第九話 回る星々の宿命
手枷が擦れる。少しだけ食いこんだ枷はかなり痛かった。後ろ手を縛られている。鉛を付けられているので重い。一方リアスはそれに足枷までついていた。
ここは地下室。罪人を入れる牢屋だ。
「あ〜あ」
リアスは不機嫌そうに言う。
さて困った事になってしまった。自分はどうも罪人として扱われるほど悪い事をしたらしい。レチュアは眉を上げる。もう日が暮れてしまった。鉄格子の入った窓からは赤く濁った夕焼けが見えた。紫と赤と。それから遠くの空には雷雲が。雨が降るのかもしれない。
「レチュア寒くないか?」
二人一緒に牢屋に入れられた事は良かったのかもしれないがレチュアの衣服もリアスの衣服も剥ぎ取られている。下着姿に近い白いスリップドレス一枚のレチュアと、上半身裸のリアスはお互い逆方向を向いている。
実際畜生寒かったがレチュアは我慢した。寒くないと思えば寒くないかもしれない。
「大丈夫」
にしてはさっきから鼻をすすっているけど。
「悪かったな。俺と一緒にいたからお前も捕まったんだろ」
「……」
レチュアはグッと眉根を寄せた。そして決心をつけて口を開く。
「違うよ。……私なの」
「ん?」
しゃらと枷についた銀色の鎖が揺れる。埃くさい臭いの中でレチュアは一呼吸置く。もう頭が痛くなるくらい寒いのだけれども言わなければいけないのだ。
「リージュって知ってる? 国」
「え? それは俺をバカにしてるの?」
この世界には実際国は13国しかない。リアスは半眼する。別に怒ってはいないが。
「……そこ、私の国なの」
「……。はぁ!!!!?????」
リアスはレチュアを振り返った。と、細い体に目がいってすぐにまた向こうをむく。前を向いたまま眉を上げ、今言われた事の大きさを考える。
「つまりは何か? レチュア女王か!?」
「……一応姫って感じだったんだけど……」
「じゃあ何でここにいるんだよ!?」
怒った口調ではなかったがレチュアはリアスの声を聞くのが少し苦痛だった。また自分はどうしようもない思いを抱えてしまった。あんなに頑張ろうと思っていたのに。
「んとね……長いんだけど……一言で言えば、王が死んで次の王が起ったのね。それに追い出された」
「オケ。分かりやすかった」 しばらく沈黙が続いた。
牢屋内はだんだんと暗くなっていく。明かりといえば狭い通路に置いてあるもう短くなってしまった蝋燭だけだ。そしてついでにいうとこの牢獄には誰の話し声もない。かなり埃くさい牢獄はどれだけ掃除していないかが分かる。そして確実に夜になるにつれて寒くなる。実際とてつもなく寒い。
「……じゃあまぁ、おあいこ? で……」
レチュアは首を振る。リアスには見えなかったが。多分自分を捕まえにきたという確率のほうが高い。何倍も高い。
「……ごめんね。言ったら私ちょっと立場が悪くなるし」
「当たり前だろ!? 会ったすぐの奴になんか言えるかっての! ……でも今言ってくれたのは嬉しかった。ありがとな」
「……」
呪文封じをされている。魔法は使えない。リアスは短剣を持っていたけれど勿論取られた。どうすればいいだろう?
自分のせいで掴まったリアスを、何とかして逃がしてあげたい。
良い策がなかなか浮かばない。
とその時、
「あの……」
「!?」
ふと誰もいないはずの牢獄の奥から声が聞こえた。
★
ねぇ、と声をかけられてリュークは耳を傾けた。
「誰かを探してるの?」
ファルナがリュークにおいついて、問いかけた。リュークの歩調が早いので、小走りで前へ行く。リュークは振りかえらないし、言葉を返したりもしない。
「十五才位女の子なら私見ました」
その時初めて歩調が緩む。振りかえったリュークの顔はかなり不機嫌そうだった。眉がつり上がっている。と言っても彼はいつも不機嫌なのだが。
「ほら、やっぱり誰かを探しているのでしょう?」
少女はまだ十三かそのくらいなのに、本当に冷静で強い表情をする。
酷く不機嫌にリュークが問い掛ける。
「髪の色は?」
「……あなたと似た紺色でした」
ファルナの答えに、リュークの顔色が変わる。
「瞳の色は…………?」
「……銀色じゃなかった」
リュークの目は銀色だ。でもそうではない、という。
「もう少し、灰色っぽい」
「あの奴隷小屋にいたのか?」
「そう。でも小屋に役人が来たわ。城の使いじゃないかしら? そしてつれていかれた。」
嘘はついてない、そう思う。だって嘘をついて自分の気を引かせる事に意味がない。そうか、とリュークは頷いた。疑っているのではなくて興味がないのでもなくて、普通に。感謝の意味を込めているつもりだ。(そうは見えないけど)
「首都にいく」
「嬉しい。絶対信じないと思ってたけど?」
にしては嬉しそうではない顔でファルナは答える。
「……妹さん?」
それ位の年齢だったと思う。二十歳位のリュークの妹。合っている。その質問にリュークは答えなかった。
★
「あの」
闇の中から声がした。控えめな声だがよく通る声だ。
「え!?」
レチュアは驚いて声を上げる。リアスも驚いて顔を上げる。足枷がついていないレチュアはそろりと立ちあがり、声がした方へと向かう。そこまで細くしないでも、と思うくらいに隙間の開いていない鉄格子の向こう側を覗きこむ。見えないけど。
「こんばんわ」
声の主は女だった。それも少し幼い。透明感のある柔らかい声が挨拶する。慌ててレチュアも挨拶を返す。
「こんばんわ!」
「えと……お話、聞こえちゃいました。すみません」
少女は困ったように言う。いや、こちらが誰もいないと思ってべらべら話していた事だからしょうがないのだが。
「ううん! いいのですいいのです! ……どうかしたの?」
レチュアは問いかける。
「……私魔法使えるんですけど……」
「え!?」
呪封じをされていないのだろうか、レチュアは目を上げる。これは逃げられるチャンスかもしれない。
「でも私のドール使えなくて……魔法は聖霊なんかと契約してないんです」
「あぁ、詠唱が無理なんだな?」
リアスが会話に加わる。いつの間にか足枷のついた重い足を引きずってレチュアの横に立っていた。
「はい。ちょっと待っていたんです」
少しおどおどしながら少女は答える。おどおどはしているが意志は強そうだ。
この世界の魔法の在り方、それはやっぱり契約が多い。 例えば火を灯したいとする、その際詠唱者は炎の神、オージェに連なる聖霊を呼ぶ。彼らは傍にいれば力を貸してくれるが、いつもかつもそこら辺をうろちょろしているわけではない。だから自分の中に聖霊の力を縛り付けるという意味で契約をする。そうすれば彼らがそこにいなくても契約を通して聖霊を呼び、いつでもどこでもお手軽に火を灯せるのだ。
彼女の場合はその聖霊と契約をしていないから魔法が使えないという。魔法を封じられていなくても魔法の詠唱ができなければ意味がない。
「ドールは?」
「は、ハーピーです」
下等のドールではたいした戦力にはならない。恐らく彼女は普通の町娘なのだろう。ドール契約は小さなまじない程度のものだった。運がよくなる位の力しかハーピーは持っていない。
「ん。じゃあ……」
ここからはリアスが主導権を握る。レチュアは別に反論なんかないので任せていた。ふとリアスを見上げる。今気付いたが目のやり場に困ってしまった。無駄な肉のない体。引き締まった胸がちょうど目線の先にある。思わず顔を背けて、レチュアは一歩下がった。
『こんな時にあんたは何考えてるの!?』
レチュアは自分を叱咤し、顔を赤らめる。
と、追い討ちをかけるようにリアスの腕がレチュアの背中に当たった。
「!!」
当たった、のではない。スリップドレスの薄い布キレ一枚を隔てて感じた体温。
リアスは労るように、大丈夫だと言うかのようにレチュアに触れる。
ただ背中を触られているだけなのに妙に意識した。
レチュアはうつむく。
「今枷ついてるか?」
「いえ。ついてません」
俯いていたレチュアは、うん? と眉を寄せた。
なんで自分には枷をつけられてるんだろう? そりゃ彼女は大人しそうな外見をしているのかもしれないが。複雑だ。
「じゃあまずは俺達の呪封じを外してもらえるか?」「手を組んでくださるわけですね?」
「そうですね……ってやべ、口調うつっちゃったよ」
少女のクスクスと笑う声が聞こえる。がちがちに緊張していた風だから少しホッとした。リアスのこういう所は好きだ。安心してしまう。
『私寂しがり屋だしなぁ』
呆れる様に半眼しながらレチュアは鼻で息をつく。
「じゃ詠唱いくよ? 続けて言ってもらっていい?」
「はい」
リアスはニッコリ笑った。
「契約の終焉を願う」「契約の……終焉を願う」
リアスの後に少女がゆっくりと詠唱を始めた。小さな声だがやっぱり不思議と通る。
「我……あ、名前いれてね……は、聖トライスの力をもって」
「えと……我、アーシア・レスティーナは」
「はぁ!!??」
レチュアは思わず詠唱を止めに入った。聞き違えじゃない。彼女はアーシア・レスティーナと自ら名乗った。「え? あの……間違えてました!?」
少女の表情は見えないが恐らく泣きそうになっている。気丈なレチュアの声はけっこうすごむと怖い。(今はすごんではないけど)
リアスが何だよ、と機嫌悪そうにこっちを見た後勢いく顔を背ける。先述した通りレチュアは下着。
「な、名前! えと……お兄ちゃんがいる?」
「え? はい。一応……」
「…………リューク……?」
少女はハッと目を見開いた。
「え? 会ったんですか? はい、兄です……!」 やっぱりそうか、と思った。別にたいした事ではないが。
「そか〜私リュークにはお世話になったの。お礼言ってくれる?」
「あ……えと……」
「アーシアちゃんはどうして捕まってるの?」
少女――アーシアの声が止まった。勿論レチュア達が捕まっているのには理由があるから、彼女にもあるはずだ。だが、決して言いたくないものを言わなくてもいいと思っている。
「あの」
「うん、いいや。別にいいよ。とりあえず今はここから出ようね」
レチュアは困った様に微笑んだ。
「じゃ続きな?」
「はい。……契約の終焉を願う。我、アーシア・レスティーナは聖トライスの力をもって」
リアスは詠唱を続ける。
「この場所に在りし力の終結、そして要の均衡を解く」
「この……場所に在りし力の終結、そして要の均衡を解く」
「解除」
「解除」 あ、とレチュアは今まで感じていた違和感がとれたことに気がついた。喉の奥でくすぶっていた何かが消え去った気がする。
「お前槍だったよな?」
リアスが困った様にレチュアに言う。残念だが槍じゃ枷は外せない。檻も多分開かない。
上手くいけば力押しで壊せるかもしれないが、生憎レチュアはそう訓練をしているわけじゃあなかった。
「あ、アークス!」
レチュアは地神の名を思い出した。ここで使える魔法といえばそれくらいしかない。火の聖霊は消えかかる蝋燭の灯火程度しかないし、水も、風もない。
「なんだ? お前契約したのかよ!?」
「うん! ごめんね、リアスはトップシークレットだし……」
「はぁ?」
レチュアは手枷をもどかしそうに見つめ、後ろ手で三角形をかたどった。魔法は三角形の力が働いて発動する。聖トライス――要はそれ。
「地神アークスよ、我レチュア・フォーガスの名によりここに現れよ」
ふわ、と風が吹いた。その後すぐに閃光が走り風が強風に変わる。目を開けていられなくてレチュアもリアスも目を閉じた。その後すぐに、風も光も収まった。
「お呼びしましたか?」
上から降るような優しい声がしてレチュアは顔をあげる。
「いきなりでごめんなさい。隣の檻とここの檻を開けてくれる?」
「かしこまりました」 リアスは不機嫌そうに地神アークスを見る。アークスの方はリアスに一瞥もしなかった。
耳をつんざく地響き、大きな音がする。そして大地が割れていく。メリメリと地が裂け、檻の格子が倒れる。地震に似た響きが空間を震わせる。
アークスの力、四神という名を賜っているだけはある。大きい。檻から出られてアーシアは慌ててレチュア達の檻の前へ立つ。
「あ、ありがとうございます!」 アーシアがお礼を言う。レチュアはアーシアを見た。リュークを思い出させる紺色の髪、そして薄い灰色の瞳。一瞬だけ目が合った彼女はニッコリと笑った。
「すみません、もう行きますね」
「あ、送るよ? 危ないでしょ」
もう裏口の方へ向かっている背中に言うが、アーシアは聞いていなかった。本当に急いでいるらしい。
と、レチュアはハッと振りかえる。今の音と光のせいで、異変に気付いた兵士達が表口からわらわらと入ってきた。
「脱走だ!! 応援を呼べ!!」
レチュアは眉をしかめる。アーシアはちゃんと裏口から出ていったが逃げられるだろうか? 空はもう暗い。星が出ている。明るく光り、自分達を見下ろす。




