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真澄  作者: ロク
6/12

第6話

 授業をすべて終え伸びをする。帰ろうと鞄を手に持って立ち上がると、委員長が呼び止めた。


「西村さん、良かったら今から喫茶店に行かん? そこのマスター学生に優しいけぇちょっと安くしてくれるんよね」


「へぇ、いいね! 村田も行こうよ!」


「え? 俺もいいの?」


 勿論と二人で頷くと村田は照れ臭そうに頭を搔いた後嬉しそうに一緒に教室を出る。近くの喫茶店は一度来たことがある場所だった。永野に初めて事情を聴かれた時に来た場所である。あの時は緊張していたこともあって内装などをじっくりと見る余裕がなかったが、今は普段通りなために改めて店内を見渡した。昭和を感じさせるレトロ感がオシャレな良い店であった。あの時食べた味も美味しかったし、東京で人気が出そうだと考えながら席に着く。


 それぞれ注文をし話に花を咲かせる。東京ではバイトに家事と忙しく、学生らしいことができなかった花怜にとって学校帰りに仲の良い友人とお茶をすることは密かな憧れであった。美祢に引っ越してきて本当に良かったと心から思ったと同時に、今度は真澄を誘おうと一人考える。


 ふと、壁に貼られている年季の入ったチラシに視線が流れた。若い女性がカメラに向かって微笑んでいる。どうやら行方不明となっているようだ。以前は窓際に座っていたため気づかなかったが、どんな些細な情報でも構わないという文言が依頼主の悲痛な叫びを表していた。


「その人、昔美祢で起きた連続神隠しに巻き込まれたんじゃないかって人なんよ」


「え、それって行方不明ってことだよね?」


 運ばれてきたケーキを口に頬張りながら委員長が顔を顰めていた。チラシに移っている女性はこの喫茶店のマスターの娘らしい。隣でコーヒーに口をつけていた村田も知っているとカップをソーサーに置いた。


「親に聞いたことがあるんやけど、17年前、月に一人絶対行方不明者がでちょったらしい。そうなんじゃないかって人だけでも12人はおるって言よったな」


 ある日忽然と人が姿を消す。まさに神隠しだと美祢中が恐怖に陥ったという。委員長が内緒話をするように声を潜めた。


「でもさ、噂ではあの教団が関わっちょるんじゃないかって。行方不明が発生した場所を教団の人らがうろついちょるのを見た人が何人もおるって」


 だが教祖の恩恵を受けている者も多く、口にすることは憚られているようだ。教祖の力というのは本物らしく、一度その力を目の当たりにし体験してしまうと抜け出すのは難しいらしい。そのため一家離散に追い込まれても多額のお布施をやめない者がほとんどだとか。


 それとは別に余計な事を口にして変に目立つことを嫌う県民性もあるらしく、皆が見て見ぬふりをしているのもあるようだ。二人の知り合いにそういった人が多くいると言うので真実なのだろう。日本の年間行方不明者数を考えても一か月に一人、必ず行方不明者が出る市があるというのは誰が聞いてもおかしな話だとは思うが、仕方がないのかもしれない。


 もしかしたら何か強い権力が美祢市全体に圧力をかけている可能性もあるのかもしれないが、当然正確なことなど分かるはずもない。だから永野は美祢の外から来た花怜にこだわっているのかもと思う。花怜は永野との会話を思い出すと二人に何気なく尋ねた。


「二人はミイラ化した人の遺体が山奥で発見されたことと、神隠しって関係あると思う?」


「……え? 何それ、そんなの初めて聞いたんやけど」


「ミイラ化した遺体? そんなことあったん?」


 思わぬ二人の反応に花怜は焦ってしまった。


「ごめん! 他の事件と混ざってたかも!」


 なんだと興味をなくしてそれぞれケーキに手を付け始める二人に、誤魔化しが成功したことにホッと胸を撫で下ろす。まさか知らないとは思いもよらなかった。しかし、永野が嘘をついているとは思えない。なぜなら身内が被害者なのだ。そうなると美祢の大人達は口を閉ざし、後世には伝えていないのだろう。これは予測だが、もしかすると子ども達を危険な目に合わせないためなのかもしれない。


 花怜はオレンジジュースを一口飲みこんだ。



 帰宅すると、花怜は美祢市連続神隠し事件についてスマホで検索をかけていた。しかし、何一つ情報が出てこない。まるでそんなもの最初からなかったかのようだ。ため息をついていると祖母が舌鼓とお茶を花怜の前に差し出した。


 祖母にお礼を言ってスマホを机の上に置くと真っ先に舌鼓に手を伸ばす。美味しそうに食べる花怜をにこにこと見つめながら恵里も一服とお茶を口にした。光る画面に何となく恵里の視線がいくと、不穏なワードに顔を顰めた。


「花怜ちゃんまさかあの山に入ったりしちょらんよね?」


 花怜はスマホの画面を消しながら入ってないよと祖母を安心させる。そして祖母の反応にそういえばと思い出した。美祢に来て初めて神隠しについて注意してくれたのは祖母だったと。


「……おばあちゃんはミイラ化した女性の遺体が山奥で見つかったのって知ってたりする?」


 イタズラしたことを咎められないか伺うような顔で問いかける孫に恵里は心底驚いた表情を見せる。


「そんな事、どこで聞いてきたん?」


 花怜は咄嗟に動画の都市伝説系配信者が言ってたから気になってと誤魔化した。祖母は難しい顔をして考え込むように黙り込んでいたが意を決したようにゆっくりと自身の知っていることを語りだした。事件は本当のことで、恵里の友人夫婦が偶然発見したそうだ。山菜取りに山奥へ入った時にその奇妙な遺体は隠されるように枯葉と土の下に隠されていたらしい。


 通報はしたもののそこは教団の本拠地近くの敷地とあって警察はあまり協力的ではなかったようだ。それどころかこの話は絶対に口外しないようにと強く念を押されたと。


「その夫婦ね、ある日突然夜逃げしたんよ。確かに二人には借金があったんじゃけど、真面目な二人はちゃんと返しちょったからあと少しで返済が終わるって嬉しそうにおばあちゃんにも話てくれちょったから信じられんくてねぇ。そん時、教団のせいやないかって……」


 苦い思い出を振り返るように話してくれた祖母が真剣な顔を向ける。


「世の中にはね、知らん方がええことがいっぱいある。お願いやけぇ花怜ちゃん、危ないことはせんでね。おばあちゃんと約束して」


 東京では寂しい想いをし、一人で闘ってきた孫にもっと早く気づいてあげればと恵里は後悔していた。だからこそ、目の届く範囲にいる間は危険な事から守ってやりたかった。


「うん、わかった。ありがとう、おばあちゃん」


 手を握り合う。花怜は家族の温かみに目尻に涙が滲むのであった。



 5月に入ると、山々が美しい若草色で溢れ始めた。美しい景色を目に収めながらいつもの場所で花怜は真澄と談笑する。ゴンは相変わらず遠くに座って近づいてこない。


「今度さぁ、約束通り防府天満宮に行こうよ。今って階段に花が置いてあって綺麗なんでしょ?」


「花回廊のことね。最終日にはその花買えるらしいけど、今だったら見るだけだね」


 でも楽しそうと笑い合う。


「あ、そうだ! ますみんが嫌じゃなかったら委員長と篠田さんもいい? 二人ともますみんと仲良くなりたいって言ってたよ」


 真澄は二人の顔を思い返す。確か委員長こと山本はハキハキとし、頼りがいのあるタイプで篠田は大人しい感じのタイプだったなと。少し考えていたが花怜の笑顔に顔を緩ませた。


「二人がそう言ってくれるならぜひ、一緒に行きたいな」


 真澄の了承に花怜はますます笑顔を深めると防府天満宮に向けて、計画を話し合うのだった。次の日、二人に真澄の許可を得たことを伝え、教室で4人は楽し気に盛り上がっていた。その間、相変わらず恨めしそうな田辺の視線を感じてストーカー気質な奴だと内心呆れる。


 わざと目を合わせるとすぐさまそっぽを向かれた。積極的なのか奥手なのかよくわからない田辺から、女子同士の話し合いへと花怜は完全に切り替えるのだった。



 約束の日、4人はバスを乗り継いで防府天満宮の前までやってきていた。敬三はどうしても抜けられない営業先があるため、迎えには必ず行くと約束し安心して満喫しようと石の鳥居の前で頭を下げる。下から見上げる花回廊が美しかった。階段を利用し花を生けた鉢植えが指定の場所に置かれ、文字が表されている。


「幸せます?」


「防府市の方言らしいよ」


 幸いですとか助かりますとか色々な使われ方をしていて広めたいと地域で頑張ってるらしいと委員長が教えてくれた。良い言葉だね、と談笑しながら思いの外、段の多い階段に息を切らしながら上っていく。想像以上に立派で広い天満宮に受験合格への期待が高まった。


 階段を上りきった先にある赤を基調とした格式高さと歴史を感じさせる建物が美しく荘厳で素晴らしかった。思わず息切れと同時に感嘆のため息もこぼれ落ちる。手水舎で手と口を清め、境内へと進み賽銭をした。皆でそれぞれ願い事をした後、近くのおみくじを引き一同盛り上がる。


 一通り目的を済ませた後は、近くの売店でお守りを物色する。花怜は真澄達と少し離れた場所でこっそりと家内安全と交通安全、そして安産祈願のお守りを購入した。かなり気が早いが、母になりたいという真澄の夢を応援したくて内緒で購入したかったのだ。チラリと3人を見ると仲良さげに同じくお守りを選んでいることに肩の力を抜いた。


「君、あの子の友達かね?」


「え? あ、はい」


 宮司と思われる男が花怜の隣に立つと小声で問いかける。その視線の先には真澄がいた。宮司は警戒するように目を細めると再び花怜に囁いた。


「あの子の中の邪悪なものに気をつけなさい」


 それだけ言い残すと宮司は本殿の中へと消えていった。その姿を訝しみながら見送っていると3人が花怜のもとへ歩み寄ってくる。


「今の人誰?」


「わかんない。宮司さんじゃない?」


 何を話していたのかを聞かれたが言えるはずもなく、受験頑張ってと応援してもらったと上手く誤魔化した。3人はなにも疑いもせず次は隣の広場へ向かう。鳩の餌が売ってあったが、肝心の鳩が一羽もいない。やはり真澄が近くにいると動物は怯えていなくなるようだ。


 宮司の言う真澄の中の邪悪なものと関係があるのだろうか。花怜は楽しそうに絵馬を見ている3人を見つめる。すると真澄が振り返った。


「花怜は、何を書きたい?」


 花怜を気にかける様に話を振る優しい真澄に怖い考えを振り払い花怜は応えた。



 防府観光を終え、委員長達と別れると花怜はいつもの場所へ真澄を送り届けていた。


「ますみん、ちょっと気が早いけどこれ」


「え?……! ありがとう花怜」


 真澄に安産祈願のお守りを手渡すと真澄は涙目で喜んでくれた。こんなにも喜んでくれるのなら買ってよかったとこっちまで嬉しくなる。すると真澄もお守りを手にし花怜に手渡す。


「買っちゃったかもしれないけど、私からも贈りたくて」


 それは合格祈願のお守りであった。


「あぁ! あたし自分の分忘れてた! ありがとうますみん! 超嬉しい!!」


 二人でお腹を抱える程笑い合う。そしてまた学校でと手を振り合って別れるのだった。花怜は家に帰ると同じ様に祖母には家内安全のお守りを、父には交通安全のお守りを渡す。


「いつもありがとう! これからもどうぞよろしくお願いします」


「まぁまぁ、ありがとうね花怜ちゃん。大事にするわ」


「お守りがおばあちゃんを大切にしてくれないと!」


 和やかな会話に入ってこない父を見てぎょっと驚く。お守りを手に泣いていたことに花怜は固まってしまった。恵里は呆れながらも笑って息子の肩を叩く。


「何泣きよるん! しっかりせんにゃあ!」


「すまん…………。ありがとな、花怜。肌身離さず持っちょくよ」


「そんな、あの、ほどほどでいいよ」


 じわじわと可笑しさが込み上げてきて声を出して笑った。明るい雰囲気が西村家を包んでいた同じ時刻、田辺は暗い山奥を息を切らしながら必死で逃げようともがいていた。


 自分に突き刺さるものを外そうと力の限り抵抗するがその抵抗も虚しく全身の力が抜けていき、視界が更なる暗闇へと包まれていった。こんなはずじゃなかった、なぜこんなことをするのかと疑問を口にしたかったが、口が回ることはなく手がぶらりと力なく垂れ、田辺は動かなくなるのだった。


 そんな惨劇があったことなど知ることもなく、いつもの日常が幕を開ける。花怜は教室に入り、真澄と挨拶を交わし席に着く。そういえばと右隣に目をやった。あの鬱陶しい視線を寄こしていた田辺がいない。もうすぐHRが始まる時間になろうとしたが田辺が教室に入ってくることはとうとうなかった。


 だが特に思う事はない。ただの欠席だろうと花怜は鞄を机の横にかけていると、チャイムと共に野村が入室した。そして、驚くべきことを告げたのだ。


「昨日田辺が退学した。突然だったから驚くとは思うがあまり詮索しないようにな」


 家庭の事情だと付け加えた後、何でもないようにそれだけだと言い次の話を始めた。呆気に取られるあまり話が頭に入ってこず、気づいた時には話を終えた野村が教室を出て行こうとしていた。その野村を田辺の取り巻き達が追いかけるように出て行った。一拍の静寂の後思い出したように教室内がざわめいた。


「田辺が退学って……なんで?」


「わかんない……」


 委員長と村田も困惑していたが結局誰にも正確な答えが出せることはなかった。花怜は真澄の背中をチラリと見るが、真澄は特に変わることなく普段通りに感じた。もしかしたら、しつこい田辺がいなくなって内心ホッとしているのかもしれない。真澄から何か言うまではこちらから話題を出すのは控えようと花怜は思うのであった。



 田辺が退学してから一か月近くが経過しようとしていた。いつもと変わらない日常だ。だが、ここ最近真澄がよく体調を崩し、保健室へ行くことが増えた。そして、今日はとうとう早退してしまったのだ。


 花怜は帰宅すると真澄を見舞いたくて、体調不良でも食べやすそうな果物を選ぶとそれを紙袋に入れて家を出た。いつもの場所に行くと、いつも真澄が上っていく階段を足早に上る。山奥には行かないでほしいと言った祖母に悪いと思いつつ、友達にお見舞いの品を渡したらすぐに帰ると心の中で言い訳をした。


 階段を上った先の細い道を進んで行く。しかし道は途中で途切れていて、何もない場所に出てしまった。戻るかどうか迷ったが、一先ず先に進んで何もなかったら帰ろうと恐る恐る枯葉が落ちる山奥へ足を進めていった。暫くすると高い壁に囲われた和風の建物らしきものが見え始める。


 あれが真澄の家かもしれないと駆けだすと枯葉とは違う何かを踏んだ気がして足元を見た。踏んでいた足を上げ、確認するためにじっと見つめる。それは学生鞄であった。しゃがんで拾い上げると土にまみれていたため手で払いのけながら中を確認した。すると見知った筆記用具を発見し、どきりと心臓が一際強く脈打つ。


 身分を証明する物はないかと更に鞄の中を探し回った。そして学生証を発見し、震える手で誰なのか確認すると想像していた人物で間違いなかった。


「これ……田辺のだ」


 なぜこんなところにあるのだろうとまじまじ観察していると、複数の足音が枯葉を踏みながらこちらに近づいていることに気がつき慌てて鞄を枯葉の下に隠すと振り返った。視線の先には一人の女性を先頭に追随しているであろう白い服装をした女性達がこちらに真っすぐ歩いてきていた。


 先頭の女性を見て花怜はすぐにその正体を察した。真っ黒な艶やかな髪を一纏めにし、美しい顔を惜しげもなく晒している。強い眼差しは、いつもどこか悲しそうな顔をする彼女とはあまり似ていなかったが、その造形はそっくりであった。


 他の者とは明らかに違う神聖さとオーラを醸し出すその雰囲気と服装は、この組織のトップに君臨している者の証だろう。


「一般の方は立ち入り禁止ですよ」


 凛とする女性の声に花怜の背中を冷たいものが流れた。忠告とは裏腹に微笑むその顔は真澄にそっくりである。


「す、すみません。友達の家がこの辺だと思ったので……」


 しどろもどろとする花怜に近づこうと横にいた女性が一歩前に出ると花怜は怯えから一歩後ろへ後ずさった。


「花怜、探したぞ」


 聞き覚えのある声に勢いよく振り返る。そこには永野がいた。永野の姿にホッと安心していると永野が庇うように花怜の前に立ち、威圧するように警察手帳を教団の者達に見せる。その証に信者達は分かりやすく警戒を見せるが、先頭の女性は微動だにしない。それどころか小さく一笑する。


「そんなに警戒されなくても何も致しません。西村花怜さんですよね。娘の真澄がお世話になっています。申し遅れました、私は真澄の母です」


 やはりそうだと花怜は動揺し、思わず目の前にいる永野の服を掴んだ。教祖は続ける。


「娘のためにお見舞いの品を届けてくださったんですよね? ありがとうございます。ですが、先程も申し上げたようにここから先は一般の方の立ち入りを禁止とさせていただいておりますので、それはこちらでお預かりいたしましょう。必ず娘に届けさせますのでご安心を」


 教祖が後ろに控えていた従者に目配せをすると女性が花怜の前まで歩み寄り手を差し出した。花怜は戸惑いながらも下げていた見舞いの品を渡す。女性は受け取ると丁寧に頭を下げ教祖のもとへと下がっていった。


「もう一つ、申し上げたいことがあります。今後、娘には近づかない事を強くおすすめいたします。他でもないあなたのためにも、ね? では、私はこれで失礼します」


 教祖はそれだけ言い残すと従者達を引き連れ来た道を戻って行った。その場の嫌な緊張感は薄れていったが、もう真澄に会うなと言われたことに花怜は強いショックを受け立ちすくむ。


「あれが6代目教祖、黒田京子か。だが妙だな。本殿から出ることのない教祖が外にいるなんて……」


 永野は独り言のように疑問を呟く。その声に花怜は我に返り何とか落ち着きを取り戻すと、震える唇で永野に声をかける。


「永野さん、これ」


 隠していた田辺の学生鞄を拾い上げると、永野に手渡した。 



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