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真澄  作者: ロク
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第8話

 英正はコーヒーの入ったティーカップをソーサーに置くと敬三に視線を移す。


「いくら先輩の頼みとはいえ、教祖様に直接会いたいなんて無理ですよ。それこそ国会議員じゃないと」


 それも大臣クラスと付け加え冗談だと笑った。


「会わせるのが無理なら場所だけでも教えてくれないか?せめて、教団の奴に真澄さんとうちの娘がこれからも会う事を許してくれないか教祖に取り次いでもらえるだけでも……」


「先輩の気持ちはわかりますが相手は宗教団体なんですよ? 大事な娘さんと宗教の、しかも教祖の娘と友達になんて普通の親は嫌がりますけどね。どっちかというとこれで良かったんじゃないですか?」


 自分が言う事じゃないけど、と言いながらも英正は内心頼むから諦めてくれと強く願いながら背もたれに体を預ける。


「……花怜は、俺のせいでずっと寂しい思いをしてきたんだ。海外にいる俺を心配させないように、俺から職を奪わないようにってずっと一人で闘ってくれてたんだ。情けないよな……。ずっと上手くいっていると本気で思ってた。あの子が泣きながら、お父さん助けてと言ったあの声が、今でも忘れられない」


 涙ぐむ敬三に英正は何と声をかけていいか分からなかった。いつも自信と才気に溢れ輝いていた敬三という男に嫉妬し、憧れていた。卑屈になって自分なんてと自暴自棄になっていた英正をいつも気にかけ、お前なら大丈夫と言ってくれた。


 皆に慕われ、行動力もある敬三に言われると不思議とそうかもしれないと前向きになれた。あの大学時代は紛れもなく英正にとって宝物のような思い出である。敬三がいたからここまで這い上がってこれたと感謝もしている。


 そんな男が一人の父親として今度は娘のために尽くそうと後輩に頭を下げに来たのだ。それに比べて自分は、息子を……。


「先輩、悪いことは言いません。教祖様の娘に、先輩の娘さんを会わせることは本当にやめた方がいい。でないと、宏人みたいに、神隠しにあってしまいます……」


「……は? お、お前、何言って……」


 俯かせていた顔を上げ、信じられないものを見るかのように敬三は英正に目を見張った。初めて見せるその表情に英正は珍しいものを見せてもらったと自嘲気味に一笑する。


「息子は近づきすぎたんです。まるで愚かなイカロスのように、手を伸ばしすぎた。求めた結果、翼を溶かされ墜落したんです……。そして俺はそんな息子の愚かな行為を止めるどころか、うまくいけばチャンスかもしれないと思ってしまった……」


「どういうことだ? 英正お前、まさか自分の息子を見殺しにしたのか!? なんでそこまで!」


「日本のためには仕方なかった!! 息子一人のために日本を危険になんて晒せない!!」


 英正のあまりの迫力に敬三は口を噤んでしまった。


「先輩。あなたが思っている何倍も、教祖様の力は本物で恐ろしいんです。あの方は人間じゃない。そう、神そのものだ」


「英正……」


「息子がいなくなったあの日、私は教祖様に助けを求めました。しかし、息子は……とんでもないことを、しでかしていたんです」


「とんでもないこと?」


「……宏人は、真澄様に手をだし、妊娠させていた……!」


「……は? それはつまり、暴行した、ってことか……?」


「いえ、真澄様の同意のもとだったそうです」


「だったら、その、責任を取って双方話し合うとか……」


 英正は首を振った。どうやらそういう問題ではないようだ。だが、一大事ではあることに間違いはないが敬三にはどうしても日本と学生の恋愛の末の妊娠が大事になることが結び付かずに困惑した。


「先輩は覚えていますか? 17年前の連続神隠し事件を」


「あ、あぁ、勿論覚えている。やっぱり教団が関わっていたのか?」


 と、問うと英正は大きく息を吸い込んだ。


「その時、6代目教祖様はご懐妊されていた。歴代初めてのことです」


「……? だから何なんだ?」


「……すいません、先輩。これ以上は言えないし、俺自身分かってない事もあるんです。ただ言えることは、教祖様がご懐妊され真澄様をご出産されるまで神隠しが続いた。これだけは確かな事なんです」


「まさか……!」


「そのまさかです。宏人は、何らかの出来事に巻き込まれ、いわば生贄、とでもいうのでしょうか。そういったことになってしまったのかもしれません」


 諦めたように淡々と自分の息子について話す英正にショックを受ける。


「お前、お前はそれでいいのか! 自分の息子だぞ!?」


 声を張り上げる敬三を英正は力なく見る。


「言ったでしょう? 日本のためだと。教団には権力のある者達が集まってます。その中に歴代総理大臣はおろか、現職さえも教団と深く繋がっている。もし、それが世間に露見したらどうなるかわかるでしょう? 日本は、おしまいです。……いえ、きっと言い訳ですかね、教祖様は俺に言ったんです。真澄様が無事にご出産された暁には父親の名を明かすと。教団の悲願を達成させることができたのは田辺家のおかげだと公表すると。俺は、俺は……! 宏人を、息子を……!!」


 項垂れ涙ぐむ英正に敬三は力が抜けていった。真っ白になった頭にふと花怜の言葉が蘇る。花怜のためにも真澄に近づかない方がいいと言われたと、悲しみながらもどういう意味なのだと考えていた事を。もし、真澄の母が真澄の妊娠期間中に何かが起きる事をわかっていて、あえて花怜を遠ざけたとしたら?


「英正お前……教祖は神だと言ったな? なぜそう思う?」


「え? それは、とにかく何もかもが神がかっているんです。過去は勿論、未来まで正確に言い当てるんです。他にも何重にも封印された鉄製の箱の中身を寸分の狂いもなく透視されたりとかその他にも。とにかく色々です」


「……そうか、なら俺が今から会いに行くこともわかると思うか?」


「先輩!? まさか会いに行くつもりですか!? 何のために!! 今ならまだ引き返せます! 娘さんのところに帰るべきです!!」


「俺はこのままじゃ引けない。せめて、真澄さんに会って真澄さんの口からもう花怜には会えないと聞かない限り、俺は花怜に顔向けできない。あの子は純粋に友達を心配している。俺に、助けを求めているんだ。俺が真実を知ることができれば、胸を張って花怜にもう会ってはいけないと言えるんだ」


 意志の強い目にあの頃の敬三の面影が重なった。今何を言ってもこの人は決して諦めない。そういう人だと英正はよく知っている。こうなってしまってはこちらが折れるしかないと英正は肩を落とした。



「そして先輩に教団までの簡単な地図を描いて渡しました。正直な所、到底辿り着くことはできないだろうと思っていたからです」


 あの山の中、しかも暗闇では先に行けないだろうと。目元を抑え項垂れる英正に永野と花怜は絶句していた。あまりのスケールの大きさに震えが全身を襲う。分かっていたつもりではあったが、自分達は想像以上にとんでもない組織を相手にしていると。そしてそんな危険な所に父を送り込んでしまった事を花怜は心の底から後悔した。


 田辺家をあとにし、二人は無言で車に乗り込む。暫くの間沈黙が続いたが、考えをまとめた永野が先に沈黙を破った。


「……これ以上は本当に駄目だな。あとの事は俺に任せて花怜は家に帰れ。俺が必ず父親を見つけるから」


「それは、できない」


 俯いたままの花怜がぽつりと本音を漏らした。


「花怜、わかるだろう? 国家権力までもが敵なんだ。頼むから……」


「だって、あたしのせいでお父さんが危ない目に合ってるかもしれないんだよ? それにますみんとも最後まで話せてない。……ごめんなさい、でもちゃんとわかってる。そうだとしても、ここまできて拒否しないで」


 お願いだからと永野に縋るように見つめる。永野はあの強い眼差しを向けていたがもう怖くはなかった。


「……今日はもう遅いから、送っていく」


「永野さん!」


 咎めるように永野の名を呼ぶが永野は車道に出ると花怜を見ずに答えた。


「近い日に教団内に忍び込めるように準備する。だからいつでも出れるように花怜も準備しておけ」


「永野さん! ありがとう! でも、どうやって忍び込むの?」


「教団に協力者がいるんだ」


「……その人、大丈夫なんだよね?」


 喜びの顔から瞬時に訝しむ顔に変える花怜に永野が笑う。


「大丈夫さ、彼は信頼できる。今までもずっと連絡を取り合い情報を貰っていたからな」


 永野が言うならと花怜は渋々納得する。家に帰ると祖母が待ってくれていた。父の行方はまだ分かってないが警察がちゃんと捜査をしてくれると伝えると祖母は少しだけ安堵したようだった。



 どこか上の空な気分が抜けないまま登校する。教室に入るといつもと変わらない雰囲気が戻っている皆と挨拶を交わして席に着く。村田と委員長と談笑するもあまり上手く笑えなかった。そんな花怜を二人は心配そうに見ていた。


 チャイムが鳴ると臨時の教師が教壇に立ち、朝のHRを粛々と進める。花怜は真澄の席に目を向け、変わらぬ空席にまた悲しくなった。休み時間、花怜は誰とも言葉を交わす気になれず、一人静かに窓の外を見ていた。


 いろんな事が頭の中を駆け巡る。真澄は元気だろうか。なぜ田辺との関係を言ってくれなかったのだろうか。父は今どこにいるのだろうか。そして、やはり一つの結論が花怜の頭の中を支配する。


 真澄は本当に花怜を友達だと思ってくれていたのだろうか。


 窓の外を見つめ、時折小さくため息を吐く花怜に委員長は声をかけてもいいものかと悩んでいた。村田はよしっと気合を入れると花怜を元気づけようと勢いに任せて話しかけようとしたが、足元がもつれて盛大に転んでしまった。


 その時、掃除用具入れに顔をぶつけてしまい、その拍子でロッカーが開き中の物が外へと散らばった。村田は痛みのあまり顔を抑えて悶絶している。委員長は呆れながらも村田を気遣い、花怜も村田の隣に膝をついて大丈夫か問いかけようと手を伸ばした時だった。


 花怜の側に明らかに掃除用具ではない小さな黒い機械が転がっていた事に気づいてそれを拾い上げる。そしてその正体がわかると心臓がドクリと大きく跳ねた。それは小型のカメラであった。きっと用務員が回収し忘れた物だと瞬時に察するとすぐにスカートのポケットにしまい込む。委員長と村田はこちらを気にかける余裕はなさそうで、花怜は何食わぬ顔で二人の会話に参加するのだった。



 校門を出ると連絡を受けた永野が待ってくれていた。花怜は助手席に座ると小型のカメラを手渡す。永野はカメラを手に取るとまじまじと観察した。


「充電が切れているだけで壊れてはなさそうだ。とにかく、ここだと誰に見られるか分からないから場所を移そう」


 永野は車を発進させ、人気のない駐車場に車を停めると小型カメラをパソコンに接続し、ファイルを開いた。その中で、一番最後の動画を再生してみる。再生してすぐに用務員の男が大画面で映った。どうやらカメラを設置しているようだ。設置できたのか画角を気にした後、男はカメラから離れた。


 教室は暗く、夜に撮られたのが分かる。暫くすると誰かが入ってきた。真澄である。男は嬉しそうに近づくと屋上で見たことを盾に真澄に制服を脱ぐよう脅していた。真澄は言われるがままに制服の胸元に手をかけた。花怜は思わず顔を顰める。だが画面の中の真澄は胸元にかけていた手を止めると、冷たく一笑した。


 その瞬間、真澄の背中から植物の蔓のような触手が飛び出した。その触手は意思を持ったように蠢き、驚く用務員をまるで獲物を追い詰める様にゆっくりと取り囲む。用務員はその触手から逃れようと走り出そうとするが、腹を刺されて汚い悲鳴を上げた。


 もがく用務員だったが、肌がみるみる老人の様にしわがれていく。悲鳴もしぼんでいき、最後には枯れ枝の様に体が細くなると完全に動かなくなってしまった。用務員の体液をすべて搾り取って満足したのか触手は腹から抜けると真澄の体内へと消えていった。


 静寂に包まれる教室にまた人が入って来る。野村だった。野村は、真澄と床に崩れ落ちたミイラの様になってしまった死体を交互に見やると震える声で真澄の名を呼ぶ。真澄はゆっくりと野村に振り返ると悲しそうに呟いた。


「先生、私やっぱり母親になりたい」


 その切実な願いを聞いた野村は顔を歪めると真澄を力強く抱きしめる。そして真澄と見つめ合った後無言で頷き、軽くなった用務員を引きずって真澄と共に教室を出て行くのであった。無人となった教室を花怜と永野は呆然と見つめていた。暫くすると充電が切れたカメラは再生を停止させる。


「いまの……なに?」


 ぽつりと花怜は疑問を口にする。だが永野は答えられない。二人の呼吸だけがいやに聞こえた。永野は徐々に落ち着きを取り戻していくとようやく一つの事に行きついた。


「ナンバンギセルだ」


「え?」


「叔母さんはこの事を伝えたかったんだ」


「ナンバンギセルってあの寄生する植物のことよね? ってことは、ますみんはあいつに寄生されてるってこと?」


「きっとそうだ。やはり叔母さんは6代目に殺されたんだ。……だとすると田辺議員が言っていた妊娠と関係があるのか?」


 永野のスマホが震える。永野はスマホを取り出すと画面を確認し、通話を始める。会話は花怜に聞こえなかったが微かに男の声がスマホの向こうから聞こえた。どこか聞いたことのある声だった。永野は通話を終えるとエンジンをかける。


「教団に潜り込めばすべてが分かるはずだ」


 これから潜入すると言っていることを察して花怜は頷く。車が走り出すと花怜は胸元に入れていた合格祈願のお守りを強く握りしめた。



 車を降りて山奥を進んだ。目印のない木々を永野は花怜を気遣いながらも迷いなく足を進めて行く。きっと何度か教団本拠地に来たことがあるのだろう。だが急がなければもう日が暮れそうであった。


 夜の山は遭難のリスクが一気に跳ね上がる。道順が分かっていたとしても暗闇の中を歩くのは自殺行為であるし、かと言ってライトを点けることは目立ちすぎてしまう。そうなると教団の者達に見つかってしまう可能性がある。


 言葉を交わさず黙々と道なき道を進む。どんどんと薄暗くなっていく山の中をはぐれないように花怜は永野のあとを必死で追った。暫くすると明かりが見え始める。明らかに人工物の明かりにホッとするも、永野に隠れるよう手で指示されその場にしゃがみ込む。白い服装の者達がうろついているのが目に入ると一気に緊張が戻ってきた。


 どれくらいそうして待っていただろうか。辺りが完全に暗くなると外をうろついていた者達が目に見えて減っていった。永野は腕時計を確認し、人が完全にいなくなった瞬間を狙って花怜に行くぞと合図した。


 建物に向かう永野についていく。高い壁に囲まれているのにどうすのだろうかと思っていると、正面の扉が内側から開けられ見知った男が入るよう手招きをしていた。


「野村先生……」


「西村、すまない。色々な事に巻き込んでしまって」


 野村は永野と一言二言言葉を交わすと、二人についてくるよう促す。予想していなかった協力者に花怜は戸惑うも大人しく後に続いた。


「今日は教祖にとって特別な日らしい。限られた者達しか部屋を出ることを許可されていないから安心してくれ」


 灯篭の中に火を灯したような橙色をした明かりは薄暗く、日本家屋の様な建物内を不気味に照らしていた。まるで江戸時代にタイムスリップしたような気分である。歩きながら、人の少なさについて説明をする野村に花怜はちょっとした疑問がようやく解決した。


「先生が永野さんにあたしとますみんの情報を流してたんですね」


 不満そうに口にする花怜に、苦笑しながら野村はなぜ永野に強力しているのか過去を語りだした。


「私は物心つく頃からこの教団で暮らしていた。母が熱狂的な信者でな、家庭を顧みず教団に大金をつぎ込む母に父は愛想を尽かして出て行ったんだ」


 野村は母に相手にされた記憶がない。母は教祖の世話に尽力し、幼い野村にもそれを強要した。寂しさと虚しさを押し殺す野村の前に現れたのが一人の若い女性だった。


「それが永野君の叔母、奥村加奈恵さんだ」


 加奈恵は明るく優しい女性だった。教団内を忙しなく動く傍らいつも野村を気遣って遊んでくれた。


「よく教団の者から隠れる遊びを二人でしていたよ。まぁ、彼女がいなくなったあとでその遊びの意味を知ったがな」


 加奈恵は信者として潜り込んだ記者だ。教団内を調べるために信者から隠れていたのを幼い野村は遊びだと思っていた。だが野村にとっては確かに大切な思い出であった。


「その日もいつものように彼女と遊びたくて掃除をするふりをして探していた。だが彼女が姿を見せることはなかった」


 彼女はどこに行ってしまったのかと他の者に聞くと彼女は裏切り者として天誅がくだったのだと皆が口を揃えて憎々し気に言うのを見てショックを受けた。更にお前はあの女に利用されていたとも言われた。教祖は利用されていた野村を哀れに思い、皆に責めないよう通達したようで感謝しろと付け加えられたが悲しみと失望から人とあまり関わらなくなっていった。


「大学を卒業し、教師になって暫くした後、永野君がこの街にやってきて初めて真実を知らされた。その内容の衝撃と後悔は今でも忘れられない」


 永野から加奈恵が記者として教団に潜り込んでいた事、山奥でミイラ化して亡くなっていた事、そして教団内で出会った男の子を救い出し、できるなら外の世界で一緒に暮らしたいと中途記録に残してくれていた事を知ったのだった。



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