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真澄  作者: ロク
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第5話

 帰宅すると真澄を待ち合わせたあの場所に送っていくためにあぜ道を歩く。ゴンは例に漏れず怯えるために自宅で待機である。いつもの場所に辿り着くと少し談笑した。すると真澄が真剣な顔を花怜へ向ける。


「ねぇ、花怜。初めて会った日、私と野村先生が一緒にいたこと覚えてる?」


「え? う、うん覚えてるよ。それが、どうかしたの?」


 気まずそうに頷く花怜に真澄が妖艶な笑みを向ける。その表情に心臓が僅かに跳ねた。


「私ね、野村先生と付き合ってるの」


 突然のカミングアウトに虚を突かれ驚く花怜に真澄は謝った。


「花怜には知っててほしくて」


「だ、大丈夫! 東京では先生と恋愛してる子なんて結構いたし! それにお互い本気なんでしょ? 絶対誰にも言わないから安心して!」


 焦るあまり世間的に非常に良くない言い訳をしてしまったが、とにかく真澄に応えたかった。真澄は安心したように笑った後、また学校でと階段を上って帰っていった。真澄の後ろ姿が見えなくなるまで見送ると花怜も家に帰ろうと振り返る。そこに永野が立っていたことに思わず眉根がピクリと動いた。


「ストーカー?」


「捜査だ!……悪いが今日ずっと尾行させてもらっていた」


「やっぱストーカーじゃん!」


「だから捜査だ! それより黒田真澄のことで何か分かったことはあったか?」


「もう、またそれぇ? だから何もないって」


 うんざりとした顔を隠さない花怜に永野は大事なことだと語気を強める。その迫力に気圧されてしまった花怜はつい真澄の母親が教団関係者なことと、真澄が母親になることが夢だと言っていた事だけを伝える。


「本当にそれだけなんだけど……」


 花怜の返答に何やら考え込んでしまった永野に不安を覚える。特に真澄を売るような発言はしていないはずだ。そして真澄が殺人事件に関わっているような素振りも本当になかったため、これ以上伝えられるような情報を花怜は持ち合わせていない。


 だが目の前の人物が刑事なだけに悪いことをしてしまっているような気になってどこか落ち着かなかった。永野は考え事が終わったのか顔を上げる。またあの強く迷いのない視線に肩が僅かに跳ねた気がした。


「君はもうあの女に近づかない方がいい」


「はぁ? 何なの。警察は一般人の交友関係にまで口を出すわけ?」


 一方的な発言に思わずムッと来る。怯えよりも怒りが軍配を上げ、今度は永野を睨みつけた。だが勿論永野は屁とも思っていない。そのなんでもない顔が余計に腹が立った。


「カルスト台地で教団が君達に拝んでいたことに気づかなかったのか? 黒田真澄の母親は教団の6代目教祖だ」


「……え?」


 永野の証言に怒りも忘れて花怜の体が凍りついた。



 花怜は家に帰ると一人部屋で今日の出来事を振り返っていた。大好きな舌鼓を口に運びながら永野との会話の内容にまたも困惑が蘇る。


 真澄の母親は6代目教祖で、生まれたばかりの真澄を育児放棄しそれ以来信者に任せきりらしい。そのため信者に囲われるように育てられた真澄は少々世間知らずのお嬢様だとか。


 なぜ詳しいのか問うと、永野は一呼吸置いて話し始めた。


 永野の叔母は記者だった。17年前、教団に潜り込み国の権力者との癒着や裏金の行方、信者からの多額のお布施の強要の実態などを記事にしようとしていた。だがその叔母、奥村加奈恵は山奥で遺体となって発見された。それが教団の本拠地近くの山の中、真澄がいつも上っていくあの階段の更に奥だ。


 しかもその遺体は不可解にもミイラ化していた。


 そして、加奈恵の遺体が発見される少し前まで美祢では連続神隠し事件が発生していたという。行方不明者は分かっているだけで12人とされているがもっといるかもしれない。永野はこれらはすべて繋がっていてその中心に教団がいると確信を持っている。


 なぜ未解決なのかを問えば、永野は悔しそうに頭を掻いて苦々しげに吐き捨てた。当時上からの圧力で捜査ができなかったと先輩刑事に教えてもらったと。最後の会話を思い出すと今でも体が震える気がした。


「叔母の遺体は偶然見つかったに過ぎない。その証拠に発見してくれた夫婦は今、連絡が取れない状況だ。噂では夜逃げしたことになっているらしいがな」


「……何で、この話をあたしにするの?」


 また強い視線と交わる。


「言っただろ? 君が美祢の外から来たからだ」


 永野は踵を返すと二、三歩歩いて顔だけをこちらに向けた。


「用務員の男はまだ見つかっていない。これはきっと始まりだ。俺はこれからまた連続神隠しが起きると思っている。そしてその中心に6代目親子がいる気がしてならないんだ」


 何と答えていいか分からず、花怜は俯く。


「最後に、叔母さんは当時勤めていた新聞社に中途記録をまとめた書類を送っている。その中に、歴代教祖を「ナンバンギセル」と例えていた。どういう意味かはまだわからないが重要なのは間違いない」


 そう言い残すと永野は今度は振り返らずに去って行った。そこまで振り返ると、手の中のスマホを見る。画面には、地面に近い高さで咲いている紫色のうなだれているような小さな花の写真が載っていた。


 説明には、イネ科(イネ、ススキ、サヨウキビなど)の根に寄生し、宿主の根から吸収した栄養分に依存して生育するため、寄生の成長は阻害され、死に至ることもある。と書かれていた。


 どうやらこのナンバンギセルという花は今日行ったカルスト台地にも生息しているようだ。だが永野の叔母がどういうつもりで書いたのかまでは花怜にはわかるはずもない。


「意味わかんない。ますみんは何も悪い事してないし」


 一人永野に悪態をつき、大きなため息を吐いた。



 教室に入ると変わらず真澄と挨拶を交わして席に着く。そっと真澄の後ろ姿を見ていつもと同じ雰囲気にホッと胸を撫で下ろした。チャイムに合わせるように野村が教室へと入って来る。野村は疲れたように大きく息を吐くと前を向いて深刻そうな顔で生徒達と向き合った。


「皆、今日は大事な話がある。知っている者もいるかもしれないが、用務員の福田さんがこの学校で盗撮を繰り返していたことが分かった」


 軽く悲鳴が上がった。


「警察と協議した結果、三日間休校することになった。だが、三年は受験生のため希望者は授業を受けられるから安心してくれ」


 野村が教室を出て行くと、ざわめく中で何人かの生徒も立ち上がり同じく教室を出て行った。その中に真澄の姿もあったが花怜は無言で見送るのだった。



 すべての授業を終え、一人とぼとぼと校舎の外に出る。学校の外にマスコミが押し寄せているかもと身構えたが一人もいなかったことに思わず拍子抜けした。と同時にふと永野の言葉が頭をかすめた。当時、上からの圧力で捜査ができなかったと。恰好の報道ネタにも関わらず、報道関係者が一人もいないという事は、これも何らかの圧力なのだろうか。


「花怜!」


 花怜が考え事をしていると、父が校庭から駆け寄ってきた。花怜は先程までの暗い気持ちが吹き飛んだように表情を明るくさせ、同じく父に駆け寄る。


「お父さん! どうしたの? 仕事は?」


「仕事は切り上げてきた。そんな事より大変だったな」


 収穫した野菜を道の駅に降ろしている時に偶然用務員の事を聞いて花怜を迎えに来たようだ。父の車に一緒に乗り込むと父は静かにエンジンをかけアクセルを踏み込み車道へと出る。いつもと違う空気を纏わせる父にどう話しかければいいのかわからなくなった花怜は、気まずさから車窓を流れる景色に目を向けた。


「……父さんが言えたことじゃないが、心配なんだ。美祢に来てから色んなことがあっただろう? 今回の用務員の事を聞いて居ても立ってもいられなくてな。……すまない、花怜をずっと放ったらかしにしていた駄目な父親のくせに余計、だったか?」


「そんなことない! 迎えに来てくれて嬉しかった。お父さんがあたしのこと本当に大事に思ってくれてること、ちゃんとわかってるよ」


 父は路肩に車を停めると花怜と向き合う。だがその目は気まずそうで視線が定まらない。


「実はな、花怜。……っ、お前のことが心配であの日、黒田さんを送っていくお前達の後をつけていたんだ。というのも、あの教団の奴らがカルスト台地の帰りに父さんの車に向かって拝んでいたから、その、あの子は本当に大丈夫な子なんだろうかって……」


「そう、だったんだ……」


「あの子との話を言いふらす気は勿論ない。それより、その後の刑事との話の方が恐ろしかった。刑事は父さんに気づいていて少し話をしたんだが、大事なところははぐらかされた気がする。きっと俺が、元は美祢の人間だからなのかもな。……花怜、何かあったらすぐに父さんに教えてくれ。困った事があったら隠さずに相談してくれ。もう何も知らない所で花怜に傷ついてほしくないんだ」


「お父さん……」


 花怜は父と抱き合うと二人で泣いた。ずっと心に罪悪感を抱えながらも花怜との関係を必死で修復しようと頑張ってくれていた父の気持ちが痛いくらい伝わってくる。


 もっと早く寂しいと言えばよかったと思う気持ちとやはり父から大好きな職を奪ってしまったというやりきれなさが溢れたが、そのすべてが混ざり合い、溶けていくように消えていった気がした。


「お父さんありがとう。でも、ますみんの事なら大丈夫だよ。優しくて良い子だし、助けてもらった事もあるの。だけど、いつもどこか寂しそうで……。だからあたし、どうしても放っておけないの」


 ますみんからしたらお節介かもしれないけど、と言って安心させるように笑った。それにつられるように父も歯を見せる。


「そうか、花怜にとって黒田さんは大事な友達なんだな。わかった。でも、何かあったらすぐに相談してくれ」


 頼むからと念を押す父にわかったと答えた。敬三は安心したように肩の力を緩ませると車道へと車を戻し、家路を辿った。帰宅すると父は残してきた仕事を片付けるために再び車を走らせ、祖母の待つ畑へと行ってしまった。花怜はゴンの首輪にリードをつけるといつもの散歩コースへと繰り出す。なぜだかあの場所で真澄に会えるような気がした。


「ますみん!」


「花怜」


 予感通りそこには真澄が立っていた。いつもの寂しい目をさせて遠くを見つめている真澄をこちらに振り向かせると、目尻を緩ませてくれた。人も車も通らないあぜ道に二人で立ち話に花を咲かせる。ゴンはリードを長く緩ませ自由にさせた。こちらには近寄ってこない。


「なんか学校大変なことばっかだねぇ。東京よりも忙しいよ」


「東京の生活が普通だったら田舎は何もなくて退屈だったりしない?」


 気にかける様に問う真澄に花怜はお茶らけた雰囲気をしまい込む。その空気を察した真澄が口を閉じた。


「あたし、東京では自分一人で生きていくことで精一杯だったの」


 花怜は真澄に胸の内にしまい込んでいた母親という存在についてどう思っていたのかすべてを曝け出した。


「あの女が違う男を家に連れ込んで甘えているのを見る度に、自分は男に頼らなくても生きていける強い人間になるんだっていつも強がってた。一人で家事をして、学校に行って、バイトもしてお金を稼いでって……。でも本当は寂しかった。それに気づけたのもお父さんのおかげなの。あたし、今本当に幸せなんだ。おばあちゃんも優しくて、初めて大人に甘えていいんだって知って心が軽くなったの。山口の自然も最高! 静かなのに自然の音が溢れてて、凄く落ち着く。村田と委員長達とも一緒にいるの楽しいし、何よりこうしてますみんと一緒にいられるのが凄く嬉しいの。だからね、今度はあたしが誰かの頼られる存在になれたらいいなって思ってる」


 皆には内緒だけどね、と付け加える。


「花怜は凄いね。……ね、覚えてる? 私がお母さんになることが夢だって言ったこと」


「もちろん覚えてるよ」


 真澄は一度考える様に目を閉じると意を決したように瞼を上げ、どこまでも続く空を見た。


「私の母親は子どもを欲しがったくせに、いざ私を産んだらすぐに捨てた最低な人。幼い頃、テレビで母親とは自分の子どものためなら何でもできるっていうのを見て信じられなかった。だってそうでしょ? 私のことを簡単に捨てた人も母なんだから。それから外に出ると自然に母子を目で追うようになってた。他の親子はテレビで言ってた通りなんだって、悲しかった。気づいたら私も、母親になって自分の子どもと一緒にいたいって思うようになってたの。本当の、愛っていうのを知ってみたくなった。……野村先生なら、分かってくれる。だから、私はお母さんになって幸せになるの」


 何かを睨みつける様な瞳に花怜は胸が痛くなった。そして真澄と野村の関係が想像以上に複雑そうで少しだけ嫉妬を感じたのは花怜だけの秘密だ。


「あたし達おそろいだね」


「おそろい?」


 努めて明るく言葉をかけると真澄を取り巻いていた空気が柔らかくなる。


「そ! 寂しい気持ちを乗り越えて幸せな未来を勝ち取ろうとするところ!」


 言った瞬間、ちょっとくさいセリフだった? と恥ずかしさで頬が熱くなった。


「ううん、そうだね」


 真澄は微笑むとそう呟いた。



 次の日、教室はいつもより少ない人数であったが、いつもよりざわめく声で溢れていた。どうやら未だに行方の分からない用務員の噂で持ち切りのようだ。皆が口を揃えて言うのは盗撮がバレてにげまわっているのだろうという妥当な噂であった。


「あ、ますみん!」


 花怜が席に着くと、教室に真澄が入室してきた。思わず声を上げると嬉しくて駆け寄った。思いの外その声が大きかったのか教室中の視線が真澄と花怜の双方に突き刺さる。


「おはよう! てかどうしたの? ますみんも授業受けるの?」


「うん。……ていうよりも先生に会いたくて」


 花怜にこそっと耳打ちをする真澄にそうかと納得した。教室の入り口で談笑していると一際強い視線を感じて居心地が悪くなる。その視線を寄こす主に気づかれないように気配を探る。田辺だ。じっとこちらを見つめている田辺に花怜はいつもとは違って気味の悪いものを感じた。


 真澄の瞳がチラリと田辺の方へと移動した後、何でもないように花怜に戻された。どうやら真澄も気づいているが無視をすることにしたようだ。真澄に相変わらず素っ気なくされる田辺に少しだけ同情した。



「ちょっと来い」


 昼休み、田辺に強い口調で呼び出される花怜に村田と委員長が止めに入ろうと立ち上がる。花怜は大丈夫だと二人を制止すると教室を出て行く田辺について行った。真澄はいない。野村のもとへ行っているのだろう。


 花束がいくつか置かれているいつもの校舎裏でピタリと立ち止まる。杉山が死んだ場所によく今も来れるものだと花怜の表情が僅かに曇った。立ち止まったまま何も話さない田辺に先制をいれる。


「んで、あたしに何か用?」


 面倒臭さを前面にだし、強気で問いかける。田辺は振り返ると嫌そうに口を開いた。


「……お前、黒田と仲良いんやろ? なら野村と別れるよう説得しろ」


「はぁ? 何であたしが。てかますみんと野村先生が付き合ってるなんてただの噂でしょ?」


 田辺の口調にムッとしたが、真澄との約束を守るために白を切る。


「噂は本当じゃ!……お前の言う事なら黒田も受け入れるかもしれん。いいから黒田を説得してくれ」


「ますみん本人から付き合ってるなんて聞いてないのにそんなこと言えないし。自分で説得すればいいじゃん」


「黒田と野村は昔から一緒におるけぇ俺の言う事なんか聞かん。それよりお前らの仲は見せかけかよ。頼んだ俺がバカやった」


「え、ますみんと野村先生ってそんなに昔からの仲なの?……いつから?」


「うるせぇ! お前にもう用はねぇ。このこと誰にも言うなよ」


 ギロリと花怜を睨みつけると田辺は校舎へ一人戻って行った。相変わらず嫌な奴だと花怜は憤慨する。さっき同情してやった優しさを返せと大股で歩きながら教室へと帰った。教室へ戻ると村田と委員長が駆けつけてくれた。


「西村さん大丈夫やった?」


「うん大丈夫だよ。ありがとね」


 チラリと田辺の席を見るとそこに田辺の姿はなかった。もしかしたら恥ずかしくて教室に戻れないのかもしれないと花怜は鼻で笑う。しかし、花怜の視線の先に気づいた村田があぁと言った。


「田辺なら先に戻ってきてもう帰ったよ」


 鞄を持って教室を出て行ったから間違いないと思うと付け加えられる。花怜は憤るように鼻を鳴らした。


「あいつやっぱムカつく!!」


「何の話やったん?」


「ますみんのこと。仲が良いなら自分との仲取り持ってくれだってさ!」


 野村とのことを言えるわけもないので咄嗟に田辺を犠牲にした。しかし、それくらいしてもいいだろうと花怜は内心思うのだった。



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