第二十一話 餞
煩い程のファンファーレ。少しだけ沈んだ楽の音。黒一色に染められた、王都。
今日は、リージュ国王、王妃の葬式だった。
列席していた少年に皆の視線が集まる。少しくすんだ、でも目を引いてしまう綺麗な金髪、そして緑の目。孤高の猫のような、触れては離れていく、そんな容姿の時期国王は悔恨に打ちひしがれた様子で、座っていた。その横には見たことはないが、高貴な人だと分かる、整った顔立ちの男がいた。側近だろうか、しきりに隣にいる王子、レダを気遣っている。代表で列席していた数人の国民と、ゲディル・フォーガスに中世を誓っていた騎士たちはレダを見つめる。
無理もないのではないだろうか。まさか国王、王妃を殺したのが実の娘達、誰より彼らが愛して止まなかった、レチュア、シェアだったとは。長女のレチュアは時期女王になる、国民に絶大の人気を誇っていたあの太陽のような笑顔の裏には、一体どんな考えがあったのだろうか。妹である聡明なシェア姫、彼女がそのような愚かなことに手を貸すなどとは思ってもみない。事情があったか、いや。そうではないだろう。長年良い国を作ってきたゲディル国王に、一体どれほどの誤りがあっただろうか。
レダは内心、嘲笑っていた。
残念だったな、と。
レチュアやシェア達に罪を着せることなどいくらでもたやすくできた。これで彼女達はこの国には帰って来れない。帰ってきたら死刑。王族殺害はいかに理由があろうとも死刑だった。
女達が歌う賛美歌が響く。
「戴冠式は明後日に」
耳打ちをしてきた隣の男――ソレアに、レダは悲愴な表情のまま答えた。
「うん。やっと王様か。長かったよ」
側室の子供ではないレダが王になる道。それは王を殺し、王妃を殺す、そしてレチュア、シェアを玉座から遠のけることでしか達成しないのだ。
「ほら、見ろよ。前王はこんなにも名君だったらしい」
泣きじゃくる国民、普段は涙など見せるはずがない屈強の男達。彼らの複雑な心中にはきっと、レチュア、シェアに対する悔やみも入っているに違いなかった。
「レダ様、追悼を」
レダはスッと立ちあがった。祭壇にいる父親と継母の元に歩み寄る。残念でした。これからは好きなだけ天の国で悔やんでください。
「……安らかに」
レダは誰にも見えないように少しだけ、死人の、安らかとは到底思えない青白い顔に笑みを向けた。
「……なんだと?」
リュークは半眼して言った。眉根を寄せたその顔が夜叉にでも見えたのか、店の女将はカウンターから後ずさった。隣にいたレチュアは慌ててリュークを止めに入った。
「や、一部屋で良いですから! もう本当に!」
神殿まであと一歩の所で、日が暮れてしまった。リュークは行く気まんまんだったが、レチュアがどうしても風呂に入りたい、と言ったのでちょっと高そうではあるが、この宿に来たのだが、部屋が一つしかない、という。お約束な展開ではあるが、もう嫌だ! 何よりも風呂である!
「ねぇ〜リュークぅ〜いいよねぇ?」
レチュアは上目遣いに、リュークに微笑みかける。慣れてないせいか、本質からか、
「激しく似合わん」
顔を歪めたままで即答して突っ込まれる。
「まぁ……しきりもあるし、布団なら二組用意するから……オークションが近くてね、ここらの宿はどこも満杯さ」
何とか話しをつけてくれそうなレチュアの方に笑いかけて、どうにかしてもらう。リュークと話していたら、今泊まっている客を一人残らず追い払え、とか言いそうである。一組しか言わないけど。(言うのか)
「……はぁ」
諦めたのか、激しいため息をついて、リュークはレチュアから離れる。そのまま宿屋の奥に行こうとした。
「ちょ、待ってって」
「群青の間は奥だよ〜」
女将から言われたほうへリュークは行ったから、一応はホッとするが、ただでさえ無口がこれで一層無口になってもらっては困る。
「じゃ、ふ、風呂入るだけでも良いから!」
打開策を出そうとすると、リュークがレチュアを見下ろした。しばらくして首を振る。
『怒ってやがるのか!?』
レチュアは顔を歪めた。だって一日でも風呂に入るのをやめたら臭くはないかもしれないが臭い気がするし、年頃の、しかも元お姫様が体臭むんむんなんて嫌じゃないか!
「じゃ、じゃあもういいよ、どっかその辺の泉ででも水浴びするから」
今リュークと離れたら困る。神殿まで一人で行けるだろうか、行けたとしてもいくらかかるだろうか……。
「……。怒ってない」
「や、怒ってるよね? 怒ってるでしょ? だってそんなぶーたれた顔してるしね?」
「……悪かったなぶーたれ顔で」
『また怒らせた!!??』
そっとリュークを見上げる。あまり早足ではなくなったから少しホッとしている反面、もう半端なく怒っているのではないだろうか、と不安にもなる。レチュアが見ていることに気付いたのかリュークが目をやる。小動物のような目をされてしまった。リュークはため息をついた。
『面倒くさいなぁ』
呆れる。本当に呆れてしまう。
「俺も風呂に入りたい」
「え?」
レチュアはパッと顔が赤くなるのを感じた。そういう風に突然言わないでほしい。
「……う、うん」
どこか自分を気遣っていることが分かってしまうじゃないか。
『根性腐れのくせに……』
何だか不思議な気持ちだった。リアスといる時とは違う、何か変な感じ。リアスといるとどっか安心するのに、彼といると違う感情になる。
「群青の間? ここじゃない?」
パッと逃げるようにレチュアはリュークから離れて一つの扉の前に止まる。群青とはまた嫌な。
「あぁ」
レチュアはそっと扉を開けてみた。桂華帝国という国はどこか異国の雰囲気を感じさせられる。扉を押して、中に入ると鍵があった。リュークが後ろ手で鍵を閉めているのを妙に緊張しながら見やって、今度は中にある不思議な扉にかかる。取っ手がない。
「ん?」
押すのか引くのかが分からなくて、レチュアは首を傾ぐ。
「あぁ、襖というんだ、横に引く」
「引く? え?」
もどかしそうに扉を引く取っ手がないか、レチュアは捜し始める。
「無知な姫さんだな……」
呆れたように言って、リュークはレチュアの手に自分の手を重ねた。
「!?」
戸をスライドさせると扉が開いた。
扉が開いたこと云々ではなく、レチュアは妙に顔を赤くしてしまった。どうして男の手はこう筋張っているのだろう?
「うわ」
ちょっと落ち着いて部屋を見てみると、中は見た事もない異空間のように思えた。
「ふ、布団が下に敷いてある」
ドキドキしながら回りの調度品を眺める。部屋の奥にある小さなランプがちらちらと炎を揺らしている。床はフローリングでもカーペットでもなかった。
「うわぁ」
「? 文献は読んだことがないか?」
「あ、それシェア専門。私武芸だから」
リュークは半眼した。そうかい。
「ね、お風呂も異国チックかなぁ?」
「異国チック? ……露天風呂かもな」
「露天風呂? 何それ??」
「本当に知らないのか……。外に風呂があるんだ」
「うそ!? 凄い!!」
思えばこんなに遠くまで来た。色んな事を体験した。一国の女王様になるんだったらきっとこんな体験なんか出来ないはずだ。今の内にいっぱい見ておこう。レチュアはそう思った。そして、色んな国の色んな良いとこを見て。良い国を作る。だって自分は、リージュ国を背負う者だから。




