第3話
放課後の校舎裏では警察が通報を受け、それぞれ個別に事情聴取を行っていた。
「では君達がここで話していると上から人が落ちてきて、それが副担任の杉山先生だった。そういうことだね?」
青ざめたまま小さく頷く花怜に無理もないと慰める警察官。花怜はまだ混乱する頭で事件現場を見た。青いビニールシートの向こう側に息絶えた杉山がまだいるのだと思うと全身が震える。その時視線を感じて辺りを力なく見渡した。
すると私服姿の若い男がこちらをじっと見つめていることに気づく。男と目が合うと視線を外された。花怜は首を傾げながらも物々しい雰囲気にそぐわないような男になぜか目を奪われた。男は制服を着た警察官に軽く手を上げると黄色いテープを越え、現場から去って行く。それとは入れ違いに父敬三の姿を見つけて花怜は思わず駆け寄った。
「お父さん!」
「花怜! 大丈夫か? パトカーが何台も学校に入っていくのが見えて心配になったんだ。何があったんだ? 怪我はないか?」
心配してくれる父に抱きつき何度も頷く。やっと安心したのもあって涙が目尻に滲んだ。そうしているとまた一人、中年の男が黄色いテープを越えてくるのが見えた。
スーツ姿に整えられた髪型をした父とそう変わらないであろう男にその場には緊張感が走ったような空気に包まれる。どうやら田辺の父親のようだ。男と田辺が会話を交わしているところを警察官が一層気遣っているように見えた。
あれを見るといくら父親の方は悪い人ではないと村田が言っても、息子の方は自分にも力があると勘違いして弱者を虐げているのも納得だと花怜は思った。じっと観察していると男がこちらを振り返った。
「西村先輩!」
男は目を見開いた後嬉しそうに父、敬三のもとに大股でやって来る。
「おぉ、英正元気だったか?」
「先輩こそ、お元気でしたか? まさか美祢に帰っていらっしゃったとは。連絡してくれたらすぐにでも会いに行きましたのに」
昔を懐かしむように談笑を楽しむ父親達に呆気に取られた様に口を開ける花怜を敬三が呼び寄せる。
「花怜、この人はお父さんの大学の後輩だ。今は美祢市の市議会議員をやってる立派な男なんだぞ」
「はは! こうして立派な役職に就けたのも先輩のおかげですよ。それより先輩のお嬢さんでしたか。先輩に似て利発そうだ。息子共々よろしくね」
握手を交わすと再び昔話に花を咲かせ始めた二人を邪魔しないように花怜は田辺に近寄る。
「動画のこと誰にも言わないからもう村田にちょっかいかけるのやめて」
「……信用できねぇ。とにかく動画消せよ」
花怜はスマホを取り出すと田辺の目の前で動画を消去し、バックアップも消去したことを確認させた。
「これでいいでしょ?」
「……ふん」
田辺は不機嫌そうに鼻を鳴らすと何も言わずに帰って行った。村田は不安そうに見送っていたが、花怜がもう大丈夫と声をかけると小さく微笑んだ。話を終えた父が花怜達のもとへ戻って来る。
「今日はもう帰っていいそうだ。君も車で送ってあげるから一緒に帰ろう」
「ありがとうございます」
村田も連れて花怜達は黄色いテープの外に出る。そして校庭に停めてあった父の車に一緒に乗り込むと、まずは村田の家を目指して敬三は車を走らせた。
「ガードレールがオレンジなんだけどなんで?」
暫く車を進めていると初めて目にする色に花怜は先程の事件を思い出したくなくてあえて指を指した。
「あぁ、あれは夏蜜柑を広めたくてオレンジなんよ。今は減っちゃったけどな」
どうやら資金の問題らしい。どこもせちがらいなと思いながらも白とは違うガードレールを目で追う。杉山の凄惨な姿を頭から追い払いたかった。
◇
村田を家の前で降ろし、花怜は今日の出来事を父に説明した。
「そうか、それは大変だったな。帰ったらゆっくりしよう。何かしてほしいことはないか? 遠慮なく父さんに言ってくれな」
それならと、父の気遣う言葉に花怜は以前からしたかったことを嬉々として口にする。
「だったらあたし山口観光したい! あたし、またおとうさんと一緒に遊びに行きたいし、山口県の色んなとこ行ってみたい!」
「観光か、いいな。今度の休みにさっそく行こう」
「うん! 皆にどこがいいか聞いてくるね!」
目を輝かせ嬉しそうにする娘に安堵しつつ敬三は家に帰るために車を走らせ続けた。
◇
次の日、学校が休校になることはなかったが、全校生徒は講堂へと集められることから始まった。どうやら杉山についてこれ以上不必要な噂を広められないように事情を説明するようだ。校長の説明によると杉山は事故による転落死だということらしい。屋上の手すりが老朽化していることに気づかず、手をかけたために転落してしまったとのことであった。
手をかけた杉山が落ちてしまった想像に人知れず花怜は身震いすると、その想像を振り払う様に小さく頭を左右に振った。
教室へ帰る道すがら、生徒達は思い思いに噂した。中には野村と真澄の関係を裏付ける証拠を手にしたために殺されたのでは、という面白半分な憶測まで流れ始め花怜は嫌な気持ちになる。真澄はあの時、花怜を田辺から庇ってくれたため、どうしてもその噂に乗っかることはしたくなかった。話しを無理矢理にでも逸らすために花怜は口を開く。
「ねぇ、今度お父さんと山口観光に行こうと思ってるんだけど、どっか良いとことかおすすめなとことかないかな?」
花怜の気持ちを察した委員長は身を乗り出すようにその話に参加し、噂をしていた生徒達も巻き込んで談笑を続けながら教室へと戻って行った。
◇
三限目を終え、クラスのノートを集めて職員室まで届けるように指示を受けた花怜は大量のノートを両手に廊下を歩いていた。その途中目立たない場所で用務員の男と真澄が立ち話をしているのが目に入り顔を顰める。
女子達の言う事が本当なら真澄は嫌がっているのではないかと注視した。真澄に近づこうと用務員が前に出ると比例するように真澄が後ろへ下がる。明らかにおかしいと感じた花怜は真澄を助けるために大股で二人へと近づく。
「黒田さん探してたんだよ! ノート提出一緒に行こ」
あえて大きな声で話しかけると用務員はバツが悪そうにどこかへと去って行った。戻ってこないように後ろ姿が小さくなるまで睨み続ける。
「西村さん、ありがとう。しつこくて困ってたの」
「そうだよ! 大丈夫だった? 皆言ってたけど、あいつなんかヤバいらしいね」
真澄個人が特に狙われているとは勿論口にしない。
「ちょっと怖いよね。あ、ノート半分持つよ。一緒に行こう」
「え、いいの? ありがとう! じゃあ、お言葉に甘えて」
半分よりも少し少なめにノートを渡すと職員室へ向けて一緒に歩き出す。念願の二人きりでゆっくり話ができる状況に花怜は緊張を気づかれないように早めに深呼吸し、息を整えた。
「ねぇ、山口観光しようと思ってるんだけどさ、黒田さんのおすすめのとことかってあったりする?」
「観光……ごめんね。私、実は山口県のことよく知らないの。家からあまり出ること許されてなくて」
悲しそうに笑って事情を教えてくれる真澄に花怜は何と言っていいか一瞬言葉に詰まってしまった。だがせっかくのチャンスを生かしたくて思い切った提案をする。
「それならさ、黒田さんが良かったら一緒に山口観光行かない? お父さんと二人だから、友達を連れて行ったら喜んでくれると思うし、どう?」
「え、でも……西村さんのお父さんに悪いよ」
またも悲しそうに微笑む真澄に家の事情だけじゃなく本当は面倒なのかもしれないと思ったが、花怜は本音を伝えたくて立ち止まる。真澄も足を止めると不思議そうに花怜を見た。
「あたしね、黒田さんと仲良くなりたいの! だから嫌じゃなかったら、その、一緒に観光、行きたくて……」
勢いに任せて口に出してしまったが、やはりまずかったかと段々口籠っていった。ほとんど話したことのない新参者に誘われて内心困ってしまったかもしれないと恥ずかしくなった。何も答えてくれない真澄を伺う様に恐る恐る上目遣いで見る。すると真澄は呆気に取られているのか口を僅かに開けて固まっていた。
そして徐々に表情を緩ませていくと嬉しそうに微笑んだ。
「嬉しい、そんなこと言われたの初めて。私も西村さんと仲良くなりたい。家を説得するから返事は少し待ってくれる?」
「う、うん! もちろん! こっちが無理言ったのにありがとう!」
その場で連絡先を交換するとノートを提出するために職員室へと向かった。用件を終え、二人で教室へ戻ろうと足を進めたが、野村が真澄を呼び止めた。真澄の進路について話をしなければならないらしく、二人は職員室へ戻って行った。確か真澄は進学しないと友人達が言っていたが、成績が優秀らしい真澄を学校側は進学させたいのかもしれないと考える。
いや、もしかしたら二人きりになりたいだけなのかもと邪推していると廊下に立っていた田辺と目が合った。だが田辺はすぐに視線を逸らすとどこかへ去って行った。
田辺が真澄に気がある事は間違いない。なんだかこの学校の人間関係は大変そうだと肩をすくめる。花怜は教室に帰るため一人で歩き出した。
◇
静まり返った夜の学校で男は天国から地獄へと転落したような絶望を味わわされていた。一人後悔の念に苛まれるがもう時すでに遅く、意識が遠のいていく。またしてもこの美祢市で連続神隠し事件が起きようとしていることなど誰も知ることはなかった。
◇
風もない爽やかな朝だった。花怜が教室へ入ると先に登校していた真澄と視線が合う。ニコッと笑った真澄に嬉しくなって花怜は真澄に歩み寄りながら挨拶を交わすと教室中の視線を全身に感じた。だが花怜は気にすることなく自分の席に着席する。するとすぐさま村田が振り返り、委員長が花怜へと身を乗り出した。
「ちょっと、ちょっと! いつの間に黒田さんと仲良くなったん!? 前代未聞なんやけど!!」
「大袈裟過ぎだって。私が黒田さんと仲良くなりたいって言って山口観光誘ったの♡」
盛り上がる花怜達に聞き耳を立てていたクラスメイトも内心驚いたようだ。心なしか田辺も驚いているように感じた。真澄が特定の誰かの誘いに乗ることがそれほどあり得ないことなのだと花怜は一人嬉しく思った。
その先を聞こうと更に身を乗り出した委員長だったが、HRの始まりのチャイムと同時に野村が入室したため姿勢を正す。横目で後で詳しく説明をと合図を送られ、花怜は静かにそれに応えるのだった。
つつがなく進んでいたHRだったが、一人の教師が突然教室に飛び込んでくると真っすぐに野村のもとへ行き、何やらひそひそと耳打ちをした。黙って聞いていた野村だったが、突如目を大きく見開くと信じられないとばかりに耳打ちをした教師を凝視する。
「皆、ちょっと待ってろ! 一限目は自習だ」
そう言い残すと、何事かとざわつく生徒達を置いて教師達は急いで外へ出て行った。これ幸いとまたも村田と委員長が花怜に話の続きを促した。花怜は軽く事情を説明し、とりあえず観光は秋芳洞とカルスト台地とサファリパークへ行く予定だと告げた。
「いいね。あ、でもカルスト台地で白い服装して拝んじょる集団がおったら近づかん方がええよ」
「え、何それ怖い」
委員長の説明によれば、その集団は山奥に拠点を構える宗教団体「流星の輝き」の信者らしい。何でも教祖が神がかった力を有していて、未来予知や透視などができるとか。その教祖のもとには大企業の社長や市議会議員は勿論、国会議員までもがその力を頼ってくるというのだ。説明途中にチラリと田辺に視線が向いたのは気のせいではないだろう。
噂では現役の総理大臣もその教祖に視てもらうことによってその座に着けたらしい。祖母の言っていた危ない教団とは間違いなくこの教団のことだと花怜は人知れず思った。
「山口県出身の総理大臣が多いのもこの宗教団体のおかげだって噂があるくらいヤバい教団なんよ」
「へぇ、いつからあるの?」
「確か150年くらい前やったと思うよ」
「何でその人達カルスト台地にいるの?」
「なんでもその教団の聖地みたいよ。カルスト台地にその教団の神が降臨して、それ以来続いちょるんて」
「神様が教祖ってこと?」
「そうじゃないよ。ただの人やって。今6代目ってばあちゃんの友達が言っちょったし。あ、その人は熱心な信者やから間違いないよ。でもさ、カルスト台地が聖地っていうのもわからんでもない。不思議な光景すぎてきっとびっくりすると思うよ」
地元の人が言う事なのだからそうなのだろうと思うと早く見て見たくて楽しみになった。そうして雑談していると再び野村が教室へと戻って来る。
「皆、今日はもう休校になった。部活もなしだ。速やかに帰宅するように」
またもざわつく生徒達を置いて足早に教室を出て行く野村を花怜は見送った。鞄を手に何気なく真澄を見るともう教室を出て行くところであった。そしてその後ろを追いかけるように田辺も出て行く。田辺の様子から何となく気になった花怜も二人の後を追いかけようと足早に教室を出る。少し先で真澄の手を引いて階段を上る田辺を見つけて今度こそ慌てて追いかけた。
上の階の空き教室に入っていく二人に気づかれないように扉に聞き耳を立てる。中から男女の話声が聞こえるが内容までは分からなかった。どうしようと思案していると、突然田辺の張り上げるような大きな声に思わず扉に手をかけ力を入れようとした。
しかし、後ろから肩に手を置かれて飛び上がらんばかりに驚いたものの、何とか口から悲鳴が出る事を抑えることに成功する。手の主を確かめるために花怜はすぐに振り返った。
「野村先生……」
「ここはいいから、西村は早く帰りなさい」
花怜を制止して野村は一人教室へと入っていった。中から三人分の話声が聞こえはするが、やはり内容まではわからない。花怜はこれ以上首を突っ込んで引っ掻き回すことは悪手だと潔く身を引いた。
家に帰るとボーッとする頭で大好物となった舌鼓を口に入れていく。やっぱり美味しいと感じながらもはっきりとしない頭でここ最近起きた出来事が浮かんでは消えていった。どうにか頭をすっきりさせたくてゴンのもとへ行き首輪にリードをつけて外へと歩き出す。頭の片隅で真澄に会えないだろうかとあの場所へ足を進めた。
「いない……」
期待していた感情は悲しくも消えてしまったが、ここで会えないのなら思い切って連絡してみようと決意し、急いで家へと足とゴンを向かわせた。
部屋に戻って悩むこと数時間。緊張して震える指でスマホをタップする。数コールのあと凛とした声が聞こえて顔がぱっと明るくなった。
「黒田さん、今大丈夫?……良かった、あのね!」
花怜は父が友人と一緒を喜んでくれたことを話した。すると真澄の方も、家の許可が無事に下りたので楽しみにしていて連絡しようと思っていたことを知る。二人で喜び合い、その後少しだけ談笑を楽しんだ。
「うん、それじゃあまた明日、学校でね。バイバイ。……あー! 良かったぁ! ふふ、楽しみだな」
スマホを抱きしめベッドに転がると花怜は休みの日が待ち遠しい気持ちでいっぱいになる。少しの間余韻に浸っていると夕飯ができたと呼ぶ祖母の声に返事をし、茶の間へと足取り軽く駆けて行った。
時を同じく、通話を終えた真澄は真っ暗な部屋のベッドの上に裸で座っていた。スマホの明かりだけが嬉しそうに微笑む真澄の美しい顔を照らし出している。隣には疲れて眠ってしまっている同じく裸の男が僅かに身じろぎした。
情事を終え、花怜との繋がりもなくなった今、もうこの場に用はないとばかりに真澄はシャワーを浴び、服を着て身支度を整えると振り返らずに部屋を出て行くのだった。
◇
次の日、花怜が学校へ登校するといつもとは違う様子に目を奪われる。閉じられた校門の前に複数の教師とまたも警察官が立っていて、登校してきた生徒を追い返していた。どうやら、今日は完全に休校になったようだが、連絡が遅れてしまったらしい。声を張り上げ、そう説明し謝罪する教師の言葉に面倒くさそうに元来た道を帰ろうと方向転換した。すると振り返った先に杉山の事故現場にいたあの若い男が立っていた。
「西村花怜だな? 少し話がしたい」
男が花怜に近づき胸元から警察手帳をチラリと見せる。
「……警察官って、普通二人行動でしょ? お兄さん怪しすぎ。本当に本物?」
「今非番なんだ。いいから一緒に来てくれ」
花怜の疑いに煩わしそうに頭を掻いて連れ出そうとする男に花怜は踵を返す。
「学校にいる警察官に本物か確認します」
「あー! もう! 本物だって! 白状するよ、俺は今個別で捜査してるから他の奴に指摘されると困るんだよ!」
偽物だったら本物がいるところで職業詐称なんて危ない橋は渡らないと説得される。花怜はあの時、制服の警察官がこの男に敬礼していたことを思い出すと渋々納得するのだった。




