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祈りの空  作者: 桜野日向
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第十五話 声は届かず

 船というものは揺れる。朝も、昼も、夜も一日中揺れる。とりあえず揺れる。

 アルファ−レ大陸、北方、桂華帝国。そこに着くまでにレチュア、リアス、イオは揃って撃沈していた。一番酔いがマシだったレチュアがイオを背に担ぎ、リアスに肩を貸し、桂華の港町を歩く。結論。異常。

「リアス……重い……」

「バカ、揺らすなっ吐きそう……っ」


 さて、ここ桂華帝国は世界で一番大きな国である。レチュアの祖国、リージュの二倍はある大国は、世界に二つしかない軍事国の一つだった。王ではなく軍の長が政治を行う。国王と呼べる者はいない。

 政治の在り方としては桂華騎士団という物があり、それの頂にいるのが、つまり国の長が華司かしと呼ばれる者である。その下にしょうと呼ばれる騎士団を司る長がいて、同じ位にほうと呼ばれる司法・立法を司る長がいる。あまり関係がないので、この説明は省く。 桂華の華司は四十をいくつか過ぎた手腕の名君だった。リージュ国王とは古くからの友人であって、実際国交商談のときにレチュアも会った事があった。本当に小さな頃だったけれども。

 桂華帝国に渡るまでの五日間の船旅の途中、レチュアはずっと考え込んでいた。

『華司に助力を頼もうか……』

 果たしてそれは間違えた考えだったと言える。少し冷静になって考えてみると、実際レチュアは情報がなさすぎる。確かに国同士は仲が良かったかもしれないが、微妙な国内の問題のためにでていくほどではない。もしかしたら何か知恵を貸してくれるかもしれないが、それにしては桂華の華司が負うリスクが高すぎる。

 やっぱりまずは情報を集める。そして四神と契約する。それが一番確実で、無駄がない。


「そういえばイオは桂華が故国だったんだよね? どこ、家」

 レチュアがいくらか収まった吐気に安心しながら、肩越しにイオを振り返る。イオの表情は全く持って青ざめていた。やばいぞ〜これは。

落町らくちょうリシュン……うえ……吐きそうだ」

「頼んますから二人とも私にぶちまけるのはやめてください」

 レチュアだってかなり重度の船酔いを体験している。イオはまだ軽いからいいが、このお隣の兄ちゃんが。

 レチュアはリアスを見やる。整った(今は青いけど)顔が近くにあって少しドキッとする。それと同時にどこか胸がざわめいた。リアスの隣にいるとなぜか胸がざわめく。

「こっから遠いだろ?」

 イオはこくんと頷く。目が死んだマグロのようだ。

「じゃあ宿取るっきゃねぇな」

 リアスは言いながら、レチュアの肩とイオの背中を叩いた。

「ん?」

 何? とレチュアが振り返ってみれば、リアスは自分の背中をイオの方へ向けた。担ぐのを代わる、といっているのだろう。レチュアは首を振った。リアスがよっかからないだけ十分マシだ。

「重いだろ?」

「しっつれいだな、あたしは軽いってんだ……」

 死にそうな顔をしながらも、イオはちゃんと聞いている。反論までする。

「わりぃわりぃ」

 ニッと、本当に謝っているのか分からない笑みを向けて、リアスはレチュアの肩からイオを離す。背から背へ移されたイオは、その揺れにまたうっ、と顔を歪めた。

 所でレチュア達は、彼女がこんなため、実際話をしていない。する暇がなかった。(ていうか今も)イオの話をいつ聞こうか、と思っている。

「そうだなぁ……宿代残ってると良いな」

 チラ、とレチュアを見る。レチュアは微妙に顔を歪めていた。まず一言で言ってしまうと、桂華までの船賃×3+レチュアの服+リアスの服+イオの服=?

「宿代っていくらくらいでとまれそうだったっけ?」

「三人だろ? 一人はガキだし」

「あたしはもう十三だっ……っうえ」 またもやちゃんとした所は聞いている女の子が言う。

「悪かった悪かった、とにかく三人だから……」

 リアスがレチュアから麻布を見せてもらい、中を確認する。……。

「……こりゃぎりぎり一人泊まれるくらいだな」

 決定! 部屋一つ!

「しゃぁねぇな、どっかでパクッて……」

「リアス」

「あたしがおっさん達をこの美貌でなんとかしてきてやろうか??」

「イオ」

 冷静にかつ沈着にレチュアは突っ込む。 さて、今日の宿はどうしよう。

『大体洋服が高すぎるのよ、もっと安くてちみっちゃい服で良かったのにっあの行商』

 服は船に動員していた行商の狸親父から買い上げた。無法地帯な海の上では爆裂高い値段をふっかけてきたけど、レチュア達はびしょぬれだったため、断りようがなかった。しょうがないけども。

『この服売って……もっと安い服を……』 

町娘が着るような、少し装飾が落ち着いたツーピースは、下はスカートだがそのスカートが長すぎた。レチュアのようにいつ何時にでも戦わなくてはいけない人にとってはちょっと辛い。

 レチュアは回りを見回す。港町はだいたい、王都に続いて品物が安い。普通で買うのの二割は安くで出回っている。

、とレチュアは首を振る。そして同時に妹の事を思い出して少し悲しくなった。無事で、いてほしい。毎日毎日祈るけど。

「ねぇリアス」

 服を売ろうか、と言いかけようとしたレチュアはアレ? と視線をリアスから外した。今誰か横切った気がする。

「ん? どうした?」

 視線が自分から外れた事に気付いてリアスもレチュアの見た先を見る。でもリアスの目にはこれといったレチュアの気を引いた物が映らなかった。

「……ちょっと買い物してて!」

「こらぁ!? またか? またいなくなりやがるのか一人で!」

 慌てたリアスがレチュアに叫ぶ。

「リア……動くなっ」

 その振動にイオがえずく。

「あぁ、悪かった! 吐くなよ俺の上に!!」

 レチュアはリアスが止めるのも聞かず、雑踏の中に消えていった。この前のアレでこりたはずだったのに、とリアスは半眼する。どうせまたろくでもない事に首を突っ込む気だろう。

「おいおい」

 レチュアの目に映ったもの――紺色の髪、少し光に欠ける灰色の目。見間違うはずはなかった。アレは――……。


 ★



 ファルナは伏せていた目をゆっくり上げた。半ば引っ張られ気味で歩かされているのが気に食わない。この、筋張った手の持ち主に。それでも一応は自分の事を責任を持つ気はあるらしい。その証拠に、前アレスタで王都に一人で放られた時もちゃんと帰ってきてくれた。そして今、自分が桂華帝国に行きたいと言ったら無愛想ではあるが、文句の一つもつけずに連れていってくれている。船旅はきつかったし、かなり長い時間船酔いにあって大変だったが、無事自分はこうして桂華帝国にいる。

 ファルナ。それは母の名前。とりあえず名乗っておいた名に、彼――リュークは何の反応も返さなかった。勿論自分の下の名前を出した所で気付くとは思えないけど。

 国同士は別に仲が悪くはないが、別に大して良いというわけでもない。まさか王家の者の名前まで知っているとは思えなかった。

 シェア・フォーガス。本名はそういう。リージュ国王の次女。正室の娘。

「腹は?」

 いきなり振り向かれて脈絡のない言葉をかけられ、シェアは眉を上げた。リュークはリュークで急かすように彼女の答えを待っている。

「……腹が何か…………?」

 不機嫌に言うつもりはなかったが、少しだけ声のトーンが下がる。

「空いているか?」

 最初からそう言えばいいんじゃないだろうか。そう思ったがシェアは首を振った。

「いえ」

 無口であるし、無愛想であるからいまいち気付き辛いが、この人は優しい人だと思う。冷たい素振りは果てなくうまいし、実際ブリザードな時もあるが。

 ふと考える事があってシェアはもう見えない目をもう一度伏せた。



「契約の元我を守れ! リリム!!」

 城内の混乱、違う。実際混乱しているのは数えるくらいの少ない者達だけだ。いつもは何人もの人にすれ違う廊下には誰もいなかった。そこをシェアは走る。皆は寝ている。決して起きてくれなかったのだ。とにかく、今危ないのは自分。シェアには分かっていた。 

 ドール契約をした妖艶な夢魔は艶やかな口元を少し歪め、承知、と一言落とす。リリムはドールとしてはそう高等な契約獣ではないが、『攻撃』に関してだけみれば能力値が高い。シェアのドール契約は長年しぶってきたが、けっこう前に成立させていた。

 長くて広い廊下を走りながらシェアは泣きそうになっていた。

 父と母が殺された。父の元にいた有能な魔力の強い臣下も殺された。相手は誰だかわからない。見たこともない人だった。多分雰囲気はドールだと思う。人型のドールなどいくらでもいるが、『神』ではなかった。四神でも他の神でもない。勿論獣でもない。ハーピーのような聖霊でもなかった。

『お姉ちゃんがいない』

 胸騒ぎがする。シェアは唇を噛み締めながら一生懸命城内の廊下を走っていく。

 今なら少しだけ、あのおてんばなお姫様のことがわかるかもしれない。

『このクソドレス〜!!』

 いつもは思いもしない言葉を胸中で叫びながら、生まれてこの方走った事などない廊下を必死で走る。

 息が乱れて呼吸の仕方がわからない。目線がぶれる。誰かが自分を追う気配はない。ないけど、確かに誰かが狙っている。謀反、だろうか? 可能性なんていくらでもあるけど、シェアには考える余裕というものがなくなっていた。

『お姉ちゃん……』

 心細くてたまらない。何度もレチュアを呼ぶ。声にはならないけど、いつかレチュアが助けてくれるのではないだろうか、と何とか勇気を振り絞りながら一生懸命走りつづける。

 乱れた呼吸音が静まり返った廊下を埋め尽くす。

 レチュア――金色の髪。燃えるような赤い目。堂々とした態度。優しい、女神のような人―― 

 レクトとの契約の事は、確かにちゃんと分かっていた。自分と姉とを比べて、姉を誉めない人はいない。言ってはなんだが、頭は自分が勝つだろう。でも人として、人間として輝いて見えるのはいつもレチュアだった。誰からも愛される人、自分にはない物をたくさん持っている人。

「どちらに行かれる? お嬢さん」

 シェアは目を見開いた。階段を下りて曲がり角にさしかかった所に男がいた。前方にいるのは、父と母を殺した人。

「っ――!!」

 怒りと憎みと恐怖がごちゃまぜになって頭の中を翔ける。

「……ドール契約の終焉を願う」

『契約解除!!』

 男がゆっくりと言の葉を紡ぎ出す。男は少しだけにっこりと、シェアに笑いかけた。

 契約解除――つまりは男が使っているのは黒魔術である。

 慌てたシェアも魔法を使うのに全神経をそそぐ。

「リリム、目的を撃て!」

「承知。――回る蒼々の星、破壊の時に生まれる……」 リリムは美しい、白い手のひらで三角形の形をかたどる。

「均衡は乱される。訪れし終幕は汝の身を滅ぼす」


 所がリリムの詠唱の文句は掻き消された。同時にリリムの体が消えかかる。

『間に合わない!』

「あぁぁぁぁぁ!!」

「リリム!」

 契約者から契約獣が誰かの手によって離される時の痛みは尋常ではない。引き剥がされるときは、体に大きな負担がかかり、場合によっては死ぬこともある。狂いそうな痛みにリリムは声をあげ、すぐに風と消えた。

 無理に契約を終了させる魔法、黒魔術。黒魔術は破壊。破壊を司る。男が使うのは禁断の術。

「さて、どうしようか?」

 低い声と、恐ろしいほどの鋭い目つき。死ぬ、と思った。



「ねぇリュークさん」

 緩く握られていた手をきつく握り返してシェアは下唇を噛んだ。言おうか、言ってしまおうか。

「あの」

 多分裏切られたりはしない。頼る人はもういないのだ。

「さんはつけるな。……何だ?」

 言う。だってレチュアならきっとそうするだろう。疑っていても何も解決はしないし、この状況を変える勇気は自分にだってあるのだと信じたい。目はもう見えなくなってしまった。心はずたずた、体も傷だらけだけど……。

「桂華の華司にお会いしたい」

 小さな声で一つ言う。振り絞るような震えた声を聞いて、リュークはシェアを振り返った。

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