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真澄  作者: ロク
4/12

第4話

「それで、話ってなんですか?」


 ケーキにパフェと机の上に並べられた甘味の数々に目を輝かせながら花怜の喉がごくりと鳴った。刑事を名乗った永野という若い男は現金な子だと息を吐く。小さな喫茶店に場所を移した永野はまず花怜の警戒を解くために餌付けを試みたところ思いの外上手くいっていた。上機嫌でパフェを食べる花怜に自身の名刺を差し出す。花怜が手に取ってまじまじと見るとそこには捜査一課と書かれていた。


「警察って名刺あるんですね」


「希望者だけにな」


「ふーん……てか、捜査一課ってあれですよね? 殺人とか調べる……」


「話が早くて助かる。まどろっこしいことは嫌いなんでな、単刀直入に言う。黒田真澄と仲が良いそうだな。彼女について知っていることがあれば何でもいい、教えてくれ」


 真剣な瞳を向ける永野に緊張感が一気にせり上がり、持っていたスプーンを途中で止めてしまった。なぜ真澄とのことを知っているのかは謎だったが、花怜は言いづらそうに話した。


「悪いけど、そこまでまだ仲が良いわけじゃないし……。てか、何の捜査ですか? まさか黒田さんが殺人事件に関わっていると思ってます?」


「そのまさかだ。杉山は君のクラスの副担だったな。あれは事故じゃない可能性が浮上した。そしてその事件に黒田真澄が関わっているかもしれないんだ」


「……は?」


 驚きのあまりスプーンからぽとりとアイスが後戻りした。


「え、ちょっ、まって……。杉山先生が、殺されたってこと……? しかも黒田さんが犯人かもって……。いや、ありえない! だってあの場に黒田さんいなかったから!」


「屋上は? 確認してないよな」


「してないけど。だ、だったらなおさらあたしが知るわけないじゃん!」


 弁明をしながら内心焦っていた。なぜなら花怜には真澄が杉山を殺害する動機が少なからず思い当たるからだ。だが、野村とのことはあくまで噂止まり。それに、そうだとしたら野村だって怪しくなる。


 だが花怜はそのことを口にすることはしなかった。中途半端な事を口にして永野が真澄に対する疑惑を深めることを避けたかったからだ。食べることを完全にやめてしまった花怜を観察しながら永野はある男の写真を差し出した。


「この男を知ってるか?」


「……はい、用務員ですよね」


「この男は二日前の夕方を最後に行方が分かっていない」


「え?」


 確かに用務員の姿を見ていないと思い返す。


「学校が休校になったのは、この男の部屋から女子生徒の着替えなどの盗撮写真や動画が大量に見つかったからだ。どうやら日常的に盗撮を繰り返していたようだ」


 花怜は絶句しながら自分の体を反射的に抱きしめた。


「まぁ、少し安心してほしいのは君のものはなかった。だが、君の顔写真も飾られていたから狙われていたかもな。ある意味良かったな」


 警察が言う事じゃないがと言いながらコーヒーに口をつけた。花怜はまた全身に鳥肌が立つのを感じて再度自身を抱きしめる。永野がゆっくりとカップをソーサーに置いた。


「そして、奴の一番のターゲットは黒田真澄だったようだ」


 強い視線に花怜の体がびくりと跳ねた。


「奴の部屋から黒田真澄の顔写真以外の盗撮したものは何一つなかった。どうやら体の弱い黒田真澄は体育に一切出ることがなかったために難を免れていたらしい。ここでは言えないが、奴の黒田真澄に対する執着は凄まじいものだった」


 これは花怜の想像でしかないが、永野の口ぶりからするときっと用務員の部屋にそういった証拠がいくつもあるのだろうと背中にヒヤリとしたものが走った。


「でも、黒田さんが杉山先生を殺したかもしれないってこととどういう関係があるんですか?」


「……杉山が死んだあの時、用務員の男も現場に駆けつけていた。これは奴の日記に書かれていたことだが、その時上を見上げたら黒田真澄らしき女子生徒が屋上から下を覗き込んでいたのを目撃したらしい。奴はそれをネタに裸の動画を撮らせようと画策していたようだ」


 花怜の脳裏に、用務員に迫られ困っていた真澄の姿が浮かんで消えた。花怜の表情に何かを察した永野が問いかけると仕方なく花怜はあの日の事を話した。


「それで、他には?」


「いえ、本当にそれだけで……」


「どんな些細なことでもいい、思い出してくれ」


「いや、本当にそれ以外何も知らないんです! 他の人に聞いてください」


「他の奴の言う事は信用できない」


「え?」


 また強い視線を向けられ戸惑う。


「美祢の外から来た君だから信用できるんだ」


「どういう……」


 意味だと問う前に永野は伝票を手にすると立ち上がった。どうやらこれ以上は本当に何も得られないと分かったのだろう。


「明日、黒田真澄と山口観光に行くそうだな。何でもいい、何か彼女についてわかったら俺に連絡してくれ。いつでも力になる」


 そう言い残して永野はレジでお金を払うとそのまま外へ出て行った。


「だから何で知ってんのって」


 花怜は永野が出て行った扉を睨みつけながら悪態をついた。目の前の食べかけのパフェや空になったケーキの皿に視線を移す。食べ物に罪はないと再びパフェを食べ始めた。



 コテで髪を巻き、まつげをビューラーで上げ、淡いピンク色の口紅を引いて唇を上下合わせる。仕上げに全身を鏡で確認し、準備が整ったと気合を入れた。


 ゴンを連れずに外に出る。あの場所に行くと、日に照らされてキラキラといつも以上に輝いて見える真澄が立っていた。カジュアルな大人めの服装に目を奪われる。こんなにも何もない田舎道の殺風景な場所なのに彼女がそこにいるだけでまるで一級品の絵画の様だ。真澄は花怜に気づくと小さく手を振った。花怜もそれに応えるために大きく手を振り駆け寄る。


「黒田さんお待たせ!」


「ううん、今日は誘ってくれてありがとう。西村さんとの観光凄く楽しみにしてたの」


 あたしも! と笑い合いながら父の待つ車道へと歩き出す。花怜は父に真澄を紹介し、三人で車に乗り込むとまずは秋芳洞へ向け車を走らせた。


 駐車場に車を停め、高く伸びた杉木立を歩く。その先に観光案内でよく見かける小さな湖とその上にかかる橋が姿を現し、更にその先にぽっかりと口を開けた洞窟が待ち構えていた。洞窟から流れ出る滝の音が心地良い。中に入るとひんやりとしていたが、どこか温かくも感じた。どうやら洞窟内の気温は年中一定らしく、夏は涼しく冬は暖かいらしい。


 想像していた以上に中は広く天井が高かった。周囲を見渡しながら特徴的な形をした鍾乳洞の数々に圧倒される。そしてさらに奥に進むとライトに照らされたまるで棚田の様な鍾乳石に目が釘付けになった。百枚皿と名付けられたまさに自然の芸術を心ゆくまで楽しむ。暫く洞窟内を楽しんだ後、次の目的地に行くために車へと乗り込んだ。


 勾配の急な坂道を越え、曲がりくねった道を進むとその絶景が突如として目に飛び込んでくる。


「わぁ! すごーい!」


 車内からでもわかるほど広大な絶景に思わず後部座席から身を乗り出した。展望台へと向かうために近くの専用駐車場に車を停め、展望台の上まで少しばかり駆け足で向かう。そこから見えるカルスト台地はすぐには言葉にできない程素晴らしかった。


 山の様に起伏があるのに木は全く生えておらず、代わりに白い石や大きな岩がそこかしこから突き出している。どうやら石灰石らしい。季節的に真緑の草の絨毯に雲一つない青空がどこまでも美しかった。爽やかな風が三人の間を吹き抜ける。


「地球じゃないみたい」


 ぽつりと呟いた言葉に父と真澄が同意するように頷いた。暫く雄大な絶景を楽しんだ後、花怜は思い出を残すためにスマホを向ける。いくつか写真を撮っていると、白い不思議な集団を見つけて写真を撮る手を止めた。


「あ。あれって委員長が言ってた宗教団体の人達かな?」


 花怜の視線の先を二人も辿る。そこには白い服装をし、カルスト台地にある一点に向かって一心に拝んでいる集団がいた。


「あそこはずっと前に隕石が落ちた場所なんだって」


「隕石?」


 思わぬ真澄の答えに花怜がオウム返しのように問いかける。父も初めて聞く話にどうやら興味をそそられたようで、真澄に視線を移した。


「150年くらい前に隕石が落ちてきたのを偶然近くにいた12歳の女の子が目撃したんだって」


 真澄が言うには、その少女はその瞬間不思議な力に目覚め、その力のおかげで沢山の人達を助けたとか。そのため近くの村で神そのものとして崇められるようになり、現在あの教団が拝む初代教祖が誕生したという。


 教団の成り立ちに詳しい真澄を見つめる。なぜ知っているのかと目で訴えていたのがわかったようで真澄は気まずそうに微笑んだ。


「母が教団関係者なの。教団を怖がって避ける人も多いから学校では迷惑かけたくなくて一人でいたんだけど、本当はちょっと寂しかった。だから、西村さんが話しかけてくれて、仲良くなりたいって言ってくれて本当に嬉しかったの」


 今度は真澄の目がそれを知っても仲良くしてくれる? と控えめに訴えかけているような気がした。花怜はにこっと笑うと真澄の白い手を両手で握り締める。


「あたしもっと黒田さんと仲良くなりたい! だから、ますみんって呼んでいい? その方が友達って感じがするから。あたしのことも好きに呼んでほしいな」


 真澄はもう片方の手を花怜の両手にそっと乗せると気恥ずかしそうに微笑んだ。


「……ありがとう、花怜」


 二人で笑い合った後、次へ行こうと展望台を降りるために歩き出す。ふと、沢山の視線を感じた。花怜は視線を感じる方へ目を向ける。白い集団がカルスト台地から方向を変え、こちら側に向かって拝んでいた。


 何かの儀式の続きだろうと特に気に留めることはなく再び三人で車に乗り込んだ。真澄と花怜は後部座席で談笑していたが、敬三は車を発進させバックミラーを確認した瞬間恐怖から全身が強張りそうになった。


 白い集団がこの車に向かって拝んでいる。


 敬三は何とか平静を装い二人に気づかれてはいけないとアクセルを強く踏み込んだ。次の目的地であるサファリパークに向けてできるだけ早くこの場から離れようとカルスト台地に敷かれた車道を進み続けた。


 白い集団を振り切り、カルスト台地を抜けた先にサファリパークへの案内看板が表示されるようになった。その案内に従い車を進めると、目的地に到着する。広い駐車場の奥に可愛らしい動物を模した大型バスが建物内の入り口前に停車していた。


 花怜達はそのバスに乗り込んだ。このバスに乗ってパーク内で放し飼いとなっている動物達に餌やりをするために外側に向いている座席へと着席する。わくわくとする花怜とは違って真澄は困った様に微笑んでいた。まるでこの先どうなるのかがわかっているかのようだ。


「それでは出発致しまーす!」


 女性職員の明るい声が車内に響き、それを合図にバスがパーク内に向けて出発する。まずは草食エリアだが、なぜか動物がいない。


「あれ? いないね」


 花怜の残念そうな声に真澄は答えられず困った様に微笑んだままだ。ゆっくり進むバスの外に大きな象が姿を現すと、ワッと車内が歓声に包まれる。しかし、バスが更に象に近づくと象が突然怯えたように悲鳴を上げたかと思ったら、外にいた職員の制止を振り払い遠くへと駆けだして逃げて行ってしまった。


 大きな体のため遠くに行ったものの姿は見えていた。そのため、職員が必死でバスへと連れて行こうと奮闘するのも見えたが、その場に巨石の様に固まった象が動くことはとうとうなかった。バス内の職員も焦っていたが、次のバスが来るために仕方なくゆっくりとだが進ませる。


 だがその後もシマウマ、ヤギ、そして肉食エリアへとバスを進めるが、草食と同様クマもライオンもトラさえもバスに近づいてくることはなかった。それどころか皆バスから離れる様に逃げ出した。パーク内にとっても前代未聞の事件だったようで、バスが出口に辿り着くと職員達は必死でバスを降りる乗客に頭を下げ続けていた。


 泣く子供に怒る大人、気にしないでと慰める老夫婦。三者三様の反応であった。勿論花怜は肩を落とし落胆している。


「花怜、ごめんね。きっと私のせいだと思う。動物に嫌われてるから……」


「ううん、ますみんのせいじゃないよ。きっと動物達が気分じゃなかったんだよ」


 その後もふれあい広場へと場所を移し、直接動物達とふれあおうとしたが結果は同じであった。まるで蜘蛛の子を散らすように皆が逃げていった時はさすがに真澄の言っていることは本当なのかもしれないと内心思う花怜であった。



 サファリパークを出ると次は車で少し離れた距離にある別府弁天池に足を運んだ。さすがは日本名水百選に選定されるだけあって透明度の高い美しい池である。近くの住民の飲み水や生活水として使われているため、決して入ってはいけないと優しく注意を受けた。


 どうやら最近何も知らない外国人が池で泳ぐ迷惑行為などがあったようで困っているらしい。インバウンドの波がこんな田舎にまできているのかと花怜は内心頭が痛くなった。


 池をゆっくり観察した後は隣のニジマス釣りに勤しみ、釣り上げるとその場でさばいてもらい美味しい食事を堪能した。食事を終えると近くのカフェに行って休憩することにする。そこはカフェと酒造が一体となった有名どころで、30分程並ぶくらい人が列をなして待っていた。


 ようやく順番が回って来ると店の中に入って空いた席に座りそれぞれ注文する中、花怜はレモンスカッシュを注文した。外がほんのりと暑かっただけに冷たい爽やかなのど越しと甘酸っぱいレモンの味が火照った体を冷ましてくれてホッと一息つけた。外のテラス席も涼しそうだ。


「はぁ、色々あったけど凄く楽しかったね」


「そうだね。またどこか一緒に行きたいね」


 余程楽しんでくれたのか真澄の方から次の提案をしたことに花怜の表情が分かりやすいほど華やいだ。大きく頷くと真澄も嬉しそうに笑った。


「だったらさ、次は角島に行こうよ! 海、めっちゃ綺麗なんでしょ? 綺麗な海って見たことないから、一回行ってみたかったんだよね!」


「ごめんね花怜。私肌が弱くて潮風が苦手なの」


 残念そうに答える真澄に花怜はそっかぁと肩を落とす。真澄の体の弱い事を忘れていたことに対しても申し訳なく思った。二人の話を黙って聞いていた敬三が一つ提案する。


「それだったら二人は受験生だから防府天満宮に行ったらどうだ?」


 敬三はどこか真澄の反応を探りながら問いかける。もし教団の拝んでいた相手が真澄であったのなら、教団にとって別の神のもとへ行くなど許されるのだろうかと密かな確認作業であった。真澄の母親が教団関係者というが、真澄の方は安全な人物であり、教団と関りが薄くあってくれと願う。花怜になにかあってからでは遅いのだ。


「防府天満宮って何があるの?」


 親の心を知らずに花怜が無邪気に問いかけた。


「あそこには学問の神様である菅原道真公が祀られているんだ」


「そうなんだ。確かに受験生にとって行っておきたい場所だね」


 花怜は真澄に将来の夢を語った。


「私ね、おばあちゃんの後を継いでお父さんと一緒に農業したいから、山口の農業大学行こうと思ってるんだけど、ますみんは進学とかどうするの?」


「私は、進学考えてないかな。……それより、私はお母さんになりたいの」


 どこか遠くを見つめるようなあの悲しい目をする真澄に花怜の胸がつきりと痛んだ。真澄は小さく一笑すると夢を語る。


「静かな場所で子どもと過ごしてその成長を見守る愛情にあふれた母親になることが、私の夢なの」


 変かな? と小さく笑う真澄に変じゃないと花怜は頭を大きく左右に振った。


「ますみんがママになったら絶対ご近所で有名な美人ママって噂になるね!」


 ふと、担任の野村の姿が浮かんだが勿論口にはしなかった。敬三は真澄を伺いながらコーヒーに口をつける。


「受験生じゃないけど、でも、私も花怜と一緒に防府天満宮に行ってみたい」


「もちろん一緒に行こうよ! また楽しみができたねぇ」


 喜ぶ二人に敬三はまるで胸のつかえが取れたように詰めていた息をゆっくりと吐き出した。


「その時はまた送っていってあげよう」


「おじさん、ありがとうございます」


 カフェを存分に楽しんだ後、帰宅するために車に乗り込んだ。夕飯も共にしたかったが、真澄の門限が近づいていたため泣く泣く今日はここでお開きとなったためだ。


 車を走らせ駐車場をあとにする。その後ろを永野がついてきていたことに気づくことはなかった。



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