第二十二話 呼べ、宿命と
何度夜が来ただろう。何度朝が来ただろう。もう気付けば春がきて、もうそろそろ季節は変わっていこうとしている。
ぼんやりと目を開ける。目を閉じる。……。そっと片目だけ開ける。
「ぎゃぁぁぁぁ!!!」
レチュアは考えなしに叫んだ。
「朝っぱらから人の顔を見て叫ぶとは良い度胸だなぁ? おい」
「ち、違うの! 忘れてたのよリュークがいる事を!」
ケルベロスの背に乗って神殿がある南のほうへ向かいながら、リュークはレチュアに明け方の大騒ぎの話をし愚痴り始めた。お陰で朝っぱらから人は群がったし、朝風呂には入れなかったし。くらわそうごたぁある。(対訳:殴ってやりたいな、と思う)
「で? 腹は?」
「あ、お腹空いた〜」
しかも旅金確保のため朝ご飯は抜いてきている。二人ともそうたくさんを食べるわけじゃないから、外で安い食事を少し食べたほうが断然安上がりで良い。
「そうか。じゃあ神殿地区まで我慢しろ」
「それってお昼も兼用になるんじゃない?」
リュークは悪ガキがするように、肩で笑って言った。
「正解」
朝っぱらからこの付近の店は開いていた。というよりも、朝から人が多い。もともと人が多い地区なのかもしれないが、不自然な人込みだ。
何かがあるのだろうか? きっとこういう珍しい日には、結構何でも安くで買えたりするものだ。どうにか服は変えたいけど。レチュアは自分の服を見る。なかなか可愛いのかもしれないが、どうにも足が出る。生足が。
『悩殺よ、ってか?』
リュークの広い背中を見ながらレチュアはそっと掴んでいた手に力を込めた。以前までは、ただの根性腐れだと思っていたが、最近そうでもない事が発覚した。なんだかんだ言ってちゃんとする時はちゃんとしてくれる。
『あぁ……にしても泣いたなぁ』
人前で涙を見せる、それはレチュアにとっては最悪のケースだった。確かかなり前にどっかの誰かから『泣き虫はぶりっ子みたい』と言われたからだった。もう名前すら覚えていないけど、その屈辱的なセリフは覚えている。
例えばずっと抱きしめてくれていた筋張った腕とか。思ったより広い背中だとか。
『……根性腐れのくせに』
何の前触れもなく、ケルベロスがいきなり速度を落とした。
「ぶっ!」
レチュアは思いっきりリュークの背中に顔をぶつけて鼻を押さえてもんどりうつ。
「な、何?」
「いや、本格的に人が多くなったな。街道は外れてるが。……もう無理だな」
ケルベロスはリュークを見やって目配せする。
「もう少しだし、歩こうか」
魔獣で闊歩するのは気が引けるし。
「おい、ここらで何かあるのか?」
リュークはそこらにいた畑を耕している男に問い掛けた。どうでもいいけどレチュアが申し訳なくなるくらい偉そうな態度だ。
「何だぁ? 知らんのかぁ?? オークションさな」
「昨日言ってたね、女将さん」
レチュアが思い出してリュークに言う。
「あぁ」
「何でも、大きな建物さ作ってそこでやるんじゃが、裏では闇ぜりも行われてたりするんじゃよ」
「競売か」
リュークの表情が変わったのを見て取って、レチュアはそっとリュークを覗き込む。アーシアがそこにいるかどうか知りたいのだろうか?
「行ってみる?」
「おい、じいさんオークションはいつあるんだ?」
「あぁ、今日の夜さ。オークション行くにはテュケットがいるんだわ」
「チケットだ、発音が違う」
「テュケットはもう完売したと聞くぞ〜」
リュークの表情が渋くなる。どうせまたろくでもない事考えているのだろう。奪うとか、たかるとか。
「先に神殿に行く。……あとからオークションに行ってもいいか?」
リュークにしては言い出しにくそうな声だ。
「う、うん。でもアーシアさんもそんなばんばん捕まったりはしないと思うよ?」
「ん? なんじゃい、人買いかぁ? 今回のオークションにはたくさんべっぴんさん(対訳:顔立ちの良い人)が来ると噂されとるぞい〜行って見るとええ」
「まさかそんな……人買いに二回も売られるなんて無用心じゃない?」
レチュア達は知る由もない。人買いに二回も売られた者、しかも滅茶苦茶よく知っている人がオークション会場で売っぱらわれてる事を。
神殿地区付近にあった店で、リュークはレチュアに何かベールを買ってやった。黒い薄手の布をレチュアの頭から被せて綺麗に整えてやる。レチュアは意味が分からなくてきょとんとしている。何が始まるのだろうか?
「いいか? お前、神殿巫女になりきれ。呪封じをかけられたら適わない」
神殿巫女とは、神殿を守る聖女の事である。一日に何度か祈りを捧げに来る彼女達は、黒いヴェールを被って、四神に参拝するのが日課になっていた。
「あんたはどう贔屓目に見ても神殿巫女じゃないからなぁ……」
リュークが困ったように言ったのを、レチュアは憤然として反撃にかかる。
「私のお付きがリュークみたいなのの方が絶対怪しまれるわよ、そんな無口で無愛想でしかも何となく人見下してて」
「…………アーシア様、参りましょうか」
リュークが微笑して、レチュアの手を取った。
「なっ」
「どうかなされましたか?」
物腰がすっかり変わっていた。口の聞き方は本当に高貴な人だと言ってもいい。いつもの、開いたら無駄口しか出てこない口からは信じられないほど優しい声が出てくる。
「な、なんでもないです」
レチュアは急に縮こまってしまった。『嘘でしょ!?』
レチュアの服は目立ちすぎるかもしれない、とリュークは自分の着ていた黒いコートを羽織らせる。何か咎めがあったら『巫女が寒いとおっしゃって』で何とかうまく納まる。まさか服の下までチェックされる事はないだろう。見たとして良い物が拝めるわけはないし。(リューク談)
「神殿巫女です、ベル大陸よりただいま到着いたしました」
神殿地区の入り口にいた衛兵に、リュークは愛想笑いまで浮かべて言う。
「あ、はい。こんにちは、今日は良い天気になりましたね」
衛兵は一応顔の見えにくいレチュアに一瞥して、リュークにだけ呪封じをかけて、扉を開けてくれた。レチュアが感嘆するほどの広い大地が広がる。神殿地区に来るのはこれで二回目だが、恐らくこの何もない風景はどこも変わりがないのだろう。
「お前アークスと契約できたんだろう? なんだ、何したんだ?」
すっかり元の悪漢に戻ってしまったリュークを見てレチュアはため息を出したくなった。さっきの性格は悪くなかったのに。
「何したって? どういう事?」
「いや、まさかアークスがあんたに色気を感じることはないだろうと思って……」
「喧嘩を売るのがお好きでございますか?」
レチュアは半眼して答える。どう契約したか、そう問われれば少し返答に困ってしまうが、風の神、セルフィの加護のお陰だと思う。
「物好きな四神もいるもんだな」
「こちとら一国かかってるんで」
どうなってしまうのか、それはわからない。もし、その戴冠する王様の方がレチュアよりも手腕で、良い国を作ったとしても、王や王妃を殺した人に国を譲ってやる気はない。 神殿地区の本当に何もない大地を歩いてレチュアは今度はどうしよう、と思う。ここ、アルファ−レにいるのは、炎の神、オージェ。 レチュアは呆然として、握っていた黒いベールを落とした。
「うっせぇなぁ! お前、俺様の眠りを妨げるっちゃぁいい根性しとるんやんけ」
イキナリ叫ばれた。
オージェに。
「あん? あぁ、お前リージュの姫さんやん、セルちゃんから聞いてるぜぇ、契約したいんやろ?」
「え? あ……はぁ…………」
レチュアは閉口してしまった。何と言うか。四神と一括りに言っても性格はばらばららしい。セルフィや、アークスはどこか威厳と優しさがあったのに、この火神様はどうだろう?
容姿は美しいと言って良い。
整った顔立ちはどこかやんちゃなガキんちょを思い出す。ちょっと逆立った髪は赤い髪をしている。瞳も赤、レチュアと同じくらい赤い色。服は四神皆が統一しているのだろうか? 白い服。アークスが裾をぞろびかせるようなワンピース型とすると、オージェの着ているそれは、襟を立てた袖なしの服に、下はズボン。性格を表している気がする。フレンドリーな感じはするが、威厳はない。
「契約してやるよ、セルちゃんうっさいんだよなぁ〜歳食ってるくせに可愛い顔して中身はやっぱり歳食ってるから」
「あ……えと……四神も歳とか取るんですか?」
「うん、当ったり前じゃん! 俺ってばこの世に生まれて千年とちょっと! まだ数えられるんだけど、セルちゃんはもうカウンターストップしてるし〜」
キャラキャラと笑って、オージェはレチュアの方へ歩み寄った。契約の印をどこにするか考えているのか、レチュアの凄い服にびっくりしているのかちょっと止まっていた。
「レクトは?」
「ん? キングか。あれなぁ五百歳、まだまだがきんちょ。そやなぁ……あれがポッコリ出てきて四神全員を抜かしたときは流石にびびった!」
「誰がガキんちょだぁ?」
第三者の声が聞こえて、レチュアはハッと胸元を見た。ふわりと風が吹いて、レチュアの傍にレクトが現れる。
「れ、レクト!!」
「き、キング様っすかぁ! ご、ご機嫌麗しゅう!」
「どもるな」
呼びたいときには出てこないくせに、こんな時に出てくるとは、とレチュアは怒りたくなった。
「レクトっ」
思わず真剣な顔になってしまったのを気付いて、レクトはレチュアの方に向く。
「言ってりゃ良かったか、神殿地区では俺様は出入り自由。ただしお前の呪封じを食らってない場合のみ」
少し困ったように笑って、レクトはレチュアの頭を撫でようとした。手を出しかけて、一度引っ込める。そして今度はおもむろに触ってきた。
「…………シェアは残念だったな」
「……っレクト!」
レチュアは思わずレクトに抱きついた。実体はないはずの神は、実体はないくせに触れることが出来て、温かい。
「うっわ、俺の前でラブシーンやる事なくねぇ?」
「お前も交ざるか?」
何食わぬレクトの顔を見て、レチュアは笑ってしまった。
「それより……知ってると思うがお前罪人扱いになってる。あと誰だ? レダ坊ちゃんがとうとう戴冠しやがる。昨日葬式が行われた」
「レダ?」
側室の息子の名前。
「知ってるだろ? 妙に頭が良いクソガキ」
「俺様から見りゃ皆クソガキだけどなぁ」
オージェの突っ込みは無視して、レクトは愛しそうに目を細めてレチュアの頭を撫でる。
「リュークっていう男いるだろ? お前が一緒に旅している奴。あいつどうして俺が契約する時に一ヶ月間の呪封じをかけるって知ってたんだ?」
「……? レクトってやっぱり私にだけそれしてるんじゃないの?」
「いや、俺は『一ヶ月呼ぶな』は他にもしてる。逆にお前に免除してやってて……」
そういえば。封印を解いてもらう際、彼は少し困ったようにこう言ったのだ。『レクトは困るな』と。レチュアはレクトを見上げる。
「今ん所どうかは知らないが……気をつけろ?」
大事そうに、大事そうに触れる指先に、愛情がこもっているのを感じて、レチュアは目を閉じる。リュークに気をつけろ? どういう意味?
「あんのさぁ〜俺ってばこうしてっと邪魔みたいだからさっさと契約済ませたいんだよなぁ〜」
「あ、はい! 契約は……成立でいいの?」
「あぁ。頑張れよ」
オージェはそっとレチュアに近づいて、額に唇を押し当てた。愛はない行為だけど、少しドキマギしながらレチュアは目を閉じる。
自慢じゃないし、自己満足でもないが、レチュアはいつも思っていた。自信でもないけど、自分は人に愛される。しかも無条件に。
愛される、というよりは自分を愛してくれる、と思っている。どう言い表せばいいか分からないけど、国王の娘である自分は、多分愛されている。
『この考え方嫌だなぁ』
コンプレックスに近かった。人は自分を見れば美しい、と言うけれど。愛らしくて、いい女王になる、と言うけれど。
『本心なのかな……』
これを嫌だったと言えば、凄い謙遜に聞こえるかもしれない。でもレチュアにとっては万人のお世辞よりも、たった一人の人で良いからちゃんと愛してもらいたかった。父親も、母親も。添うように生きてきた妹ももうこの世にはいない。
リュークとリアス、そして傍にいる時間は短かったけれど、イオも。彼らはちゃんと自分の正体を知っても態度を変えたりはしなかった。好きかどうかは知らないけど(特にリューク)その一人を疑う。そんなこと出来ない、したくない。でも……。
国王の娘だから無条件に受け入れられる。国王の娘だから嫌われない。
今は。
――今はもう免罪符はない。
「遅い」
リュークが待ちに待って、不機嫌そうな顔で言った。
レチュアはリュークの顔を怪訝そうに眺める。一通り眺めて、はぁとため息をつく。そうされた本人はたまったものではない。
「なんだ、俺が何かしたか? お前をこのクソ暇なところで待ってやったんだが?」
リュークに気をつけろ。と言われた。
でも、リュークに何が出来るだろう? 何かするのだろうか、彼が。それは考えられない。シラと同じような人? それもない。
「恨んでやるからね!」
「はぁ?」
レチュアは、とぼとぼと桂華帝国に向かって歩き始めた。
「おいこら待て、俺が何かしたかと聞いている」
好きになってはくれないだろうか。もし、自分が本当にちゃんと必要とされても良い人間なら、自分の力で、何かを変えてみたい。
「まぁ……大臣くらいならなってもいいよ?」
「はぁ?」
そうしたらきっと、自分はこの世の中で生きていける。例えばこんなどうしようもない小さな自分でも。




