表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/24

第20章 風に舞う桜と新たなる境界

春のうららかな風が河津桜かわづざくらのうぶな花びらを宙に舞わせる中、小学校の体育館は男子の引き締まった黒いスーツと、女子の華やかな紺色のブレザーで埋め尽くされていた。「6-A」のクラスにとって、それは幼年期と青春の境界線となる日――卒業式だった。卒業生たちの背中には、もうあの見慣れたランドセルの重みはなかった。今の彼らはどこか大人びていて、凛としており、そして少しだけ寂しげに見えた。佐藤さとうくんにとって、この日は人生最大の悲劇のようだった。彼は涙を浮かべながら田中たなかくんを抱き締め、自分たちの友情はどんな距離をも乗り越えてみせると誓っていた。佐藤くんは学区の反対側にあるスポーツ推薦の中学校へと進学することが決まっていたからだ。美波みなみちゃんとマイちゃんは百合ゆりちゃんと記念のプロフィール帳を交換し、毎晩必ず電話をかけ合うことを約束していた。公立の小学校は、どうしてもこの固い絆で結ばれた仲間たちを東京のあちこちへと散り散りにさせてしまう。誰もが自分の実力と、あの定期テストの結果に見合った未来の道を選ばざるを得ないからだ。しかし、竜之介りゅうのすけと百合ちゃんにとって、この日は決して離別を意味してはこなかった。それは二人の共有する道の、次なるステップへの一段に過ぎなかったのだ。「卒業生、浅香竜之介。卒業生、長野百合」校長先生が厳かに名前を読み上げた。二人はまるで王室の晩餐会に臨むかのように、一ミリの狂いもなく同時に、シンクロした動作でステージへと登った。校長先生の手から小学校の卒業証書が手渡される。竜之介は視界の端で、百合ちゃんがその大切な筒を愛おしそうに胸に抱き締め、その顔に柔らかく澄んだ微笑みを浮かべているのをしっかりと捉えていた。同級生たちの盛大な拍手に包まれながらステージを降りる際、竜之介はほんの一瞬だけ彼女との距離を縮めた。「おめでとう、百合」彼は低く、しかし確固たる声で告げた。その響きの中には、彼が四歳の頃からその胸に宿し続けてきた、どこまでも深い献身が込められていた。「おめでとう、りゅうちゃん」彼女も同じように静かに応じ、その夏の空のような青い瞳が一瞬だけ、彼の真面目な眼差しと真っ直ぐに交わった。「私たち、やり遂げたね」厳かな式典が終わり、校庭での何百枚もの記念撮影を終えると、短くも信じられないほどに濃密な春休みが始まった。誰にとっても、本当の意味での休息など存在しなかった。日本の教育システムにおいて、中学校への進学というものは、計り知れないほどの精神的・学術的な再構築を要求するからだ。慎ましい長野家では、その準備が急ピッチで進められていた。百合ちゃんは机に向かい、これまでのものより遥かに分厚くなった英語や、発展的な数学、社会科の新新しい教科書と何時間も格闘していた。彼女は中学校での要求レベルが数倍に跳ね上がることをよく理解していた。しかし、何よりも大きく変わったのは、彼女の制服だった。百合ちゃんの母親は、長いスカートのついた新しい紺色のセーラー服を丁寧にアイロンがけしていた。百合ちゃんが鏡の前でそれを試着すると、生地が驚くほどぴったりと両肩に馴染むのを感じた。彼女はもう、あの黄色い帽子をかぶった小さな女の子ではなかった。それと全く同じ時間、浅香家の大邸宅における準備は、全く異なる性質を帯びていた。竜之介は単に中学校の教科書を予習しているのではなかった。専属の家庭教師たちの指導のもと、彼は自分の絶対的で揺るぎないリーダーシップを維持するために、すでに高校一年生のカリキュラムを修めていたのだ。しかし、この春休みの浅香家における最大のイベントは、お抱えの仕立て屋の訪問だった。広々とした衣装部屋で、竜之介は大きな姿見の前に立ち、職人が新しい詰襟のガクランの裾を丁寧にしつけピンで留めていくのを見つめていた。その制服には、目の詰まった立ち襟と、眩しく輝くボタンが備えられていた。「若旦那、生地の品質は最高峰のものでございます」仕立て屋は黒い外套の肩のラインを整えながら、恭しく告げた。「一族の特注として誂えた、極細の最高級ウールでございます。まさに伝統の正統なる継承者にふさわしいお姿です」竜之介は自分の映る鏡を冷淡に見つめた。彼にとって、生地の贅沢さなどはどうでもよいことだった。彼の思考は別の場所にいた。百合ちゃんは普通の公立中学校へと進むのに対し、彼の家族はすでに舞台裏で彼の未来のための強固な基盤を整えつつあった。しかし、竜之介は強く確信していた。百合ちゃんがどこにいようとも、彼女を守り抜くことこそが自分の義務なのだと。中学校の最初の日の前日の夕方、二人はあの懐かしい場所――かつて二人の物語が始まった、公園のあの砂場の前で待ち合わせをした。太陽が地平線の向こうへと沈みかけ、空を淡いピンク色に染め上げていた。桜の花びらが、木製のベンチの上に静かに舞い落ちる。百合ちゃんはベンチに座って小さな足をゆらゆらと揺らしながら、夕暮れの街並みを見つめていた。「少し怖いな、りゅうちゃん」彼女は薄手のカーディガンに身を包みながら、ぽつりと呟いた。「何もかもが新しくなるんだもん。新しい先生、新しいルール。中学校はすごく忙しくて、二人で散歩する時間なんて全然なくなっちゃうって言われてるし」竜之介は彼女に近づき、その隣に腰掛けた。そして、彼女の小さな手のひらを自分の手でそっと包み込んだ。彼の大きな手は、この数年で目に見えて大きく、逞しく、そして温かくなっていた。「君が恐れることは何もない」竜之介は確信を込めて応じた。「百合、君の頭脳は非の打ち所がない。もし何か困難が起きたとしても、僕はいつでも君のそばにいる。同じクラスだろうと、別の校舎だろうと、そんなことは何一つ変えはしないんだ」

面白い、つづきが読みたいと思ってくださった方は、ぜひ下にある【▼】から評価やブックマーク登録をよろしくお願いします! 励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ