第二十三話 呼べ、宿命と 二
オークション会場になるのはホテルだった。広いホテルは、ホテルと言うよりは特設会場と呼んだほうが分かりやすい。二階建てくらいのホールがあって、そこには日もまだ高い内からたくさんの人々が集まってきていた。それこそ世界各国から、と言っても過言じゃない。
どちらかというと、民間人よりも、金持ち向けに作られたこのオークションにはかなり高額のチケット代が必要だ。 桂華帝国の人々にとってこのオークションの季節は、結構な掻き入れ時となる。会場付近の旅館や、宿は満杯になるし、桂華のお土産品である『チャート』と呼ばれる服や、(レチュアが着ているもの)『レン』と呼ばれる、暖簾が飛ぶように売れる。ちょっと高めに売っている軽食品も売れるし、本当に晩春のこの季節はとてもいい。
さて、ここまで来てレチュア達は、本格的にチケットを入手する方法に困っていた。
たかる、盗む、奪う、お願いしてみる(ダメなら考えがある)、結局どれもイマイチ実行したくない。現金で買う、という手っ取り早い手はもう尽くした。裏路地でチケットを売っていた商人に、十倍近い値段を言われてしまったときたら、もうその方法は却下されたも同然である。
「さて……良い子ちゃんブルのも大概にしたらどうだ?」
「だ、ダメよ! 私は今から一国を背負う人なんだから! そんなリュークみたいな極悪人にはなりたくないよ……」
リュークは半眼する。いざとなったら結構凄い事しそうなレチュアにそう言われてもあまり腹は立たない。
「じゃあどうするんだ?」
リュークはちょっと考えた。
「……ちょっと違う方法にしてみるか」
そっと自分の服のボタンを外し、服をはだけさせる。暗くなりかけた光景に溶けてしまいそうな姿。こういう職業の人がいたような……レチュアはとっさにそう考えた。
「な、何するの……?」
「ん? お願い」
纏う雰囲気が瞬時に変わる。触れられない程の甘やかな空気。
リュークはしばらく行き交う人々を眺めて、すぐに歩みを進めた。ついていこうとしたレチュアをやんわり止めて、一人で行ってしまう。リュークが近づいて行ったのは歳若い女のところだった。桂華の服、チャートをレチュアには到底適いそうもないくらい美しく着こなしている彼女はリュークと一言、二言会話して、笑った。かなり楽しそうに見える。リュークもリュークで、普段は笑いもしないくせに、少しだけ微笑んでいるのが遠目にも分かった。
『何だ。……結構笑うんだ』
複雑そうに見ていると、リュークと目が合った。逸らそうか迷っていると、リュークが目で、オークション会場の方を指す。
「……?」
どうやら先に行ってろ、というものらしい。使われるのは嫌だがまぁいいとしよう。レチュアはちょっと名残惜しそうに二人を見て、すぐに歩き出した。しばらく歩いていると、リュークが追いついてきて、レチュアを呼びとめた。
「ほら」
渡されたのは紛れもなくチケットだった。
「え?」
「お願いしたんだぞ?」
けろっと言ってのけたリュークの目を見る。多分違う。
「……どうやって?」「あ? 今晩一緒にいてやるからチケット二枚ちょうだい」
『!!!!????』
レチュアは顔を真っ赤にさせた。
「な、何って事を! そ、そんな事言ったらダメでしょ!? え? でも行かないとダメよ? 約束したんだから! って、え!?」
慌て出したレチュアを見て、リュークは心底怪訝そうに眉を上げた。
「口約束は破るためのものだ」
「まぁ何たる言い草!」
「こうするしかなかったろ?」「だ、だって……何でそういう、いか、いかがわしいお願いの仕方なのよ!?」
「あぁ。結構誘われるから使えると思っただけだ」
『マジですか!?』
レチュアはリュークを見上げた。うん、黙っていれば申し分ない。けど。
「騙されて……」
ぽそり、と落としたレチュアのセリフにリュークはまたまた眉を上げた。
「詫びはするんだ、いいだろ?」
「!? じゃ、と、泊まる気!!??」
リュークはまたまた眉を上げる。
「はぁ? 食事に行くと言っただけだ。先にチケット渡そうと来てやったんだろ? ほら」
レチュアは複雑そうにチケットを見る。そう、こっちの裏のチケットが欲しかったんだけど。
「……今から行くの……?」
「なんだ、行って欲しくないのか?」
何も思っていないのか、別に嫌味そうに笑われたりはしなかった。ただ普通に聞いてきただけだ。怪訝そうな表情もしていない。
言えるだろうか? 何か変な勘違いをされないだろうか。
「……お腹空いてるの?」
「いや」
レチュアは控えめに首を振った。
「じゃあ行かなくていいじゃん」
「なんだ、お前だって口約束は破るためのものだと知ってるんじゃないか」
「そ、それは違うけど」
レチュアは複雑な気分になった。どうして行って欲しくなかったのだろう? 変な気分になる。
『調子狂うなぁ』
リュークに気を付けろ、レクトは言った。分からないけど、彼はレクトとの契約法を知っていたのだ。レクトが契るのは王族のみ。しかもその王族でさえ三人だという。その中にリュークが入っているはずもないから、また分からなくなる。
「とにかく煩く言われないうちに会場に入るか」
「まだ準備中じゃない?」
日が暮れかかった町並み、もうそろそろではあるが。
「しょうがない、お前気分が悪いフリでもしていろ、中に入れればこっちのもんだろ?」
レチュアは閉口した。なんとなく分かった。こいつ、人より断然ずる賢いからこんなくそったれな性格だけど生きていけるのだ。
『助かったからいいけど』
レチュアはほっとした自分が信じられなかった。
リュークが知らない女と一晩、過ごす?
それは嫌だった。絶対に嫌だった。でも、なぜ嫌なのかと理由を聞かれたら上手く答えられないのだ。
乙女が感じる嫌悪感とは、違う。
『一晩一体何をするって言うのよ!』
レチュアとは同じ部屋にいても何にも起こらなかった。
でも。
ふと頭の中に先ほどの綺麗な女性の姿が浮かんでレチュアははっとした。
やっぱり。
何かしたくなったのかしら。
何か、って?
それは……
「リュークの変態!」
レチュアは顔を真っ赤にして前を歩くリュークに叫んだ。
「んだと? 殺すぞこのアマ!」
「さぁて、皆様大変長らくお待たせいたしました! これより、桂華帝国、裏オークションを開催いたします!」
耳に着く、司会者の声にイオはうんざりした。
「ネーミングセンスは最悪だな。裏ってそのまんまじゃん」
さてここはオークション会場の地下。何階かは知らないが、下った階段の数を考えると相当下のような気がする。両腕を縛られて、目隠しをされてたどり着いた先がこの物置だった。
さて、リアスはけろっとしているが、イオは気が気じゃない。それはそうだろう、何と言っても今から売られるとなると、おかしくもなる。
「なぁリアス、どうするんだ?」
「ん、俺に任せろ」
リアスはニッと笑う。
控え室というより、物置に半ば閉じ込められ気味の二人の傍には、たくさんの同じような人がいた。女もいれば男もいるし、魔獣もいれば壷とかも置いてある。
『任せられないからっ』
イオは少し泣きそうな顔をして、しばらく黙っていた。
「お次の商品は、煮るも焼くも好きにしろ、夜の甘美なお相手はこの御仁とどうですか?」
「おい、出ろ」
「は?」
リアスは思いっきり、どっから来たかわからない程の体躯の男に引っつかまれた。
「リアス!?」
そのままステージに投げるように突き飛ばされる。
ちょっと暗めの照明の下に投げ出される。リアスはそっと観客席のほうを見た。
「では、千Lからです!」
「二千!」
「四千五百!!」
「六千!」
客達は手元にあった番号の書いてある札をおもむろに上げる。競売のスタートだ。
「八千!」
『上がってるじゃ〜ん』
決してこういう状況でこういう事考えちゃいけないんだけども。リアスはさて、どうしようと考える。
『女の人がいいんだよなぁ……絶対俺ってばいけると思うんだけど』
「一万!」
そこで観客の吊り上げが止まる。
「一万L、他に誰かいませんか?」 腹が立ったリアスは司会者からマイクをぶち取り、勝手に進行を始めてしまった。
「こら、俺が一万っちゃあどういう事だ!? おい、絶対お徳だって、これもっと高値つけるべきだって!」
「一万二千!」
「よっしゃ来た!」
「一万五千!!」
「言えるじゃねぇか!!」
レチュアは半眼していた。リアスが商品として出てきたと思ったら、目にも止まらぬ早さで、自分の値段を上げていったからである。そっとリュークを見やる。呆れて物も言えないのか、口を閉じている。
「あれリアスだよ……」
オークション会場に忍び込んだはいいが、まさかここでリアスに会うとは。自分で自分の値をばかすか吊り上げていく。
「どうしてあげたらいいかな? 買い取ってあげるべきかな?」
「さぁ? 本人乗り気なんだからどうだっていいんじゃないか?」
レチュアは手元にあった札を見る。見捨てることは出来ないが、ここまで来た経緯は知りたい。なぜオークションで売られているのだろうか。司会者のマイクを奪い取ったのは性格としても。
「一万七千!」
「おっし! 二万いくか? 行ったら俺ってばサービスしてやるよ?」
レチュアはそっと札を上げた。
「三万」
会場が静かになった。レチュアの方に目がいく。リュークはため息をついた。
「競売は始めてか? ……下手クソ」
レチュアに気付いて、リアスは一瞬驚いた表情を向け、取り繕うように言った。
「あ……あぁ、決定。俺あそこの姉ちゃんの物になったから」
リアスはレチュアに向かって吹き出すように笑いかけた。レチュアも困ったように笑って見せる。両者の笑みの中に含まれた別の意味は置いといて。
「さて、お次は狐のアリア! 顔は可愛いからお買い得だよ〜」
リアスからマイクを奪還して、司会者はやっと司会再会する事になった。次に来るのはイオだ。
「……その次の子も私のつれなんだけど……」
リュークの目を見て話せないまま、レチュアは札を握り締める。リュークもリュークでレチュアのほうを見ないまま、冷静に問い掛けた。
「なぁ。誰の金で買い取ってるんだ?」
しばらくして、商品が続々と高値で買い取られていく中、少し遅れて会場入りした人物がいた。背はかなり高い。黒い髪に、少し灰色がかった瞳の男はステージを見て、観客席を一瞥して、今度は三つある扉を見る。扉には一人ずつ屈強の男が立っていて、男が目配せすると、首を縦に振った。そしてゆっくりとざわめく会場に向かって三回、大きな音を立てて手を叩いた。少し静かになったホールに向けて一言、言う。
「桂華の華司だ。さぁて、お前ら、どうしてやろうかなぁ?」
通る声は低い。楽しそうに言って、にっこりと笑う。
子供っぽい感じがするのに、威厳に満ちた瞳は炯々としていた。
「華司だって!?」
「おい、やばいぞ! 逃げろ!!」
会場が一気にオークションどころではなくなった。勿論それはレチュア達もだった。何もこんな所で会うとは、最悪もいいところだ。ちゃんとした所でちゃんとした格好で言い訳するほうが何倍もちゃんと見えるのに。
「扉は封鎖する! オークションは閉会、お前さんたちは牢獄行きだ」 にっこり笑って、華司は言ってのけた。もう四十を越した桂華の長は、少しも老けてはいない顔を心底楽しそうに歪めた。
『やばい……』




