第二十話 愛しいほどに笑う人
さて、桂華帝国にはたくさんの怪しい店があるのだが、まず初めにレチュアが見つけたのは、いかにも胡散臭い服屋だった。まさか血だらけの服で普通の店屋に入るわけにもいかない。リュークと一緒に、雨に濡れまくり、血でぐっしょりと濡れまくった服を買う事にした。
「すみませんねぇ〜絶対お金は返すんで」
船代やら何やらで何気になくなってしまった、リュークから借りた金では服は買えない。
「で?どれにするんだ?」
レチュアはここで初めて閉口した。少し入り組んだ待ちの外れにある古い店には、自分が着た事も見た事もない服しか置いていなかった。足が力一杯出てしまう、スリットが腰あたりまで入ったスカートは体の線がくっきりと見えてしまう。しかも色はキンキラした、隠れている見にはちょっと厳しい服である。
「兄ちゃん達、泥棒かい? 借金取りから逃げてるのかい?」
「いや、殺されそうなだけだ」
リュークの根も葉もない一言に、店の主人は眼鏡の奥の目を少しだけ細めて、へぇ、と一つつぶやいた。
ここに来る連中はそういう裏の事情を抱えた者が多いらしい。にしたって驚けよ。
「何か外は変わった事はないか?」
リュークはさりげなく話を始めた。
「あぁ……そうだなぁ。リージュ国で、新しい王が立つらしい。何でも十五歳? だったか。ドロープの王様より若いじゃないか」
レチュアはハッとして耳を傾けた。あまり自分が食い入って会話をしたら、すぐに不審がられることを知っているから、会話はリュークにまかせてある。
とりあえず手に取った服をろくに見もせずに、試着室に駆け込む。
「へぇ。あそこの王様には正室に二人娘がいたんじゃないか?」
「そうさ、だから皆驚いているんだが……まぁ謀反が起きたか、王権争いか、そんな事だろう。その姉妹には賞金までかかってるのさ」
新たな事実の発見に、レチュアは目を細める。まさか賞金首にされるとは。これまた困った事だ。そしてもにそうなら気になるのは
『いくら位かな……』
ちょっと不謹慎な事を考えながらいい加減濡れっぱなしの服を脱ぐ。
「戴冠式は? あるのか?」
リュークがまたさりげなく探りを入れる。普段は無口だし、大事なこと以外話そうとしないが、こういう場合にはけっこうな話し上手ではないか。
「あぁ。そうさな……確か近いうちだったぞ。華司も列席するのだと聞いた」
それはまずい、と思った。レチュアはちょっときつい服を懸命に着ながら、眉を上げる。助力を願う、それは無理だとしても、せめて自分の無実位は話したい。
「へぇ。あんたはどう思ってる?」
いきなり話を振られて、主人は少し考えた。どう、と聞かれても答えるほどの考えはない。国同士ならまだしも、国民同士の相手に対する考えなんてこんなものだった。誰が王になろうが、どこの国の王が死のうが、あまり関係はない。
『華司は私達のことを信じてくれないかな……』
レチュアは無意識に唇を噛む。
「嬢ちゃんは服、きついのかい?」
と、話の区切りを待って主人がレチュアに話しかけた。
「え? あ、はい!」
レチュアは慌てて試着室を出る。
「…………それがいいのか?」
リュークは怪訝そうに眉根を寄せた。
「え?」
レチュアはとっさに取った自分の着ている服を見る。
赤。
赤だった。
腰あたりまでぐっと入ったスリット。そう大きくはない胸の線が出る。
「おじさん、普通の服ない? 動きやすいのが良いなぁ」
レチュアは泣きそうになって目をつぶった。恥ずかしい。
「上着はないか?」
レチュアとは正反対に、リュークはその服に納得していた。
「はぁ!?」
「おい、上着はないか? この上に合う……紺かな」」
「ちょ、リューク? この服目立っちゃうよ!」
小声でレチュアは声をかける。そもそもこの服自体動きにくそうではないか。
「いや、桂華の女はこういう服を着ている。目立つことはないだろう。俺と歩くとどうしてもお前がちんちくりん過ぎて目立つ。あぁ、それでいい」
「ちんちくりん!?」
主人が持ってきた服をレチュアの体の上に当てながらリュークは一つ頷く。
「これを買おう、いくらだ?」
レチュアの意見は全くシカトで、淡々と進めていくリュークには呆れる。まぁ、リュークのする事に外れはあまりないけども。
『でも見てよ、このクソ赤!』
レチュアは今まで着た事のないタイプの服を見て半眼し、でもこれはこれで可愛いか、と妙に嬉しくなった。
「どう? 似合う?」
冗談半分、期待半分でリュークに問い掛けると、リュークは見向きもしないで、あぁと一言言った。レチュアは眉を上げる。
「ちょ、似合うから上着合わせて買ったんでしょ?」
不満そうに言うと、リュークはやっと振り向いた。そのままレチュアをまじまじと眺める。そうされたらそうされたでレチュアは顔を真っ赤にさせてしまった。この服がまたかなり体の線が出る。上着は着ているけど、恥ずかしい。
「…………まぁ。俺が着るよりは似合うんじゃないか?」
「そ、そりゃそうでしょ!?」
レチュアは慌ててリュークがこの可愛らしい赤の洋服を着ている所を想像するのをやめた。一応似合ってるならいい。
「なぁ」
イオが不満たらたらの顔でリアスに話しかける。
「あぁ〜?」
リアスも不満たらたらの顔でイオを見る。リアスの右手はイオの左手と一緒に力一杯ロープで縛られている。
「リアスの腕は一流だったんじゃないのか?」
「はっはっは。イオちゃんがいなかったら俺様が捕まるわけがねぇ!!」
一方、この二人はというと。
「こら、お前ら無駄口を叩くな!」
捕まっていた。
事の次第はというと、お金がなくて、泊まり逃げ(?)をした所、宿屋の亭主に捕まってしまった。しかも捕まっただけならまだいいが、二人は捕まった亭主から人買いに売られてしまった。残念。
「くそったれ……」
イオがつぶやく。リアスはニッと笑った。
「それレチュアも良く言う」
つまりはいつもろくでもない事態に陥っているわけである。さて、どうなる事やら。
人買いに売られたのは二回目だった。
イオは眉根を上げまくって歩く。殺したいほど憎いのは目の前にいるこの大男でも、隣で飄々としているリアスでもなかった。
名前、この世界では名前は一番最初に与えられる親からの贈り物だ。名前には今は使われていない特有の古代の文字の意味が込められている。例えばレチュア、『レチュア』という名前の意味は、『愛に恵まれたもの』という。
古語から現代の意味へ解釈できる人は少なくなってしまったが、少なくとも名前をつけた両親、そしてその名前の由来を知った子供はいつまでもその語を覚えている。これは離れられない親からの愛情だと思って良い。レチュアもリアスも知らないだろうが、イオという意味は酷い物だった。『要らない』、それが名前。
イオは思う。
そんな名前ならつけてもらわなくても良かったのだ。
イオが人買いに売られたのは六つの時。母親が自分を捨てた。父親は最後まで強い口調ではないけれど、守ってくれたけど、最後はやっぱり貧困で自分を捨てた。アリア(亜種)が生まれた家の人達、例えば両親や、兄弟にとって、その異形の姿を持った彼らに愛情を持って接することは例え我が子でも難しくなってくる。
「おい、イオ」
リアスが人買いの行商人に咎められないように、小さな声で話しかけてきた。身長の低めのイオの耳に唇を寄せるリアスの体勢は、けっこうきつい。
「あ?」
「お前何かできないか?」
先程リアスの短剣は、何も入っていない財布もろとも没収されてしまった。勿論だが。
「私のドールは使えないぞぉ〜」
イオは目を伏せる。これじゃどうしようもないかもしれない。
「ん? あぁ、契約してたのか?」
「うん。……ローナ」
ローナ、種類で言うと聖霊だ。風の神セルフィに属するその聖霊は、旅人の疲れを癒すらしい。あぁ、それでは使えないも同然だ。
「リアスのドールは?」
「……実はさ、俺契約してねぇんだ」
リアスは困ったように笑って見せた。この状況で笑える肝っ玉にはびっくりだが。実際はイオも笑うしかない。
「おい、お前ら喜べ」
リアスとイオを縛っていた行商の大男が振り返った。
「今日はな、オークションがあるんだ。そこに来るのは貴族のおばはん、おっさんさ。お前ら見た目はなかなかだからそっちへ売り飛ばしてやる」
今から入ってくるだろう、オークションの高値を想像してほくほくしている男は、にっこりとその浅黒い顔を緩める。
「なぁ、オークションって何だ?」
「えと……金払うところだ」
間違っている。
オークションとは、ある品物を売る際、まず初めに出す値段から買い手側が値段を吊り上げていき、最後に言った値段の高かった人がその品物を買う、というものである。人身売買が行われるのだから、今回のオークションは恐らく闇ぜりの方だろう。
「ねぇねぇ、おっさん。俺達そこで売られたらどうなると思う?」
リアスが人懐っこい目で大男を覗き込んだ。
「さぁな。兄ちゃんは顔が良いからなぁ、旦那様の夜の相手でもしなきゃいけないんじゃないか?」
リアスは眉根を上げた。なんだと?
「そっちの嬢ちゃんは良くて小間使いだろうな」
「な! リアスよりはあたしの方が可愛いだろう!?」
そういう問題じゃない。というかそもそも夜の相手の意味を分かっているといいが。
「ふ〜ん。でもそれあんたもやばいんじゃねぇの?」
にやりと笑ってリアス。
「まぁそりゃやばいだろうなぁ。だけど俺は関係ない顔してさっさとおさらばさ」
リアスはふむ、と口元に手を当てる。実際こうやっているのも飽きてきた。
さて、どうしよう?
にしても旦那様とは。
『せめて美人な姉ちゃんが良いなぁ〜』
リアスはぼんやりと考えながら歩く。町の雑踏から少し外れた道にはあまり人がいない。日当たりもあまり良くはない。でも春にしては少し蒸し暑い気がする。ねちっこく絡み付く風はあまり心地の良い風ではなかった。
『あと大陸渡るのも勘弁』
レチュアと離れてしまったからにはこの大陸にいるしかないし、合流できる場所と言えば限られている。神殿。そこしか思い浮かばない。
「着いたぞ、しばらくここでおとなしくしていろ」
裏路地の終着地、そこは黴臭い小さな小屋だった。隣は酒場だが、恐らくはオークション目当てに集まった、大金を持った、あるいは大金を狙った奴らの宝庫だろう。例えば大声を出して助けを求めるのも無理に近い。
二人して呪封じの魔法をかけられ、その小屋に放りこまれる。倒れ込むように体を投げ出すと、二人が寝転んだ床からぶわっと埃が舞い上がった。
「げほ! げほっ!!」
思わず咳き込んで、涙目になる。
「お、おとなしくしとくぞ」
あまりにも湿気と黴が多すぎて、話すのも一苦労である。リアスは静かに体勢を整え直し、イオを手助けして起こしてやった。
「はぁ」
イオはそっとため息をついた。普段の態度からは考えられないほど大人しいので、リアスは調子が狂う。実際こんな所まで連れてこられたが、彼自身いざとなったらいくらでも手を尽くせるくらい落ち着いている。天下の大泥棒はこんな所ではめげない。
「おいおい、こんな陰気臭いところで陰気臭い声出すな。ちゃんと俺が何とかしてやるからな」
リアスはニッと笑う。全く、こんな状況でも笑っていられる彼が好きだ。
「あたし……こういう風にされるの二回目だ」
切なそうに彼女は言った。
「ん?」 イオの脳裏にはいつも母親の顔が浮かぶ。自分を売るときの嬉しそうな顔。もう二度と戻ってくるな、と言われた。自分の体内からアリアを産み落とした母親のショック、それは考えられない程大きいという。多分産んだ後が一番大変なのだ。差別は確かにないけれど。世間の目は冷たい。凍ってしまうくらいに冷たい。
「ん」
何となく気付いたのか、リアスは一言声を落とした。静かな部屋に寄り添うような影。その光景はどことなく寂しい。
「実はさ、俺も孤児なんだ。や、孤児っつうか……一応スラムじゃなくて孤児院に入ってたんだけどな」
「え?」
イオは思わず目を見開いた。あぁ、こんな風な人になるだろうか? スラムとは違うかもしれないが、孤児院だって、裏の世界を見せ付けられる嫌な場所には違いない。でも彼は、リアスはそんな事どうだっていい、といつも笑っている。こんな風な性格が出来あがるだろうか?「売られたりはしねぇんだけどさ、嫌んなって俺十二ん時院から出たんだわ」
「だ……大丈夫だったのか?」
「俺って本職つうか天職が泥棒でさ、あっちこっち盗んで売っぱらってたからさ、実はけっこうな賞金首なわけよ」
ほら、また人事みたいににっこりと笑う。
「そうなんだ」
イオは見解が変わる。
「孤児院嫌だったろ?」
「あはは。もう笑うしかなかったな〜良い奴もいたけどな?」「それってコレ?」
小指を立ててきたイオに、リアスはくしゃっと笑みを漏らす。
「このませガキ」
楽しそうに話す。けど。そんな事はないはずだ。苦労をいっぱいしているはずだ。どうして笑えるんだろう? 何事もなかったように、人生を謳歌して。
「リアス、出るぞここから」
「はぁ?」
「絶対、出るからな!」
イオは周りを見渡して、何かないか探し出す。
手首はリアスともつ繋がっているから動くときにはリアスの手助けが必要だけれど。
「イオ、オークション出た方が早いぞ」
そんなイオの行動に終止符をうって、にっこりとリアスは笑った。
「はぁ?」




