第10話
しかし、またしても問題が発生してしまう。6代目はご出産されたばかりの真澄様を育児放棄されてしまったのだ。6代目によると体内の寄生生物が真澄様の中にいるものをどうやら敵視しているという。そのため真澄様を目にするだけで意思に反し、寄生体が真澄様を殺そうとするのだそうだ。
6代目は泣く泣く我が子を手放し信者に任せることとなった。だがまだ諦めることはない。我らの悲願を叶えるために親子の情など元より必要ではない。教祖の血筋を脈々と受け継がせること、そして次世代にその力が受け継がれていればいいのだ。
今大事なのは、真澄様の中に6代目と同じものが宿っているのは確かだということ。これはまさに僥倖だ。今暫くはこのまま経過を見守る事と相成った。
◇
永野は本を閉じ、机の上に投げ捨てると頭を抱えた。花怜も何と言葉にしていいのかまとまらずに口を閉ざしたままだ。
「……つまり、叔母さんの死をきっかけに黒田京子は子を授かる方法を知り、教団は悲願である世襲制を作り上げようとしている。そういうことか」
「どうしてそこまで世襲にこだわるの?」
花怜の疑問に目頭を押さえながら永野は忌々しそうに答える。
「血筋を受け継がせていった方が一貫性が増し、他への発言権が強くなる。特に日本という国はとりわけ血筋というものを大切にしているから世襲の方が箔がついて揺るぎないものになるんだ。歴史でよくあっただろう? どんなに跡取りがぼんくらでも誰も逆らえないってことが。奴らは教祖を神だと言っている。だとすると教団の悲願て言うのは物凄く簡単に言えば、いずれは権力を持った裏の天皇とでも名乗りたいというところなんじゃないかと思う」
あくまで推測だがと話を締めた。花怜は青ざめながらももう一つ分からない事があると言った。
「この本の書き方ってつまり、ますみんの中のものをますみんのお母さんに宿ってるものが拒否してるってことだけど、どうして? 家族なのに……」
「所詮は単細胞。腹に宿った子に生物として子孫を残そうと核細胞だなんだと移し、その子に定着する事に成功したが結局は自分の生存を脅かす存在だと認識したってところかもな」
専門家ではないため正しい事は言えないがそういう事であろうと永野が自分なりの答えを口にする。
「そんな……。でも、ますみんがこれを知ったって事だよね? じゃあ、ますみんは……」
真澄を可哀想だと思う反面、花怜は恐ろしい事に気づいてしまった。神隠しの真実が子どもを育てるための養分を確保していたということは、つまり……。
「ん?」
永野は机の床下に横に擦れたような跡を発見すると、傷跡に沿って机を横にずらした。するとまるで隠されていたかの様に収納扉が現れる。無言で手をかけると扉は簡単に上に開いた。永野は慎重に扉を開ききるとスマホのライトをかざす。そこには下へ続く階段が二人を待ち構えていた。
「地下?」
花怜が一言呟くと永野は階段を下りるためにゆっくりと足を進ませる。花怜もそれに続くために永野の足元を照らしながら階段を下りて行った。階段を下りきると開けた場所に出る。その部屋には大きな棚が沢山置かれており、その上に黒い袋がいくつも置かれていた。黒い袋はまるで人の形をしているように見える。
「こ、れは……」
何かを察して二人は青ざめた。自分の推測が間違っていてくれと願いながら近くにあった黒い袋の中身を確認するために、つけられたジッパーを横に恐る恐るスライドしていく。
「……っ!!」
袋の中のものが姿を見せると花怜は驚きと恐怖から顔を背ける様に永野の背に縋りついた。震える花怜を庇いながら永野は中のミイラ化した人物を凝視する。
「この服装……用務員だ」
呟かれた言葉に花怜は震えながらも確認しようとチラリと視線を袋の中に移した。そして確かに見覚えのある作業着に行方不明となっていた用務員の男の顔が頭に浮かんで消えた。永野は小さく辺りを見渡すと、黒い袋の下の棚の間に日付が書かれていることに気づく。それは用務員が行方をくらましたであろう日であった。用務員の男の隣の日付を確認する。丁度一か月後の日付が明記されていた。
その日付の上に置かれている袋を開ける。するとその中には花怜と同じ高校の制服を身に纏った男のミイラ化した死体が入っていた。
「……田辺市議会議員の息子だ」
また呟かれた言葉に花怜は愕然とし、恐怖がどんどんと募っていった。永野はまた辺りを見渡すと近くに2日前の日付が書かれている死体袋が目に入り、その袋に手をかけゆっくりと開けていった。中には同じようにミイラ化した男と思われる死体が置かれていた。だが誰なのか分からない。すると袋を開けた拍子にぽとりと小さな何かが床に落ちた。永野はそれを拾い上げる。
それは交通安全のお守りだった。
「あ……! あぁっ!! おと、おと、さ……!! お父、さ……!!!」
花怜は永野の手からお守りを取ると大粒の涙を幾筋も流しながらその死体に縋りついて泣いた。
「西村……敬三、か」
あまりにも残酷な結末に永野は自分の無力さを呪った。父親に縋りついて泣く花怜に何と声をかけていいのかわからない。次第に過呼吸を起こしそうになった花怜を宥めようとその場に座らせる。
「な、んで……なんで、おとうさん……」
茫然自失となりながらも自分のせいだと責める花怜を永野は抱きしめる。
「花怜のせいじゃない。すまない、こんな……こんな事に巻き込んでしまって」
叔母の死の真相を知りたいがために一般市民を最悪な結末へと導いてしまったと心から後悔した。永野は教団を出ようと花怜を促す。
「おとうさんは……? どうなるの?」
泣きはらした目で父を家に連れて帰りたいと訴える。永野は申し訳なく思いながらも、その願いを丁重に断らざるを得なかった。
「今はここを無事に出る事だけを考えよう。だが約束する。必ず敬三さんもここにいる人達も、家族のもとへ帰すことを。君の父親も、今は君が無事にここから出られることを願ってるはずだ」
永野に促されなんとか立ち上がる。その時、父が持ってくれていたお守りをぎゅっと握り締めた。永野は花怜を歩かせながら、この状況下で卑怯な事を口にしたことを心の中で謝罪する。それでも彼女だけは何としてでも無事に祖母が待つ家に帰さなければならない。それだけを考えた。階段を上りきり、隠された部屋を出て書庫室の扉を開けた。
「よくぞいらっしゃいました。教祖様がお待ちです。どうぞ、こちらへ」
白い服装に身を包んだ数人の男と年配の女性が丁寧に待ち構えていた。花怜と永野を男達が逃げられないように取り囲み、女性は先頭を歩き始める。永野は花怜を支えながら必死でこの場からどう脱出するかを頭の中で模索するが、その考えが通用することはなかった。
ほの暗い屋敷の奥へと進まされ、障子に囲まれたある一室へと無理矢理放り込まれると襖を容赦なく閉められた。
「待っていましたよ。西村花怜さん」
何十畳もある大広間に迷いのない凛とした覚えのある声がいやにはっきりと聞こえた。その声に花怜は悲しみに暮れる頭を何とか持ち上げ姿を確認する。そこには一段高い場所から花怜達を見下ろすように美しい微笑みを向けた黒田京子が立っていた。そしてその顔はどこか嬉しそうで不気味である。
「すまない、万全を期したつもりだった。俺は、京子様の力を侮っていた」
先に同じく大広間に連れられていた野村が額に汗を滲ませ緊張した面持ちながらも申し訳なさそうに顔を顰める。
「すべて京子様の手の内だったんだ。俺達はその掌の上で転がされていたにすぎない……。京子様の目的は、最初から西村をここへ連れて来る事だったんだ」
「……え? あたし……?」
野村の説明に黒田京子は嬉しそうに笑みを深めた。困惑する花怜を守るために永野は花怜を自分の背に隠す。この大広間には4人だけで他の信者はいない。永野の嫌な予感はどんどんと大きくなっていき、頭の中で絶え間なく警鐘を鳴らし続けていた。
「ご存じの通り、私にはすべての事を見通すことができるのです。過去も現在も、そして未来すらも。しかし、そんな私ですら見通すことのできない存在がこの世にたった一人だけいるのです……」
悲しそうに目を伏せる京子に永野も野村も警戒を解かない。そんな心境を無視しつつ京子は顔を上げ、声量を抑えながらも力強く答えた。
「私の愛しい娘、真澄。あの子だけは何一つ視る事が叶わない」
真澄の中に宿るものが憎いとでも言う様に京子は美しい顔を歪ませる。
「愛しいって……それならなんでますみんを捨てたの?」
京子の答えに納得のいかない花怜は少しずつはっきりとしてきた頭で問いかける。愛しいと思うのならなぜ信者に任せきりにしたのか、少なくとももっと関りようはあったはずだと怒りが込み上げてきた。京子は花怜の短い問いに隠された不躾な怒りに一笑する。
「捨てたわけではない。書庫で知っただろう。まぁ厳密に言えば、私の中に宿るものが真澄の姿を目にしただけでなく真澄という存在を近くに寄せ付けることすらも許さなかったのだ。故に他人に任せる事しかできなかった」
丁寧な言葉遣いを早々に辞め、本来の口調に戻す。そして京子は今までの思いの丈すべてをぶつけるように花怜達へ吐き出した。
「忘れもしない17年前のあの日の出来事がすべての始まりだった。私は奥村加奈恵のおかげで愛する人との間に子を授かる方法を発見したのだ」
永野の目が鋭くなるが京子は構わず続けた。
「一生母にはなれぬと思っていた矢先の事だった」
京子は人目を忍んで愛する男と密会を重ねていた。男との恋は教団に知られてはならない。なぜなら男は信者であったからだ。それも何の権力も持たないただの一般男性である。神と崇める教祖がそんな男と愛し合っていると知られたら猛反対され男から離されたあげく、男は口封じのため人知れず殺されるだろう。教団のやり口など力を使わずとも京子には目に見えて分かっていた。
だがそんな禁断の関係は二人の仲をより一層盛り上がらせる材料となった。教団に対する背徳感に加え恐怖による緊張さえも快感へと都合よく変換された。そして集団生活による抑圧的な生活の中での数少ない娯楽が京子の外への警戒を怠らせ、油断を招いてしまう結果となった。
その夜も愛しい男と月明かりのない壁の外で逢瀬を楽しんでいた。細身だが逞しい男の腕に抱かれ、京子は甘えるようにその胸元に頬を寄せる。その時だった。カシャリと電子音が静寂に包まれていた闇夜に響き渡る。その音に驚き咄嗟に目を向けた。
そこにはカメラを向けて慌てる一人の若い女が立っていた。京子は瞬時に力を使い女の正体を暴く。奥村加奈恵という名の新聞記者である事、半年ほど前教団に上手く潜り込んできた事、捜索をしている中で野村と仲良くなり心配している事などが視えた。そして今宵教団を抜け出し新聞社へ帰ろうとしたところ、教祖と信者の密会を偶然目にして記事にしようとしたようだ。
だが間の悪いことに、どうやらカメラのシャッター音を消し忘れたらしい。京子には加奈恵がこの先、走って逃げる姿までが視えていた。未来視通り走り出した加奈恵を追って京子も走り出すと先回りをする。愛する人を守るためにも加奈恵をこのまま返すわけにはいかない。その一心で京子は透視能力を使い、闇の中を駆けた。
暗闇で思う様に走れない加奈恵の前に立ちはだかる。驚く加奈恵に京子はカメラを差し出すよう迫った。その時激しい揉み合いとなり加奈恵の手が京子の腹を強く推してしまいその衝撃から京子は後ろに倒れ込んだ。
「ぐっ……う!」
体から何かが出て行く感覚のすぐ後に加奈恵の呻き声が聞こえた。何かが起きている。それを確かめようと顔を上げると予想していなかった光景に体が凍りついた。
「……え?……な、なに」
加奈恵の腹に植物の蔓の様な触手が突き刺さっていた。そしてそれは加奈恵の体内の体液をすべて吸い取っているようで、加奈恵の瑞々しい肌は老婆の様にしわがれていき、やがて枯れ枝の様に細くなると動かなくなってしまった。
暫くすると触手は満足したのか加奈恵から抜け出るとゆっくり京子の体内へと消えていった。軽くなった加奈恵の体がかさりと落ち葉の上に僅かに沈み込んだ。今しがた起きた出来事に体を硬直させていると男がようやく追いついた。
尻もちをつき固まっている京子に手を差し伸べ、ミイラ化した遺体を何事かと見つめる。京子はすべてを話し、結論を告げた。恐らく体内に宿る寄生生物が宿主を守ろうとしたことだと。
その後は壁の外に出ていたことを教団に問い詰められないように口裏を合わせる。女の正体を逃げられる寸前で知った京子は急ぎ自ら説得しようと壁の外へ行き、その時偶然近くにいた男に護衛を務めさせたということにした。教団はその説明に納得し、奥村加奈恵の遺体は山奥へ遺棄された。
こうして再び平穏を取り戻した京子はその後もまた人目を忍んで男と密会を繰り返すようになり、ひと時の逢瀬を楽しむ日々を送った。すべてが元通りになるはずであった。
「……!! あぁっ……神様……!」
神は京子に子を授かる方法を教えてくださったのだ。股から流れる二度目の赤に京子は涙した。そして男にそれを伝えると深く深く愛し合った。
そしてまた人を殺した。
人間がまるで供物の様に見えた。京子の中に宿るものへの供物。京子は子を授かると次は我が子に会うために人を殺し続けた。だがそれに恐れを抱いた男はあろうことか京子から離れようとした。そんな事許せるはずもない。だから京子は10人目の供物を男に決め、我が子の糧とした。日に日に腹が膨れていく。愛する男を糧にした愛する我が子が成長を続けている。
あぁ、なんて愛おしいのだろう。
そして待ちに待った十月十日。無事に娘、真澄が誕生した。しかし、神は残酷であった。京子の内に宿るものは生まれたばかりの真澄を殺そうとしたのだ。京子は間髪を入れず、動けない体で助産師に叫んだ。
真澄を連れて逃げろと。
それからは苦しい日々が続いた。我が子をその腕に抱くことはおろか、近くに存在を感じる事も許されなかった。たった一度だけ、別邸にいる真澄を遠くから見るだけでもと会いに行ったことがある。中庭で、他人の女の腕に抱かれながら穏やかに眠る真澄がいた。あまりの愛しさから無意識に手を伸ばす。
その瞬間、背中に焼けるような熱が京子を襲った。体内のものが怒りで暴れている。敵を殺そうと殺気を放っている。京子は泣く泣く真澄の前から姿を消した。その後も何とか真澄の事を知ろうと力を使うが、まるで何かに邪魔されているように靄がかかり視る事は叶わなかった。
「きっと真澄の中にいるものに反応し、拒んでいる。この17年、私は愛する我が子をこの腕に抱くことが叶わぬ人生を恨み続けた」
何人もの人を犠牲にし続けた京子に同情できるはずもなく、永野は怒りの目を向けていた。京子はそんな永野が背に守る花怜を視界に収めると再び嬉しそうに笑った。
「絶望していた私の前に現れたのが西村花怜、あなたよ」
「……え」
「あなたが美祢に足を踏み入れた瞬間、まるで天啓のようにすべてが視えた! あなたが真澄と出会う事、そして打ち解ける事も! そう、あなたは私の救世主なのよ!!」
「花怜がお前にとっての救世主だと?」
忌々し気に永野が噛みついた。京子は今一度冷静になるために一呼吸する。そして横目で襖に目をやると嬉しそうに一笑した。
「真澄、大丈夫だから入っていらっしゃい」
その言葉に花怜達も京子の見る先に顔を向けた。すると襖が開き、真澄が静かに大広間に足を踏み入れる。その表情は明らかに気まずそうだ。
「真澄、体調は大丈夫なのか?」
野村が真澄に駆け寄り体を気にかける。真澄は小さく大丈夫と告げるが顔色は薄明りの下でもわかる程青白かった。真澄はゆっくりと顔を上げると悲しそうに花怜を見つめる。花怜はあれ程会いたかった真澄に何も声をかけることができず、手の中のお守りを強く握りしめた。
永野は京子と真澄を交互に見遣る。京子が言っていた真澄に対する殺人衝動が起きていない事に内心首を傾げた。永野の疑問を分かった上で京子は鼻で笑った。
「西村花怜。あなたを通すと真澄の事が良く視えた。そこで私は一つの推測を立てたわ。きっと真澄の中に宿るものは真澄を形成する前から深く繋がっているため真澄の感情とも深く直結している。故に真澄同様あなたには警戒心を向けなかった。そのきっかけはきっとあなたが美祢に足を踏み入れた瞬間、無意識に真澄の未来視の力が発動し、西村花怜と真澄がいずれ打ち解けることを分かっていたため最初から警戒心を向けなかったのではないのかと。だからあなたを通すと私に宿るものが無警戒な真澄の中のものをその時だけは脅威とみなさなくなったのでは、とね。」
京子は戸惑う真澄に愛おしそうに微笑んだ。
「あなたが子を欲しがるというのなら応援してあげるのが母の務め。そして今、何もしてあげられなかった私が唯一できる事は真澄の寂しい気持ちを少しでも消してあげる事。この先も、何の隔たりもなく心許せる友達をあなたの側に置いてあげる事ができたのなら、私がいなくなったあとも安心できる……」
京子は一度目を伏せると再び顔を上げ、まっすぐに花怜を視界に捉えた。
「だから7代目教祖は西村花怜、あなたを置いて他にはいないのよ」
覚悟が決まった京子に気圧され、恐怖と緊張から額に汗がにじんだ。




