はい!」
リアスとイオとは話をしたかった。特にイオは本当に話す時間が少なかったし、実は彼女の家にも行っていない。このごたごたが終わったらいけるだろうか。
レチュアは通された部屋に入った。質素で、落ち着いた色合いの部屋は、これまた異国のムード溢れる趣がある。レチュアは寝台と呼ばれる布団の上に寝転んだ。
大きなため息をついて、目を瞑る。
『あそこでリアスに会うなんて凄い確率』
運命と言うか何というか。
「ねぇ」
「!!?」
落ち着いて考えていた矢先に、レチュアは誰もいないはずの部屋から女の声がしたのを聞いた。
三人で一部屋で、しかも内一人は女の子だった。
「……それって酷くないか?」
イオが不機嫌極まりない顔で言った。
「そんな事ないっしょ〜絶対死刑よりマシ! マシマシ!」
「裏オークションにいただけであたしまで死刑になんのか!?」
「あぁ、なるなる!」
リアスとイオがじゃれるのを横目でうんざりと眺めながら、リュークは一言も話さないで頑張っていた。口を出せば絶っっっ対に疲れると分かっている。
「で? あんた確かリュークさんだろ。レチュアから聞いた。どっかの森で助けたとか何とか?」
話の流れがこちら側に向いてリュークは半眼した。放っといてくれたら嬉しかったのに。
「え? リアス、こいつレチュアのコレ??」
小指一本立てたマセガキイオはリュークに力一杯睨まれた。
「おい、ガキ。せめて中指を立てろ」
「は? えと……中指……こうか??」
イオはイマイチ意味が分からないようで、一生懸命に中指を立てている。良い子は真似をしないでほしい。
「あぁ、でも教えといて。レチュアの何? 何で一緒にいたんだ〜?」
顔は笑っているが、中身はあんまり笑っていないような笑みでリアスはリュークを見る。 暗めの部屋だった。ぼろい宿屋によくある、寝るだけ、という人向けに作られたような部屋に三人押し込められて、鍵をつけられた。不満があるのは三人ともだが、絶対一番不満がっているのはリュークだ。
「……妹がいるのは知ってるか?」
「ん?」
「あいつの妹が死んだんだ」
リアスは目を細めた。怪訝そうに見ると、改まって座りなおす。
「そっか……」
先ほどチラと見た時のレチュアの表情。何も変わったことはないはずだった。ニッコリと笑っていた彼女。そして、あの威厳たっぷりの華司に見劣りしないくらいに美しく名乗ってみせた一国の姫。
「……お前はどこまで知ってるんだ?」
「あそうか。多分リュークさんと一緒のところまで」
「あたしもそうだ! あたしも知ってるぞ!!」
イオがしゃしゃり出たのを怪訝そうに見やってリュークはリアスに目を向けた。
「幼女趣味か?」
「ん? 俺レチュア一筋だから」
一瞬場がさめざめとしらけた。




