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真澄  作者: 大ワシロク
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第2話

 初日の学校を無事に終え、帰宅した花怜はゴンの首輪にリードをつけると散歩へと繰り出した。少し肌寒さの中にも爽やかさを感じると心地良いと全身に風を浴びながら軽やかな足取りで田んぼのあぜ道を歩く。


 ふと何かに気づいて顔を道の先に向ける。昨日と同じ場所に黒田真澄が立っていた。


 耕される前の畑をどこか物憂げに見つめている。美しい彼女にはその物悲しい光景すらも美しい物語の一部の様に見せる力があるようで、花怜は思わず見惚れてしまった。花に誘われる蝶のようにふらっと真澄へと足を進ませるが、またしてもゴンの甲高い鳴き声が辺りに響き渡った。首輪が抜けそうになるほど全力でもがきその場から逃げ出そうと暴れ回るゴンを花怜は必死で宥める。


「ちょっ! ゴンってばどうしたの!?」


 またも慌てて小さな体を抱きしめるが、変わらず何かに怯えるように全身を小刻みに震わせるゴンに花怜は気まずそうに真澄を見た。真澄も花怜に気づいたようでこちらに視線を移している。


「あっと、ご、ごめんね! この子人見知りで!」


 嘘も方便と言い訳をする。真澄はその場に立ち止まったままクスリと一つ笑った。


「大丈夫。動物に嫌われるの慣れてるから」


 真澄はその場を立ち去るために山へと続く階段を上って行ってしまった。するとゴンは途端に落ち着きを取り戻し、花怜の顔を舐め始める。


「あーあ、仲良くなりたかったなぁ……」


 ゴンの頭を撫でながら花怜はせっかくのチャンスを生かせなかったことを残念がった。仕方がないと気を取り直し、立ち上がるとゴンの散歩を再開するため歩き出す。なぜあんなにもゴンが彼女を怖がるのか不思議に思いながらも特に深く考える事はしなかった。



 教室に入ると何気なく真澄の席をチラリと見る。だがそこに真澄の姿はなく内心肩を落とした。自分の席に座って物足りなさそうな顔を見せる花怜に気づくと委員長が体を向け苦笑する。


「黒田さん体が弱いから時々遅れて来るんよ」


「えぇ! なんでわかったの?」


「だって西村さんわかりやすいんやもん。でも黒田さんと仲良くしたいって気持ちわかるよ。黒田さんぶち美人やけぇ皆お近づきになろうとするんやけど、黒田さんはいつもそれを笑って上手にかわすんよね。誰とも関わる気はないって暗に言われちょることに気づいて皆渋々諦めるんよ」


 そうなんだ、と残念がっていると副担任である杉山だけが意気揚々と教室へやって来る。なんだか機嫌が良さそうだと花怜は思ったが、それに比例するようにクラスメイトの空気が白けていくように感じた。

その答え合わせはすぐに杉山の口から飛び出した。


「はい、皆持ち物検査するから鞄を机の上に出して」


 突然の宣言にクラス中が杉山に抗議する。当の本人はそんな苦言を受け付けることはなく強気に早くするよう促した。騒動の中、花怜は人一倍焦っていた。なぜなら禁止されているメイク道具やお菓子などを持ち込んでいるからだ。冷や汗をかく花怜の右隣の席に座っていた田辺が勢いよく立ち上がる。


「先生、今時持ち物検査ってマジ? それ違法になるんやけど。プライバシー侵害で教育委員会に訴えるぞ」


 田辺の発言に同意するため他の生徒達も口々に声を上げるが、その行為は熱血な体育会系気質の杉山に更に火をつけてしまう。杉山は持っていた出席名簿を教壇に叩きつけると生徒を黙らせ一喝した。


「静かに! 君達は今年受験生なんだよ? 気を抜かないためにも必要なことだと私は思ってるの! やましいことがなければ出しても問題ないはずよー! 贔屓がないようにあとで黒田さんにも個別で検査するから黙って早く出す!」


 尚も引かない杉山に生徒達は抵抗を止めない。誰一人鞄を出さないことに苛立ちを隠せない杉山に一人一人の視線が突き刺さる。


 再び杉山が声を張り上げようとした時だった。教室の扉が開き野村が教室に入ろうとしたが、異様な雰囲気を察して足を止める。


「どうしたんだ?」


 戸惑う声をかける野村の後ろから真澄が顔を覗かせると杉山がわかりやすく大きなため息を吐く。


「持ち物検査をするために鞄を出させていました。黒田さんも例外ではないので早く着席させてください」


「待ちなさい! 今時持ち物検査などしていい訳がないだろう」


「なぜですか? この子達は受験生ですよ!? 気を引き締めるためにも私は必要だと思ってます! それに野村先生は黒田さんを贔屓にしすぎでは? 彼女は遅刻として処理しますので」


 出席名簿を開いてさらさらとペンを滑らせる杉山に野村が眉根をしかめる。


「黒田は体調不良で保健室にいると君にも伝えたはずだ。様子を見に行って大丈夫そうだったから一緒にここまで来たことが贔屓だと言うのか?」


 教師同士の険悪な雰囲気に生徒達は固唾を呑んで見守っていたが、HRの終わりを告げるチャイムによってこの騒動は中途半端ながらもなんとか終わりを迎えた。杉山は不機嫌そうに教室を出て行き、野村は真澄に席に着くよう促すと杉山のあとを追う様に教室を出て行った。緊張が解けた教室内で生徒がそれぞれ脱力する。花怜も机の上に脱力したあと隣の席に話しかけた。


「田辺ありがとう、まじ助かったぁ」


「お前のためじゃねぇ」


 田辺は花怜を一睨みするとそっぽ向くように前を向いた。花怜はその態度に嫌な奴、と心の中で舌を出すと一限目の授業の準備をするために教科書を鞄から取り出す。一緒にお菓子がこぼれ落ちると慌てて拾い上げた。


 

 四限目の体育の授業を終え、クラスの女子生徒達と談笑しながら教室へと向かって廊下を歩いている最中であった。作業着を着た年配の男が舐める様な視線をこちらに向けていることに気づいて花怜は思わず全身に鳥肌が立つのを感じた。クラスの女子達は慣れているのか花怜が男の視界に入らないように囲うとその男をきつく睨みつける。


「きも。あの用務員いつも女子を気持ち悪い目で見てくるんよ。西村さんはオシャレで可愛いから特に気をつけてね」


 久しぶりの女子同士の友情に感激しつつお礼を言う花怜を変わらず皆が不躾な視線から守るように囲い続けてくれた。


「そういえば、黒田さんはあいつに特に目ぇつけられちょるよね」


 美人は大変だと口々に話し出すクラスメイト達。体育に出ていなかった真澄を心配して花怜も話に参加する。


「黒田さんって体弱いんでしょ?」


「そうなんよ。体育には基本出んし、時々早退もしたりするしね。でも進学せんらしいから高校卒業だけはしときたいんかもね」


 私達もよくは知らないけど、などと話していると教室の前まで辿り着いたので扉に手をかけた。


「野村先生は黒田さんに甘すぎるんです! もっと他の生徒達にも目を向けるべきではないのですか!?」


 中から杉山の大声が聞こえて花怜の手がピタリと固まった。扉に手をかけたまま周囲に目配せをする。


「杉山ちゃん今時珍しい昭和の熱血タイプなんよ。良い先生とは思うんやけど時々やりすぎなんよね……」


 苦笑するクラスメイトに花怜もつられた。そうしていると、反対側の扉が勢いよく開き、顔を怒らせた杉山が花怜達とは反対方向の廊下の先を大股で歩いて行く。その後ろ姿を黙って見送っていると野村が花怜達のいる扉を開け驚いた顔で立ち止まった。


「先生、大丈夫ですか?」


 心なしか疲れた顔をしている担任を気遣った女子生徒の言葉に野村は表情を緩ませる。


「あぁ、ありがとう大丈夫だ。皆すまんな驚かせて」


 杉山には困ると呟きながら職員室へと帰って行く野村のことも見送りながら花怜達は顔を見合わせると再び苦笑するのだった。



 昼休みを告げるチャイムと共に花怜は委員長と購買へ向かっていた。その道すがら委員長は教師に呼び止められ、職員室へと行ってしまう。また後でと約束した教室までの帰りを花怜は一人ジュース片手に廊下を歩いていた。


 するとまたしても大量の飲食物を両手いっぱいに抱えた村田を目にして顔をしかめる。静かに村田の後をついていくとやはり目立たないあの校舎裏で田辺達に囲まれ軽い暴力を振るわれていた。その様子を花怜は咄嗟に撮影し始める。村田の事情は分かる。だがどうしても花怜は村田を放っておくことができなかった。


「そういう子どもじみたことやめなよ」


 突然の花怜の登場に取り巻き達は気まずそうに村田から離れる。またしても面白くない展開に持ち込まれた田辺は舌打ちした後、花怜に近づき肩を突き飛ばした。咄嗟の事に身構えるのが遅れた花怜の口から小さな悲鳴がこぼれ落ち、地面に尻もちをつく。いい気味だと花怜を見下すように田辺は鼻で笑った。


「大袈裟過ぎやろ。てかお前、転校早々調子乗んなよ」


 細めた目で忌々し気に睨まれ凄まれるも、花怜は負けじと立ち上がろうと地面についた手に力を入れる。


「何してるの?」


 凛とした声が影で薄暗くなっている校舎裏に響いた。全員がその声に視線を向け動けなくなる。黒田真澄が厳しい視線をこちらに向けて立っていた。わかりやすく慌てて口篭る田辺の横をすり抜け、真澄は白く細長い美しい指を流れる様に花怜に差し出した。花怜はその動作に見惚れながらも真澄の手が砂で汚れないように自分の掌を払いゆっくりとその手を掴んだ。


「あ、ありがとう」


 花怜を立ち上がらせると真澄は田辺に視線を流す。目に見えてたじろぐ田辺に真澄は呟いた。


「いつも思ってたけど、格好悪いよ」


 その言葉にショックを受けたように呆然と立ち尽くす田辺の横を真澄が一瞥することもなく通り過ぎて行ってしまった。田辺の取り巻き達が気まずそうに寄っていくと、我に返った田辺が周囲に怒りを振りまいたあと、次に村田と花怜に矛先を変える。


「お前ら、覚えちょけよ」


 鬼の様な形相で二人を睨みつけたあと校舎へ戻って行く田辺を他の男子生徒達も慌てて追った。姿が見えなくなると花怜は小さくため息を吐いた。


「あんな漫画みたいな捨て台詞初めて聞いた」


呟く花怜の横で村田はしゃがみ込むと焦った様に頭を掻きむしる。


「あぁー! どうしよう、父さんの仕事がなくなったら……」


「だぁいじょうぶ! 見てこれ」


 同じく隣に座り込むと花怜はスマホの画面を村田の前に持っていく。そこには先程の一部始終が映されていた。もちろん田辺の最後の捨て台詞まで。


「もし何かあったらこれバラしてやろうよ」


 笑う花怜に尚も不安そうにする村田を呼び寄せ、二人は階段に腰を掛けた。村田は地面を見つめながら詰めていた息を吐きだすと自分の気持ちを吐露し始める。


「委員長に聞いたかもしれんけど、俺の父さん田辺の父さんから仕事回してもらっちょるんよ。あの人はそんな悪い人やないって知っちょるけど、俺が田辺に舐められる態度とるけぇこんなことになってるのもわかっちょる。でももし俺のせいで父さんに何かあったらって思ったら、その……」


「村田は家族思いなんだね」


「いや、その、まぁ弟達の学費もあるし……」


 気恥ずかしさから顔を赤く染める村田に花怜は心配を払拭させるために田辺の様子がわかる動画の部分をもう一度見せた。


「見て。あいつ黒田さんに惚れてるんだよ。だからこれ拡散するって脅したら二度と村田に関わってこなくなると思うよ」


「え? そう、なんかな……」


「そうだよ! 好きな子にこんなこと言われたなんて男は絶対誰にも知られたくないでしょ。だから絶対大丈夫! もし、村田のお父さんに何かあったらあたしも責任取ってその市議会議員に抗議してやる!」


 力強い説得と、無理な責任の取り方に心強さと小さな呆れが村田の肩の力を抜かせた。


「確かにそうかも……。でもわからんかった、田辺が黒田さんを好きやったなんて。黒田さん絶対、野村先生と付き合っちょるやろうから……あっ」


 ついミステリアスなクラスメイトの秘密を口にしてしまったと慌てる村田に花怜はやっぱそうなんだと呟く。


「え!? 西村知っちょったん?」


「いや、そう思っただけで、誰かから聞いたとかじゃないから」


 女の勘って凄いと感心している村田をよそに花怜の頭の中にはあの日、只ならぬ雰囲気を醸し出しながら二人でいる姿が浮かんでいた。きっとあの日を知らなければ気づくことはなかっただろう。村田は自分が余計な事を言ってしまったわけではなくて良かったと胸を撫で下ろしながら小さな愚痴を口にする。


「まぁ、黒田さんと野村先生がっていうのもただの噂なんやけどね。けどさぁ、杉山先生はそれを信じちょるからたまに暴走するんよね。不健全だーって、何とか二人の関係を暴こうと躍起になっちょるから時々俺らも巻き込まれて迷惑なんよ」


 なるほど、と花怜は納得した。


「それで、時代錯誤な持ち物検査したりして証拠探そうとしてたんだ。確かに迷惑!」


「西村は東京から来たけぇ、そんなことせんくてびっくりしたやろ」


「びっくりしたよー! だってお菓子とか普通に持ってきてたし」


「そりゃまずい」


 笑い合っていると昼休みの終わりを告げるチャイムが校舎中に響いた。花怜と村田は立ち上がると談笑を続けながら教室へと戻って行く。その後ろ姿を野村は静かに見送るのだった。



 終わりのHRが始まったが、副担任の杉山が教室に姿を見せることはなかった。野村はそのことに言及することはなく粛々と教師としての仕事をこなす。やがてHRも終わり野村が教室を出て行った。その姿を何気なく目で追いながら帰り支度を始めた花怜と村田に田辺が鋭い声をかけた。やはり来た、と花怜と村田は視線を合わせると鞄を手に田辺達の後を続く。


「話って何?」


 予想を裏切らず、校舎裏へと連れ出された花怜は不機嫌さを含ませながら田辺を威圧する。隣では気まずそうに村田が頭を掻いていた。田辺は忌々しそうに二人を交互に睨みつけると、まずは花怜へと矛先を向けた。


「お前、新参者のくせに生意気でムカつくんじゃ。俺らのすることにいちいち口出してくんじゃねぇ」


 負けじと田辺も威圧しながら肩を怒らせ花怜を真っ向から威嚇した。花怜は鼻で笑うと例の動画を再生しながら画面を田辺の前に突き出す。


「いいの? そんなこと言っちゃって。昼間の動画、ネットに拡散するよ? あたしの友達にフォロワー10万人のインフルエンサーいるから、あんたが女の子に振られる姿が全世界に一瞬で晒されちゃうことになるけど」


「てめぇ……」


 得意気に笑ってスマホを左右に軽く振って挑発するような仕草をする花怜にまた怒りが湧いた田辺は、スマホを取り上げようと一歩前へと踏み込んだ。


 その時だった。後ろで何かが上から落下し、地面に激しく衝突する音がうるさいくらい辺りに響き渡った。まるで重い物が弾けるような大きな衝撃音に全員の視線が瞬時にそこに集まる。


「は?……人?」


 一瞬の静寂と困惑がその場を支配する。落下した人物から地面に広がるように赤黒い血だまりが大きくなっていく様子をようやく認識すると、誰からともなく絶叫が上がりその場がパニックとなった。


「どうした!? 何かあったんか!!」


 目を両手で抑えながら伏せる花怜や、地面に倒れている人らしき影の周りで大騒ぎとなっている田辺達に偶然通りかかった教頭と用務員の男が何事かと駆け寄って来る。


 教頭は尋常ではなく騒ぐ生徒達を宥めながらその中心を確認し小さな悲鳴を上げた。後ろでは用務員が上を見て驚いた表情を見せていたがその事に気づく者は誰一人いなかった。


「す、杉山、先……生……!」


 教頭の静かな呟きに、花怜は初めて落下した人物を知るのだった。



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