第11話
「花怜を7代目教祖にだと? いくら現教祖の言う事であっても組織としての教団が許すというのか? 信者でもない、ましてや外から来た一般人だぞ」
怪訝な顔で京子を睨みつけながらも手に汗が止まらない永野は一層花怜を守ろうと自身の背に隠した。
「ふん、浅はかね。教団とて馬鹿ではない。その子を7代目にするメリットを重々承知している」
京子は余裕綽々に語る。
「教団にとって大事なのはあくまで教祖が子を為し続ける事。それはなにも私の代からでなくともいいのよ。確かに真澄は胎内にいる時から力を保有している前例のない存在。だが、真澄の力は未だ不安定な上に真澄の子が力を受け継いでいるかはまだ誰にも分らない。教団としては真澄を次期教祖にするにしてはまだ問題が山積みなの。だからこそ今はまだ他人を使った神移りの儀が必要なのよ。確かに彼女は外の人間。教団としては扱いづらいかもしれないわね。でもね、彼女の中に奴が宿ることで、真澄に対する殺人衝動が治まればそれは教団にとってもまたとない記録になる。教団はずっと私達の中にいるものの生態をよく知りたいと考えているのだから。ふふ、組織を安定させるにはどうしたって長期の研究はつきものなのよ」
不敵な笑みを浮かべる京子に永野は苛立った。きっとこうして頭の固い上層部を言葉巧みに説得したのだろう。だが京子の目的は教団の思惑の外にある。この女は何としてでも娘の近くに友達を縛り付けたいだけなのだ。そうすることが娘のためになると本気で思っている。あまりにも身勝手な考え方と教団さえも利用する強引なやり方に永野は苛立ちから唇を噛み締める。
しかし、真澄は母の思惑を知るとその場に膝をつき泣き崩れてしまった。
「そんなこと、やめて……! 花怜のお父さんを奪ってしまった私が、これからも人を殺さなきゃいけない私が……! 綺麗な花怜の側にいていいわけないじゃない……!!」
「ますみん……」
下腹をおさえ涙に暮れる真澄に花怜は歩み寄ると慰めるために背中をさすった。真澄は顔を上げ、その手のぬくもりを感じるとまた大粒の涙を流した。永野は二人の揺るがない友情を見届けた後、京子に苦言を呈する。
「すべてが視えるくせに人の気持ちは視えないようだな。この二人はお前の野望などに従うような弱い子達じゃない。あきらめろ」
「ふん、ここまでは勿論分かっていたわ。でも、ここから先は私にとっても賭けよ」
京子は人間らしく目を伏せるがまた強い力を宿した目で前をしっかりと見据えた。
「正直に言うわ。ここから先の事は一切何も視えなかった。……ふふ、それはつまり神移りの儀が起こるということよ……!!」
そう言い切ったと同時に京子は突然呻き声を上げ、苦しそうに花怜達の近くへふらつきながら歩み寄る。そして力尽きたのかその場に膝をついてしまった。すると見る見るうちに肌が老婆の様にしわがれていくのがはっきりと見えた。
「お母さん……!」
戸惑いながらも母を気遣う娘に京子は息も絶え絶えになりながらも嬉しそうに微笑んだ。その顔は紛れもなく愛に溢れた母の顔であった。
「ま、ずみぃ……あい、じてる、わ……」
愛おしそうに真澄に手を伸ばす。真澄は野村に支えられながら恐る恐るその手に触れようと同じく手を伸ばした。
「ぐ、うぅ……! おっ、あぁ……」
だがその手は互いに触れることなく京子の体は枯れ枝の様に細くなっていきミイラの様になってしまうと力なくその場に倒れ動かなくなった。そしてその体を内側から破るように体内に潜んでいたおぞましい寄生生物が姿を現した。
まるで筋繊維が剥き出しになったような小さな塊はずるりと床に這いだし、次の寄生先を捕らえようと植物の蔓の様な触手を醜い体内から出現させると迷わず花怜へと高速で伸ばし寄生しようとした。
「……っ!」
咄嗟に永野に庇われる。だが永野とは違う男の呻き声に花怜も永野も目を見張った。
「翔さん!!」
真澄の悲鳴にも近い叫び声が大広間にこだまする。永野は野村の腹に刺さった触手を引き抜こうと全力で引っ張るがびくともしない。
「も、いい……んだ……」
苦しそうに言葉を発する野村の肌が徐々にしわがれていく。
「嫌! こんなの嫌よ! 翔さん!!」
真澄も必死で引き抜こうと頑張るが、野村に突き刺さったままの触手は抜けない。野村は最後の力を振り絞ると真澄の体を花怜へと突き飛ばした。花怜はすぐさま真澄を抱きとめる。
「にし、むら……ます、みを……だのむ……っ」
「先生……!」
「翔さん! かけるさん!!」
どんどんと体が細くなっていく野村を諦めて永野は花怜と真澄を連れ出すために固く閉ざされていた襖を乱暴に蹴破ると二人の手を引いて、止めに入ろうとした信者達を押し退け駈け出した。すぐ後ろで男達の悲鳴が聞こえる。
どうやら野村を殺した寄生生物が大広間の外にいた信者達を襲っているようだ。だが神移りの儀を成功させるために若い女性を置かなかったことが仇となったらしい。体内に寄生しなければ生きられないためなのか、寄生生物は花怜を追いながらも人の体液を適度に吸収しなければならないようでその差を開きながらも確実にあとを追ってきていた。
「私に、考えがあります……!」
真澄は野村を失った悲しみを引きずりながらも、友達を守るために永野と花怜をある場所へ誘導した。真澄についていき、三人はある暗い一室へと飛び込む。そこは食堂であった。
寄生生物は花怜の痕跡を追いながら遅れて同じく食堂へと入っていった。花怜の姿を探して入り組んだ台所を這っていく。
「ひっ! こ、来ないで!」
角を曲がった先の行き止まりで目的の人物をようやく見つけると、腰を抜かして座り込んでいる寄生先へ触手を伸ばそうと蔓を構えた。
「今だ!!!」
その時、影に隠れていた永野と真澄が大量の白い粉を寄生生物へとぶち撒けた。その白い粉を惜しみなく浴びせられた寄生生物はこの世のものとは思えない大絶叫を発しながらもがき苦しんだ。その隙をついて花怜達は食堂から逃げ出した。
寄生生物はあまりの苦しみに体をのたうち回らせ、触手をこれでもかと暴れさせた。触手は手当たり次第に食堂を破壊し、運悪くガス栓にも当たってしまった。漏れ出るガスに気づくことなくしぼんでいく体を最後まで暴れさせていると金属が火花を散らした。その火花は充満していたガスに引火すると大爆発を起こし、寄生生物は跡形もなく吹っ飛ぶのだった。
壁の外へ逃げ出し、山を駆け上がっている時であった。後ろからした爆発音に三人は一斉に振り返る。今しがた逃げ出した食堂から黒煙が上がり、ごうごうと真っ赤な炎が燃えていた。教団の者達が火を消そうと部屋から続々と出てくるのを尻目に三人は更に先まで逃げるために誰からともなく歩き出した。暫く歩いていると真澄が膝をついてえずいてしまった。
「ますみん、大丈夫!?」
花怜は真澄の側に同じく膝をつくと労わるように真澄の背をさする。真澄を気遣う花怜を永野は黙って見守っていた。真澄は弱々しく花怜に顔を向ける。
「私には、花怜のその優しさを受け取る資格なんてない……。ごめん……ごめんなさい……! あの日、私はあなたのお父さんを……!」
真澄は涙ながらにあの日敬三にしてしまった事を告白した。
事件の起きた日、真澄はつわりからくる吐き気の酷さに黙って耐える事しかできないでいた。吐き気に耐えながらも愛おしそうに下腹を撫でる。欲を言えばこの子が野村との子であったらと僅かに苦笑した。
田辺は実に単純であった。学校が早く終わったあの日に空き教室に連れ込まれ、野村との関係をばらすと言われた時は呆れ果てたものだが、逆を言えばこの男の子どもを身ごもることができれば今後一切口を挟むことはできないということでは? と思い至る。
運よくその場に野村も現れたため目で訴える。長年一緒にいるのだ。野村は真澄の意図を察すると諦めたように田辺へと言及する。真澄には同じ年頃の男と一緒になってほしいと常々言っていると。その言葉は真澄の胸をズキズキと痛ませたが致し方ない。そんな事よりも真澄はとにかく焦っていたのだ。
早く子が欲しくて堪らなかった。言葉巧みに田辺を誘惑し、無事に妊娠することに成功した。用務員の養分が消える前に何とかしなければと思っていただけに思いの外上手くいったとほくそ笑む。書庫で見た方法で自分のお腹の中に本当に命を授かれた事に驚き安堵した。そして何より、嬉しかった。
その後はしつこく真澄を追う田辺を別邸へと誘い出し、養分とした。実の子の糧になれるのだから嬉しいであろうと思っていた。真澄はやはり京子の娘らしい。母の過去を知るのは先となるが、血は争えないようだ。だが本当の問題に突如として直面する。
この先をどうするか、だ。下腹を撫でるてがふいに止まった。突然我に返った様に思い至る。この先も人を犠牲にしなければならないという事を。用務員も田辺も真澄からすると養分とするには都合の良い存在であった。しかしその先は? 無関係の人間に手を出すことになる。
もうすぐ田辺を糧にして一か月が経過しようとしている。早く次の養分となる人間を見つけてこなくては、腹の中の我が子が殺されてしまう。真澄はようやく事の重大さに気づくと激しい眩暈がした。とにかくこの恐怖を打ち消したくて手にしていたお守りを無意識に握り締める。
「真澄様、真澄様にお会いしたいという方がお見えになっています」
「……?」
自身に会いたいとは誰であろうか。訝しむ真澄だったが、重たい体を持ち上げ客のもとへ案内する信者の後に続いた。客室に入るとそこには敬三がいた事に体が強張った。
「お、おじさん、どうしてここに……!」
驚く真澄に敬三は伺う様に話しかける。
「突然の訪問、本当に失礼だとは分かっている。だが真澄さん、どうか君のお母さんに花怜は君にとって悪い子ではない事を伝えることは可能だろうか?」
「ど、どういうことですか?」
敬三の説明に真澄は顔から血の気が引いていくのが嫌でも分かった。敬三は山の入り口で待っていた信者に案内されこの別邸へとやってきたらしい。本当は京子本人に直接会えると思っていたのだが、真澄が出てきたために気まずそうであった。
だが問題はそこではない。母の指図でやって来た。それはそういう事だと理解した途端、体が熱くなった。危機を察した真澄は部屋から飛び出そうと扉のドアノブを力一杯回した。
「ま、真澄さん?」
「開かない……!! だめ、だめ! 開けて!! お願い開けて!!! このままじゃ……!!!」
暴れる真澄を心配した敬三が慎重にだが近づいて来る。
「おじさんだめ!! 逃げて、早く!!!」
「え?」
敬三の呟きは即座に呻き声に変わった。背中に感じる熱の正体が敬三の腹に突き刺さり、体液を吸い尽くそうとしている。真澄は触手を力一杯引き抜こうと奮闘するが、その努力も虚しく敬三の体はみるみる細くなっていった。
「お願いやめて!!! やめてってば!!!」
真澄の言う事に従わず、触手は敬三の体液を吸い尽くし、満足すると真澄の中へ消えていった。軽くなった敬三の体が床に小さな音を立てて倒れ込んだ。
「あ……あぁっ!」
足の力が抜けていきその場にへたり込んだ。すると扉が開かれ信者達が続々と部屋へ入って来る。そして敬三の遺体を死体袋に入れ、そそくさと運び出してしまった。その一連の動きに真澄は何もできなかった。それどころかようやく自分のしでかした罪の重さに全身が震え始める。
「ごめ……ごめ、なさ……! ごめんなさ……!! わたし、なんてことを……!!」
その場に蹲まるとうわ言の様に謝り続けた。震える手でお守りを握り締める。花怜の無邪気な笑顔が頭から消えなかった。
◇
「花怜を教団内に入り込ませるために黒田京子は敬三さんを利用したって事か……」
永野の言葉に真澄は弱々しく頷く。やはり京子のやり方は卑怯で残忍だと思いつつ、自身も花怜をこの事件に巻き込んでいるため、同じだと肩を落とす。
「でも、こんなのただの言い訳……。私は、花怜と……友達になる資格なんて……!」
また涙をこぼし始めた真澄の背を花怜は変わらずそっと労わるように撫でた。罪悪感と後悔に苦しむ真澄に声をかける。
「あたし、ますみんの中にいる奴のことを一生許すことはできない。でも、あたしはますみんの事が大好き。穏やかで大人っぽい所も、優しい所も……大好きなの」
「かれん……」
ぐしゃぐしゃになった顔を見せる真澄に花怜は小さく笑った。
「それに、あたし達やっぱりお揃いだね」
「え?」
戸惑いから僅かに目を見開く真澄に目を細める。花怜の目尻に溜まった涙が一粒こぼれ落ちた。
「いっぱい愛されてたね、あたし達」
「……!……うん……!」
二人は抱き合い子どもの様に泣いた。赤い空の下、遠くでパトカーや消防のサイレンがこだまし始め、いくつもこちらに近づいてきていた。
「これから、どうしようか……」
遠くに上がる黒煙を見つめながら花怜が独り言のように呟く。
「……私、海に行きたい」
「海?」
返事をするように呟かれた真澄に花怜は反応し、永野は何かを察して顔を背けた。
「そう、花怜前に言ってたよね。角島に行ってみたいって……。私も見てみたい。花怜と、一緒に」
「……うん、行こう! ますみん」
生気を取り戻したように微笑む真澄に花怜は一縷の希望を見出した気がした。二人が立ち上がると永野が自身の車へと先導する。
「俺の車で行こう。ここからなら1時間程でつくはずだ」
「永野さん、ありがとう」
三人は山を下りると永野の車に乗った。永野は全員が車に乗った事を確認するとエンジンをかけ、まだ暗い車道を走り出した。花怜と真澄は後部座席で黙り込んだままだった。だが二人はしっかりとお互いの手を取り合っていた。何も喋らずとも通じ合っているこの空間が心地いい。
花怜は美祢に来た日を振り返る。
家族というものを知り、友達というものを知った。怖いことも沢山あったがその度に必ず誰かが助けてくれた。美祢での沢山の経験は宝物だ。叶うのなら、そこにずっと父がいてほしかった。
少しだけ手に力が入る。すると真澄も返事をするように力を込めた。それが嬉しくて目を合わせるとお互い笑った。かけがいのない友達はまだ生きている。
これから先の人生きっとどうにかなる。
確かにまだ問題は山積みだ。真澄の中に宿るものが消えたわけではないし、子どもを無事に出産するためにはどうすればいいのかも考えなければならない。これ以上犠牲者をださないためにも必ず直面する問題だ。
しかし、生まれた時から真澄の体の一部となっていた場合、無理に真澄から離すのは危険かもしれない。やはり研究機関などに真澄の身柄を預けることになってしまうのだろうか。任せても大丈夫のだろうか。更に残された教団の行く末も警戒しなければならない。最悪、国の権力者と結託し真澄を教祖にしたてあげようと襲ってくる可能性だって十分に考えられる。
今頼れる大人は永野だけだ。花怜は運転する永野をチラリと見る。落ち着いた顔で車を走らせる彼には何か良い考えはあるのだろうか。考え事をしていると空が次第に明るくなっていった。だが車窓から流れる景色は未だ緑に囲まれている。本当にこの先に海があるのだろうかと考えている時だった。
突然緑の群生を抜けた。開けた視界の先に大海原が見える。永野は車を停めずに角島大橋へと車を進ませる。
「すごい、きれい……」
花怜の口から思わず感想がぽろりと口から出た。朝日が差し込みだした海がキラキラと輝きだしていた。両側を隔てることのない大きな橋の上から高い透明度を誇るコバルトブルーの海がよく見える。
「これが、海……」
生まれて初めて見る海に、真澄は感動を覚えると同時に悲しそうに目を伏せた。




